JR九州では、「JR九州グループ中期経営計画2022-2024」「2030年長期ビジョン」の達成及び「あるべき姿」の実現に向けて基盤となる新たな人事戦略を策定。JR九州の原動力は「人」。社員一人ひとりが力を最大限に発揮し、より成長できる環境を醸成すべく、人事や賃金に関する制度の改革に取り組んだ。今回は人事部長である中嶋 弘明に、人事制度改革に込めた想いやポイントを聞いた。
約15年ぶりの改革。ゼロベースから制度の一新をめざす
中期経営計画の一つに掲げた人事制度の改革。JR九州で人事制度が最後に改定されたのは、約15年前のこと。長い年月が経ち、労働市場が大きく変化した今となっては、多くの課題が生じていた。
中嶋 「現行の人事制度では、今の時代にマッチしない部分があり、さまざまな課題に直面していました。たとえば、評価といった面では、当社は事業の多角化を進めてきましたが、事業の特性に応じた評価において、メリハリ不足を課題と感じていました。以前から完全な年功序列ではなく頑張りに応じて評価される制度ではありましたが、今の時代は頑張りが評価され、昇進やボーナスにも反映されるべきであり、よりメリハリをつけた評価制度が必要であると考えていました。
賃金の面では、地場企業と比べても魅力に欠ける待遇であり、少なくとも競争力のある賃金水準ではありませんでした。採用の面においても、競争力が落ちてきていると感じていました。働き方についても、たとえばエリアを限定した働き方など、ライフスタイルに合わせた多様な働き方ができる制度が未構築でありました」
このような課題を踏まえ、単なる制度改革ではなく「人づくり」を推進する“人材戦略”の策定に取り組んだ。
中嶋 「人事制度だけを変えるのではなく、採用から配置、育成、評価、処遇、退職までのサイクルすべてを見直し、社員の“個”の力をさらに最大化し、当社の成長を図るべく、今回、人材戦略の策定に取り組みました。社員が働きがいを持っていきいきと活躍できる会社づくりを行う、その一つのパーツとして、人事制度の改革を行いました」
課題を感じていた点を踏まえ、今までの制度を刷新するべく、ゼロベースで抜本的な改革に取り組んだと言う。
中嶋 「元々中期経営計画で、新しく人材戦略を策定することは決まっていました。2022年に経営陣も大きく変わり、このメンバーで一気に変えてやるという雰囲気が強くありました。これまでの制度の延長線上ではなく、ゼロベースで本当の理想の形をつくることから取り組みはじめました。以前のやり方にこだわることなく、今後どうあるべきかの議論を何度も議論を重ね、つくり上げていきました。
私は人事部長を務めていますが、私の一任で人材戦略を決めたわけではありません。毎月、社長と3人の事業本部長、経営企画部長、人事担当役員と私が参加する人材戦略委員会で議論を重ね、人事戦略の策定を進めてきました。ですから、人材戦略には経営陣の意思や想いが反映されています」
JR九州では、社員が気軽に意見を言える環境をつくっており、今回の人事制度の改革においても、現場の意見を大切にしてきた。
中嶋 「当社では、社長や役員、部長クラスの方々と、現場の全社員による意見交換会を実施しています。18~19歳くらいの若い方から70歳近い方まで、幅広い層の方の意見を聞いています。今回の人事や賃金に関する制度の見直しを行う際も、さまざまな意見交換を行ってきました。骨子がある程度固まった段階で、現場社員と意見交換を行い、話し合って調整していく形で進めてきました」
採用区分によらない、意欲と能力に応じた昇進の機会を提供
新しく打ち出した人事制度の一つが、“採用区分によらない昇進制度”だ。これまでJR九州では、「総合職」「専門職」といった職種で採用を行ってきたが、2024年より総合職・専門職といった採用区分を撤廃し、採用区分によらずに、意欲と能力に応じて昇進できる機会を用意した。
意欲や高い能力があっても、学歴や採用区分により必ずしも昇進の機会が平等に与えられていない状況に、中嶋は長く疑問を感じていた。
中嶋 「約10年前には南福岡運転区という運転士職場の現場長として在籍していたころから、社員の頑張りはずっと間近で見てきました。『専門職』は、基本的には鉄道の現場で、鉄道のプロフェッショナルとして働いてもらうことを目的に採用していますが、専門職の中にはマネジメントを任せたいと思える能力の高い人材や新しい挑戦を希望する意欲ある社員がたくさんいます。
しかし、専門職は昇進試験を受けるのに総合職よりも長い在級年数が必要だったり、選抜研修に合格しないとマネジメント業務に挑戦できなかったり、総合職とは運用や試験制度が異なるため、能力があっても昇進の道がなかなか開けない状況でした。
一方で、たとえば『総合職』で入社した方も、ライフプランに合わせて将来的に鉄道の現場での勤務を希望することもあります。そういう方がいても、いいと思うんですよ」
総合職であっても、専門職であっても、キャリアを歩んでいく中で、ライフプランに応じて働き方が変わるのは当然のこと。柔軟性のある働き方ができない体制も課題だと感じていた。議論を重ねる中で導き出された答えは、社員が自分の歩む道を切り開ける制度づくりだった。
