街全体が実証フィールド。JR東日本のアセットを活用する規格外のインキュベーション
──まずは、LiSHの概要と立ち上げの経緯について教えてください。
LiSHは、東京・高輪ゲートウェイ駅前に直結した街「TAKANAWA GATEWAY CITY」の中核施設として、2025年5月にオープンしました。現在、各種セミナーやイベント開催などにも対応できるワークショップルームを併設した「Studio1」、環境・ヘルスケアなどに関する基礎研究に必要な実験機器が設置された「Lab」、東京大学GATEWAY Campusに隣接した「Studio2」が稼働しています。26年春には「Studio3」がオープンし、街のグランドオープンに併せて全面開業を迎える予定です。
150社を超える会員企業に入居いただいており、その約6割がスタートアップ企業です。そのほか、事業会社の新規事業部門やR&D部門、CVC、自治体、金融機関など多様なプレイヤーが集まっています。
このエリアはもともと車両基地であり、約10ヘクタールの敷地をJR東日本グループで開発・運営しています。LiSHは、街のアセットを活用して実証実験を行うためのビジネス創造施設として誕生しました。
──入居企業はどのように街を活用できるのでしょうか?
施設の中だけでなく、街の中で実証実験ができる点が最大の特徴です。たとえば、住宅棟「TAKANAWA GATEWAY CITY RESIDENCE」の5階エリアに12戸限定で誕生する、未来の住まいや暮らしを提案する「Link Life Lab」では、健康状態を定期的にモニタリングすることで、自分の体調の変化を把握し、健康状態の改善につながるような運動・食のサービスを提供する実証実験を開始予定です。
また、駅前広場では次世代モビリティを走行させるほか、商業施設やクリニックにも新しいサービスやプロダクトを導入予定。街のあらゆる場所が実証実験のフィールドとなります。これらをスピード感をもって実現するために、私たちJR東日本の社員がLiSHに常駐し、街の関係プレイヤーとの調整を行っています。
──ハード面において、LiSHならではの魅力はありますか?
大きく2つあります。1つめは、街全体が実験場であることです。そして2つめは、駅直結のビル内にウェットラボを備えていることです。
通常、微生物や植物の基礎研究ができるようなラボは郊外や駅から遠い場所に立地することが多いのですが、私たちは駅直結の環境でこれを整備しました。そのため、環境移送技術を持つ企業や、腸内細菌の研究を行う企業など、社会実装まで時間のかかるディープテック系のスタートアップも数多く入居しています。
元運転士の現場第一視点。安全を守る経験から変化を生む共創のハブへ
──これまでのご経歴についてお聞かせください。
2020年に新卒で入社後、最初は大宮支社に配属となり、栃木県の小山駅で駅員として1年間勤務。その後、京浜東北線の運転士として約2年間、運転士業務に従事しました。入社4年目に本社に異動になり、そこから現在まで、LiSHおよび高輪地球益ファンドの立ち上げを含め、TAKANAWA GAETWAY CITYのプロジェクトを担当しています。
──鉄道の現場から、まったく異なるスタートアップ支援の領域へ進まれたきっかけは何だったのでしょうか?
学生時代を東北地方で過ごした際、地域に根差したまちづくりの重要性を肌で感じました。単に不動産の価値を上げて売却するのではなく、沿線の暮らしを豊かにするための開発を行っている点に惹かれ、入社時から「鉄道会社ならではのまちづくりがしたい」と希望していました。 TAKANAWA GATEWAY CITYのような駅と街が一体となった大規模開発は、まさに希望しているプロジェクトでした。
──運転士や駅員時代の経験が、今のコミュニティ運営に活きていると感じることはありますか?
