機械設計を学び、金型製造の道へ。設計士として独立後、地域活動に参加

▲株式会社エヌアセット オーナー様相談室 持田 忠

2020年現在、当社で不動産オーナーの新規開拓営業を行う持田。笑顔を絶やさない柔和な人柄から、彼のことを生粋の営業マンだと思っている人もいるかもしれません。

しかし、不動産会社に転職するまでは、30年以上にわたり金型の設計業務に従事していました。金型とは、その名の通り金属の型。自動車や建築資材、医療機器など多くの工業製品の生産に必要とされます。

持田 「工業高校の専門とは別に、通信教育に受けながらで機械設計を学びました。卒業後は大手自動車会社に就職したのですが、配属されたのはエンジンオイルを扱う鉱油課でした。
自分が納得できるまで知識や技術を身につけ、結局6年在籍しましたが、設計の仕事がしたいという気持ちは変わらなくて。そんなときに、金型の製造業を営む知人から『設計士としてうちの会社で働いてみないか』と声をかけられたんです」

やっと設計の仕事ができる──充実感を味わいながら、まい進する日々。設計士として5年目を迎えたころから、持田の手腕は業界内でも認められるようになりました。すると、今度は別の知人から仕事のオファーが舞い込みます。

持田 「その企業は当時珍しかったCADで自動車関連の金型を設計していて。今でいうベンチャー企業のような先鋭的な取り組みをしていたんですよね。もともと自動車は好きだったし、自動車会社に勤務した経験もあったので、この新しい分野の可能性が魅力的に映り、転職することにしました。
仕事は、想像以上におもしろかったですね。やりがいも感じられて結局、20年ほど勤務し、とことん技術を磨きました」

40代半ばには、自宅内に事務所を構えて独立。通勤がなくなったことで、地域活動にも積極的に参加するようになります。

持田 「初めは、息子たちがやっていた少年野球のコーチから。熱心に活動すればするほど土日に家族で出かけることも難しくなってしまって、家内からはいまだに『あのころの家族行事は野球一択だった』と嫌味を言われます(笑)。それでも、自宅近所に知り合いが増えるのは、新鮮でとても楽しくて。世界がぱーっと広がった感じでした。その後、知人の誘いを受けて神社のお祭りにも顔を出すようになりました。

溝の口には3歳から住み続けているのに『街のことをあんまり知らずにいたんだな』と、このときつくづく思いましたね」

当時の持田の座右の銘は「忘己利他(もうこりた)」。毎年訪れる比叡山の法話で聞いた“己を忘れて他を利する”という趣旨に心が動かされてから、常にこの仏教用語を意識して行動していました。

50代半ばで営業職に転身。「相手と同じ目線で話す大切さ」を知る

▲地元で採れた新鮮な野菜を仕入れ値で販売する「エヌアセット 野菜市」は年2回開催。持田は毎回、店頭に立っています

順調な歩みを見せていた持田の設計事務所。しかし、独立して8年が過ぎたころから、ある出来事をきっかけに窮地へと追い込まれていきます。持田の設計した図面が、海外企業に流用され、安価で市場に出回るようになり、オーダーが激減してしまったのです。

そんな折、彼に再び仕事のオファーが。それは、自宅から徒歩2分の場所で総合不動産会社を経営する友人からでした。

持田 「良かったらうちの会社で一緒にやらないか、と。不動産業界は未経験でしたが、自分自身が賃貸経営者で、地域にも精通しているのは業務上の強みになると思い、50代半ばにして挑戦することにしたんです。

最初に配属されたのは賃貸物件のメンテナンスを担う部署でした。入社から数年後、この事業をスピンアウトさせた子会社を設立することになり、私も籍を移したんです。そこで生まれて初めて営業活動を行うことになりました。

その際に驚いたのは、誘ってくれた友人の営業手腕。とにかくすばらしくて、今でもお手本にしていることはたくさんあります」

中でも、持田が聞いた、忘れられないエピソードがあります。農家のお宅を訪れたときのこと。畑の中に作業中のオーナーを見つけると、友人は自分がスーツ姿なのもお構いなしに、あぜ道にちゅうちょなく座り、オーナーと同じ目線で話をし始めたというのです。

持田 「当然、友人のズボンは泥だらけに。でも、その話を見て『相手と同じ視点で、話をする』大切さに気づかされました。

それからは私も、相手の職業に就いたつもりで、オーナーさんに接するようになりました。たとえば農家さんなら『今の時期はトマトが旬ですね』『この畑は1反ぐらいありますかね?』などと話しながら。“平米”ではなく、普段彼らが使用している“反”という単位を用いるだけで、会話が弾み、距離もぐっと縮まるんですよね」

