日本とグローバルの垣根を取り払い、「患者さん第一」を軸につながっていく
──所属する部署やそこでの仕事の内容について教えてください。
オリンパスマーケティングのQM推進本部に所属し、内部統制と品質管理を担当しています。
私は近年グローバルにおける消化器内視鏡、そしてサービス事業のビジネスユニットリーダーとして活動してきました。昨年、約20年ぶりに国内子会社に異動したのですが、その背景には、グローバル経営陣との対話で浮かび上がったチャレンジがありました。
それは、当社がグローバルメドテックカンパニーとして飛躍するためには、ホームマーケットである日本市場をさらに発展させることが必要であるということ。日本と海外とのブリッジを強化していく中で、言葉の壁や、グローバルビジネスを理解しているリーダーが必要とされていたのです。とくに品質に関わる改革が急務ということで、私が担うことになりました。
入社以来、営業、マーケティングを専門に経験を積んできており、内部統制や品質管理は異なる領域でしたので、戸惑いはありました。しかし、当社のビジネスに精通していることから、あえてアサインしたいという会社からの意向を聞き、新たな経験を得る機会と捉えて引き受けることを決めたのです。
現職で1年経ち、先日あるトップマネジメントに、「当社がグローバルメドテックカンパニーになる上で必要な能力をあなたが身につけるべく、ポジティブに活動されていることを知っている」といったコメントをいただきました。直接仕事で接点のない経営陣からそのような言葉をもらえたことは、たいへん励みに感じています。同時に、「私もそんなメッセージを仲間に投げかけられるリーダーになりたい」と思いました。
──オリンパスで働くやりがいをどんなところに感じていますか?
「患者さん第一」を共通言語に、世界の医療従事者と内視鏡普及によるQOL向上に貢献できることです。これまでのキャリアの中で、新しい内視鏡技術が登場するたびに、それをどのように患者さんの診断や治療に活かせるか、医療従事者の先生方と共に医学的エビデンスを証明しながら普及に取り組んできました。
一昨年、私の義父が大腸の治療を受けることになったのですが、以前に先生方と一緒に創り上げた診断術とESD(内視鏡的粘膜下層剥離術)という手技によって、開腹せずに治療を行うことができました。当時携わった技術が身近な人のQOL向上に貢献している様子を目の当たりにしたことは、オリンパスで働くやりがいをあらためて感じることができた瞬間でしたね。
現在の部署は、いわゆるバックヤード機能ですが、すべての部門には「現場」があり、それらがバリューチェーンでつながって最終的に患者さんに届くのだとあらためて実感しています。
たとえば、開発部門での製品開発や私の部門での品質管理におけるガバナンスの仕組みづくりなど、一つひとつの工程すべてがつながっているからこそ、先生方が安心してより良い製品を使用できる環境が整います。多様な部署を経験させてもらったキャリアを活かして、この壮大なストーリーを創り上げていきたいと思っています。
“夢を語る力”が動かした、医療教育の未来と国境を越えた連携
──入社後、どんな仕事を経験してきましたか?グローバルに興味を持ったきっかけも教えてください。
オリンパスに入社したのは1996年です。内視鏡事業における国内営業からはじまり、その後、国内マーケティングに携わるようになりました。グローバルに関心を持つようになったのもその頃です。
日本の内視鏡学は非常に優れており、先生方はそれを世界にも広めたいという想いで、海外の学会で論文を発表したり、自ら訪問してライブデモンストレーションを行ったりしていました。国内外を問わずに患者さんのことを第一に考え、チャレンジしている姿を見て、その活動を支援する私も自然と世界へと視野が広がっていきました。
その後、製薬会社への出向を経て、2007年にアジア中南米販売部のマネージャーとして消化器内視鏡ビジネスに携わることになりました。当時はとくに語学力が追いついておらず、会議のファシリテーションなどに苦労した時期で、悔しい日々を過ごしたことを昨日のことのように思い出します。
ただ、その時でも将来は海外の仲間と英語で語り合えるイメージをもっていましたね。それは、私が「自身の考えを海外の仲間に伝えたい」、そして「彼らから学びたい」ことが明確だったからです。今もさまざまな苦労はありますが、この気持ちは絶えません。
──キャリアの中で、とくに印象に残っていることを教えてください。
