グループ会社との架け橋となり、鉄鋼材料の戦略立案を手がける
中川がグループリーダーを務める鉄鋼サプライチェーン推進部は、グループ会社との架け橋となり、主に自動車用鋼材を国内外へ販売・輸出入するための戦略を立案・実行しています。
「私たちは鉄鋼の販売を専門とするグループ会社の主幹部門として、販売戦略を考案・先導しながら数字を管理し、責任を持つ立場です。私自身は、豊田通商の組織と販売会社の組織、両方のグループリーダーとして、管理業務や決裁業務を行いながら営業もする、プレイングマネージャーの役割を担っています」
メンバーもグループ会社に出向もしくは兼務しているため、それぞれが担当するエリアの拠点に勤務。中川は、各地にいるメンバーをマネジメントしながら、グループを指揮しています。加えて、カーボンニュートラル関連事業を推進するためのプロジェクトリーダーも務めています。
「豊田通商全体でカーボンニュートラルに向けた取り組みをしている中で、私たちの担当領域でできる施策を打ち出し、各拠点と連携しながら進めています。
たとえば、グリーンスチール(製造時のCO₂排出量を削減した鉄鋼材料)の販売や、製品の製造過程での温室効果ガス排出量を可視化するサービスなどです。まずはグループ会社で実行した上で知見を蓄積し、新たな価値創造・提供のモデルとして全社に展開することをめざす、実験的なプロジェクトとしてスタートしました」
多岐にわたる業務を担当する中で、中川がとくに大切にしているのが、「期待に110%で応える」姿勢です。
「お客さまに対してはもちろん、どんなことでも110%で応えようという想いが私の軸となっています。
商社は基本的に自社の商品を持っていません。お客さまには『どの会社から買うか』という選択肢がたくさんある中で、自分たちから買ってもらうには何が必要か。それは、要望に対して110%で応えることだと考えています。
もちろん、結果的に至らないこともあります。けれど、社内外問わずこの姿勢を続けていけば、長期的な信頼関係が築けますし、心意気をくんでいただき、次につながることも多いと思っています」
海外営業をきっかけに商社への転職を決意。圧倒的な存在感を放つ先輩に惹かれて入社
中川の社会人としてのキャリアは、楽器メーカーから始まりました。その理由は、「好きなものに携わりたかったから」。
「音楽が好きだったので、自分が好きなものを作っている会社に行きたいと考えました。
入社後は、ホームシアターなどを扱う営業職に配属され、担当エリア内の家電量販店への営業活動を1年ほどした後、本社に異動。製品の企画から立ち上げまでを担当することになりました」
その後、IT機器を扱う部署に異動し、海外向けの新規開拓営業を担当することに。これは、中川自身のバックグラウンドが大きく関わっています。
「私は生まれも育ちもアメリカで、19年間アメリカで過ごしたため、将来的には海外で仕事をするキャリアを意識していました。ちょうど海外向けの拡販に携わる人材が求められていたこともあり、希望がかないました」
この海外営業の経験を通じて、しだいに商社の仕事に興味を持つようになった中川。転職活動をする中で豊田通商に入社を決めたのは、面接での印象的な出来事がきっかけでした。
「一次面接はすぐに終了。『君、いいね!』と、面接官とそのまま飲みにいくことになったんです。さらに、後日行われた二次面接も『確かにいいね!』とすぐに終了。
どちらの面接官ものちの上司になる人なのですが、そのインパクトが強くて。その後に人事部と、最後に役員との面接はあったのですが、私にとってはその2人の面接が決め手でした」
短い時間でも入社を決めるだけのインパクトを感じた面接。惹かれたのは、2人の豪快さだったと言います。
「私は当時30歳で、自信に満ち溢れた怖いもの知らずの時期。そんな私から見ても、2人の存在感は圧倒的でした。自分の思い描いていた商社の世界を体現しているような、器の大きさを感じたんです」
そして、2011年10月に豊田通商に入社しました。
「社内では『中川』よりもミドルネームである『テリー』と呼ばれることがほとんどです。名刺にも記載していますが、入社当時にミドルネームを名刺に記載するのは私が初めてのことでした」
入社後は、当時の鉄鋼貿易部で6年ほど鉄鋼の輸出業務を担当。その後、名古屋で自動車関連の国内営業に携わった後、タイに駐在。初めての管理職を経験します。
「20名ほどの部下を持ち、鉄鋼材料の輸出入を経験しました。帰国後は、現在のポジションで仕事をしています」
自分たちから買ってもらう意味を作る。前例のないプロジェクトでも期待を超える
世界を舞台に、ダイナミックに仕事ができる商社。中川は、「これを超える経験はこの先ないのではないか」と感じるほど商社の醍醐味を感じたプロジェクトがあると言います。