このころから、持田は座右の銘を「忘己利他」から「律義無表(りつぎむひょう)」に変えます。やはり毎年参拝する比叡山でその法話を聞き、「50代の自分にこそ、この言葉が必要だ」と共鳴を覚えたのです。

評価するのはあくまでも相手。それでも、自分の律儀を貫き通す

▲地元溝口神社の理事を務める持田。祭事にはよりいっそうの力を注いでいます

仏教用語である律義無表。持田はこの言葉をこう解釈しています。

持田 「『律義』はどんなに小さな頼まれごとでも、引き受けたらきっちりこなすこと。『無表』は、そんな律儀な行いを評価するのは自身ではなく相手であると。つまり、『自分の律義さを売りにしてはいけない』という意味に、私自身は捉えました」

この律義無表を座右の銘にして以降、少年野球チームへの指導や神社の理事に加えて、持田は区の青少年指導員や災害担当、町会役員などを引き受けるようになりました。そして、与えられた役割を果たしていきます。

持田 「すると、地域での顔が増えるのと比例して、友人・知人の輪が劇的に広がったんです。

嘘はつきたくないですから、できない頼みごとであれば断ることもあります。そして当然ながら、私の行いに対して、律儀ともなんとも感じない人が中にはいる。でも、それでいいんじゃないかと」

2008年、持田の住む溝の口にてエヌアセットが創業。代表・宮川 恒雄は、総合不動産会社時代の同僚であり、地域の事情にも詳しい持田に入社を切望します。

人生で4度目となる仕事のオファー。しかし、すでに還暦を過ぎていた持田は「せめて半年ぐらいは仕事をせずにのんびりしたい」と考え、なかなか結論を出せずにいました。

持田 「宮川とは3度にわたって面談したんですが、その際に『地域でナンバーワンの不動産会社になりたい』と。この言葉を聞き、意図を探りながらも、少しずつ入社の決意を固めていきました。対話を繰り返すうちに、私の中にも“ナンバーワン”のイメージが沸き上がってきたんです。

事業、そして社員の振る舞いがすばらしければ、評判が良くなり、売上も上がります。自然と社員数も増えて成長できるのではないかと。とにかく“中身”で一番になるのが良策だろうと考えました」

2020年現在、持田は不動産オーナーの新規開拓部署である「オーナー様相談室」に在籍。当社と関わったことのない方が5割以上という難しい営業活動に、7年間勤しんでいます。

自身の見識を拡げ、律儀無表を実践すれば、人生は何倍も楽しくなる

▲自宅で趣味の演奏を楽しむ持田。後方には自慢のギターがずらり

持田 「レストランでたとえると、私たちオーナー様相談室は食材を仕入れる係だと思っていて。良い食材(賃貸物件)を仕入れ、調理人(物件の管理担当者)に渡して、オーナーさん、入居者さんに喜ばれるような一品(部屋)をつくり上げる。

エヌアセットを初めて知るオーナーさんにとって、自分はいわば会社の“顔”。難しさも責任もありますが、その分やりがいも感じています」

金型の設計士から営業職へとキャリアチェンジを果たして14年。自身の“ある習慣”が、営業活動にプラスに働いていると持田は話します。

持田 「選り好みせず見識を拡げるのは、私の習慣。読書は昔から好きでしたし、テレビを観ていても、知らないことが紹介されればすぐにメモを取ります。とくに、若いころに覚えた知識は、聞かれたら今でもとっさに出てきますね。

こうして蓄積した知識の数々は、オーナーさんとの会話の糸口になっています。先ほどお話しした『反』という単位もそうですし、歴史や地名の由来なんかでも話が盛り上がることは多いですね。そしてそこから、近しい間柄になることも少なくありません」

私たち管理会社にとって、不動産オーナーはとりわけ大切なパートナー。相手からもパートナーだと思ってもらうために、持田は、見識を拡げる努力、そして「律義無表の実践」を後輩社員にも薦めたいと言います。

持田 「以前、ある若手社員がお客様からの頼みごとを『ひとつのパフォーマンスとして引き受けた』と得意げに話しているのを聞いて、その場でひどく叱った覚えがあります。自分だけの利益を考えて行動するなんて、もってのほか。まず相手の利益を考えて提案をし、成果が出たら、その対価をいただければそれでいいんです。わざわざ表に出すことじゃない。

一家主としても、ひとりの人間としても、律儀無表を薦めたい。それによって仕事も出会いも増え、人生が何倍も何十倍も楽しくなるんですから」

最後に、趣味のギターについて持田は「自分は好きでずっと練習を続けているが、演奏が上手かどうかはわからない。だって評価は聴衆が決めるものだから」とひと言。

仕事も地域活動も趣味も。納得のいくまでやり切る性分の持田はきっと、すばらしい音色を奏でるに違いありません。