失敗が成長の糧に。プリンター工程を担うおもしろさと難しさ
千歳工場の製造課でDI缶(胴と蓋から構成されるアルミ製の2ピース缶)の製造に携わる河野。現在は、プリンター工程を担当しています。
「プリンター工程は、その名の通り印刷を担う工程。見本をもとに、缶に色や文字などのデザインを外面に施すのが仕事です。
お客様の目に付きやすい部分を担うことから、プリンター工程はDI缶の製造工程の中でも花形といわれています。デザインのファーストインプレッションによって商品が手に取られるかどうかが決まることも多いため、やりがいがある反面、大きな責任を感じています」
見本通りに仕上げるためには、色彩や機械の使い方など、幅広い知識が欠かせません。プリンター工程特有の難しさについて河野はこう話します。
「色に関しては、パソコン上で基準となる数色を調合しながら見本に近づけていきます。たとえば、ひと口に赤といっても、実際には何百色もの種類があり、それらをすべて識別しなくてはなりません。組み合わせによっては、ほんの少し色を変えただけで濃薄が変化することもあるなど、見本通りの色を出すのはとても難しい作業です。
一方、文字についてはプリンターマシン上で調整する作業が中心です。加える圧によって線が太くなったり細くなったりするため、経験と感覚が頼り。機械の操作が難しく、最初のころは苦戦したものでした」
プリンター工程はふたり1組で作業するのが基本。河野は後輩と連携しながら作業を進めています。
「自分が上の立場にいるので、業務と並行して後輩の教育も行っています。後輩がミスしても頭ごなしに叱るのではなく、どうすれば同じ失敗を繰り返さなくて済むか、自分の経験をもとに、一つひとつ細かく説明するようにしています」
河野がそんな指導方法をしているのには理由があります。入社して間もないころ、こんな出来事がありました。
「交代勤務なので、毎日の仕事の終わりに次の人へと引き継ぎするのですが、自分のセッティングの状態が悪かったために、それを引き継いだ方が不良品を出してしまいました。
その翌日に出勤すると、不良品と一緒に、不良品が出た理由について書かれたメモが置いてあったんです。その後、それを書いてくれた方に会いに行ったところ、とても丁寧に指導してくれました。
失敗は誰にでもあることです。失敗しないことより、失敗を通じて学ぶことの大切さを教えられました。それ以来、自分が出した不良品をサンプルとして残しておくなど、後輩にわかりやすく伝えられるよう心がけています」
現在、千歳工場で働くのは約70人。全員の顔を認識できるほどの少人数の組織ということもあり、社員同士の距離感が近くとても働きやすい雰囲気があると言います。
「自宅に招いてくれたり、BBQや食事に誘ってくれたりする先輩がたくさんいます。社員間のコミュニケーションが活発なおかげで、社内外で楽しくやらせてもらっています」
意外にも身近にあった、身近な製品をつくっている企業。風通しの良さが入社の決め手に
入社前は工業高校で機械科を専攻していた河野。地元で働ける企業を探していて出会ったのが東洋製罐でした。
「北海道内で就職先を探す中で、学校の先生から東洋製罐を紹介されました。それまで自分にとって当たり前だった缶やペットボトル、パウチなどをつくっている会社が身近にあることを知り、興味を持ったのを覚えています」
入社の決め手となったのは、選考の過程で感じた風通しの良さでした。
「人事の方、製造課の課長や係長との面接は、堅苦しいところがなく、終始にぎやか。フランクにコミュニケーションを取ってくれる方が多く、とても話しやすい雰囲気がありました。
若いうちは考えや思うところがあっても意見しづらいもの。この会社なら、仕事で何か困ったことがあればひとりで抱え込まずに済むと感じ、入社を決めました」
入社後は製造課に配属された河野。とくに希望は出さなかったと言いますが、責任の重いプリンター工程に配属されたことを前向きな気持ちで受け止められたと言います。
「プリンター工程の機械が止まると、ラインが停止したことになってしまうんです。それだけプリンター工程はDI缶製造プロセスの中でも中心的で重要なポジション。大変なのは知っていましたが、責任感を持って取り組める仕事に就けることをうれしく思っていました」