中嶋 「会社のことをよく知らない入社前の段階から、職種を分けてレールを敷いてしまうことに意味があるのかと議論になりました。採用区分を撤廃して、同じスタート地点に立ち、入社してから自分で進むレールを決めていけばいいんです。
大卒に限った話ではありません。たとえば高卒で入社したとしても、意欲があれば昇進試験をどんどん受けて昇進していいと思います。実際に、当社の幹部には高卒の方もたくさんいます。職種や学歴に捉われず、入社後の競争によりキャリアを切り開いていくことができ、個人のライフスタイルに合わせた働き方が実現できる体制をめざしました」
トレードオフの関係をつくらないことも、人事制度改革において重視したポイントであった。
中嶋 「鉄道と並んで事業開発の業務を拡大しているため、以前と比べて本社で働く社員、企画計画を担う社員が増えています。最近の世の中の人事制度をみると、ヘッドハンティングや役員報酬、グローバル人事制度などマネジメント層に重きを置いた人事施策が目立つようになったと感じています。
とはいえ、当社では、鉄道の現場で働く社員が全体の8割近くを占めているのが現状です。もちろん経営の舵取りも大切にしなければいけませんが、現場で働いている社員も同様に大切にしなければいけません。誰かが犠牲になるようなトレードオフの関係はつくらないように何度も話し合い、現場の社員に最適な制度になっているのか何度もチェックを行った上で、制度を見直しました」
そして、2024年度より総合職・専門職に分かれていた採用区分を撤廃することを決めた。また、学歴や採用区分に関わらず、能力や意欲に応じて昇進の機会が得られるよう昇進制度を改定した。
中嶋 「昇進の機会を一律にしました。入社時の職種や学歴の壁によって昇進できないということはありません。また、昇進の初年度から、次の等級への昇進試験に挑戦することができます。機会は誰にでも平等にあるので、頑張っていただきたいと思っています」
確立された職種制度を変えることは、社員に与えるリスクがまったくないわけではない。しかし、頑張りや成果が正当に評価される制度こそ、正しい制度だと考えている。
中嶋 「職種の壁を取り払うことで、総合職で入社した現在在職中の社員が自分も競争にさらされるのではないかと不安に思うかもしれません。しかし、結局最後は本当に実力のある方や努力を重ねてきた方が昇進できる制度こそ、正当な制度だと考えています。総合職だから昇進できるわけではなく、実力があるから昇進できるわけです。そういう意味では、公平な競争ができるようになると思います」
充実した教育制度や公募制異動で、社員の挑戦を後押し
過去の中期経営計画で掲げられた「異端を尊び、挑戦をたたえる」風土は、現在でも会社に根付いており、今回の人材戦略にも表れている。社員の成長の機会を提供し、挑戦を後押しするために、教育にもさらに力を入れて取り組んでいく構えだ。
中嶋 「教育制度や研修制度を、より充実させようと考えています。以前から教育制度の一貫として実施していたグロービス大学院での受講枠を増やし、より多くの人が学べる環境をつくります。また、選抜研修の枠も拡大する予定です」
今年から、二つの新しい研修制度も導入した。
中嶋 「一つは、管理者層に向けた研修です。人事考課をするための研修を、3年に1回必ず受けてもらうようにします。今年は外部の講師に委託しましたが、来年からは内製化しようと考えています。講師になりたい人を社内で公募し、今年、2人を登用しました。現在、講師になるべくカリキュラムづくりに取り組んでもらっているところです」
人材戦略の4つの柱に「努力と成果に応じたメリハリのある評価と報酬」を掲げているが、納得感のある評価と本人へのフィードバックが、働きがいを持たせ、次の成長につなげることができると考える。そのために、評価をする管理者層のコミュニケーション能力や評価能力を向上させる研修などに取り組む。
中嶋 「もう一つは、管理職になる前の若い層に向けた研修制度です。5年に一度必ず社員研修センターにて受講し、自身のキャリアを見つめ直して将来どのようになりたいかを考える機会を提供するキャリアデザイン研修を実施します」
人事制度改革により、努力次第で理想のキャリアを切り開きやすい環境が整えられた。だからこそ、社員は自身のキャリアについて考え、理想のキャリアを実現するためにより一層の努力をしていく必要がある。
目標を持ち、さまざまなことにどん欲に挑戦できる機会として、公募制の移動制度も導入した。
中嶋 「先ほど申しました研修の講師にとどまらず、現在社長が進めている未来鉄道プロジェクトにアサインするメンバーも社内で公募しました。このほかアイデアの公募や発表会などを開催することでさまざまな挑戦の場を提供しています。HIRAMEKIという新規事業提案制度にも、力を入れて取り組んでいきたいと考えています。今後も、挑戦する社員を支援する、多彩な制度を用意していくつもりです。
