仮想空間のテストコース「DPG」でクロスドメインの開発を可能にする
長年協業を続けるHondaとAWS。2024年9月には、エンジニア向けのセミナーを合同で開催するなど、良好な関係を築いています。両社がタッグを組む取り組みの一つは、「デジタル・プルービンググラウンド」(Digital Proving Grounds: DPG)と名付けた仮想空間での車両開発環境の構築です。
中野:プルービンググラウンドとは、実験場やテストコースのこと。つまり、これまでは実車で行っていた検証作業を仮想空間上で行うことで、実車やECU(エレクトロニック・コントロール・ユニット)などのハードウェア不足による待機時間を減らしたり、時間や場所を問わずに開発作業ができたりする環境を作ることをめざしています。
近年、モビリティ業界で広がりを見せるSDV(ソフトウェア・デファインド・ビークル)。クルマづくりがソフトウェア先行に変わりつつあるなかで、クルマのあらゆるシステムを制御するECUの開発とソフトウェアの開発を統合して行えるDPGというプラットフォームがあれば、部門を横断した開発が可能になります。
東:そのため、DPG構築におけるキーワードは、「クロスドメイン」と「爆速」です。
クルマは多くの部品やシステムから成り立っています。たとえばECUにも多くの種類があり、それぞれが別の開発環境を持っていました。しかし、それらの機能をコアECUに集約していく動きがあり、各ドメインを集めて開発環境を揃えることで開発を爆速で進めようと始まったのが、DPGプロジェクトです。
クロスドメインというキーワードの通り、DPGプロジェクトにおいて4人それぞれが担当する領域は異なります。
畑:私はAD(自動運転)、ADAS(先進運転支援システム)の開発環境やデータ環境を構築する部署に所属しています。担当するのは、AD/ADASの開発で使うデータ基盤の開発リーディング。テスト車両による膨大な走行データを収集し、利活用するための前処理を行う基盤作りです。
水原:私は入社以来、クルマと外部をつなぐコネクテッド領域で開発に携わっています。EV(電気自動車)を使ったエネルギーマネジメントサービスの開発を担当するなかで、テスト車両が足りないという課題があり、仮想車両や仮想充電器を使った検証に取り組んでいた流れでDPGプロジェクトに参加することになりました。現在はDPGのベースとなる部分の開発に携わっています。
中野:私も水原さんと同じコネクテッド領域を担当しています。コネクテッドカーから集めた走行データを活用するための分析基盤を作っているほか、そのデータを活用したビジネスを加速するプラットフォームづくりも担当しています。
東:私はDPGの開発環境チームで、各開発者が触れる環境を作っています。これまではソフトウェアプラットフォームの内製化に取り組む部署で、Hondaの社員が自分たちで開発するための環境作りに取り組んでいましたが、クロスドメインでの環境構築をめざした組織再編に伴い、DPGの開発に取り組むことになりました。
DPGのクラウド基盤を提供するのがAWS。Hondaへの技術的なサポートを担当しているのが渡邊氏です。
渡邊:私はソリューションアーキテクトという役割で、営業担当者と協力しながらお客様の技術的な課題を解決しています。Hondaの皆さんとはSDVを統括する部署をはじめ、さまざまな部署と関わりながらサポートしています。
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DPGの価値を伝えながらHondaの組織やカルチャーを変えていく
クロスドメインでの開発に挑戦したいという話がHondaからAWSに持ちかけられたのは2022年のこと。2023年に開催されたAWSのイベントでこの挑戦が紹介されると、これまでの常識を大きく変える取り組みに業界内外からの注目が集まりました。
しかし、新たな開発環境構築に向けては、当然ながら多くの困難もあります。
東:Hondaはもともとハードウェアの会社ですから、ハードウェアとソフトウェアのエンジニアでテストに対する感覚が異なる点が難しい部分の一つ。とりあえず仮想ECUを用意してみたものの、何が検証できるのかが明確にできず「結局、実車の方が早い」となってしまったこともありました。
