2021年に新卒で入社し、現在、コミュニケーションデザイン第3事業部でコンテンツディレクター(Web編集職)として活躍する上田平 紗佳。「最初は右も左もわからなかった」と言いますが、今ではクライアントや先輩社員からの信頼を得ながら、日々コンテンツ制作に取り組んでいます。
大学時代の国際観光学部での学びや、就職活動でのインフォバーンとの偶然の出合い、入社してからの仕事ぶりについてなど、話を聞きました。
観光学部での気づきと地方創生への興味
──上田平さんは旅行好きと聞きました。最近どこに行きましたか?
そうですね、日々過ごしていると、無性に日常から抜け出したくなるときがあるんです。自分の中にその信号が灯ったら「ちゃんと、日常を過ごす」ために、ふらっと旅行に出かけることが多いです。
基本的には、思い立ったら行くスタンスなのですが、やっとコロナ禍が明けて海外にも行けるようになったので、久しぶりに半年前からしっかり計画を立てて、昨年の年末年始にフランスへ行ってきました。凱旋門の前で年明けのカウントダウンをするニューイヤーイベントも見ました。
▲上田平が撮影した写真。あちこちにDJブースが出て、シャンゼリゼ通り一帯がクラブ状態だったそう
──年末年始に海外とは、旅好きの中でも本格派ですね。
でも、今回の旅行で気づいたのですが、やっぱり年末年始は日本で過ごすのがいいかもしれません。年末年始はおせちやお餅を食べたり、初詣に行ったり、親戚と団らんしたりと、1年の中でいちばん日本を感じられる時期ですよね。日本文化を色濃く感じられる行事が多いので、その時期に日本にいないと全然年越しをした感じがしないなと思いました。
──昔から旅行が好きなのですか?
そうですね、子どもの頃によく両親に連れて行ってもらった記憶があります。あとディズニーの番組を観て育ったので、海外にすごく興味を持っていましたね。旅行や海外への関心から、大学への進学では「国際観光学部」を選びました。
──「国際観光学部」では何を学ぶのですか?
国際観光学部は、インバウンドや地域観光などの観光産業を、持続的なものとしてどう盛り上げていくか、どう地域に還元していくかを考える学部です。観光を学科や専攻として学べる大学はいくつかありますが、学部として学べる大学は限られています。私が入った大学では、ちょうど学科から学部に変わるタイミングで、私は一期生だったんです。
そのせいか学生の熱量が高くて、キャビンアテンダントやホテルマンなど、大学に入る時点で将来の夢を具体的に描いている人が多かったです。私はというと、ただ純粋に観光や旅行をするのが好きなだけだったので、そこまでの熱量はなくて……。私は観光サービスを提供する側ではなくて、あくまでも受容する側の人間でいたいと気づけたことが、大学での一番の学びだったかもしれません。
──ゼミには入っていましたか?
マーケティングのゼミに入っていました。そこでは、日本酒関連の協会をクライアントとして日本酒の売り上げを伸ばすPR施策を考えたり、実際に1年限定で株式会社を設立して、文化祭のブースで商品を販売したりしました。
──ユニークなゼミですね。どんな会社をつくったのですか?
オリジナルのリップスティックを制作し販売する会社です。普段リップを使う人はイメージできると思いますが、リップは「好きな人に会う前」や「大勢の人の前に出るとき」など、気合いを入れたいタイミングで使いますよね。
その気持ちを自社製品で後押ししたい、使う人の力になりたい、という想いを込めて会社を設立しました。
──インフォバーンのグループ会社・メディアジーンで制作している「7NaNatural」に近い印象ですね。
まさにそうです。インフォバーンに入社した後に「7NaNatural」がローンチされることを知って、私たちがめざしていたものと共通するものがあるなと感じました。
──就職先も、マーケティング業界を考えていたのですか?
