「シェアハウスをやってみたい」不動産オーナーの声に応え、事業に参入
神奈川県川崎市で不動産業を営む家に生まれた細山。社会人になってからはゼネコンや市内の不動産会社に勤務してきました。宅地建物取引士のほかに、1級建築施工管理技士の資格を保有する不動産・建築のプロとして、活躍の場を広げています。
シェアハウス事業は前職だった2010年から携わっています。当時取引先だった不動産オーナーから「シェアハウスをやってみたい」と相談されたことがきっかけでした。
細山 「『物件のリノベーションをお願いしたいんですが、御社でできますか?』と聞かれ、『やったことはないけれど、できます』と正直に答えました。共有スペースを設けることで、入居者同士の交流を促すシェアハウスという形態は当時まだ目新しく、私たちにとってはチャレンジ案件だったんです。
その物件ではリノベーションのほか、管理や運営も担うことになりました。いざ入居者募集をしてみると、6部屋に対してなんと60人以上の応募があって。並々ならぬ手応えを感じ、シェアハウス事業の本格参入を決めましたね」
その後、細山は次々と新規シェアハウスの企画運営に乗り出します。もの珍しさも手伝って、滑り出しは順調でした。しかし、次々と同業他社が市場に参入。すぐに供給過多の状態に陥りました。「差別化を図らなければ、空室が出てしまう」──細山は、コンセプト型のシェアハウスを打ち出すことにします。
細山 「考え抜いた末、4棟目に仕掛けたのが日本初のシングルマザー専用シェアハウスでした。とは言っても、最初は決して高尚な気持ちで企画したわけじゃないんです。
当時、シェアハウスのメインターゲットは30代の女性。それ以外の層に訴求したいと思案していたときに、『川崎・横浜の待機児童』のニュースが目に留まりました。そこで、シングルマザーという新たなターゲット層がぱっと浮かんで……」
しかし、細山自身は子どもを育てた経験がありません。どのように設計すれば、親子にとって住みやすい空間となるのか、さっぱり見当がつきませんでした。そのときたまたま出会ったのが、シングルマザーであり保育園で園長を務める石尾 ひとみさんでした。
細山 「当事者である石尾さんに意見を聞いたところ『子育て真っ最中の時期に、同じ境遇の人たちと一緒に住めたら、もっと楽しい暮らしができたと思う』と言われました。そのひと言に背中を押され、石尾さんや仲間たちと共に、シングルマザー専用という新しい形のシェアハウスを立ち上げることになったんです」
地域の母と子に役立つシェアハウスを、創業100周年記念事業の一環に
細山がプロデュースした日本初のシングルマザー専用シェアハウス「ペアレンティングホーム高津」がオープンしたのは2012年(現在は事業終了)。
同時期に、同じ川崎市内でシェアハウス事業を立ち上げた企業がありました。中原区で建設・不動産管理業などを展開するジェクト社です。代表の市川 功一さんは以前からシェアハウス事業に注目し、細山が最初に手掛けたシェアハウスの内覧会にも足を運んでいました。
市川さん「ご近所との付き合いが希薄になってきたと言われる昨今において、入居者同士の交流が価値となるシェアハウスの発想にまず驚かされました。一方で、今後こうした価値に共感する人が増えていく可能性を感じたんです。それで、自分の会社でも始めてみようと」
2020年現在、ふたつのシェアハウスを運営するジェクト社。ひとつは築8年、全30室の大型シェアハウス。JR武蔵中原駅前の好立地にあります。もうひとつは本社から少し離れた元住吉、オープンして4年目です。
シェアハウス事業は、ジェクト社の創業100周年記念事業にも盛り込まれることになりました。同社の経営理念は「地域に必要とされる企業であり続ける」。市川さんは、この記念事業においても、地域に貢献できるものにしたいと考え、複合型集合住宅を企画。その1階部分をシングルマザー専用シェアハウスにすることに決めたのです。
市川 さん「わが社では、戦後復興期に地域の学校を数多く建設してきたという経緯もあり、とりわけ子どもへの貢献には力を注いできました。子どもを対象としたイベントやワークショップの開催はその一例です。
記念事業のシェアハウスをシングルマザー専用にした理由は、建設地付近にふたつの小学校があったから。地域に住む母子の役に立てるかもしれないと考えました。
ですが、私たちにはシングルマザーの暮らしや住まいに関する知見が一切ありませんでした。そこで、スペシャリストである細山さんに、企画・プロデュースをお願いすることにしたんです」