この環境を使うことでどんなメリットがあるのか、どんな価値があるのかを根気強く伝えていくことが大切だと感じています。
中野:そうですね。私は絶対にDPGを使った方が良いと思っているのですが、まだ「今までと大きく変わらない」と言われてしまうことが多くて。実際にモノを見てもらうとQCD(品質・コスト・納期)の変化が見えやすいので、AWSの皆さんに協力してもらいながら「作って見せる」ことを心がけています。
畑:既存のインフラとの親和性も課題で、私が担当するデータ基盤に関しては、データの転送スピードなども苦労している点です。オンプレミスの環境とは気をつけるべき観点や仕組みも異なりますから、使う側の考え方を変える必要もあります。
DPGの価値を伝えていきながらも、ユーザーである開発者には制限やデメリットが見えないよう苦労しています(笑)。
中野:あとは、多くの部署が関わることなので、全体で整合性をとるのが難しいですよね。Honda全体では良くなるけれど、それぞれの部署でやりたいこともあるので、そのバランスをとっていくための方法を模索中です。
水原:AWSの皆さんは非常に速いスピードで開発を進めていて、ついていくのが大変です。Honda内で調整を進めているうちに、どんどん新しい技術がリリースされています。1年経ったら別の新しい技術が出ていたということもあります。
そういった課題の解決もサポートしているAWS。渡邊氏は、新しい技術を取り入れるには文化や組織が変わっていくことが必要だと話します。
渡邊:クラウドは、単純にシステムだけが変わるわけではありません。お客様の組織体制や働き方、文化などが大きく影響します。そこでプロジェクトが始まる際には、Hondaのマネジメント層の方たちに、当社の米国シアトルにある本社やサンノゼにあるAutomotive Labなどにもお越しいただきました。実際にカルチャーを体験してもらい、共感してもらうことから始めたのです。
とはいえ、マネジメント層の想いがすぐに現場に浸透するものでもありませんから、畑さんのような悩みであればシームレスにクラウドを使えるかどうかを重視したり、中野さんのような悩みであればROI(費用対効果)を意識した提案をしたりしています。
カルチャーの理解をしてもらう層、実践的な課題を解決する層など、それぞれのレイヤーの方たちの声を聴き、ニーズにしっかりと応えることを心がけてサポートしています」
学ぶのはスキルだけではない。参考にすべきはプラットフォーマーとしてのあり方
新たな挑戦への苦労は大きいものの、Honda側のメンバーはこのプロジェクトに携わることで、自身の成長やスキルアップはもちろん、会社の変化も感じていると話します。
畑:オンプレミスとクラウドはまったく別物というイメージを持っていましたが、実際にはオンプレミスが仮想化したような形のものが多いので、ポイントを理解すると加速度的にコツがつかめておもしろいですね。
クラウドのスキルを身につける上でとても役に立ったのは、AWSの開発プラットフォームです。ユーザーからの投稿も含めてたくさんの情報が公開されていて、ニッチなトラブルへの対処法もドキュメントでまとめられています。サポートに問い合わせる前に解決してしまうことが多々あって、ノウハウを共有するクラウドの文化を感じました。
水原:私は、仕事の早さや進め方を学ぶことが多いですね。以前、AWSのオフィスを訪問した際、その場に意思決定者を集めて一気に合意を取って進めていく様子に驚きました。資料を中心に説明するというHondaの文化をガラッと変えてもらったと感じます。
中野:モノを見せることは増えましたよね。「資料ではなく、実際に動くモノで見せてほしい」と言われることが多くなりました。上からも下からも意識が変わっていると思います。
また、このプロジェクトのおかげで、担当する領域だけではなく「Honda全体として」という視点で考える機会が増え、視座が高くなったと感じています。
さらに、AWSとの協業からHondaとしてめざす姿も見えてきたと続けます。
東:プラットフォーマーとしてのあり方が、とても勉強になります。畑さんが話したように、プラットフォーム上でユーザーのコミュニティができているんです。イベントもたくさんありますし、AWSがユーザー同士の交流を支援しているからこそ、ノウハウが共有されてさらに使いやすくなるという好循環が生まれるのだと思います。