いえ、そのゼミに入った理由は、マーケティングを学ぶためというより、おもしろそうなことをやっているなと興味を引かれたことが大きかったですし。ただ、私自身は観光する側でいたいと気づいていた一方で、地方創生には興味があったんです。何か地方を盛り上げる仕事に携わりたいという思いで、就職活動をしていました。
私は陶磁器を集めるのが趣味で、国内旅行に行く目的の半分は、陶磁器を買うためと言えるくらいなんです。陶磁器は昔の人が生計を立てるために生み出された手工芸品でもあるので、地域の土や身の回りにある素材が色濃く反映されています。昔の人が限られた状況の中で知恵と工夫を凝らして作りあげたものが、今もこうして地方の産業として残っているという背景を想像するだけで、ごはん三杯はいけますね(笑)。
そんな民芸品としての陶磁器ですが、最近は地域が元気でないと廃れていってしまうという危機感が高まっているので、それに対して私も何かお手伝いできないかと思っていました。
▲上田平が波佐見焼きを求めて訪れた長崎にある「やきもの公園」で撮った写真。写っているのは穴窯
──陶磁器とは渋い趣味ですね。趣味の旅を通して、地方創生の仕事を意識するようになったのですね。
地方には良いものがたくさん残っているのに、発信する人がいなければなかなか届かないし、発信したくても相手に届けるためには技量や工夫が必要なので、何か発信したい人と届けたい人との架け橋になる仕事がしたいと思ってました。そのためにも、まずはスキルを蓄えて、いずれは地方創生に携わる仕事に挑戦してみたいなと。
偶然の出合いで「情報の架け橋」に共感
▲渋谷某所にあるマンション。大学時代に建築系の調査アルバイトで来たことがある言う
──そこから、なぜインフォバーンに興味を持ったのですか?
インフォバーンとは偶然が重なって出合いました。広告業界の合同説明会に参加することになったとき、授業があって開始時間に遅れてしまったんです。会場に着いて、慌てて受付に行ったら、そこにいたのがインフォバーンのメンバーでした。「インフォバーンに興味はありますか?」と笑顔で聞かれて、なんだか断れなくて、全然知らない会社でしたが「あります!」と返事をしていました。
その後、ブースで新卒の人事を担当していた田汲(※田汲についてはこちらの記事を参照)の話を聞くうちに、おもしろそうな会社だなと思ったんです。最後に「オワコンになったものを、もう一度蘇らせるには?」という課題がバーンと出されたのもすごく印象に残っています。課題もすごくおもしろいなと。
それまで、私は就職活動にけっこう苦労していて、「自分は企業にとって魅力的な人間ですよ」とアピールするのが得意ではないことに悩んでいたんです。だけど、「自分自身ではない、何か違うものを通してアピールするならできるかもしれない」と思って、インフォバーンの選考に挑戦することにしました。
──選考を受ける中でどんなイメージを持ちましたか?
私にとって、最初に田汲から受けた印象が、かなり大きかったです。いわゆる人事担当者という感じがしないなと思いました。他の企業の面接では「面接官に品定めされているような感覚」が強かったのですが、インフォバーンでは雑談ベースで普通の会話をする気持ちで臨めたので、私に合っているという印象を持ちました。
──入社後に、コンテンツディレクターとして配属されてからの仕事はどうでしたか?
コンテンツマーケティングも記事制作もまったくの未経験で入社したので、最初は右も左もわからなかったです。それでも研修期間中に原稿のつくり方や、写真の撮り方、請求書や契約書の作成方法など、基礎的なことを網羅して勉強できましたし、配属後は先輩2人がトレーナーとしてついてくれました。
毎週のミーティングでは、先輩に「今週はどうだった」「今こういうことに悩んでいる」など、業務のことはもちろん、メンタル面のことも相談していました。
当初から、インフォバーンはすごく穏やかな社風だと感じています。だからといって放任されるわけでもなくて、みんな「自分たちがつくるコンテンツはおもしろい」と仕事にプライドを持っている。かっこいいメンバーが揃っているなと思います。
──仕事上で、苦労したりショックを受けたりしたことはありますか?
入社してから3年が経ちましたが、いまだにたくさんありますね。たとえば、ライターさんが執筆した原稿を編集する業務で、1年目の頃は私のスキルがおよばず、編集した原稿を先輩に総直ししてもらうことになったり、広告のキャッチコピーを何十回と直したりしたこともありました。
それから、まさに情報の架け橋としての役割では、クライアントや関係者、パートナーの方々ときちんと意志疎通するためには、相手との共通言語を用いながら解像度の高い言葉で伝える必要があると痛感したこともありましたね。とくにデザインに関するやり取りでは言葉が抽象的になりがちなぶん、上手く意思の疎通が取れず、反省した場面もありました。
──落ち込んだときには、どう乗り越えていますか?
