共に働く社員の皆様とコミュニケーションをとりながら、「攻め」の視点で施設を管理
加茂川が所属する「生産技術部」の業務は多岐に及びます。その中で大きい部分の施設、生産工場を企画及び維持運営しているのが「生産ファシリティグループ」です。
「生産ファシリティの仕事は、大きなところから細かいところまで、さまざまな項目があります。
たとえば、ビル環境企画チームでは扉が壊れているから修理したり、経年劣化した外壁の雨漏れを計画的に修繕したり、その他給排水衛生の保全をしています。電力企画では、電気事業法に則って、電力の供給を止めないように安全に維持運営及び更新計画を行っています。同様に、空調・廃棄物の維持運営と、これら工場運営に欠かせない工事を企画するチームもありますね」
その中で加茂川は、今までの維持運営の経験にて増産や、職制改正時に建屋内のレイアウトを再編する企画を担当しており、安全で効率的な職場配置と動線を考え、生産をするための最適化を行っていきます。
「今ある工場を、より効率的にするためには、何をどう配置すればいいのかを考えるのが私たちのミッション。それには、工場で働く人たちとの連携が大切。よい工場を作るためには、工場で実際に働く人たちの意見をしっかりと汲み上げて、改善すべき箇所を判断する必要があるのです」
改善項目は、クリーンルームの温度・湿度管理や、電源の確保など、生産上で欠かすことのできない要素です。ほかにも、細かい部分ではトイレの数や扉の大きさ、安全の観点からの要望まで、従業員たちのありとあらゆる要望が寄せられ、取捨選択を迫られます。
「みなさんの意見を聞いていくと、『この要望を受けると、こっちの要望には応えられない』ということが、山ほど生まれていきます。それはレイアウト再編だけでなく、施設の維持運営も同じでその調整をして、橋渡し役になりながら、人とコミュニケーションを密に取って『最適な生産工場をつくる』ことに重視しています」
建設会社で培った“現場力”が、震災後の建屋復旧の原動力に
日立グループに入社する前に、加茂川が6年間勤めていたのは建設会社です。現場監督として、建物の工程や品質、安全、コストなどの管理を担当していました。
「建設の現場は、本当に大変な仕事でした。職人さんたちと顔を突き合わせて、長い期間をかけて建物を建設していきます。できあがっても誰かに褒めてもらえることは少ないですが、それでも建設の仕事の醍醐味は、工事が完了し、組んでいた足場を外して、建物の全容が見えて行くときにあります。それまでの苦労が完成形となって見えてきて、自分で自分を褒めてあげたくなるような、本当に何とも言えない感情が湧き上がってくるんです」
自分が関わった建物の工事が完成して心が震える思いは、日立ハイテク生産技術部の中でもさまざまな場面で感じてきたといいます。
「自分が関わった工事が完成したときには、同じような達成感を味わうことができます。生産技術部は、日立ハイテクのような最先端の機器メーカーの中で、建設の魅力を感じられる部署だと思っています」
加茂川は日立グループでの23年のキャリアを持ちます。その中で、「とくに大変だった」と語る出来事があります。それは、2011年の東日本大震災。当時、被災した建屋の復旧を担当し、その作業は困難を極めました。
「復旧不可能と診断された建屋もあり、どうやって職場の方々が働く場所を確保していくか、チーム全体で頭を悩ませる毎日でした。実際に建屋を確認できるようになって現地に向かうと、天井が落ちてしまっていたり、あちこちの壁に穴が空いていたり。もしも、ここに人がいたとしたら……と考えて、ゾッとしたのを覚えています」
建設現場で職人の方たちに鍛えられ、磨いていった対応力を活かし、被災地の建屋復旧に力を注いでいった加茂川は「本当に、嵐のように時間が過ぎていった時期でした」と当時を振り返ります。
職人や設計士のプライドがつまった細部の1mm。生産を支える技術の結集
