苦労を重ねた日々──想いを持った仲間との出会い

埼玉県さいたま市にある就労継続支援A型事業所「アスタネ」。就労継続支援A型事業所は、企業に就労することの難しい障がい者が、雇用契約を結び生産活動の機会を得ることで、知識や能力の向上に必要な訓練を行える場所です。

2020年10月現在、35名の精神障がいのある仲間がそれぞれの個性を生かしながら業務に取り組み、日々成功体験を積み重ねています。今年3月には3名の利用者さんが一般企業へ就職しました。

約一年前にtalentbookで紹介した元アスタネの利用者さんだった篠田 直樹は、現在ゼネラルパートナーズの社員として就労移行支援施設「ジョブトレWeb・IT秋葉原」で活躍中です。

アスタネでは施設長の根本 要と副施設長の齊藤 功一を筆頭に、菌床しいたけの栽培から販売を通し、体調を安定させて働けるような体力面の強化や、就労に役立つスキルを身につけていきます。

根本 「2016年に私がアスタネに来たときから、何件か都内の百貨店や近隣のスーパーマーケットなど外部からの取引依頼があったんですが断っていたんです。

そもそも取引をしてくださる業者さんが気にすることは、収穫量と質が安定してしているかです。それでいうとそこまで約束できない限りは、取引は成立しないなと思っていました。販売拡大よりも、まずは収穫と運営を安定していくのが先だと思いましたね」

アスタネの事業に関わり始めてから約1年をかけて、根本は運営オペレーションの改革に取り組みます。福祉施設やしいたけ業者の見学を繰り返し、現在のベースとなるオペレーションを構築していきます。

しかし実際に運営をし始めると、新たな課題も見え始めました。

根本 「そのときに課題に感じていたのは、どうしても福祉施設としての運営になってしまうので、農業生産事業としてどのように収益化していくべきかという点です。当時のアスタネチームの組織や役割は縦割りで、農業のことは私以外把握できていなくて、私が教えなければ動かないという状況でした」

そんなときにチームに加わったのが、海外NPOで就業経験のある副施設長の齊藤でした。

齊藤 「利用者さんの声を聞いても、とても良いチーム状況とは言えませんでした。『こうすればいいのに』というそれぞれの想いはあるのに他人事という感じで。ちょっとしたことですが、おかしいなと思うところも多かったです。職員の名札はプラスチック製なのに利用者さんは紙製だったり、利用者さんが使う書類や提出物に”様”が入っていたり。

そこで、利用者さんの名札を職員と同じプラスチック製に統一し、“さん”付けで呼ぶようにして、利用者さんをお客様扱いせずに、まずはアスタネの事業を動かしている当事者、チームの一員という意識を持ってもらうようにしていきました。利用者さんのことを『スタッフ』と呼ぶようになったのもそのころからですね」

チームマネジメントの経験もあり、施設を持続させるために経営視点での考えも持ち合わせていた齊藤が参画することで、さまざまなディスカッションができるようになったと根本は当時を振り返ります。

根本 「当時のアスタネの経営状況はかなり苦しく、正直いつつぶれてしまってもおかしくはない状況でした。飲食店で働いていた経験から40〜50人のスタッフをひとりで動かしていくのは、無理だということはわかっていたので、もちろん職員に役割を分担をしてはいました。

でも全体を見るのは自分しかいなかったので、齊藤が来てくれて、同じ志を持った仲間とこれから組織を変えていくんだという感覚が芽生えたのを覚えています」

そこから根本と齊藤を中心に、ゼネラルパートナーズが掲げるクレドのひとつ「やってみよう楽しもう」の精神で、アスタネというひとつのチームが動き始めます。

キーワードは『つながり』。売上達成につながったしくみづくりとは

アスタネ事業の立て直しを推進する上で、まず組織としての課題を解決するにあたり、齊藤には過去の経験をベースにした考え方がありました。

齊藤 「一般的に組織としての問題が発生すると、人は個人に焦点を当ててしまいがちです。ですが、より多様な人が関わる海外NPOで国際協力をやってきて感じたことは、その人個人だけではなく、その間「関係性・つながり」に焦点を当てることで見えてくる可能性もあるのではないかということです。スタッフひとりでは変えられなさそうなことでも、つながりを重視することでチームの相互作用を引き出して変化を生み出すことができます。

それまではトラブルに発展するリスクを避けるため、アスタネではスタッフ同士の連絡交換を制限し、終業後の連絡も禁止していました。しかし、『ひとつのチームになる』という点では不要なルールだと考え、ルールを変更します。

根本 「売上の共有を始めたのもそのころですね。利用者さんと職員が同じ方向を向くために、売上の数字を全体の目標としたんです。『店舗での売り上げを伝えることで、配送チームも頑張れる』そんなモチベーションの連鎖が起きていきました」