ハードだけでなくソフト面にも注力、シングルマザーにしっかり寄り添う
ジェクト社の創業100周年記念事業は3つの機能を持つ複合型集合住宅です。2階から4階部分はコンセプト型の賃貸マンション「サウンドステージ1st」。部屋で楽器演奏が楽しめる遮音性能の高さが特長です。 1階エントランスにはグランドピアノを設置するなど、“音楽のまち・かわさき”らしいつくりとなっています。
1階はシングルマザー専用シェアハウス「シェ・トワ中原」と「学童クラブ AYUMI 武蔵中原」が隣り合う形に。この学童クラブは、細山の提案で組み込まれることになりました。
細山 「一般的に保育園から小学校に進学すると、親の負担が重くなり仕事と家庭の両立がしづらくなると言われていますが、これまで接したシングルマザーたちもやはり『小一の壁』にぶち当たっていました。
母親が帰宅するまで、子どもを家に残すのは心配の種になります。それで、保育園ではなく、小学生向けの学童を提案したんです」
学童クラブ AYUMI 武蔵中原は、シングルマザー専用シェアハウス立ち上げをサポートしてくれた、保育園園長の石尾さんがプロデュース。これまでのご縁を生かし実現しました。
細山自身のノウハウが細部にまで生かされているのがシェ・トワ中原です。コンセプトは「仕事と子育てを楽しく両立するシェアハウス」。6世帯の親子が心地よく暮らせる工夫が施されています。
細山 「28畳ほどの広々としたリビングキッチンのほかに、2室に対してひとつずつトイレ・洗面台・洗濯機を設置。バスルームは全部でふたつ、個室は8畳と、ゆとりある住まいになりました。
ストレスやトラブルを防ぐために大切なのは、ユースフルかつ、秩序が保たれる設計であることです。ベビーカー置き場を屋内に設置したり、収納をあえて共用スペースに設けたりしたのはそのためです。これまで4つのシングルマザー専用シェアハウスを企画運営してきた経験を随所に生かしました」
シェ・トワ中原の共益費4万円には、水道光熱費、インターネット、清掃費のほかに、シッターと母子の食事を提供する週1回の「チャイルドケア」料金が含まれています。これは「時間がほしい」というシングルマザーの声から石尾さんと細山が導入してきたものです。
細山 「これまで、多くのシングルマザーから『たとえ週1回であっても、夕飯のことを考えなくていい夜があるのは嬉しい』と好評を得てきたサービスです。ハードだけでなく、ソフトの面でも寄り添う姿勢が大切なんですよね」
気づきや刺激が生まれるような、シェアハウスならではの交流を促したい
この10年で10件のシェアハウスを企画運営し、おそらく日本の誰よりも多くの失敗と成功を体験していると話す細山。「自らの知見を生かした理想のシェアハウスを運営したい」──その想いは、ジェクト社とのタッグによってかなえられました。
細山 「新築ということもあって、市川さんには設計段階から細かく提案しましたが、そのすべてを快く受け入れていただきました。だからこそ、シングルマザーや子どもたちが本当に暮らしやすい空間をつくり上げられたのだと感じています」
一方、市川さんは細山との共創について、こう語ります。
市川 「適切な部屋数の設定などの基本構想から学童の設置、チャイルドケアサービスにいたるまで、細山さんからの提案内容はなるほどと膝を打つことばかりでした。
『シングルマザーや地域の子どもたちの一助になる』という記念事業の目的を達成するためには、ハードだけでなくソフトも整えることが重要だと考えていたので、細山さんにお任せして本当によかったと思っています」
今後、シェ・トワ中原の管理・運営はエヌアセットが請け負い、細山はその責任者となります。その展望ははっきりとしたものでした。
細山 「シェアハウスは通常の賃貸住宅と違って、運営者と入居者との距離がとても近いんです。何か問題があれば直接連絡を受けますし、新しい入居者が決まった際にはウェルカムパーティの主催もします。
“みんなの共通の知り合い”であり、コミュニティマネージャーのような役割を担うことも多いので、責任は重大です。ですから、運営が始まるこれからが本格スタートだと思っています。
これまで手掛けたシングルマザー専用シェアハウスでは、『他の入居者と接することで、刺激を受け、自らの仕事や子育てについて見つめ直せる』といった声が多く寄せられました。このシェ・トワ中原でも、すばらしい出会いや交流を後押しできるよう、円滑な運営を目指したいです」
近い将来、エヌアセット本店のある高津区にも複合型のシェアハウスをつくりたいと話す細山。その熱量は高まるばかりです。