いろいろありますが、大きな転機となったのは、タイでの駐在時に立ち上げた産学官連携の内視鏡トレーニングプログラムです。タイのような新興国(2015年当時)においては、内視鏡を学ぶ環境が整っていませんでした。持続可能な形で内視鏡を学べる環境を作りたいという想いで日々試行錯誤しました。
この取り組みを実現するには、当社1社だけの活動では限界がありましたが、その想いを言葉にしていくうちに、私と同様にタイや、その近隣国の医療サービス向上を夢見る日系企業、各団体の仲間がいることを知り、その仲間らと共に、バンコク商工会内に「医薬・医療分科会」を創設。私自身も会長として日系企業・団体約80社のオールジャパンチームを牽引することができました。
この分科会は日本大使館やJICA(国際協力機構)などをアドバイザーとして迎え入れ、公的な団体としての活動を可能にしました。その成果は多岐にわたりましたが、前述の内視鏡トレーニングプログラムは、日本の学会やエキスパートの医師たちの協力、そして日タイ政府からの承認をもらい、継続的な医療支援のためのNPO法人設立につながったのです。
企業からの寄付や、トレーニングを提供していただく日本の大学をコンソーシアム形成にまとめることにより、持続可能な教育支援の仕組みを構築できたことは、大きなチャレンジでしたね。さらに、タイに当社トレーニングセンターを設立してハード面も充実させ、ベトナムやラオス、カンボジア、ミャンマーなどの主要な医療関係者を集めた教育プログラムを作りました。このプログラムは、現在も提供し続けています。
この経験を通じて学んだのは、夢を語ることの重要性です。私が活動を始めたとき、「コンソーシアムで公共機関まで巻き込むべきなのか」という声もありました。しかし「患者さんのQOLを高めるトレーニングを実現させるには必要なアクションだ」という想いを語ることで、同じ志を持つ方や、応援してくれる方と出会えるようになったのです。
彼らと夜通し語り合う中で多くのアイデアが生まれ、お互いの夢と構想が重なり合い、予想以上のスケールとスピードで進んでいく過程に胸が熱くなったことを今でも覚えています。
完璧じゃなくていい。自分の限界を知ることで築けた信頼関係
──グローバルリーダーを経験することで、自身の成長や気づきにつながったことはありますか?
「自分の限界を正確に理解する」ことの重要性に気づきました。若い頃はなんでも自分でやり切りたいという意識が強すぎて、壁にぶち当たることが多く、思い通りにならないことも多かったのです。世界で活躍するリーダーや先輩社員を見て、自身の未熟さを痛感し、マインドを変えていきました。
タイでの活動も、1人では実現できませんでした。「変えていきたい」という強い想いはあっても、他企業や公的団体を動かすことは自分だけではできなかったと思います。しかし、長年の営業経験と現場知識を活かし、「自分にはつなぐ力がある」ことをあらためて認識することが、関係者の考えをマッチングさせ、Win-Winの関係を築き、物事を前に進めるための力になったのではないかと感じています。
限界を受け入れると「自分の価値は何なのか?」という問いが生まれます。「すべてを100%できる人はいない」と認識し、自分の価値や強みを明確にして、足りない部分をサポートしてくれるパートナーを前向きに探すことが大切ですね。
そのためには、さまざまな価値観や知見を持つ人々とのネットワーク構築も欠かせません。可能であれば、それぞれの領域のプロフェッショナルとつながることです。
ただし、相手に興味を持ってもらうには、自分自身も魅力的である必要があります。そのために必死に勉強し、自らも情報発信を行い、さまざまな経験を積むことも心がけています。
──リーダーとして、大切にしている価値観を教えてください。
やはり、周囲とのパートナーシップを築くことです。これは社外のネットワークだけでなく、社内でともに働くメンバーとの関係性においても重要です。
私が入社した90年代後半は、まだ日本企業の多くは管理型・トップダウン型のリーダーシップが主流でした。今振り返れば、それは日本の高度成長期で培われた「勝ちパターン」だったのでしょう。しかし、現在においては、それだけでは成長できないのは周知の通りです。
重要視したいのは、多様性を認め合う社会の中で、いかに周囲をワクワクさせ、モチベーションを維持・向上させられるかです。1人で完璧な計画を考えることに時間をかけるよりも、率直に夢や課題をメンバー間で共有し、彼らが主体的に異なる強みを活かしたアイデアを出し合い、それに情熱を持って挑戦できる環境を作り続けたいと考えています。