チームにとって必要なこと、不要なことをひとつずつ見直していきます。

齊藤 「ほかにも大きな出来事としてあったのは、スタッフが試食販売に行ったことですね。その体験をすることで店頭での売上が気になり始めて、『何パック売れたか店舗に聞いてくれ』という声が出てくるようになったんです。売上情報を伝えていくことで、スタッフの動きに変化が見えてきて、この情報は毎日伝えたほうが良いということに気付きました」

予算管理を日割り計算にして、毎日の達成率を可視化することで目指すべき目標が共有され、チームの方向性がひとつに定まってくるのを感じたとふたりは言います。

根本 「売上目標がみんなのモチベーションになったんです。その後も、収穫チームでは『商品の質は保ちながら量を増やす』という目標のために、出荷数・売上を細分化して、商品の規格ごとに管理するようにしました。今は、チームみんなで話し合いながら目標を設定をしています」

目標管理のしくみが構築され、新たに参加する利用者さんがいても何を目標にすべきかが明確になりました。しかし、チームとして活動を継続していくためには、しくみをつくるだけでは成功につながりません。

齊藤 「そのしくみを鵜呑みにするのではなく『数字の根拠を出してみよう』と動いています。そこで目標の構成要素をみんなで考えます。また、他チームの連携要素を割り出した数字を目標に設定することも重要なポイントです。そうして自分たちで設定した数字によって当事者意識が芽生え、活発な動きが生まれるんです」

根本 「これらの動きを導き出すのは簡単なことではありません。たとえば何かのチームをつくるときは、スタッフの意見をもとにメンバー構成を職員で考えたり、事前の声掛けも丁寧に行うことで、モチベーションが高い状態でチームが動き出します。ある程度のきっかけづくりはわれわれや職員でサポートしています」

職員の頑張りだけでは目標売上の達成が難しいことが見えていた中で、障がいの有無に関わらず、アスタネで働くチーム全員で課題解決に向き合わなくてはならない。しかし実際に行動に移し、チームを引っ張っていくことは思った以上に、簡単なことではありませんでした。

齊藤 「人って本当は納得できないけど、自分で自分を納得させていることって多いと思うんですね。ただ、アスタネのスタッフはその納得までのプロセスを組むのが難しい人が多いんです。なので納得できるような事前の情報共有は気を遣っています。

また意思決定のプロセスにもできるだけ入ってもらい、意思決定の当事者として納得して業務に取り組んでもらえるように心がけています」

有能感・自律性・関係性──アスタネをかたちづくる3つの要素

個で見ると弱い部分がありバラバラだったアスタネチームには、やりがいに直結する情報を共有し、補完しあえるしくみづくりが重要でした。それに加え、スタッフたちを信じて個人の特性に合った仕事を任せること。それによって仕事がうまく回って本人の自信につながり、主体性が生まれ、チームでの活躍につながっていると言います。

齊藤 「外発的動機づけと内発的動機づけを、連続したものとして捉えています。外発的な動機づけであることもいいと思うのですが、アスタネでは「やりがい」を重視しているので、内発的動機づけに近づけられるように、工夫して、働きかけていっています。

自己決定理論の中の基本的心理欲求理論(有能感、自律性、関係性が内発的動機づけに影響しているという理論)を参考に、働きかけたり、しくみづくりをしていますね」

売上、パック作成数記録、進捗表など成果の見える化をさまざまなチームで意識することが『有能感』を満たすことにつながります。しかし、それが個人に対するプレッシャーに感じさせないように、チーム目標に落とすよう心がけています。

齊藤 「またみんなの前で発表する場をつくることも、有能感の醸成につながっていると思います。たとえば、試食会を始めたときに、スタッフがみんなの前で感想を言うようにしました。

『結構、良い感じで売れていましたよ!』という声を聞くことができると、発表した人はもちろん他の人も自分の関わった商品が顧客に喜ばれているということがわかり、大きなモチベーションにつながっていくんです」

チーム全体の一体感が生まれ、モチベーションにつながる流れは、農業だからこその部分も大きいと根本は実感しています。

根本 「農業なら生産から販売まですべて自分たちで携わることができ、自分が関わっているアイテムがお客様に届くことで、リアルなフィードバックを全員で共有できます。また、自分が利用するスーパーでアスタネのしいたけが見られます。自身が地域とのつながりを感じられるのも大事な点ですね」

『基本的心理欲求理論 』で大切な自律性の要素を満たすためには、仕事のアサインの仕方も考える必要があります。

根本 「自律性のために希望に基づいたアサインを徹底し、『やりたい』と声を上げた人にどんどん仕事を渡しています。またこちらから仕事を振るときも、本人の希望を確認するようにしています。

