姉を拒絶していた過去──障がい者との関わりが見方を変えてくれた
私は4人家族で、ふたつ上の姉がいます。名前はかほちゃん。幼いころは姉妹喧嘩をするなど普通に接していたのですが、幼稚園生のころ、「姉は周りと比べておかしいのかもしれない」と感じ始めました。
その違和感は、周りの反応で確信に変わりました。私と姉は小学生のとき、学童保育に入っていたんです。学童保育の先輩たちが姉のことを「変だよね」と言っているのを聞いたとき、初めて姉は知的障害なのだと認識しました。
そして、姉が癖で友人のにおいをかいでしまったときに相手がするうっとおしいという表情を見たり、周りの反応を聞いたりしているうちに、「姉は迷惑な存在なのだ」と思い始めたんです。
姉に言われている言葉が自分にも響いてしまって、自分が言われているみたいでつらいときもありました。そしていつしか、「姉から離れたい、違う環境に身をおきたい」と思い、姉を拒絶し始めます。
そのような心境から、私が小学2年生のときに1年ほど、わたしと父、母と姉で別居を始めました。しかし、別居1年後くらいに新しくマンションを購入し、家族で暮らすことになりました。私と姉のそれぞれのスペースができたこと、親がわたしには父以外の存在が必要だと考えたことなどが理由です。
同居に戻ったときは、母と一緒に暮らせる嬉しさがある一方、学校が変わったことで、また周りからの反応が気になるようになりました。
このように、姉に関して周囲からの目が気になり続けていた小学校時代でしたが、転機が訪れます。それは、中学生のときのこと。父が放課後等デイサービス事業と移動支援事業を運営をするようになり、姉以外の障がい者との関わりが増え、障がい者がある子の個性を受け入れられるようになりました。そこから姉に対する見方が変わってきたんです。
また、姉の中学の合唱コンクールを見に行ったことも姉への見方が変わったきっかけのひとつでした。当時、姉とわたしは違う中学校に通っていたので、姉の学校での人間関係を知りません。
しかし、合唱コンクールに行くと姉が周りからとても可愛がられていて。ずっと恥ずかしいと感じていた姉が受け入れられているのを間近にして、衝撃を受けました。それが姉を受け入れることができるようになったきっかけです。
きちんと話せば差別偏見なく接してくれる。姉のことを発信し、希望が現実に
こうして姉を徐々に受け入れられるようになり、姉のことを周りに話すことが増えたんです。しかし、姉に障がいがあることを話すと、「聞いちゃってごめんね」などネガティブな反応をされることも多くて。それに違和感を覚え、姉のことを隠す時期もありました。
でも、ダウン症の弟を持つ先輩とその弟さんとの思い出のツイートを見たことで、私の考えが変わりました。その先輩のツイートにはいいねが多くついていて、ポジティブなコメントもすごく多くてびっくりしたんです。
それを見て、「わたしもきちんと話せば、姉のことを周囲に理解してもらえるんじゃないか」と考えるようになり、かほちゃんの可愛さをみんなに知ってほしいと思うようになりました。
私は、年齢が上がっても純粋な心を持ち続けるかほちゃんが大好きです。その魅力を伝えるために、かほちゃんの動画を積極的に撮って友達に見せるようになりました。そこからかほちゃんの認知が広がり、友達が家に来たり、文化祭で会ったときに話しかけてくれたりするようになったんです。
きちんと話せば、差別偏見なく接してくれるのではないかという希望が、現実になりました。この経験が、“知らないから差別が生まれている”ことを知るきっかけになったんです。
姉との経験から、“知らないから差別が生まれている”と気付き、将来は教師として普通学級と特別支援学級の子の橋渡しをする役割になりたいと思いました。それに加えて、差別偏見の心の部分も学びたかったので、大学で教育系と心理系の勉強を専攻することに決めます。
大学時代には、勉強だけでなく父が経営する放課後等デイサービス事業と移動支援事業の手伝いもしていました。事業規模がだんだん大きくなっていくにつれ、事務業務など人に任せきれない部分ができたので、本格的に私が手伝うことになりました。
また、心理カウンセラーとして目の前の人を救うことも魅力的だなと思っていたので、大学では、臨床心理士の資格を取ろうと考えていました。でも、バリバリ働く母にあこがれていたこともあり、「わたしももっとバリバリ働きたい!」という想いのほうが強くて。働くことへの意欲が出て、大学院には進まず就職活動をすることにしました。
コロナ禍でゼネラルパートナーズへ──コミュニュケーションの楽しさ
父の会社で働きながら、就職活動をしていました。いずれ父の会社を継ごうとは考えていたのですが、卒業してすぐに継ぐことは考えられませんでした。
父の会社で働くうちに障がい児の家族のさまざまな感情に触れ、障がい児だけではなくその家族をもっと支援したい、障がい者の家族支援事業を立ち上げたいと思うようになりました。 とくに、自分と同じように障がいへの差別に苦しんでいる人や子育てに追われている人を助けたいと思いました。