ただし、リーダーには2つの重要な役割があります。それは「決めること」と「責任を取ること」。パートナーシップを保ちながらも、何かを決めるときには明確な意思表示をし、その決定に対して責任を取ることが大切です。イエスマンになるのではなく、健全なディベートを行い、時には自分の誤りを認められるリーダーが理想だと考えています。
変わりゆく組織と日本の未来──残すべきDNAとともに歩む決意
──次世代のリーダーに向けてメッセージをお願いします。
次世代リーダーに向けて私が伝えたいのは、まず「夢を持つこと」の大切さです。自分の夢や理想の世界観を語ることができるようになると、自然と共感してくれる仲間やパートナーと出会えるようになります。
そしてもう一つ大事なのは、「夢は変わっていい」ということ。人は成長するにつれて価値観や興味が変わります。それにあわせて夢が変わることは、ごく自然なことです。キャリアプランを立てる際、10年後、20年後の自分を描くことはよくありますが、そのイメージに縛られすぎるのは良くありません。
実際、予期せぬキャリアの転機は誰にでも訪れます。私自身も、当初は日本国内でキャリアを築くつもりでしたが、さまざまなきっかけで世界を舞台に働くようになりました。現在のQM推進本部への異動も予想外でしたが、上司に「自分に何を期待しているのか」をたずね、その意図に共感できたことで、前向きに決断することができました。
とくに若いうちは経験が少ない分、予想外のアサインメントでも、まずは挑戦してみることをおすすめします。実際に経験してみることで新しい発見があり、自分の可能性が広がることもありますから。
さらに伝えたいのは、「グローバルで活躍することだけが成功ではない」ということです。私のキャリアはグローバルにつながりましたが、それが唯一の正解ではありません。描き方はみなさんそれぞれに異なるはずです。
しかし、今の時代、オンラインで世界とつながることができるため、国境の概念は以前ほど意味を持ちません。日本もタイもアメリカも、すべて「グローバルの中の1国」なので、ぜひ、いろいろな可能性を広げていってほしいと考えています。
オリンパスには「内視鏡で世界の患者のQOLに貢献する」という共通のめざす姿があります。この理念を軸に、世界の仲間と語り合える環境が整っています。だからこそ、自分自身の価値観に基づいたキャリアを描き、それを周囲に語り、チャレンジし続けてください。きっと、あなたを応援してくれる仲間が現れるはずです。
──ご自身の今後の展望を教えてください。
少し大きな話になりますが、私は自分自身の展望だけでなく、日本という国の未来についても考えています。世界には優秀な人材が数多く存在します。そうした人々と競い合うのではなく、パートナーとしてつながり、お互いに刺激し合える社会を築くことが大切だと思っています。その実現に向けて、私は現在、社内外で社会人へのコーチングや大学生への教育サポートをしています。
オリンパスは、日系企業の中でもいち早くグローバル化に舵を切った企業です。今後、日本の10年後、20年後の姿を示す1つのモデルケースになる可能性もあると感じています。そんな未来を想像しながら、日々の変革に全力で向き合っています。
もちろん、変革の過程には困難も多いですが、そもそも「未来の正解」を知っている人はいません。その中で私たちは判断し、実行し続ける必要があります。最近では、さまざまな経験を持つスペシャリストが当社に加わっており、私自身、彼らから新たな知見を学ぶことも楽しみにしています。
一方で、オリンパスが長年培ってきたDNAは、しっかりと守っていく必要があります。誤解を恐れずに言えば、現在、オリンパスグループが推進しているすべての戦略に完全に共感しているわけではなく、もやもやしている部分があります。
だからこそ、自分が感じているその違和感や課題については、レポートラインにとらわれずできる限り上位のマネジメントと対話するようにしています。それらを丁寧に言語化して伝えていくことも、リーダーとしての私の重要な役割だと認識しています。
多種多様なバックグラウンドを持つ人材が集まり、そこから新しい価値が生まれていく。そんな組織づくりに、これからも貢献していきたいですね。
※ 記載内容は2025年5月時点のものです