『権限移譲』もとても重要ですね。発注数・納品数やイベントのスケジュール、果ては売価の決定まで、かなりの部分をスタッフに委ねています。そうするとスタッフがポジティブな責任感を持ち始め、結果的に出勤が不安定な人も、来られるようになり活躍できるようになりました」

齊藤 「責任を持って決めること(自律性)でより有能感が高まるんだと思います。自分で考えて売価決めや店舗との調整をすることで、うまくいったときの充実感が大きく増し、さらに次の店舗のイベントも積極的に取って来るというように、主体性がどんどん増していくんです」

自律性を持って仕事に取り組み有能感を実感してもらうため、それぞれの希望や得意な業務に仕事を振り分け生産性を上げていくことで、作業が分業化してしまうという課題もあります。

齊藤 「分業化の対策として、それぞれの役割の意義・背景を共有することでカバーしています。たとえば『配送チームのAさんは、1日でこんなスケジュールの仕事をこなしてくれているんですよ。またこんな想いを持っているんですよ』と伝えます。

そうすると他チームのスタッフも、『だったらAさんのために頑張ろう!」と思ってくれるんです。そもそもアスタネがチーム制を取り入れているのも関係性のためです。やはりひとりで責任を負うのはつらいものですが、複数人のチームになることで責任も分散し、かつ周囲と関係をつくれますよね」

障がい者にとって明るい社会を目指して。『やってみよう楽しもう』

アスタネでは、新型コロナウイルスにおける外出自粛宣言期間中、在宅勤務を導入し、1日20人~25人だった出勤人数を8人~10人ほどに制限していました。それにともない、生産数を減らし出荷先も限定していました。

根本 「まだコロナ前のように、しいたけの生産から販売までうまくしくみを回せていないんです。在宅中にコミュニケーションが不足してしまい、チーム内で試行錯誤する機会が少なくなくなってしまって。目標数値なども追わなくなってしまっているので、もう一度チームでしっかり目標を意識してやろうという話はしています」

予期せぬ気候の変化もあり、うまくいかないケースも出てきています。日々の気象情報から室内の温度を管理し、データを見ながら改善を繰り返しています。

根本 「4.5年前くらいでは考えられないくらい生産現場のレベルは上がってきています。とてもマニアックになってきていて(笑)。コロナ禍でも対応できているのは知識がついてきていることに加え、チーム運営を通していろんな人の意見やアイデアを生かすことができているからだと思います」

赤字だったアスタネを、組織の課題から立て直した根本と齊藤は、さらに先を見据えています。

根本 「『うつ症状』のある方が働きながら一般企業への復職を実現することを目的につくられたのがアスタネです。そもそも働くというのは『就労する』ことではなくて、就労する企業で『活躍する』ことじゃないですか。それをわれわれは意識して、受け入れる企業様と共に障がい者雇用を進めていきたいと思います。

個人的には精神障がいだけではなく幅広い障がいの方に、それぞれ合った働き方のモデルをつくっていきたいとも思っています。施設としては安定運営をできているので、アスタネの持続可能な状態をつくっていきたいですね」

齊藤 「もっと障がい当事者が活躍できるようなしくみづくりを考えていきたいです。活躍する舞台にどう立ってもらえるか、そこまでの伴走をどうするかを考えていきたいですね。そういう成功事例をもっと積み重ねていき、スタッフが中心になって事業を運営していく、アスタネのような形をもっと他の場所でも展開してみたいです」

アスタネ事業部単体としての成長だけでなく、ゼネラルパートナーズ全体としての相乗効果、さらには社会全体への拡がりを想定したしくみづくりを考えています。

根本 「もっと地域との連携を強化したいです。アスタネが持つしいたけというアイテムを、この地域で必要とされるところへしっかり届けられるよう、活動していきたいです。

コロナ禍でまだやれることは限られてしまう部分はありますが、食育の観点で地元中学生の実習受け入れなど地域に対してできることをしっかりと考えて、必要な存在になることで、事業運営を安定していく。雇用を守るっていうのは単純に売り上げだけじゃないと思っているので、その両立はさせていきたいですね。

現在は働くとなると、健常者と障がい者が意識的に分かれるじゃないですか。健常者の場合、会社側は自社にどう貢献できるのかをみて、働く側はキャリアアップができるのかを見ると思うんです。ただ障がい者になるとそこが一気にガラッと変わるというか。

障がい者雇用率を満たすためだけに人を採用しようとする企業もあるので、そこが課題ですよね。ゼネラルパートナーズにいる限り、障がい者雇用全体を考えて、障がいのある方が本当に働きやすい環境を当たり前にできるといいなと思います」

障がい者の方がもっと活躍できる、働きやすい社会を目指して──アスタネはこれからも実績を積み重ねて、障がい者支援に向き合い続けていきます。