バックオフィスからフロントまで。営業所を支える「経営のパートナー」
兵庫県伊丹市にある前田道路の関西支店・伊丹営業所は、年間12億円という売上目標を掲げる支店の中核をなす拠点です。営業所長を筆頭に土木の施工管理を行う工事課に5人、轟木を含む事務課に職員3人、の合計9人という少数精鋭のチームで、伊丹周辺の道路舗装工事や多様な施設の外構工事に従事しています。
「現在の私の動き方は、一般的な事務職の働き方のイメージとは異なり、一日の半分は外に出ています。午前中は前日の日報や予算の確認、見積書の作成といったデスクワークを集中してこなし、午後からはお客さまとの打ち合わせや現場確認のために外へ飛び出します。
前田道路の事務職は、単なる『後方支援』ではありません。所長と共に営業所の数字を読み、今後どう営業所を運営していくかという経営のパートナーとしての側面が大きいんです」
事務職でありながら、見積書の作成から工事契約の獲得まで、現場の最前線でお客さまと対話する。そのハイブリッドな働き方は、轟木がこれまでのキャリアで自ら切り拓いてきたものでした。
「四国支店で小規模な営業所を経験する中で、事務職が営業活動まで仕事の範囲を広げることで、より営業所の業績に貢献できると感じていました。関西に来てからはその想いがさらに強まり、今の所長の後押しもあって、積極的にフロントに立たせてもらっています。
もちろん、経理やコンプライアンスの遵守といった事務職本来の役割は疎かにしません。その『守り』の信頼があるからこそ、所長からも営業所の舵取りを任せてもらえるのだと思っています」
轟木が仕事をする上で、何よりも大切にしているのは「スピード感」です。前田道路の売りである機動性を、事務職の現場でも体現しようと努めています。
「常に心がけているのは、今日できることはその日のうちに必ず終わらせるということです。溜め込むと次のステップへと進む足を止めてしまいます。お客さまへのレスポンスも、社内への報告も、一刻も早く。後回しにしないというシンプルな徹底が、周囲からの信頼を生み、ひいては営業所の機動力に直結すると信じています」
高卒での入社から一営業所の要へ。責任感が芽生えた、四国での濃密な若手時代
山口県出身の轟木。学生時代はクラブチームにも所属してサッカーに打ち込み、チームで一丸となって何かを成し遂げることに達成感を得ていました。高校は商業科に進学し、そこで前田道路との出会いが訪れます。
「前田道路には高校の先輩方が毎年入社されていて、現場のリアルな話を聞く機会があったんです。道路業界大手企業としての安定感はもちろん、当時は奨学金を借りて進学するよりも早く社会に出て自立し、親に恩返しをしたいという気持ちが強かった私にとって高卒者の給与水準の高さにも惹かれました。前田道路なら多くの人が名前を知っているし、親も安心させられる。そんな想いで入社を決めました」
2016年、新卒で入社した轟木の最初の配属先は四国支店でした。入社当時の品川本社での研修で、全国から多くの同期が集まった光景を目の当たりにし、そのスケールの大きさに身が引き締まったことを鮮明に覚えていると言います。
「四国支店での最初の1年は支店勤務で基礎を学びましたが、2年目からいきなり営業所の『事務長』として配属されました。当時は二十歳前後の年齢で、周りは30~50代のベテラン技術者の方や年上の監督ばかりです。営業所の経理や総務、コンプライアンスの管理も含めて事務方は私が一人で責任者を務めていました。
最初は所長に質問されても答えられないことばかりで、当時はしんどかった思い出があります。しかし、当時の四国支店の管理部長や課長が『事務長は営業所におけるキーパーソンなんだ』と、あるべき姿を根気強く教えてくれたんです」
若くして営業所に一人しかいない事務のプロという環境に置かれたことが、轟木の背中を急激に押し上げました。マニュアルを読み込み、近隣の事務職の先輩職員に電話で相談して必死に知識を吸収する日々。しだいに、所長から「これはどうなっている?」と頼られる場面が増えていきました。
「自分の発言や行動一つで営業所の方針が決まる。その重圧の中で自分の行動に責任を持つという感覚が自然と芽生えていきました。四国支店時代は1〜2年のスパンで各営業所への転勤を繰り返しましたが、新しい土地に行くたびに自分がゼロからその営業所の信頼を築いていくプロセスがおもしろかったです。各地で生活し、異なる風土の中で仕事をする。その経験すべてが、今の私の糧になっています」