被災地の建屋復旧を無事に成し遂げた加茂川は、2013年、九州での新しい生産拠点、日立ハイテク九州の立ち上げに抜擢されます。ここは、日立ハイテクの製造BCP (Business Continuity Plan:事業継続計画)拠点として、那珂地区から一部の設計開発機能を移管して誕生した会社です。
「当時は震災の影響も大きく、医用分析装置とその消耗品の生産が一拠点だと、被災があった場合にすべての出荷が止まってしまうという問題をお客さまから指摘されていたんです。そこから、新しい生産拠点の立ち上げが計画され、私が生産技術部として参画しました。そもそもどこの土地が工場に最適なのか、土地を探すところからスタートしました」
新しい生産拠点の場所が九州に決まった後は、調達部とともに改修、建設工事を発注する現地のメーカーを調べるほか、生産する製品に合った工場の在り方を考えていきます。
「製造や設計など、何百人というメンバーが新しい生産拠点の立ち上げに関わり、その中の1人として私はレイアウト設計を担当。一つの目標を見据えて事業を進めていく中で、さまざまな人とのつながりが生まれて、仲間たちとより良い信頼関係を築く機会になりました」
日立ハイテク九州の立ち上げを無事に成し遂げた加茂川は、つぎに半導体製造装置および解析装置の設計・開発・製造を担う新工場「マリンサイト」の立ち上げにも参画します。
「なにもない更地の状態から工場を建てていくのは、白いキャンバスに絵を描いていくような創造性にあふれるやりがいのある仕事です。2020年からは新型コロナ禍と重なってしまい、リモートでの話し合いは意思疎通の面で苦労しましたが、それでも竣工したときには、心が揺さぶられるような感動を覚えました」
さらに加茂川は工場建設の仕事について、その魅力を語ります。
「大きな建屋を建てるときも、実際には細部の1mmにこだわっているんです。壁を垂直に建てることにも技術があり、私たちが厳しくチェックしています。1mmのズレが重なれば、生産ラインが障害物に当たってしまうことも。その細部の1mmに職人や設計者のプライドがつまっているんです」
“人のために”が根付いた環境で、施設に“命”を吹き込む技術屋集団
工場で働く人のために、細部にこだわって施設を設計し、維持運営する生産ファシリティ。さらには、その中に生産設備、生産システムを導入し生産を支える生産技術部の全体が人のサポートを行っているからこそ、生産技術部は助け合いの精神が根付いていると、加茂川は言います。
「事務所のエアコンの清掃をしていたんです。すると生産技術部の他のグループのメンバーが、『加茂川さん、手伝いますよ』と、仕事を中断してまで声をかけてくれました。こちらからお願いする前に、自然に助けてくれるという環境がこの会社にはあります」
さらに加茂川は、生産技術部のことを「人をサポートする技術屋集団」だと表現します。
「建屋はあくまでも入れ物ですが、生産技術部はそこに命を吹き込むのが仕事。建屋内のレイアウト、維持運営はもちろん、生産ラインの自動化を考えたり、DXで作業をサポートするシステムを考えたり。施設と、私たちのサポートをともに利用してもらうことで、工場の生産に寄与していく。それを『無言実行』できるのが、生産技術部の魅力です」
「最先端の技術を扱う工場にいながら、仕事内容は建設業」と説明する加茂川。建築技術についても学べ、建築や施設運営に関係の資格も取得できると言います。
「若いころ、当時の上司から社会人としての基礎を厳しく教えてもらいました。その方から『損して徳を取れ』と言われたのを覚えています。今あらためて思うのは、自分が大変なときでも“誰かのため”に動くことで、“徳”を積むことができるということ。自分が得することを考えるのではなく、『徳を積め』と教えられていたのだと。多くの人たちに助けてもらえている今、強く感じています」
加茂川が大事にしている座右の銘は、「昨日の自分に負けないように」という言葉。昨日より今日、そして明日はもっと成長できるようにと心がけて、前へと進んでいきます。
※ 記載内容は2023年9月時点のものです