当然、人気のある部署は競争率も高くなるので、希望すれば誰でも異動が叶うわけではありません。会社としては需要と供給のバランスを考慮する必要がありますし、適性も見極めていく必要があります。ただ、その中でも、より努力している人にチャンスが与えられるべきだと考えています。
人事部としても社員の努力がより透明性を持って評価できるシステムが必要だと考えており、今年から人事システムを設計・運用するチームを設けました。自分のやりたいことに挑戦するためには、そのための準備や資格の取得も大事な要素になってきます。そこで、タレントマネジメントシステムを導入して、社員一人ひとりのキャリアの意向や努力を適切に把握できるようにしようと考えています」
受け継がれる“挑戦”の姿勢。幾度の危機も乗り越え、絶えず進化し続ける
JR九州は今でこそ上場も果たし経営も安定しているが、中嶋が入社した当時は厳しい経営状況に直面していた。そのような中でも、JR九州への入社を決めたのは、JR九州で働く社員の人の良さに惹かれたからだ。
中嶋 「働くなら、本当にいい人たちと働きたいと思いました。当時、JR九州の鉄道事業は大幅な赤字で、経営の体制も今とはまったく異なる状況でしたが、先輩たちから、何とかこの会社を立て直して良くしていきたいという想いが伝わってきました。
JR九州は、当時からつばめの車両やソニックなど独創的な車両を作り、従来は注目されていなかった内装のデザインにも力を入れていました。もがきながらも、なんとかしようとしている姿勢はすごく伝わってきました。そんな会社から、一緒に働きませんかと言われたのはとてもうれしかったです」
入社前に感じた人の良さは、今も変わらず感じているという。
中嶋 「面倒見の良さや後輩を大事にする姿勢など、当社は人と人のつながりをすごく大事にしていると思います」
鉄道事業の収支改善や事業の多角化を進めて厳しい状況を乗り越え、徐々に経営は安定。そんな中で、新型コロナウイルスの影響により、経営は再び危機的な状況に直面することになったが、再び危機に直面したことは、悪いことばかりではなかった。大事なことを再認識する、良いきっかけにもなったと言う。
中嶋 「九州新幹線が全線開通して博多の駅ビルができ、ななつ星in九州も走り出し、上場も果たし、JR九州はすごい会社だと思いはじめていました。そんな矢先に新型コロナウイルスが広まり、経営も苦しくなりました。
でも、厳しい状況に立たされたことで、とくに厳しい時代を経験してきたわれわれ世代は、挑戦する気持ちをもう一度思い出すことができました。とにかく挑戦し続けることが大事。もちろん、後輩たちも挑戦するDNAを受け継いでくれています。危機に直面した方が、強くなりますね。痛みは伴いましたが、結果的には良かったと捉えています」
自分らしい働き方で、人生を充実させてほしい

今回策定した人材戦略でめざすのは、社員が働きがいを持ち、いきいきと活躍できる会社とすることだ。
4つの柱の1つに「ライフプランに合わせた柔軟な働き方が選択できる環境整備と健康経営の推進」を掲げており、地域を選択できる勤務制度の導入やフレックス勤務、短時間勤務、テレワーク環境の整備なども行われた。さらに、出産祝金を一律1万円から第1子は30万円、第2子は40万円、第3子以降は50万円にするなど、手当の大幅な見直しも行った。
現役社員はもちろんのこと、将来JR九州に入社する新しい仲間たちにも、キャリアプランや生活設計に合わせた自分らしい働き方をめざしてほしいという。
中嶋 「今回の人事制度改革により、働き方の選択肢が大幅に広がったと思います。入社時の職種や学歴に関わらず日頃の頑張り次第で異動や昇給のチャンスを掴むことができ、自分で道を切り開けるようになりました。一方で、家族との生活を重視して、特定のエリアで働くことも可能となります。変化するライフプランに合わせて、自分に合った働き方を選び、人生を充実させてほしいと思います」
JR九州には、明確にめざすべき姿がある。そのため、個々の働き方が変わっても、社員としてめざす方向が変わることはない。
中嶋 「当社がめざすのは、安全とサービスを基盤として. 九州、日本、そしてアジアの元気をつくることです。本社でバリバリ仕事をやる人もいれば、現場を守る人もいますが、最終的にめざす先は同じです。
鉄道の現場の仕事は、すごく人の役に立っていることを実感しやすいんです。運転士のころ、『たまには後ろを振り向いて、自分が何両の電車を引いていて、どれだけのお客様をお運びしているか意識しなさい』と先輩によく言われました。日常の仕事に慣れてしまわずに、何のために仕事しているのかをいつまでも意識し続けられるように、先輩から教えられたことです。
当社にはあるべき姿があるので、そこに向かって取り組んでいきます。働き方は、社員それぞれが選択すれば良いと思います。その中で、頑張る人には機会を提供し、努力と成果が正当に評価される環境をつくります。一人ひとりが働きがいを持ち、いきいきと活躍していただきたいと思っています」
※ 記載内容は2023年7月時点のものです

