教育現場へ携わっていた私が、三井物産を選んだ理由
学生時代、教員や国家公務員を志望していた田辺。「次世代を担う子ども達へ何ができるか」という問いかけを軸に、大学を休学して台湾へ渡りました。
「国際交流基金を通じて台湾に渡り、現地の高校生への日本語教育支援に携わりました。学校にいた台湾人の日本語教師のアシスタントとして加わり、私も一緒に授業を行っていました。
この経験を通じて、海外で働く楽しさを知り、また環境や制度が異なる教育現場を通して教育というものを多面的に見ることができるようになりました。例えば、教育現場を整えるにはさまざまな要素が必要です。教壇に立って教える先生の存在だけでなく、学校にアクセスするためのインフラ整備をはじめとした普段の生活の豊かさがあって初めて、子どもにとって教育現場が楽しく、また意義のあるものになることに、台湾で改めて気が付かされました。
それと同時に教育そのものだけでなく、子どもたちそれぞれの可能性が存分に発揮できる、教育の先にある社会の環境、豊かさに目を向ける必要性にも気づかされました」
実際の教育現場を経験したことで、次世代を担う子ども達に「自分がどのように貢献できるのか」を悩むようになりました。自分のあり姿を模索し始めた最中、“三井物産”と出会います。
「それまで総合商社の仕事には触れたことがありませんでしたが、三井物産のインターンシップに参加したことが大きな分岐点となりました。
インターンシップでメンター役の社員から三井物産の仕事について説明された時のことです。『三井物産は本来、無色だと思っている。だからこそ、さまざまな仕事・あらゆる業界に関わっていくことができるし、いろいろな人が自分の色を発揮しながら仕事ができる環境なのだと思う』と教えられました。
そして『田辺くんの色を、三井物産に足してみたらいい。それができるのがこの会社の環境であり、強みである』とも付け加えてくれました。その言葉で、三井物産の懐の深さや、働く人たちの人柄を感じとることができました」
三井物産社員の言葉に感銘を受け、自身も三井物産の一員になりたいと強く感じた田辺。また、これまでの経験を通じて得た思いが、今のプロジェクト本部での仕事にも繋がっています。
「次世代を担う子ども達の為に生活環境を整えるべく、教育システムの整備や教員という立場に立ち、教育そのものに関りたいのか、それとも根本的な生活の豊かさ、社会の豊かさへアプローチしたいのか、大学院での研究や実際の教育現場に触れる中で、「次世代へ何ができるか」という自身の軸にどのようにアプローチしたいのか──そう考える機会に恵まれました。
そして考え抜いた末に出した答えが、『生活を支えるインフラに関わる仕事がやりたい』ということでした」
フィリピン太陽光発電事業を通じた自身の成長
三井物産へ入社し、田辺は早速、フィリピン・ルソン島東部バラス州における75MWの太陽光発電所の建設・操業に携わることに。フィリピンは、2030年までに全電源に占める再生可能エネルギーの割合を35%までに引き上げる目標を2010年の国家再生可能エネルギー計画にて発表しました。
この事業は、再生可能エネルギー黎明期におけるフィリピンでの再生可能エネルギー電源開発推進に寄与するものです。
「プロジェクトを大きく分けると、太陽光発電所の建設フェーズと、完工後の操業運転フェーズに分けられます。現在、私が担当している案件は建設と操業運転の両方のフェーズがあり、これまで、操業・建設に関わる方々との定期的なミーティングを通じた建設スケジュールの管理や、操業・建設コストの予実管理などを担当してきました」
入社2年目でありながら、一担当として主体的に事業を推進する役割を担っている田辺。しかし、最初から業務をスムーズにまわせていたわけではありません。
「入社したての頃は、飛び交っている用語をはじめとして何もかもがわかりませんでした。
会議に出ても発言できず、最初の頃はただ座っているような時もありました。しかし、案件を理解するためには近道はないので、まずはこの事業の全体像を理解するためにプロジェクトに関係するすべての契約書をがむしゃらに読み込むことから始めました。
最初は使われている用語や契約書で定めている法的事項の構造等わからないところが次々に出てきましたが、そのたびに自分なりに調べて、それでもわからなければ何度も質問し理解するよう努めました。
今でも何かわからないことが出てくればこの基本動作を繰り返しており、自分なりに理解をしてから業務に取り組むといった行動を積み重ねています。毎回壁にぶつかりながらも契約書の内容がコストや収益という観点ではどのように数字として表現されるのか、また数字に表れた問題は契約に従えばどのように対処できるか、そういった一つ一つのピースが繋がっていき、一歩一歩成長できているのではないかと感じています。
私にとっては、入社1年目の途中で、一番近くで指導を受けた先輩方が異動したことも、独り立ちを後押しするきっかけになったかもしれません」