研修を終えて配属された直後から、機械科で学んだ知識が活かせる場面が多かったと言います。
「先輩に『〜を取ってきて』といわれてすぐに動けたのは、高校である程度の知識を身につけていたから。また、工具の正しい使い方も勉強して知っていたので、トラブルがあって機械の部品を交換するときなどもすばやく対応することができました。趣味で車やバイクをいじっていることも、仕事で役に立っていると思います」
新しい環境への挑戦がもたらした新しい風。仙台での長期応援で手にした確かな成長
入社3年目となる2022年1月に仙台工場への長期応援を命じられた河野。千歳との勝手の違いに最初はひどく戸惑ったと言います。
「千歳で正しいとされていたことが、仙台では当てはまらないことが少なくありませんでした。たとえば、版替えという作業があるのですが、その手順が千歳と仙台とでは異なるんです。そのほか、日々のルーティン作業にも違いがあり、慣れるまでに時間がかかりました」
慣れない環境の中、必死に食らいついていった河野でしたが、仙台では現地のやり方を押し付けられることなく、裁量権を与えられたことが成長につながりました。
「『千歳ではこういうふうにやっています』と伝えたところ、仙台でのやり方を教えてくれた上で、『好きにやっていいよ』と言ってくれたんです。当時、千歳では先輩のもとで作業していたので、仙台で初めて自分が思うような方法を試すことができました。失敗もありましたが、最終的にうまくいったことは、大きな自信につながりました」
また、河野の奮闘は仙台工場にとってもプラスに働いたと言います。
「現地で主にやりとりしていたのは50代の方。長い社歴の中でいろいろなことを経験されている大先輩ですが、千歳と仙台の進め方の違いについて話したところ、新鮮な気づきがあったようでした。応援を通じて工場間で意見交換できたことはとても有意義だったと思っています」
3カ月の応援を終えて千歳に戻った河野。大きな土産を手にしていました。
「千歳のやり方と仙台で学んだやり方を組み合わせた、新しい作業プロセスを持ち帰ることができました。新しい情報を千歳の皆と共有できたことは大きな収穫だと思っています」
自ら行動で示せるような、現場の最前線に立ち続けるプロフェッショナルに
2023年で入社5年目を迎えた河野にとって、東洋製罐で働くやりがいは生活に身近な製品づくりに携われていること。喜びを感じる瞬間が至るところにあると言います。
「自分がつくった製品、とくに自分が担当した日につくられたものを店頭でみかけると、つい買ってしまいます。コンビニなどで、ほかのお客様が自分がつくった缶に手を伸ばしているのを見ても、充実感を得られますね。
また、製品には東洋製罐がつくったことを示すマークが印刷されているのですが、それを見つけた家族から連絡があったときも、なんともいえないうれしい気持ちになります」
一方、難しいポジションを任されていること、周囲から支えられていることも仕事へのモチベーションになっていると話す河野。さらにこう続けます。
「製造過程では、瞬時に判断が求められます。同時に多くの色を確認しなければいけないときもあるなど、仕事中はずっと気が張り詰めている状態です。
頼れる人がいない夜勤のときなどはとくにプレッシャーを感じますが、もしものとき、先輩に連絡すればすぐに助けてくれるんです。そうやって周囲に支えられながら成長を実感できていることが、仕事への原動力になっています」
そんな河野のいまの目標は、担当する工程の知識を深めること。これから中軸を担う存在となっていく上で、めざす姿があります。
「機械や印刷技術のことなど、まだまだ知識が不足しています。少しでも早く一人前になれるよう努力していきたいです。マシンに詳しい人、色をつくる担当の人など、周囲には頼れる先輩たちがたくさんいます。教えを請いながら、同時にほかの知識も身につけて、先輩のようなプロフェッショナルになれるといいですね。
また、先輩としては、常に自ら行動で示せるような存在でありたいと思っています。以前の方法がいつまでも正しいとは限りません。業務を正しく理解するためにも、まずは自分が率先して動くことを意識していくつもりです」
新たな知識と経験を求め、これからも河野の挑戦と成長は続きます。東洋製罐にとって欠かせない存在であり続けるために。
※ 記載内容は2023年6月時点のものです
