企業の専門業務で真に役立つAIを。お客様の課題に向き合い「Takane」を育てる
「イノベーションによって社会に信頼をもたらし、世界をより持続可能にしていく」。このパーパスの実現に向け、富士通はコンピューティング、ネットワーク、AI、データ&セキュリティ、コンバージング・テクノロジーという5つのキーテクノロジーに注力しています。中でもAIは、全領域に関わる中核技術です。
「私たちは現在、自国や各企業で主権を持ってコントロールできるソブリンAIの開発を進めています。そのコアとなるのが、カナダのCohere Inc.(以下、Cohere)と共同開発したエンタープライズ向け生成AI「Takane」です。私は「Takane」をはじめとする生成AIコアプロジェクトの研究開発を統括しています。
主な役割は、研究テーマの立案から、事業部門と連携して研究成果を製品やサービスにつなげるまでの取り組みをリードすることです。チームを編成して研究開発を進めるとともに、お客様の現場で技術検証を行い、得られたフィードバックをもとに改善を重ねています」
高いセキュリティと専門性が求められる業務に特化して開発された「Takane」。そこには、汎用的なAIとは異なる強みがあります。
「まず1つは、一般的な性能指標のスコアを追うのではなく、企業の専門業務で成果を出すことに特化している点です。富士通は金融や製造など多様な顧客基盤を持っていることから、現場に直接リーチできます。そのため実際の課題を伺い、ファインチューニングなどを重ねて実業務に最適化することが可能です。また、オンプレミス運用やRAG(※1)の活用により、社内のクローズドなデータを安全に活かせます。
もう1つの特徴は、大規模言語モデル(LLM)の軽量化技術です。今後AIエージェント化が進むと、大量の計算に伴うコストや消費電力が大きな課題になります。私たちは世界トップレベルの量子化技術をはじめ、量子化や蒸留(※2)によるLLMの軽量化技術を開発してきました。高い精度を維持したまま低コスト化できることは、今後の企業利用において大きな強みになると考えています」
企業の業務に特化した「Takane」ならではの優れた技術。その真価をビジネスの現場で発揮するために、お客様に寄り添う丁寧なアプローチが取られています。
「開発において重要になるのは、お客様の要件を正確に聞き出し、解くべき課題を見極めることです。どれほど高精度なAIであっても、一度にすべての要件をかなえることはできません。そのため、たとえば課題が100あるとしたら、今解ける50を見極めて優先順位をつけることが求められます。お客さまのやりたいことを正しく理解し、それを実現するための最適な道筋を立てること。それは、AIには置き換えられない人間の役割だと考えています」
※1 RAG:生成AIが回答を作るときに外部のデータベースから関連する情報を探し出し、その内容を組み合わせて正確な文章を出力する技術
※2 蒸留:高性能な大規模AIモデルの知識や能力を、より小規模なAIモデルに引き継いで学習させる技術。元のモデルに近い性能を維持しながら、計算量や運用コスト、消費電力の削減をめざす
チームで協力し達成した世界最高性能。「富岳」での挑戦で広がる新たな研究の可能性
大学院で、スーパーコンピュータ上でのビッグデータ処理や大規模並列計算の高速化を研究し、博士号を取得した白幡。研究成果を社会へ還元する場所として選んだのが、富士通でした。
「学生の頃から、大量の計算をどう活用して新しい価値を生み出すかというテーマに興味を持っていました。スーパーコンピュータを使えば、気象予報や製造業のシミュレーションなど、最先端の産業課題を解くことができます。
富士通は当時、理化学研究所と共同で『京』というスーパーコンピュータを開発しており、ハードウェアからソフトウェアまで一貫して手がけていました。この環境であれば、日本から世界に向けてトップレベルの技術を発信し、社会実装に挑戦できると考え、入社を決めました」
2015年に入社後は、スーパーコンピュータを活用したAIや新材料探索シミュレーション(※3)の高速化研究に従事。そして2020年、白幡のキャリアにおいてターニングポイントとなった、国際的な機械学習処理性能のベンチマーク「MLPerf HPC(※4)」への挑戦が始まりました。
「数十人が関わる大規模なプロジェクトで、私は現場リーダーを任されました。理化学研究所、産業技術総合研究所とも連携し、『富岳』や『ABCI』といった計算資源を最大限に活用することで、国際ベンチマークでの世界最高性能をめざしました。チームで協力して試行錯誤を重ねた末に、念願だった世界最高性能を達成できました。日本の技術力を示し、富士通のAI領域におけるプレゼンスを大きく高める契機にもなったと感じています」
この実績は社内外で高く評価され、「富岳」を用いて開発した大規模言語モデル「Fugaku-LLM」の開発という新たな挑戦へとつながっていきました。研究テーマはスーパーコンピューティングから生成AIへと広がりましたが、「計算の力で新しい価値を生み出す」という軸は一貫しています。「Fugaku-LLM」の開発で培われた大規模AIの学習技術やデータ構築、モデル最適化のノウハウは、その後の「Takane」開発を支える重要な基盤にもなっています。
「生成AIが急速に台頭し始めた当時、富士通に声がかかり、2023年に『富岳』の政策対応枠を活用した『Fugaku-LLM』の開発に着手することになりました。AI開発には莫大な計算資源が必要ですが、世界最高性能を達成した実績があったからこそ、この重要なミッションを任せてもらえたのだと思います。開発過程で培われた学習データ構築のノウハウやモデルの並列化・高速化技術は、現在の『Takane』の開発にも大いに活かされています」