重大なミスを糧に。所長と協力して挑む営業所の最適化
順風満帆に見える轟木のキャリアですが、その裏には忘れられない苦い経験もあります。それは入社4年目、四国支店時代での出来事でした。
「協力会社への支払い金額を大きく間違えてしまうという業務ミスをしてしまいました。見積もりの段階だったので、すぐに修正し大事には至りませんでしたが、その時は本当に冷や汗をかきました。
営業所において、私が最終確認者になります。自分が間違えたら、営業所のミスとして確定してしまうため、それ以降はどんなに忙しくても最終確認は必ず時間を取って行うようになりました。あの失敗があったからこそ、正確な仕事を心がける意識が強くなったと思っています」
そんな轟木が、現在の伊丹営業所に着任したのは2022年。伊丹での日々は、これまでのキャリアの中でもとくに濃密なものだと語ります。
「現在の所長とは、四国の営業所時代に一緒に働いた間柄でした。当時も所長から『営業的なセンスがあるから、そっちもやってみよう』と言われて営業的な仕事をやっていたんです。その後、転勤を経て伊丹営業所で再会した際に再び声をかけてもらえたのです。
尊敬する所長の下で、事務職のプロとして、そして営業のパートナーとして認めてもらえることが、今の最大のやりがいです。所長と机を並べて『今月の売上をどう着地させるか』、『次はこの案件を取りに行こう』と相談しながら営業所を動かしていくのは、まるで小さな会社を経営しているような手応えがあります」
事務職だからといって、デスクに座って事務手続きや処理に取り組むだけではなく、営業所の売上や利益、案件などを把握しながら現場にも足を運び、現場の進捗などの現状も理解する。その両輪がそろって初めて、本当に価値のある仕事ができていると感じています。
「最近は後輩から相談の電話がかかってくることも増えました。かつて私が先輩に助けてもらったように、今度は私が後輩たちの不安を取り除いてあげたい。自分が輪の中心になって、営業所全体を盛り上げていく。その実感が得られるのは、前田道路の事務職だからこそ味わえる醍醐味だと思います。
また、10年働いてきた中で前田道路の会社の規模やネームバリューの大きさをあらためて実感しています。建設業に携わっている方であればだれもが知っている企業で、責任と裁量を持って働いていることが誇りです」
一生モノのキャリアと、充実した私生活。前田道路で「なりたい自分」をつかむ
入社10年目を控え、轟木はプライベートでも大きな節目を迎えています。
「最近結婚したばかりで、結婚式と新婚旅行の準備に追われています。ただ、そんな時でも有給休暇とは別に5日間の慶弔休暇がもらえるので、それを活用して海外への旅行を計画しています。こうしたライフイベントに合わせた休暇制度がしっかり整っているのは、本当にありがたいと思います。
普段から土日は完全週休二日制でしっかり休めますし、帰りもそんなに遅くなることはありません。プライベートを充実させられる安心感があるからこそ、仕事でも『攻め』の姿勢でいられるんです」
今後の展望については、明確な理想像を挙げます。
「四国にいた頃、人との接し方や立ち回りが驚くほど上手な事務職の先輩がいて、ずっと憧れていました。その方は今、本社で活躍されていますが、私もいつか『あの人がいれば、この営業所は絶対に大丈夫だ』と周囲から確信されるような頼もしい存在になりたいです。
中堅となった今、後輩を教えることの難しさを痛感することもありますが、メンバーからも信頼されている実感を持てている今の自分の姿を大切にしています。今後も元気と前向きな姿勢で、明るい前田道路を引っ張っていくリーダーになっていきたいですね」
最後に、前田道路を志す学生たちへ力強いメッセージを送ります。
「建設業界、とくに道路の仕事は地図に残る大きな仕事です。そして、前田道路は事務職にも若いうちから大きな裁量と責任を任せてくれる会社です。最初から組織の中心となって動きたいという想いがある人ならこれほどおもしろい環境はありません。元気があって、ガッツがある人。そんな仲間と一緒に、これからの前田道路をイケイケの明るい会社にしていきたいですね」
自分の発言と行動に責任を持ち、営業所の信頼を背負う。前田道路というフィールドでつかみ取った「代えのきかない存在」として、轟木は仕事に向き合い続けます。
※ 記載内容は2026年1月時点のものです
