「自分に嘘をつかない選択」。誇れる仕事を求めてたどり着いた新たなフィールド
大学では建築学科に在籍していた木村。同級生の8割が大学院へ進む中、アルバイトでの接客経験を経て人と接する魅力を知った彼は、営業職の道へと進む。
「理系からわざわざ営業に行く以上は、若手からバリバリ活躍して成果出して稼ぎたい、という想いがありました。だからこそ、年功序列がなく自分の実績がストレートにインセンティブへ還元される投資用不動産業界を選んだんです」
1日300件のテレアポなど泥臭い行動量を重ねて成果を出すが、実務への理解が深まるにつれて自分の提案に対する違和感が芽生え始める。
「最初の1年半は売れず苦しかったですが、泥臭くやり抜いて成果を出せるようになりました。ただ、実務の仕組みが分かるにつれ、自分の売上のための提案がお客さまの不利益になってしまう構造に疑問を抱くようになったんです。自分の親や、将来自分自身が親になったときにも子どもに胸を張れるよう、本当にお客さまのためになるベストな提案がしたいと強く思うようになりました」
自分の仕事に誇りを持ちたい。そんな想いで転職活動を進める中、タイズの採用サイトにあったベテラン社員のインタビュー記事が目に留まる。
「『こんなに真っ当に仕事をしている会社はない』という言葉が印象的でした。売上至上主義になってしまう企業も多い中、拡大フェーズでありながらそう言い切れるベテランがいるタイズに凄さを感じたんです。まだ小さな組織ならその考えが強固に浸透しているはずだし、チャンスも多い。自分に嘘を付かず、お客さまのために真っ当に勝負したいと思って飛び込みました」
「前職の手法」が通じない現実。年下メンバーに学び直したプロの基準
2023年10月、人材業界未経験で立ち上げから間もない関東拠点へ参画した。しかし、かつての成功体験や営業手法はまったく通用しなかった。
「人材紹介は企業さまと長期的な信頼関係を構築することが何より不可欠で、求められる仕事の質や営業スタイル自体が全く違いました。連絡頻度や事前準備の解像度も桁違いな上、候補者さま一人ひとりの経歴やキャリアの志向はもちろん、市場も企業ごとの採用状況によって大きく異なり、仮説検証の回数や学ぶべき知識量が膨大で、求められる『当たり前基準』の高さに最初につまずいたんです。のらりくらりとやっていたら終わるという強い危機感がありました」
さらに木村には、別の葛藤があった。
「周りのレベルの高さに焦りながらも、私が入社した当時は中途社員も1〜2人で、上司や先輩は全員年下でした。『自分は中途で入ったんだから』『他業界で修羅場を経験してきたんだ』という変なプライドもあって、最初は自分一人で何とかしようとかなり空回りしていたと思います」
一人で成果を出そうと焦る木村の意識を根底から変えたのは、得意なテレアポで獲得した新規開拓企業の商談に初めて臨んだ時のことだ。
「アポは取れましたが、いざ商談に行くと自分の提案がまったく響いておらずすごく焦りました 。その時、同席してくれた当時マネージャー(現関東拠点長)の秋田たちが、30分ほどで見事に企業さまの課題を引き出し、契約まで繋げてくれました。
次の商談でも別のメンバー2人に同席してもらったんですが、また私が空回りしている中で2人が見事に進めてくれて。2回続けて自分のできなさや未熟さを痛感し、打ちのめされた感覚でした」
自身の現在地を客観的に受け入れた木村は、日々の業務においても周囲の同僚や上司に対して素直に教えを乞う姿勢へと大きく変化していく。
「やり方も環境も違うのだから最初からできるわけがない、という当たり前の事実を自分の中に受け入れるのに時間はかかりましたが、これが大きな転換点でした。年下だろうが関係なく、こんなにレベルの高い営業をする人たちにやり方を聞かないのはめちゃくちゃ勿体ないと思ったんです。そこからは変なプライドは捨てて、色々と質問をしたり、営業の壁打ちを何度もさせてもらったりするようになり、少しずつ成長していけたと感じています」
降格の挫折と「AND」の思考。壁を乗り越えて掴んだ再昇進への道
周囲の胸を借りて着実に力を蓄えてきた木村は、入社1年半でサブマネージャーに昇進。しかし、間もなく大きな試練が訪れる。