じつは私は、メンタルが「お豆腐ちゃん」タイプなんです。先輩方の中には、パリッとしていてクヨクヨ落ち込まない方もいますが、私はそうではなくて……。
実際、インフォバーンにはいろいろなタイプの人がいて、話をしてみたら意外と同じようなことで悩んでいる先輩もいたんです。だから、悩んだり落ち込んだりしたときは、同じ経験をした人に相談するようにしています。業務面では職能の違いがあるので、特定の先輩や上司に相談することが多いのですが、メンタル面は自分と合う人と話をして気持ちをリセットしています。
4年目を迎えた今、手札を増やす挑戦を
──具体的な業務内容を教えてください。
最初は、金融機関の案件でオウンドメディアの記事制作を担当していました。正直、当初は金融関連の知識がそれほどなくて、NISAやiDeCoは知っているというレベルでした。ただ本当にありがたいことに、クライアントの担当者さんがとても面倒見の良い方で、いろいろと教えていただきながら自分でも勉強して、徐々に成長していきました。
私は、一方的に解決策を提示するよりも、フラットな目線でクライアントさんと一緒に考えてつくっていくほうが合っているし、自分も前のめりになれる。3年ほど経って、それが自分の進め方なのかなと、なんとなくわかってきたところです。他の業務では、ネット・インフラやITツールのオウンドメディアに関わって、toC向けの記事コンテンツに携わることが多いですね。
──コンテンツディレクターには何が求められると思いますか?
私が言えることはまだ多くはないですが、関わることの多いBtoC案件の場合は、どれだけクライアントに憑依できるか、それを楽しめるかが、企画を考えてコンテンツをつくる上で大事だと思っています。憑依というのは、クライアントに寄り添うことだけではなく、読者や生活者が求めていることをどれだけ汲めるかということも含めてです。
「情報の架け橋になる」という話にもつながりますが、クライアント、クライアントのお客さま、私たちの三方すべてが健やかに利益を得られる状態をつくれてこそ自分が架け橋となった意味があると思うんです。ですから、これからもクライアントの気持ちやエンドユーザーの気持ちに寄り添っていきたいですね。
企画をつくる上でも、インフォバーンにいるといろいろな案件にアサインされるので、案件に対して「私は興味がない」と思うのではなく、そこにおもしろさを見出せる人が向いているんじゃないかなと思います。それがド直球に好きではなくても、関わる案件の性質を自分の好きなことに結びつけて、おもしろがることはできますから。
──最初は右も左もわからなかった状態から上田平さんがそう考えられるように変われたのはなぜでしょうか?
最初はついていくのに必死で、おもしろがる余裕はなかったですね。それでも仕事をしていくうちに知識が広がりましたし、生活者の視点に立って「こういう情報を求めている」というのが見えてくるようになりました。そうすると、「こういう書き方にしよう」「こういう企画にしたほうが届きそうだ」ということを考えられる力がついていったのかもしれません。
何ごとも一面的にとらえるのではなく、いろいろな角度から見られるようになると、企画の幅も広がるし、自分の心が動くものも見つかってくるんじゃないかなと思います。
──これから新たに挑戦したいことや、身につけたいスキルはありますか?
私は、わりとコレクター気質なんです。陶磁器もそうですし、ゲームセンターのクレーンゲームで好きなキャラクターを見つけたら絶対に取るまであきらめないですし。モノでも事柄でも、手札が増えていくような感覚がたまらなく好きなので、仕事の上でも課題解決の手段として、記事制作以外の手札も増やしていけたらと思っています。
実際に、最近は診断コンテンツやインナーコミュニケーション施策といった未経験のコンテンツや案件にもどんどん挑戦させてもらっています。インフォバーンでは、「これをやってみたいです」と言ったら、ちゃんと情報もチャンスも集まってきます。
私は、インテリアが好きなことを雑談のたびに話していたら、近しい領域の案件に関わらせてもらえるようになりました。インフォバーンには「やりたい!」と言える場もそれを叶える機会もあるので、もしインフォバーンに入社される方がいたら、ぜひ自分の好きなことや興味のあることはどんどん発言してみるといいかもしれませんね。
※ 記載内容は2024年10月時点のものです