将来的に事業立ち上げにかかわりたいと考えていたので 、就職先を選ぶ際に事業をつくるノウハウを学べるかはすごく重視していました。後は、会社のビジョンやミッションに共感できるかどうかも大事でしたね。
就活中からゼネラルパートナーズ(以下、GP)には、さまざまな魅力があると感じていたのですが、とくにビジョンを見て「私が目指したいものはこれだ」と思いました。その後社員の方との面談を通しさらに志望度が高まったので、入社を決めました。
今年(2020年)の4月に入社したんですが、ちょうどコロナの影響で緊急事態宣言が出ているときで。GPも完全に在宅勤務へ変わっていたので、入社して最初の3カ月はすべてオンラインでした。初めはそれが嬉しかったですね(笑)。だって、自宅で仕事をしているので、1時間の休憩時間も周りを気にせず自由にふるまえるじゃないですか。
でも、3カ月くらいたって出社するようになると、「やっぱり出社は良いな」と思うようになりました。在宅のときは家族以外の人と話すこともほとんどなくて、出社して初めて対面でコミュニケーションを取れるのはやはり楽しかったです。
そこからもっと社内の人たちとコミュニケーションを取りたいと思い、社内のチャットツールに気軽に楽しく話せるスレッドをつくって、オンラインでもコミュニケーションを増やそうと工夫しています。
業務のひとつとして、社内で使用しているG Suiteのマニュアルサイトを作成したり、講習会を開催したりしています。
新卒メンバー5人で担当しているのですが、私は名古屋、他の子は東京本社、関西とみんなバラバラで勤務しているので全然会う機会もなくて。本業務の中ではなかなか関わることのない新卒メンバーと唯一業務の中で携われる綱なので、私としてすごく嬉しくて、みんなでワイワイ楽しく業務をこなしています。
現在は質問やナレッジシェアができるチャットルームを運営したり、ランチを食べながら質問・共有ができるランチ会の運営をしたり、GP社員の方がより効率的に業務に取り組めるように頑張っています。
これからも夢に向かって。キャリアプランナーとして感じるやりがい
2020年現在、部署でのメインの仕事は、キャリアプランナーとして求職者さんが納得のいく転職活動ができるようにサポートすることです。
私にはまだ、“人と人”というコミュニケーションが足りないと思っています。私は未熟なのに、「候補者さんに有益な情報を提供しなきゃ」と思いすぎて、候補者さんのことをよく知れていないこともありました。
候補者様とお話しているとき、なかなか本音にたどりつけず苦労することがよくあります。最近初めて不動産屋さんへ行ったときに自分自身が体験したんですが、人生でそんな多くない決断(転職や不動産選び)をするときって、そもそも自分でも何が希望なのかなんてわかっていないこともあるんです。
それを言葉にして人に伝えるってすごく難しいことなんですよね。
でも、私はその希望を候補者様に聞く立場で、どこまでが本音なのかってなかなか把握しづらくて、すごく難しいなあと感じます。最初は「全部最初の一回で聞き出そう!」と思ってしまっていましたが、今は実際に求人を見てもらう中で一緒に考えていこうと思っています。
候補者さんへ気になったことを聞くなど、素直なコミュニケーションができているときは楽しいので、これからはもっとできるようになりたいです。
入社してまだ半年ですが、キャリアプランナーという仕事にやりがいを感じています。2カ月近く一緒に転職活動をしてきた候補者様の就職が決まったときは、本当に嬉しかったです。なかなか選考が通らず悔しい想いをしましたが、最後まで諦めず一緒に頑張ってきて良かったと思いました。
一方、GP経由では最終的にどこも通過せず、自己応募で決まった方も数名いらっしゃいました。
力になれず本当に悔しかったですが、最後のお電話で「古田さんのおかげでここまで粘って頑張れました」や「ないほうがいいけれどもし転職するようなことがあったら、また古田さんにお願いすることはできますか?」と言われたときには電話越しに泣きました(笑)。GP経由かどうか関係なく、だれかの新たな一歩を一緒に喜べる瞬間は私にとってとても嬉しかったです。
プランナーをしている中で、重度の障がいがある方など目の前のお客さん以外に支援しきれていない人が多くいることを実感しているので、そのような人をサポートできるしくみをつくりたいですね。
現時点での目標は、第一にプランナーとして一人前になることですが、ほかのポジションを経験してみたいという欲もあるんです。いずれは転職者を受け入れる企業との交渉や、定着支援などもしてみたいと思っています。
そして、入社する前から思っていたように、障がいがあっても自分らしく生きられる人を増やし、その人たちの家族支援もしていきたいです。

