日本語に関わる仕事を志すまで
高校時代、私のクラスにはモンゴルとドイツからの留学生がいました。彼女たちとの日々は国際色豊かで刺激的で、漠然と「将来は海外に関わる仕事がしたい」という思いを抱くようになりました。そこから英語の勉強に特に力を入れ、大学へと進学しました。
大学では移民研究、特に日本に居住する外国人の生活や教育問題を専門とする教授のゼミに入りました。私が特に興味を持ったのは、技能実習生として日本に来る方が急増していたベトナムです。縁あってベトナム北部に長期で滞在し、日本語を教えるという素晴らしい経験をさせていただきました。
ある日、台風の影響で河川が氾濫し、道路が冠水して川魚が街を泳ぐほどの状況になりました。周囲のベトナムの人々が事前に台風の予報を教えてくれたおかげで、牧歌的に魚を捕まえる余裕さえありました。しかし、ベトナム語がわからない私は、もし一人ぼっちだったら氾濫の可能性を知らないまま被害に遭っていたかもしれません。
日本は地震や台風など災害が多い国です。日本で生活する外国人が増える中で、彼らが災害に巻き込まれないようにお手伝いがしたい。帰国後、その思いが強くなり、真っ先にイメージしたのがマスコミの仕事でした。有事の際の多言語での情報発信や、日頃からお互い助け合う「共助」の重要性が発信できれば、国籍問わず被害に遭う人を減らせるのではないかと考えたのです。元々好きだったラジオを足掛かりにしようと、コミュニティFMのパーソナリティに応募しました。ラジオ局の社長は未経験の私を起用してくださり、やがて一人で番組を持たせていただけるようになりました。「やさしい日本語」を使ってニュースや防災情報を伝える日々に夢中になっていましたが、目に見える成果実感はなかなかできませんでした。
この経験を通じて、日本に住む外国人の手助けになる仕事を見つけ、その仕事で自分自身の生活も支えるということは簡単ではないと気づきました。マスコミだけでなく、防災機器メーカーや外国人材が多い福祉業界、飲食業界など、手当たり次第にインターンシップに行きました。迷っていた時、お世話になっていた先輩が「翻訳機のメーカーがいいんじゃない?」と助言してくださいました。その一言で、言語支援という方法があるのかとハッとしました。さらに、もし翻訳機ではなく当人の日本語能力そのものを高めるお手伝いができれば、有事だけでなく毎日の生活を含めた支援ができるかもしれない。関心を強く寄せていた「防災」と「日本語教育」という点と点がつながる感覚があり、卒業後の進路として納得感がありました。
そう気づいてから、就活サイトで「日本語」と検索し、ヒットした会社が日本漢字能力検定協会でした。中学生の時に漢字検定を受検したことがあったため、検定や教材には馴染みがありましたが、運営法人についてのイメージは全く持っていませんでした。就職説明会で人事担当の方が「協会の仕事は『言語のインフラを支える仕事』」とおっしゃった言葉が心に刺さり、この会社なら自分が行いたい外国人の日本語能力支援ができると感じました。現にBJTビジネス日本語能力テストという日本語を母語としない方向けのビジネス日本語能力を測るテストを協会が提供していることが決め手となりました。
漢字検定協会は、京都に本部があります。関西に知人はほとんどおらず、将来は家族や友人がいる東京に戻りたいという思いがありました。しかし東京から京都までは新幹線で2時間少々の距離です。海外に行くことを考えれば全く遠くありませんでした。「若いうちは京都を楽しもう」「東京とは違う地域を経験しよう」と前向きに捉え、入職を決めました。実際には1年目から東京に配属され、想定よりも早く地元に戻ることになりました。東京にいても京都本部に出張をすることがあり、出張の度に祇園の凛とした空気を楽しんでいます。
漢字検定の裏側に気づいた日
入職後、私は普及部に配属され、法人営業の仕事に就きました。正直に言うと、入職前は協会が販売しているコンテンツにセールスという職種が必要だとは思っていませんでした。私自身が中学生の時に漢字検定を受検した当時、漢検協会の人から営業をかけられたことはなく自分の意思で受検したいと感じた記憶がありますし、漢字検定の宣伝を日常的に見かけることもなかったからです。セールスがいなくても、自然とお客様に買っていただける商品だと思っていました。