本業である鉄道事業を現場視点で理解できていることが、非常に大きな強みです。かつての現業機関での経験のおかげで、私自身が現場の文化や安全への意識を理解しているからこそ、スタートアップの革新的なアイデアと当社のアセットをつなぐ際、双方の言葉や文化を理解してつなぐことができると感じています。
また、人との信頼関係を築く上でも強みになっています。「元運転士です」とお話しすると、多くの方が関心を持ってくださり、そこから会話が弾むことが多いのです。この仕事は、誰に頼むかという信頼がベースになるため、そのきっかけづくりとして、誰にとっても身近な運転士という現業機関の経験が活きていると感じます。
──INCU Tokyoに参加された理由をお聞かせください。
INCU Tokyo主催のイベントへの登壇をきっかけに、このコミュニティを知りました。東京には数多くのインキュベーション施設がありますが、それぞれが得意とする領域やカラーは異なります。
自分の施設だけで完結させるのではなく、「農業(Agriculture)とテクノロジー(Technology)を組み合わせたアグリテックなら、郊外のあの施設が良いのでは」といったように、施設同士が柔軟につながり、相互に紹介し合えるようなエコシステムをつくりたいと考え、参画しました。
起点は信頼関係にある。大企業とスタートアップの間に立ち、粘り強くつなぐ支援
──大手企業とスピード感のあるスタートアップ企業の間に入る際、コミュニケーションで心がけていることはなんですか?
ベースにあるのは信頼関係です。知らない人から突然提案されても、本気の相談はできませんし、紹介された側も困惑してしまいます。 そのため、日々の何気ないコミュニケーションを大切にしています。物理的に施設内の目立つ場所に座って話しかけやすい雰囲気をつくったり、研究に没頭されているラボ企業の方にはこちらから「どんな実験をされているんですか?」とフランクに声をかけたりしています。そうした積み重ねを経て、初めて深い議論や共創が生まれると考えています。
──これまでの支援活動の中で、とくに印象に残っているエピソードはありますか?
海外スタートアップの日本進出支援です。現在、シンガポール国立大学と提携し、大学発ベンチャーの日本展開をサポートしています。日本企業側には、どうしても言語や商習慣の壁に対する心理的なハードルがあります。
そこを乗り越えるために、なぜこの海外企業と組む必要があるのか、どのようなメリットがあるのかを明確に言語化し、関係各所に粘り強く伝え続けました。 結果として、LiSHに入居する企業との商談が進んだり、実際にサービス導入につながったりした事例も生まれています。
──そうした地道な活動の原動力は何でしょうか?
スタートアップの方々にとって、契約の成立や売上の確保は、企業の存続に関わる死活問題です。私たちがつないだ縁で実証実験が決まったり、サービスが導入されたりした際に、「本当に助かりました」と感謝の言葉をいただけることが、一番の喜びでありやりがいです。
100年先の未来は予測不能。だからこそ今ある社会課題を共に解き明かす
──今後、どのような志を持つ起業家やスタートアップに入ってきてほしいですか?
私たちは社会課題の解決に重きを置いています。単なるWebサービスやプラットフォームだけでなく、テクノロジーを用いて具体的な課題解決に取り組む企業と共創したいと考えています。
たとえば、街のファンド機能である「高輪地球益ファンド」が出資しているスタートアップは、非侵襲的大腸がんスクリーニングAIの研究開発および実用化を進めています。検査のハードルを下げることで、早期発見を促し、救える命を増やせるはずです。また、本システムは街のクリニックへの導入も検討しています。そうした解像度の高い課題解決に取り組む方々とご一緒できれば幸いです。
──TAKANAWA GATEWAY CITYを通じて、どのような未来を実現したいですか?
この街のコンセプトは、100年先の心豊かな暮らしのための実験場です。しかし、100年後の未来を正確に予測して逆算することは不可能です。
だからこそ、現状の社会課題を一つひとつ解決していく。その積み重ねの先に、100年後の未来が形づくられると信じています。パートナーの皆様と、この街のアセットを活用しながら、未来を一緒につくり上げていきたいです。
──最後に、INCU Tokyoのネットワークにどのような期待を寄せていますか?
都内には多くのコミュニティが存在しますが、それらを横串で刺し、つなげているのがINCU Tokyoの魅力です。このプラットフォームを活用して、東京だけでなく地方、ひいては世界へとつながるエコシステムを構築していきたいです。
各施設の強みが可視化され、スタートアップのフェーズや課題に合わせて最適な場所を紹介し合える──そんな連携が、日本のスタートアップシーンをより加速させると期待しています。
※ 記載内容は2026年1月時点のものです
