「空気まるごとデザインする」。新しい価値を生み出すプロジェクトの裏側
乃村工藝社のクリエイティブ本部 第一デザインセンター デザイン5部に所属する吉村。ルームチーフとして、時にプランニングチームと共に商業空間からレジデンスまで幅広い領域のデザインを手掛けています。
「具体的には、個人邸を含めて10軒以上の住宅のデザインを手掛けているほか、カジュアルなイタリアン料理店や銀座の高級時計店、富裕層向けの会員制レストランとさまざま。ライフスタイルにまつわる大空間から小空間まで、多岐にわたるプロジェクトに携わっています」
吉村の仕事は、単なる空間づくりにとどまりません。そこには、人々の心の動きや空気感までをデザインするという一貫した想いがあります。
「私はよく『空気まるごとデザインします』とお客さまにお伝えするんですが、ただ斬新に空間をかっこよくしようとしているわけではありません。そこで過ごす時間がどうすてきな空気を纏ってくれるのか、そこに重点を置いて平面構成を熟考しています。これは住宅のみならず飲食やホテルにも共通していますね」
吉村の仕事の特徴の一つが、企画を担うプランニングチームとの協働。とくに、新しい価値を生み出したいプロジェクトではその効果が顕著に表れます。
「例えば、『アニヴェルセル 表参道』開業25周年にあたっての大型改修工事プロジェクトでは街にもっとオープンな存在でありたい、結婚式場のみならず新たな活用方法にチャレンジしたいというお客さまからのご要望がありました。
プランニングチームが入ってくれたことで表参道に来る人たちの特徴や結婚式市場の動向、企業パーティーで求められている世界観など、デザイン以外の視点から関連データの深い分析ができました。
そしてデザインに対する言語化もうまくしてくれたことで各フロアのデザインに深みが出て、お客さまにも伝わりやすくなりました。チームの垣根を越えて協力し合える環境が乃村工藝社の面白いところだと思いますし、私自身の学びも多いですね」
吉村の仕事に対する姿勢は、常に新しいものを生み出そうとする挑戦精神に溢れています。
「ほぼすべてのお客さまが、今までにはなかった新しい活用方法やシーンを創出したいと考えており、新しい世界観や考え方の提案を期待しています。日本だけでなくグローバルな視点も求められることもあります。このような挑戦的なプロジェクトに取り組む中で、常に心がけているのはデザインを楽しむことです。
新しいものを生み出そうとすると、いろんな壁にぶつかります。でも、その過程すら楽しむことが大切だと思っています。『完成が楽しみになってきたね』という言葉が出始めたら、それはいいデザインに向かっているサイン。最終的には自分が大切な人を連れて行きたいと思える空間になっているか、ワクワクしているかどうかが、大事な指標なんです」
「人々の生活に溶け込む空間を」。人と空間をつなぐデザインへの情熱
吉村が空間デザインの道に進むきっかけとなったのは、高校時代の一つの体験だと言います。
「高校生の頃、勉強のために地元のコーヒーチェーン店によく通っていたんです。そこで気づいたのが、たった140円のコーヒー1杯で、その空間がさまざまな人の生活に入り込んでいるということ。毎週決まった時間に来る常連のおじいさんや英会話教室をする人、いつも同じ席で話をする二人組。
140円で過ごせるこの空間が人々の生活を豊かにしている。そう気づいた瞬間に、こういうお店の空間をデザインしてみたいと思ったんです。そこで美術の先生に相談し、美大のことを教えてもらった翌日から美術予備校に通い始めました」
空間デザインへの強い情熱を持ち美大に進学。在学中、乃村工藝社の現エグゼクティブクリエイティブディレクターである鈴木 恵千代(すずき しげちよ)の授業を受ける機会があり、授業後の交流を通じて会社に興味を抱き始めます。
「毎回、ニコニコしながら楽しそうに仕事の話をするんです。当時の鈴木は50代半ば。多くの部下を持つ立場の方が嬉々として仕事の話をしているのを見て『この会社はデザイナーが生き生きとしていて勢いを感じるな』と思いました。そこで実際に乃村工藝社について調べるようになり、面接を受けて入社を決意しました」
入社後、吉村は商業環境カンパニーのデザイン職としてキャリアをスタート。そして2010年、「A.N.D.」というデザインチームに所属することになります。
「A.N.D.は小坂 竜(現上席執行役員 チーフデザインオフィサー)を筆頭として、クオリティの高い空間を生み出すことに特化したデザイナー集団。そこで約10年間、小坂から徹底的にデザインの真髄を叩き込まれました。
その中で、『GENIE'S TOKYO』という飲食店の案件を初めて任されたときのことが今でも忘れられません。飲食店の収益性や設備、店員やお客さまの動線などさまざまなことを考えながら作っていく難しさを学びました。デザイナーとして絵を描くだけじゃなく、あらゆる業種の人たちと協力して一つのお店を作り上げていきました」
この経験を通じて、吉村は自身の描いた線一本で多くの人とお金が動くというダイナミズムと、それに伴う責任の重さを実感します。
「自分が描いた絵と図面を元に作ってもらったら、ミスが起きてしまったことがあって……。そこで頭を下げて直していただくなど、失敗の重みを直に感じた案件でもありました。
同時に、人とのつながりの大事さを大いに学びましたね。ありがたいことに現場の方々と仲良くさせてもらって、その後の仕事で困った時に助けられたことも。デザインだけじゃなく、現場の方々との関係性の大切さも身にしみて感じました」