クルマの開発は一般的にはあまり使われないツールを使用するので、調べてもなかなか解決策が出てきません。社内のエンジニア同士のコミュニケーションが活発になることも、DPGが統一されたプラットフォームとして機能するポイントになると考えています。
畑:ユーザーを開発者に育てるという活動は、プラットフォーマーをめざす上で私たちも見習いたいですよね。
こういったHondaの変化を間近で見てきた渡邊氏は、「本気」になった時のHondaの行動力に驚いていると話します。
渡邊:組織や文化を変えることはとてつもない労力が必要です。大きな組織であればなおさらです。
AWSチームが一番驚いたのは、プロジェクトに合わせて、それまで埼玉や栃木など別々の拠点にいた部署を一つの場所に集めたこと。Hondaさんの本気を感じて、「私たちも本気で向き合おう」と話したことを鮮明に覚えています。
自分たちがやると決めたことに対して必要であればどんどん実行して、実際に徐々に変わっている。その姿に、私たちも多くのことを学ばせてもらっています」
「本気」で向き合いながら、モビリティ業界全体を変えていきたい
変革のために組織を変えてでも行動するHondaの原動力はどこにあるのか──渡邊氏は、その強さはボトムアップカルチャーに現れていると言います。
渡邊:マネジメント層の方が、現場の声を把握した上で組織や文化を変えようとしていることが印象的です。たとえば、私たちがマネジメント層の方に何か提案したとしても、「今、現場のメンバーは何に課題を感じているの?」と聞かれるんです。
トップダウンで物事を進めるのではなく、現場を大事にする文化があるからこそ、私たちも現場の課題をしっかり理解して、サポートすることを大切にしています。
AWSという「本気」で向き合ってくれるパートナーと共に、DPGという新たなプラットフォーム構築をめざすHonda。社内のつながりをさらに強化するだけではなく、業界を巻き込んだ変革を起こそうとしています。
畑:クロスドメインをもっと進めていきたいですね。これまであまりデータをオープンにしていなかった分野もありますが、それぞれで得られた情報を共有し、人の交流も活発になっていくことで、もっと世界が広がっていくのではないかと思います。
水原:クルマやバイクといった生活に深く関わるモビリティがいろいろなモノとつながるということは、とても夢のある未来です。DPGはまさに、Hondaのモビリティを使って新しい価値を生み出すためのベースになるもの。今は社内向けに取り組んでいますが、社外にも提供できるようになれば、もっと便利な未来が作れるのではないかと考えています。
中野:社外に提供できるレベルのものを作ってビジネス化したいというのは、私も同じです。一番使いやすいデータ分析基盤を作り、データと組み合わせて提供できるような形をめざしたいですね。
東:仮想空間でクルマを作るためには、ツールやハードウェアに関わるさまざまな企業の協力が欠かせません。力を貸していただけるよう、Hondaから働きかけていくことが必要だと考えています。
また、将来的にはデジタルツインなどにも広がっていくと思うので、そのためのインフラ整備にも取り組んでいきたいです。
渡邊:私は、今4人が話していたことを全力でサポートしていくこと。その先に、Hondaの皆さんがめざす「世界初」の実現を後押ししたいと思っています。爆速のプラットフォームを作り、爆速の開発組織を作り、お客様に提供できる世界初の機能を作っていくことを一緒にめざしたいですね。
新しいシステムを導入するためには組織を変えていくことが必要ですが、SDVに最適な組織の形を考えることは、1社だけでは難しいと思っています。ほかの完成車メーカーも含めて切磋琢磨していくことで、さらに大きな価値が生まれるのではないでしょうか」
HondaとAWSの2社で生み出す新たな開発環境で、モビリティ業界の変化も爆速化させる──組織や文化を柔軟に変えながら、モビリティ開発の新たなステージをめざします。
※ 記載内容は2024年10月時点のものです
5名も登壇したイベント「Honda×AWSが仮想空間でクルマをつくる」のアーカイブ動画とレポートはこちら▶︎
https://techplay.jp/column/1895