三井物産では基礎的な知識を習得するための研修も豊富に用意されており、田辺もそれを積極的に活用して自身のカバー領域を広げています。
多国籍なチームで働くために心掛けているのは丁寧なコミュニケーション
田辺はフィリピンにも出張し、その機会を通じて、実際の現場を訪れることの重要性を痛感していると言います。
「入社してから3回、フィリピンへ出張しました。太陽光発電所の仕組みや規模感を、普段は東京で想像しながら業務を行っていましたが、自分の目で見て初めてリアリティをより深く理解できることも多く、本当に現地に足を運んで良かったと感じています。
これまで出張するまで、英語があまり得意ではなかった私ですが、現場の方々との関係性の構築には対話を続けることが重要だと現地で気づかされました。フィリピンの方々の陽気さと優しさにも背中を押され、英語の不得手に関係なく、何とかして自分の伝えたいことを理解してもらうことが大事であることに気づきました。出張を通じて、自らのコミュニケーションの姿勢を改められました」
更に、海外のパートナー企業と事業を進めるうえでは、日本人同士で働くのとは違う配慮が必要だと業務を通じて気がつかされた田辺。
「東京にいても、やはりコミュニケーションの部分には気をつけています。
相手から抽象的な報告しか上がってこなければ細部まで確認したり、その報告された事態の影響について早急に調べたりしています。待っているだけでは情報を掴めないこともあるので、リマインドをこまめにしてコンタクトを取り続ける必要性は上司・先輩から何度もアドバイスされる部分で、改めて日本人同士の意思疎通とは異なる配慮が必要であると気づかされました」
こうした甲斐もあって、担当するプロジェクトはまもなく完全な操業運転フェーズに。安全・安定的な操業運転は勿論、建設管理で得た知見を今後別案件にどう活かすか、チームに課されたミッションを背負いながら、日々の仕事に奔走しています。
さまざまな色を持って集まった仲間に囲まれ、自身の成長を求め続ける
プロジェクト本部に配属されて1年余りが経つ田辺は、プロジェクト本部は常に自分をストレッチさせてくれる環境だと感じていると言います。
「プロジェクト本部にはさまざまな分野のインフラ事業があり、また案件ごとに事業フェーズが異なるため、幅広い知識が必要な本部だと感じています。
例えば、契約書については法務的な観点が求められますし、予実管理は経理や財務の知識が必要です。建設フェーズになれば技術的なことへの理解も求められます。決して楽ではありませんが、常に背伸びの必要な環境に身を置くことで、自身の知識やスキルがストレッチされ、より成長できていると実感しています」
「貪欲に根気強く」仕事へ向き合うことが大事だと、自身にも言い聞かせるように話した田辺。働く環境として恵まれていると感じることも多いと続けます。
「プロジェクト本部にいる先輩方は、難易度の高い案件の担当や様々なタイプの事業案件の担当を通じて、体系的にインフラ事業投資で求められる各分野の知識をバランス良く持っていると感じています。
一人の先輩に質問すると、何でも答えてくれる印象です。どの側面においてもプロフェッショナルと言える方々に囲まれているおかげで、私にとってはロールモデルを身近に感じながら働くことができています」
田辺は、将来に向けての展望を次のように語ります。
「中期的には、公募制であるプロジェクト本部の部門研修員や、駐在員といった形で海外へ行って、実際に事業の現場に立ち、現地の方々とface to faceで仕事をし、そこで何が起きていて、自分には何ができるのかといったことを直に感じながら、まだ経験が不十分な自分を鼓舞しながら積極的にその現場で自分ができることに取り組んでいきたいと考えています。
そして、ゆくゆくはプロジェクトをマネジメントできる立場になりたいです」
やがて田辺は、かつての先輩と同じように新入社員を迎える番にもなります。まだ見ぬ三井物産の仲間に向けて、メッセージを語ります。
「この会社の魅力は、良い意味で個性的な人が多いこと。さまざまな思いやバックグラウンドを持った人が働いている印象です。ある分野、ある国に強い関心と希望をもち事業を開拓する方もいれば、今まで行ってきた分野とは全く異なる分野へ社内制度を使って挑戦する方もいます。
自身の抱いた想いを貫き仕事をすることは簡単ではないと思います。しかし、その人が持つ想いが尊重され、望めば挑戦する機会が与えられるからこそ、私の眼には沢山の個性的な人が映るのだと思います。
『無色である三井物産という会社に、さまざまな色を持った人たちが集っている』という冒頭で触れた先輩の言葉は間違いではなかったです。だからこそ、どのようなバックグラウンドを持った方であれ、受け入れられる土壌があると思いますし、私自身もそれを望んでいます。十人十色が集う環境で、多様性を力に、一緒に夢を追いかけていきたいです」
※ 記載内容は2024年9月時点のものです