「特定の企業さまのご支援に集中していたあまり、その企業さまの採用活動が落ち着いた途端、一気に数字を作れなくなってしまったんです。しかも、プレイヤーとしての成果とサブマネージャーとしてのメンバーのサポートをどう両立させるかが分からず、すべてが後手に回ってしまいました」
結果的にチーフへ降格することに。どうすればいいか悩む時期は1年弱続いた。
「1年前の自分は、立ち上げを担っていた注力企業の採用計画に引っ張られてしまい、市況の変化に柔軟に対応できていませんでした。その結果、他の企業さまへのアプローチもキャリアアドバイザー(CA)側の支援もおろそかになり、成功パターンが特定の1つしかない状態に陥っていました。
どちらか一方を選ぶ『OR』ではなく、効率化して時間を捻出し、複数のお客さまへ並行して価値提供できる『AND』の思考に切り替えることが必要だったと気づいたんです」
この気づきを与えてくれたのが、上司である秋田との対話の日々だった。
「毎週のように1on1や壁打ちを重ね、自分の思考の癖を紐解いてもらいました。本気で向き合って課題を指摘してくれる上司がいたからこそ、自分の視野を大きく広げられたと思っています」
業務設計を一から見直し、お客さまへ偏りなく価値提供できる仕組みを作った木村は、再びサブマネージャーとしての役割を掴み取った。その姿勢が確かな成果として結実したのが、自身が開拓を含めて初めて担当した、世界トップシェアを誇る機電メーカーとの取り組みだ。
「他社の大手エージェントさまが多数参入する中、どこよりも企業研究を重ね、『目の前の人は何に喜び、この組織や部門は何を一番大切にしているのか』を理解できるまで徹底的にヒアリングしました」
その姿勢は、思いがけない形で信頼につながった。
「先方の人事さまから『中途採用強化のためにウェビナーをやりたいので相談に乗ってほしい』と、タイズだけに独占でご相談をいただいたんです。企画や集客を一緒に作り上げ、今では他社も巻き込み定期開催されるまでになっています。大手競合がひしめく中で私を頼っていただけたことが、心から嬉しかったです」
前職はニーズをこじ開けて売り切る感覚だったが、今は違う。
「相手の課題を納得できるまで深く聞き、『うちなら何ができるか』と提案をつくっていく姿勢を大切にしています。組み合わせは無限大だからこそ、お客さまの期待を超えるために徹底的に調べ、耳を傾ける。その姿勢を貫き続け、より多くのお客さまに頼っていただける存在でありたいです 」
自立を促すマネジメント。拡大期の関東拠点から描くチームでの挑戦
降格と再昇進、そして顧客へ真摯に向き合う営業としての自立を経た木村の視線は、個人の成果から拠点全体の成長やチームの自立へと向けられている。
「手厚く引っ張るタイプのリーダーシップは自分には向きません。だからこそ、メンバーのマネジメントでは『最終的に自立してもらうこと』を一番に意識しています。一方的に答えを出すのではなく本人に思考プロセスを回してもらい、自分で考えて行動できる組織にしたいんです。今でもメンバーへの指導や声かけについては、毎週すり合わせを行いながらブラッシュアップしています」
立ち上げ期のスピード感や熱量を残しながらも、助け合える組織へと成長を遂げつつある関東拠点。その変化を渦中で実感しながら、木村はこの環境で働く魅力を語る。
「立ち上げ当初の『数字にこだわらなければ拠点が存続できない』という危機感や、お客さまへの価値提供を深く考え抜く姿勢は絶対に変えたくありません。一方で、早期から大手企業を担当することができ、組織づくりに関われるチャンスがまだまだ溢れているのが今の関東拠点の面白さです」
苦難を経て自身の視座を高めてきた木村。 自分の仕事に真摯に向き合い続けてきた彼の視線は、いまや「チーム全員で大きな成果を掴むこと」へと広がっている。
「プレイヤーの仕事も楽しいですが、自分一人では成し遂げられない大きな成果をチームで達成することに面白さを感じています。これからも自分を育ててくれた関東拠点で、周りを頼り、周りに頼られながら、自らのビジネスパーソンとしてのレベルも引き上げていきたいです」
※記載内容は2026年9月時点のものです
