コロナ禍の飲食店を応援したい──目指したのは3分以内で入力できるサイト

▲#溝の口テイクアウトのロゴ。サイト立ち上げ後にはステッカーも作成し、各飲食店に配布しました

川崎市屈指の繁華街・溝の口。駅前には大型商業施設のほか、多くの飲食店が軒を連ね、この街ならではの個性やにぎわいを生み出しています。

しかし、新型コロナウイルスの影響で、人出は2020年2月下旬ごろから次第に減っていき、飲食店に足を運ぶ人も激減。そんな中、各店が苦肉の策として始めたのがテイクアウトです。松田はその様子をつぶさに見ながら、何もできない自分に歯がゆさを感じていました。

松田 「私の所属するワクワク広報室は、『溝の口という街の魅力を広報する』ことをミッションとしていますが、活気ある飲食店はまさに溝の口の魅力そのもの。仕事・プライベートシーン問わず、たくさんのパワーをもらっていました。

ですから、『1食でも多くのテイクアウトを購入して支援したい』と考えていたのですが、家庭の事情でなかなか店舗に足を運ぶことができなかったんです」

そんな矢先、松田の元にある話が持ち掛けられます。相談主は、エヌアセットも企業として加盟する有志団体「溝の口駅南口笑点街」会長・稲木 一幸さんでした。

松田 「飲食店を応援するステッカーをつくりたい、というのが稲木さんの相談でした。その話を聞いたとき『メッセージだけでなく、機能としてサポートできる施策を実施したい』という想いがこみ上げてきて。

そこから、稲木さん、アドバイザー役の越水 隆裕さんとブレストを重ね、最終的にテイクアウト専用まとめサイト#溝の口テイクアウトの立ち上げ構想へとたどり着いたんです」

松田にヒントを与えてくれたのが、高崎経済大学時代の同期や先輩、後輩でした。共に地域政策学を学んでいた仲間たちが、群馬県富岡市や前橋市で同様のまとめサイトをすでに開設していたのです。

松田 「目指したのは“3分以内で登録が完了できる”サイト。作業もデザインも極力シンプルにすることが、スピーディかつ明確な情報発信につながるんじゃないかと。

実施決定後は、友人づてに紹介してもらった、前橋まちなかテイクアウトフードコミュニティ『MaeTekuマエテク』の制作スタッフの方に教えを乞いながら、#溝の口テイクアウトを完成させました」

『飲食店が街の個性を生み出す』──大学時代に感じた地域と人とのつながり

▲屋台村で出店した飲食店の営業最終日での1コマ。前方でケーキを抱えているのが松田です

#溝の口テイクアウトの制作や運営は、松田をはじめとする有志が手弁当で行う取り組みです。飲食店へ寄せるそれぞれの想いが今回の行動へと突き動かしました。

松田自身は大学3年時に屋台村で出店した経験が、現在の想いへとつながっています。

松田 「所属していた学生団体で実施された3カ月限定のプロジェクトだったんですが、そこで飲食店の店舗運営の難しさや苦労、喜びを少しだけ垣間見ることができたんです。

スタート当初に、他店のオーナーさんから『学生に何が提供できるんだ。こっちは生活をかけて商売しているんだ。』と言い放たれたときの緊張感は今でも鮮明に覚えています」

自分たち学生が、ここで商売するためには、他店との信頼関係を築くことが不可欠──店長の松田とコアメンバーたちは、「出勤・退勤のタイミングで全店にあいさつする」、「当番制だったトイレ掃除を自分たちで率先して請け負う」、「他店のメニューをすべて置き紹介、希望に応じてデリバリーする」という3カ条を掲げ、スタッフ全員で徹底していきます。

松田 「本当に少しずつではありますが、他店との距離が日に日に縮まっていった気がしました。そこからですね、『特徴のある個人飲食店が街の個性を生み出している』ことが肌で感じるようになったのは。

おせっかい焼きの店主が人と人をつなげる。店舗スタッフ同士が仲良くすることで、常連客同士の新たな交流が生まれる。この繰り返しが、地域コミュニティを育み、やがて個々人の『おもしろい街なのかもしれない』という体感へと結びつく。そんな光景を間近で見ることができたんです」

松田が当時取り組んでいた研究テーマは「若者と地域」。若者が地域の大人たちと共にプロジェクトを企画し、実施したとき、若者のキャリア形成や地域にどんな影響を及ぼすのかを自らが実験台となって研究していました。しかし、屋台村での出会いや小さな奇跡の数々は、それまでのフィールドワークとは少し違った感情を、彼自身にもたらしたのです。