※3 新材料探索シミュレーション:AIとスーパーコンピュータを活用し、新しい材料の候補を効率的に探索するためのシミュレーション技術を高速化する研究。富士通は、スタートアップ企業であるAtmonia社との共同研究にも取り組み、アンモニア関連材料の探索など、より持続可能な社会の実現に向けた材料開発の効率化をめざした
※4 MLPerf HPC:スーパーコンピュータを活用した機械学習処理の性能を評価する国際ベンチマーク。世界中の研究機関・企業が参加し、AI処理性能を公平な条件で比較するための指標として広く利用されている。世界最高性能を達成したことで、日本のスーパーコンピューティング技術とAI技術の高い実力を示した
地道な改善を重ね、世界最高水準へ。「Takane」の進化を支えた研究者たちの挑戦
世界最高水準の日本語性能を備え、2024年に提供を開始した「Takane」。文字種の混在や敬語表現など特有の難しさがある日本語の理解力を高めるため、緻密な分析と改善を重ねてきました。
「日本語言語理解力を網羅的に評価するベンチマークのJGLUEにおいて、海外製AIを引き離す高スコアの獲得を目標に掲げました。開発においてはCohereと連携し、日本語のどこで間違えているのかを分析しながら、学習と評価を何度も地道に繰り返しました。
そして、2024年のリリース時には世界最高記録(※5)を達成できました。もちろん、そこがゴールだとは思っていません。お客様の多様な業務でより高度に活用していただくため、さらなる改善を続けています」
高い日本語性能に加え、「Takane」のビジネス展開を進める上でもう1つ鍵となるのが、モデルの軽量化と省電力化を図る富士通独自の量子化技術「QEP(Quantization Error Propagation)」です。既存技術のボトルネックを特定する分析から始まったその研究は、リリース直前の成果へと結びつきました。
「既存の量子化技術における問題点を分析し、それを解消する手法を試行錯誤しながら追求しました。2ビットまでの軽量化は順調に進んだものの、より難易度の高い1ビット量子化は難航し、リリースの直前まで検証を繰り返したのです。
最終的に世界最高(※6)の精度維持率である89%を達成できた時は、『本当にそんなことが実現できるのか?』と周囲から驚かれたほどでした。これは私一人の力ではなく、チームの研究者一人ひとりが持つ力のすべてを引き出し切れたことが大きいと感じています」
個の力が最大限に発揮された背景には、研究者が自ら考え、行動することを尊重する富士通研究所の環境が大きいと白幡は語ります。
「富士通研究所の特徴は、目標達成に向けたアプローチの自由度が高いことです。大きな目標は提示されますが、それをどう実現するかという手法までは細かく決められていません。そのため、研究者自身が思いついたさまざまなアイデアの種をまくことができます。
まいた種から芽が出ないケースの方が多いとしても、その中から出てきた芽をうまく見極めて育てていく。そうして『種をまくこと』と『育てること』の両方を実行できる環境が、技術の成果を生み出す土台になっていると感じています」
※5 JGLUEにおいて、クラウドサービスで提供される大規模な汎用LLMを含む他社のLLMの結果を凌駕。なお、JNLIとJCoLAについては正解データ(Ground Truth)に不確かさがあったため、複数人のアノテーターにより正解データを修正して測定した参考値(2024年9月富士通とCohereによる測定)
※6 富士通が独自にベンチマークとの比較を行った結果、OneBitなどの最先端手法を上回る性能を確認
AIを安心して使える社会基盤へ。富士通の技術を掛け合わせ、持続可能な未来をめざす
日本語性能に優れ、軽量化と省電力化も実現する「Takane」の高度な技術。それを最終的にどのような社会価値へと変換していくのか、白幡が描いている未来があります。
「私たちのビジョンは、『Takane』のようなソブリンAIをまずは日本で普及させ、最終的には世界中の社会課題の解決に役立てることです。AIの活用が医療や金融、製造業などのあらゆる専門分野に広がれば、少子高齢化による労働力不足といった課題にも対応できるはずです。
また、今後AIの普及がさらに進む中で、莫大な消費電力やエネルギーの問題も避けては通れません。だからこそ、私たちの量子化技術によって省電力で高効率なAIを実現し、持続可能な社会基盤をつくっていきたいと考えています」
企業や社会のインフラとしてAIが機能するためには、技術的な性能だけでなく、業務を任せるに足る高い安全性と信頼性も求められます。
「今後の重要なテーマは、人の作業を代行するAIエージェントを、安全で信頼できる形で活用するための仕組みづくりです。そのためには、人間とAIの役割分担を明確にし、AIの出力や内部挙動を適切に制御する技術を進化させる必要があります。
鍵となるのは、複数のAIエージェントを連携させ、互いに検証することで信頼性を高めるマルチAIエージェント技術です。信頼できる外部データに基づいているかを検証する仕組みなどを通じて、出力の安全性と信頼性を高める方法を検討していきたいと思います。AIが利用結果から学び、安全に改善を続けていくための技術開発も進めています」
AI活用の広がりとともに現場で高まる、安全性や省電力化へのニーズ。それに応えるには、AI単体の性能だけでなく、多様な技術との連携が重要になると白幡は語ります。
「富士通には、優れたセキュリティ技術や、因果関係を分析する因果AIといった多様なアセットがあります。機密データやプライバシーを保護しつつ、生成AIのデータ処理能力と因果AIの分析力を組み合わせることで、経営の意思決定に直結する高度な予測分析ができるようになります。
さらに独自のCPUである『FUJITSU-MONAKA』などのハードウェアと連携すれば、より高い省電力化の実現も可能です。こうした富士通ならではの強みを活かし、事業部門と一体となってお客様の現場で真に役立つ技術を育てていきたいと思います」
※ 記載内容は2026年10月時点のものです