「入社2年目にケニアの港湾建設ODAプロジェクトに参画しました。通常、われわれが行うのは売買までですが、このプロジェクトでは荷積みから受け渡しまでも担当。傭船手配から積載設計、保険の手続き、各社との契約書の作成と交渉から取り交わし、荷役作業まで、協力会社の方たちとともに私が取り仕切ることになりました。
豊田通商でもほとんど前例のない案件だったため、あまりノウハウもありませんでした。さらに、予算も時間も限られている。でも、初めての試みだからこそ、絶対に成功させたいと思いました」
とくに大変だったのは、ベトナムでの積み込み作業。現地で数日間寝泊まりしながら指示を出し続けたと振り返ります。
「ホテルと港を行き来する日々を過ごし、出航後は到着するまでの期間を使って帰国。さまざまな手続きを終わらせ、船の動静を毎日確認しながら、今度は荷下ろし場であるケニアのモンバサへ飛びました。
少しでも滞船すれば予算を超過するため、1日の猶予も許されません。社外の方たちにもアドバイスをいただきながら、最終的には予定通りに完遂することができました」
このプロジェクトでも「期待に110%で応える」ことを大切していた中川。輸出入における複雑な税金還付についてお客さまが悩んでいることを知り、自ら調査を買って出たことも。
「現地の港湾関係業者などに足しげく通って聴取しました。結果的に還付できないことがわかったのですが、『自分たちではわからなかったことを調べてもらえて、たいへん感謝しています』というお言葉をいただきました。
うれしかったのは、このプロジェクトでの成果が認められて、客先から次の案件も任せていただけたこと。関係各所と議論したり、取引先と何時間も交渉したりと大変なことがたくさんありましたが、諦めずに取り組んだことで『自分たちから買ってもらう意味』を作ることができた経験でした」
また、その後に管理職となったことも、自身の成長につながったと話します。
「以前の私は、周囲とは必要最低限のコミュニケーションしかとらない一匹狼タイプでした。グループリーダーになった当初もその姿勢を続けていたところ、誰も私についてきてくれない。私の考えがまったく伝わっておらず、独りよがりな状態になっていました。
それ以降、雑談も含めていろいろな話をするようになったら、相手が本当にやりたいことが見えてきたり、体調の変化がわかったり、会話の大事さに気がつきました。周りからは『すごく丸くなった』と言われます(笑)」
自由度の高さが商社の魅力。お客さまの潜在ニーズをかなえる唯一無二の存在に
大きなプロジェクトも経験し、商社で働くやりがいを実感している中川。一番の魅力は「自由度の高さ」だと話します。
「メーカーに勤務していた頃は、自社の技術を活かした製品を企画して販売していたため、基本的にはプロダクトアウトの仕事でした。一方、商社はお客さまが何を必要としているのかを自分で考えて行動できる自由度があり、それが新鮮で魅力的です」
そんな魅力的な環境で思い描くのは、2つの目標です。
「1つは、再エネを筆頭にカーボンニュートラルに関連する新しい事業を立案・遂行、マネタイズして、一つのビジネスモデルを作り上げること。高い目標ですが、既存事業を広げることはもちろんのこと、新しい価値と利益の源泉を、環境に配慮しながら生み出せたら、会社にとって、ひいては自身にとっても大きなプラスになると考えています。
もう1つは、海外で『攻め』の仕事をすること。以前タイに駐在した際は、コロナ禍の影響もあり、どちらかというとリカバリーや守りの戦略、組織改善や育成が中心でした。今後は、ナショナルスタッフたちを指揮し、新規ビジネスを積極的に狩りに行く、攻めの戦略を手がけてみたいと考えています」
管理職となり自身のコミュニケーションスタイルも変化するなど、さらに進化しながらチームを引っ張る中川。これから入社する仲間に求めるのは、豊田通商グループのビジョンである「Be the Right ONE」の精神です。
「私は、『Be the Right ONE』というこの言葉が好きなんです。英語の言葉としてはめずらしく曖昧な表現なのですが、それがしっくりくるというか、商社のあるべき姿をうまく表現していると思います。まさに、私がめざす『この人、この会社に任せたい』と思われる存在ですね。
そのためには、お客さまが潜在的に持っているニーズをしっかりと把握し、それをかなえることで自分の成長にもつなげる。そういった意識を持ち、お客さまから信頼される『The Right ONE』をめざしたいという人と一緒に働きたいと思っています」
※ 記載内容は2025年1月時点のものです