「街づくりは人づくり」──恩師の言葉を胸に根気強く活動して見えた光

▲株式会社エヌアセット ワクワク広報室 松田 志暢 現在は地域のハブとなる複合型シェアオフィス「nokutica」の管理人も兼任している

屋台村での店舗運営を経験してから、飲食店、とりわけ個店へ特別な思い入れを持つようになった松田。不動産会社・エヌアセットに就職し、営業部に配属されてからも、その想いは変わりませんでした。

松田 「忘れられないのは、入社1年目でテナント物件を家賃査定したときのこと。新築で立地も良かったので、相当の値段を付けざるを得なかったのですが、同時に『この査定で、個人店が挑戦できなくなり、結果的に飲食店経営の未来をつぶしてしまわないだろうか』と街を盛り上げる不動産を目指す自分自身に葛藤が生じてきて……」

一方で、さまざまな現場に立ち合うごとに「不動産業は、人生のターニングポイントに立ち合う重要な業務」であることを実感。次第に、最善の策を提案できる営業マンに成長していきます。

そして、入社3年目を迎えた2015年9月。「溝の口という街の魅力を広報する」「人をつなぎ、街の魅力を向上させる」ことを目的とした「ワクワク広報室」が新設され、専任担当者には松田が任命されました。しかし、松田はどこか後ろめたい気持ちを抱えていました。

松田 「街の資産である食材や商品、店舗にスポットを当てた地元住民向けのイベントを企画・運営したり、地域活動に参加したりと自分なり考え、精力的に動きました。

しかし、当時のエヌアセットの社員は50人以下。そんな小さな会社のバックオフィスに、広報未経験の自分が加わっていることがとてもやりきれなかったんです」

そのとき、心の支えとなったのが、大学時代の恩師・大宮 登先生の『街づくりは人づくり』という言葉でした。

松田 「『同じ想いを持つ人をどれだけつくっていけるか』。私はこの言葉をこう捉えていて。すべては1対1のコミュニケーションから始まることを念頭に置き、根気強く活動を続けました」

潮目が変わったのは、2017年。街のキーマンたちとの関わりを持てるようになり、仲間と呼べる存在がひとり、ふたりと増えていったのです。中でも、会社としても大切な取引先である“次世代大家さん”とのタッグは、社内外に大きなインパクトを与えました。

「一過性のお祭り騒ぎにはしたくない」──コロナ後にも見据える未来

▲#溝の口テイクアウトを立ち上げた 越水さん(左)、稲木さん(中央)と。これまで数多くのイベントを共に手掛けてきました
松田 「通常、不動産会社の社員とオーナーさんがフラットな関係を築けることはほとんどありません。しかし、『健やかな地域コミュニティを育てたい』という想いにお互いが共鳴したことで、共同でイベントを企画し、新規ビジネスを立ち上げる間柄になれました」

#溝の口テイクアウトではアドバイザー役として参画した越水さんも、溝の口エリアで5棟66室を所有する賃貸オーナー。越水さん、稲木さん、松田が管理者を務めるFacebookグループ「ふらっと溝の口」で発信を行ったことで、サイト情報は一気に拡散されました。

松田 「このグループは7000人以上の地域住民が登録する巨大コミュニティ。オンライン以外でも、街のキーマンたちが別途チラシを制作、配布してくれたり、口コミで広げてくれたり。地域に『よっしゃ、協力しよう!』と言ってくれる仲間たちがいなければ、#溝の口テイクアウトはここまで盛り上がらなかったと思います」

2020年5月現在、サイトへの店舗登録数は約70店舗、PV数は4週間で12,000を超えました。飲食店側からは「自分はひとりじゃないと思えた。支えてくれてありがとう」「他店の工夫がわかり、参考になる」といった声が寄せられ、ユーザー側からも「見やすくて使いやすい」と好評です。しかし、この取り組みを「一過性のお祭り騒ぎにはしたくない」と松田は言葉を強めます。

松田 「新型コロナの影響は根が深く、景気が戻るにはまだまだ時間がかかるでしょう。だから、これだけで飲食店が救われるとはまったく思っていません。今回の施策をひとつの通過点として、さらなる一手を地域のみなさんと共に考えていきたいですね」

ワクワク広報室立ち上げから5年。「溝の口という街の魅力を広報する」「人をつなぎ、街の魅力を向上させる」という壮大なミッションに向かって、松田はこれからもまい進し続けます。