“鉄”への興味。日鉄物産にしかできない価値を生み出していく
庄子昌宏が所属する建材薄板営業部では、一課がハウスメーカー向けの営業、二課が加工品・紐付営業系、三課が屋根・外装分野の領域とそれぞれ分かれています。庄子は三課で、屋根と壁の基になる鉄板を扱っています。日鉄物産は日本の金属屋根壁市場で大きい存在感を発揮しており、ビジネスの規模としてもかなり大きいものです。
庄子 「庄子 「当社の鉄鋼商売は大きな案件になると、オリンピック選手村メインダイニングの外壁や、豊洲市場の外壁、他には数万㎡の屋根などにも携わる機会があります。その分、扱う金額も大きいですし、責任も大きくなるのでやりがいを感じますね。
具体的な仕事内容は、ある物流倉庫を専門とする会社の倉庫屋根壁に携わる建設会社に製品供給したり、海外の日系企業に対して日本でつくった外壁を運んだり。要するに、主に工場倉庫と呼ばれる非住宅の分野で仕事をしています」
「鉄鋼薄板」は自分にはあまり関係ないものに聞こえるかもしれませんが、実は人々の日常生活に欠かせないものです。庄子にとって鉄鋼を扱う仕事のやりがいは正に「仕事を通して人々の暮らしを支えている」と感じられることです。
庄子 「意外かもしれませんが、世界で一番使われる鉄は薄板なんです。普段皆さんはあまり意識しないかもしれませんが、建物の屋根と壁だけではなく、飛行機、自動車、家電、そして家具などさまざまな場面で使われています。私の仕事は人の生活の根本的なところを支えているんだと毎日実感しています」
このことを庄子が特に実感したのが、東日本大震災の時でした。災害で家を無くしてしまった方のために仮設住宅が建てられましたが、実はその仮設住宅の7〜8割の屋根は庄子が手配したものです。
庄子 「急ピッチで何万戸もの仮設住宅を建てなければいけないという状況にもかかわらず、被災地だったため地図もなければ職人もいませんでした。そのため誰でも設置できるような屋根を作成する必要がありました。
その屋根を手配するために私と鉄の加工先のパートナーと協力しながら休みもなく働いたのは、今でも鮮明に覚えています。自分の仕事で「人の生活を支えたい」という入社前の想いとつながったことを実感できた瞬間でした」
「人を支えたい」:大学の寮運営から組合長まで貫いた想い
庄子が「人の生活を支える」仕事をしたいと初めて思ったのは大学生の頃でした。
庄子 「大学では北海道の出身者が集まる寮に住んでおり、その中の自治を寮の仲間たちと行っていました。具体的には施設の運営をしたり、寮でのイベントの企画・準備をしたりしましたね。
そこでの経験が本当に楽しくて、『人の生活に関わる仕事をしたい』、『人の暮らしに役立つ何かをしたい』と思うようになりました。では、実際にどうすればいいのだろうか──そのようなことを考えつつ、就職活動時期に、本当にさまざまな企業のセミナーにいきました。
インフラ事業会社、家電メーカー、総合商社、銀行。各企業のセミナーを受け、自身の「人々の生活を支えたい」という意向は何をすれば実感できるか、ということを考えたときに、この世に“鉄”がなくなったら生きていけない(不便になる)ことに気付いたんです」
そこから、庄子は人の生活を支える重要な要素である“鉄”に携わりたいという想いで、鉄鋼業界を中心に就職活動を行います。
庄子 「鉄鋼業界に関して、まずはメーカーについて調べました。しかしメーカーは、ビジネスの川上の部分に携わるという印象が強く、最終的な製品が見えないため、自分自身が携わったビジネスに実感をもてるのか疑問でした。
そこで、川上から川下まで関わることができ、ビジネスの手触り感がある鉄鋼系の商社を中心に見ていくことにしました」
2008年、庄子は日鉄物産(当時は日鐵商事)へ新卒で入社し、入社以降、鉄鋼を通して自分自身が憧れた「人を支える」仕事ができていると感じています。
そして鉄鋼の営業業務以外でも、庄子は社内の人を支えるような仕事に携わっています。所属部署での業務とは別に、庄子は最近まで約1,200人の労働組合を代表する委員長を務めているのです。
庄子 「まだ企業に入っていない学生の皆さんにとっては、組合がどのような活動をしているのか想像しづらいと思いますが、組合とは労働者(社員)の代表として企業と労働条件を交渉する団体です。
私は経営層の考えをより深く知るために、組合の本部委員と呼ばれる運営側に入ろうと決断しました。数年後、委員長になった時には、約1,200人の組合員がどうすれば経営層の考えをスムーズに理解できるのかということを考えるとともに、経営層にも現場の声を正しく届けることに尽力しました。
そこで経営層と組合が話す機会を増やし、実際に私自身、社長と直接話す機会も何度かありました。しかし、まだまだ相互理解が完全にできているわけではありません。現在は委員長ではありませんが、これからさらに経営層と現場のコミュニケーションを円滑にしていきたいなと考えています」
民事再生会社に変革を──出向で学んだ現場での仕事
入社から数年後、庄子は屋根・壁に使われる薄板を扱う課から電機で使われる鉄鋼を扱う課へ異動になったのですが“壁・屋根”の世界でやり残したものがあると感じていました。
庄子 「当時の部・課長や役員にも、屋根壁の世界にチャンスがあれば戻りたいと伝えていたこともあり、関連会社の株を日鉄物産が20%持つタイミングでメーカー関連会社への出向が決定しました。
出向当初は、驚きの連続でした。社長は自分が来ることを知っていたのですが、周りには伝えられておらず、パソコンのメンテナンスをしにきた人と勘違いされていたり、出向だったこともあり『会社を乗っ取りに来たのかと思いました』と言われたこともありましたね(笑)」