斬新なデザインアプローチで、住まいの豊かさの未来を描く
2021年から乃村工藝社に戻って、自身のチームを持ちルームチーフとしての役割を担うようになった吉村。その後、印象深い二つのプロジェクトに取り組むことになります。
「一つめは『ディアホームズ三田』(富裕層向けマンションのリノベーションプロジェクト)。A.N.D.にいた頃の仕事がきっかけで、担当したお客さまから『吉村さんが乃村工藝社所属に戻られたと聞きました。ぜひ今回も仕事をお願いしたいです』と連絡をいただいたんです。正直驚きましたね。A.N.D.という小坂がいるチームの一員としてではなく、私個人への仕事の依頼。
当時の仕事に対する丁寧さやデザインに対する考え方を評価していただけて、とてもうれしかったです」
お客さまの期待に応えるべく、気合を入れて取り組んだ案件だと話す吉村。新しい視点でレジデンスデザインに挑戦しました。
「富裕層向けの住宅市場では、安らぎを求める落ち着いたトーンと色使いが主流でした。でも、私は飲食や商業施設の経験からもっとアップテンポで気分が高揚するような色使いやデザインを住まいに取り込んでもいいんじゃないかと考えたんです。
例えば通常の家だと白色が主要な箇所にあえて色を使ってみたり、棚板をひっくり返すと木から色味のあるレザーに変わったりなど、洋服の衣替えのように簡単に模様替えできる仕掛けを提案しました」
この斬新なアプローチは、次のビッグプロジェクトへとつながっていきます。
「nomlog(ノムログ)(※)の対談企画でアートディレクターの川上シュンさんとお話しした際に、この住宅の設計プロセスや、住宅の豊かさに対する表現手法にとても興味を持っていただき『ぜひお仕事をご一緒したい』と声をかけていただいて、LIXILの新しいバスルームコンセプトデザインの仕事につながりました」
当プロジェクトでは、吉村は浴室空間の概念を根本から見直す機会を得ました。
「リビングや寝室の間取りは壁の位置や収納の見え方、目線の動き、色など細かく考えるのに、お風呂の中の空間構成はあまり考えていなかったと気づいたんです。
使う人がいろいろ選択できるお風呂の楽しみ方を提案したいと思い、時間軸を切り口にデザインしました。お風呂の中に小さな曲線壁を一つ設けるだけで、体を洗う時間とお湯に浸かる時間で気持ちが移ろうような工夫を提案。
さらに、選択肢の幅を広げることの重要性も強調しました。住宅って、人生でもっとも高額な買い物の一つなのに、スタイルが限られているように感じていて。携帯電話や洋服を選ぶときのような選択肢の広さをバスルームデザインにも反映させることが住宅の豊かさにつながると考え、色やデザインの選択肢を増やしました」
これらのプロジェクトを通じて、吉村は住宅の豊かさについて深く考察し、新しい価値観を提案。その空間で過ごす人々の心の変化を生み出しています。
※ nomlog(ノムログ): “空間”と“体験”の可能性を追求する乃村工藝社グループのメディアです。空間づくりのプロフェッショナルたちが、プロジェクトの裏側、日々の取り組み、独自の考察などを発信します
「選ばれるデザイナーチームを目指して」。人とつながり、空間を創る吉村ルームの挑戦
吉村にとっての仕事のやりがいは、人とのつながりにあると話します。
「空間づくりは1人ではできないということを強く実感しています。どんなに優秀なデザイナーがいても、それを形にしてくれる職人の方たちがいなければ実現しません。もちろんお客さまがいなければ始まりません。だからこそ、みんなで作り上げたという達成感が大好きでこの仕事を続けています。
長期案件が終わった時にお客さまへのプレゼントとしてフォトアルバムを作ってお渡しすることもあります。今まで見せていなかったデザインのスケッチや、工場での検査の様子、今まで撮りためていたスタディ過程の写真など。みんなで良いものを作れたことをシェアできる瞬間が本当に好きですね」
人とのつながりを大事に取り組んできた吉村は、今後のビジョンについてこう語ります。
「数年後に世界でどこまで通用するか、チャレンジしていきたいですね。日本で担当した施設であっても、利用するのは世界中のすてきな場所を見てきたお客さま。いろんな方々に『素晴らしい』と思っていただけるものを作らなければいけません。そう考えると、自分の美意識や感度が本当に海外でも通用するのか体感したい気持ちが強くなってきています」
「吉村ルーム」としても、明確な目標を掲げています。
「『選ばれるデザイナーチームになる』ということを、ここ4年間ずっと掲げています。これはかなり大きなワードで、簡単には達成できないもの。でも、目標は大きく設定し続けて、最終的には海外から指名で依頼が来るようなデザイナーになることを目指しています」
最後に、吉村は乃村工藝社の魅力について語ります。
「当社の魅力は、助けてくれる人がたくさんいることと、尊敬できる先輩や刺激を与えてくれる後輩がいることですね。自分の会社で尊敬する先輩や『この人は優秀だな』と思える後輩がパッと頭に浮かぶって、なかなかないんじゃないでしょうか。
日常的にデザインについて議論できる環境で自分を高められるのはとても恵まれていると感じています。それが当社の良いところなので、今もここに居続けていますね」
刺激的で成長できる環境で、世界を見据えながら。一つひとつの空間に丁寧に向き合いながら、吉村はこれからも空間デザインの未来を切り拓いていきます。
※ 記載内容は2024年9月時点のものです