しかし、入職後に大きな気づきがありました。自分が漢字検定を受検した際にも、バックヤードで協会職員の先輩が先生に漢字検定の受検価値を伝え、それに共感してくれた先生方のもとで検定を受けられたということがわかったのです。あの時、自分の意思で受けたと思っていた検定の背景には、熱心に価値を伝えてくれた営業担当者の存在や私が受検したいと思うに至るまで価値を絶やさないでいてくれた職員の努力があったのだと知りました。
これはきっと、漢字検定協会やセールスという職種に限った話ではありません。世の中のあらゆる商品には、その商品の魅力を伝えたり、必要な人に安定的に行き届くように奔走したり、高い品質の商品を絶え間なく生産したりと、様々な仕事があります。その1つ1つの仕事で社会が形成されているのだなと、研修中に静かな感動を覚えたことを記憶しています。
法人向けコンテンツの販売という初めての体験
学校教育での漢検提供に留まらず、「人生100年時代」とも言われる生涯学習社会において人々が「生きる力」を育むことを支えるため、日本語・漢字のコンテンツを提供していくことが私たちのミッションです。私は入職6年目の終盤まで、普及部の中でも「漢検」ではなく、法人向けの研修コンテンツの販売を担当していました。 どの業界でも、文章を作ったり読んだりする業務があります。生成AIが日常的に使われるようになった現代においても、成果物を作るための指示出しをしたり、生成されたアウトプットを目で確認したりする必要があり、人の文章力を退化させることはできません。協会では、仕事で取り扱う文章の質と処理スピードを高めることを目的に、文章能力向上に役立つコンテンツを研修として提供しています。
チームでの役割としては、お客様への商品紹介や導入時・導入後のサポート、コンテンツのPR、イベント企画などでした。外国人の支援に関心を持っていることを上司が汲んでくださり、BJTを日本語教師の先生方にPRするイベントなどにも携わらせていただきました。仕事上最も鮮烈だったのは、2023年の出来事です。漢検協会が法人向け研修コンテンツを販売していることは、なかなか一般に知られていません。そのため、対外露出機会の増加や、お客様に信頼していただけるコンテンツとしてのお墨付きを得ることを目的に、PR活動をしていました。その一環で、文章能力の測定ツールである「論理的文章力トレーニングAssessment」の良さを文章にまとめ、HRテクノロジー大賞と日本e-Learning大賞に提出しました。結果、HRテクノロジー大賞で奨励賞、日本e-Learning大賞では人材力強化推進特別部門賞を受賞することができました。コンテンツを開発し運営する部門が生み出してくれた価値を営業担当として最大化できた経験は、忘れられない思い出です。
一方で、苦労したこともありました。現在も決して一人前とは言えませんが、入職時は今よりもさらに社会人として未熟でした。自分より何年も先輩であるお客様に対して商品のご紹介やフォローをする必要があったため、社会人としての適切な言葉遣いや、メールや商談時のマナーなどのコミュニケーションの取り方について苦労することが多かったです。お客様から学んだり、時にはお客様に育てていただくような恥ずかしい部分もたくさんありました。また、諸先輩方が築いてこられた協会ブランドへの信頼感を崩さないよう、お客様と直接お話をする立場としての責任感を強く感じるようになりました。
教育インフラを支える使命感と、変化を生み出す挑戦へ
最近、初めての部署異動を経験しました。協会の主力商品である漢字検定と深く関わる部署で、これまでとは全く違ったフィールドでの仕事になります。まずは知識を吸収し、一刻も早く活躍できるよう精進したいと思っています。新しい環境は緊張もありますが、それ以上に自分の成長を実感できる機会だと捉えています。将来的には、自分の原動力でもある日本語を学ぶ外国の方に直接支援できる仕事もしてみたいと考えています。
これからの日本は人口が減少していきますが、人がいる限り教育の価値が下がることはありません。むしろ人口が減少するからこそ、一人あたりに期待される生産能力が高まり、教育の重要性が増すばかりだと思います。問われていることの意味がわからなければ算数の文章題が解けないように、日本においては日本語力がすべての教育の地盤となります。教育を下支えするインフラ的なこの仕事に価値を感じていただける方にとっては、天職なのではないでしょうか。皆さんと一緒にお仕事ができたら嬉しく思います。