そして当時出向先で働いていた社員から様々な不満の声が上がっていました。
庄子 「個人的に、人と話すのが好きだったこともあり、社員からはさまざまな話を聞いていました。出向先では、外部から来ているからこそいろいろな不満や不安を話してもらえたんです。
仲良くなった社員のひとりから、家に招いて頂いたこともあります。仕事の話になり、招いてくれた社員は私が会社を良くしてくれたと家族に言ってくださったのですが、奥さんからは『良くするって具体的には何が?』と言われてしまいました。
会社自体が社員の家族にまで非常にネガティブに思われてしまっている状態だと実感し、もっと家族にも良い印象を持ってもらえる会社にしていかないといけないと思いましたね」
その思いを実現するために、庄子は出向先会社のマネジメントに真剣に取り組みました。
庄子 「出向先は元々オーナー企業ということもあり、家業を企業に変えるためのサポートをすることが私のミッションでした。
民事再生会社で、工場があるのに工場長がいなかったり、会議が週に1度も無かったり……という状況。私は指揮命令系統、つまり組織体制をしっかりつくるところから、安全管理やミーティングの管理も行いました。
また、採用活動も行っていなかったので実際に学校に行って採用活動を行ったり、採用ツールの整理・さらには商品カタログの刷新まで、幅広く変革を起こす必要があったんです。社内での立て直しに苦戦している状態だったため、金融面を第一に取り組みつつ、ある意味、副社長感覚でいろいろなことをやらせてもらいましたね」
出向経験から得たのはマネジメントの考え方だけではなく、より深い鉄鋼の知識もです。
庄子 「出向先では鉄以外にもいろいろなものを売っていたこともあり、実際の現場でどんなものがつくられているのかを知ることができました。
鉄以外のいろいろなものを扱うことによって、比較する機会ができたからこそ、別の視点から鉄について考え、知識を得るきっかけになったと思います。商社では経験できないことも経験でき、本当に良い機会になりました。
今でもその会社は元気にしていて、まだ民事再生会社ですが利益を伸ばしつつあります。出向時の活動を通して私が少しでも今の成功に貢献できたと思うとやはり嬉しいです」
「鉄」に秘められた可能性を解き放つ未来へ
2016年に出向が終わり、庄子は日鉄物産へ帰任しました。その時期に三井物産グループの鉄鋼事業移管があった関係で、元三井物産スチールの社員と一緒に働くことになりました。
庄子 「“屋根外装分野での鉄”という領域では三井物産スチールの方がシェアは上。川上の部分に詳しい三井物産スチールと、ビジネスの川下まで経験してきた自分のやってきたことを融合して、元々の商圏に対して新しい価値提供ができる可能性が広がりました」
庄子にとって、その“可能性”こそが鉄鋼商売のおもしろさです。
庄子 「さまざまな業界・業種に営業ができるというのが、建材薄板営業部の魅力かなと思います。やはりビジネス上のライバルもいますし、勝者もいれば敗者もいる世界。自分自身が動くタイミングを常に考えて、無駄のないように仕事することを意識しています。一番気持ちいいのは、今後どうなっても自分にしか注文が来ないなという状況をつくれた時ですね。
実際そんな経験をしたのが3〜4年目の頃。「従来の屋根ではなく、アルカリ環境下に強い屋根をつくって欲しい」という依頼がありました。従来のガルバリウム鋼板という鉄の屋根を使うと溶けてしまうので、アルカリ性の屋根をつくるために、関係している会社の技術と日鉄物産の技術を巻き込んで素材を決定。
この素材は日鉄物産からしか買えないので、お客様にも日鉄物産にとっても利益を生み出すことができ、非常に嬉しかったです。今後も、鉄鋼に秘められた可能性を活かしながら、今までにはなかった付加価値のある商材・新しいビジネスをつくっていきたいと思います」
具体的な目標として、庄子は海外のビジネスに携わることを目指していると語ります。
庄子 「この先のキャリアで、一番強く希望したいのは海外駐在です。日本では、台風が来るというのもあり、風雨の影響を考えた上での屋根の設計が必要になるのですが、それはあくまで日本のやり方。
アジアに行くと風で飛ばされたらまたつくればいいという考え方が一般的です。なので、日本ならではの考え方や金属知識を海外で展開し、新しいスタンダードをつくることにチャレンジしてみたいと考えています。
駐在先としては、日系企業が多いベトナムや、逆に何も揃っていないアフリカなんかもおもしろいなと思いますね。」
しかし駐在を経験する前に、日本でもまだまだ勉強したいことがある、と庄子は話します。
庄子 「企業が屋根や壁のそれぞれに特化して組み立てられるのは日本だけ。海外では鉄骨も屋根も壁も全部やるというパターンが多いです。自分自身は鉄骨の知識がまだ足りないと思っているので、日本で何かをするとしたら鉄骨をやりたいと上層部に伝えています」
人々の生活を支えたいという気持ちを、鉄鋼ビジネスを通して実現し、さらには出向先や日鉄物産の社員の仕事環境も向上させたいと意欲を持つ庄子は、今後も新たな分野でビジネスを展開、もしくは海外という新しい環境で挑戦し続けます。
そんな庄子がキャリアを考える若者たちへアドバイスとして送る言葉は「遠慮しないこと」です。
庄子 「若手には、遠慮せずもっと自分から飛び込んで行ってほしいなと思います。
コロナの影響もあり、仕事ではまだまだ現場を直接見せてあげられていない歯痒さはありますが、そんな時こそ、上司や先輩だけでなく、お客さんに対しても気負わず、どんどん前に出て行ってくれればと思います」
