シリコンバレーで直面した、“大企業”というブランドがまったく通用しない現実
新たなビジネスモデルやテクノロジーの発掘・調査をミッションに、アメリカ・シリコンバレーに赴任──そう聞くと、前途洋々たる未来に向かって船出した姿を思い浮かべるかもしれません。2020年1月、シリコンバレーに到着したばかりの植松が対峙していたのは、そんな輝かしいイメージとはほど遠い現実でした。
植松 「シリコンバレーにいるスタートアップからは、『やれやれ。また日本の大企業から誰か来たか……』と呆れ顔で迎えられました。日系企業が現地のスタートアップから相手にされないことは、実は日常茶飯事です。
なぜなら、先鋒部隊がシリコンバレーに駐在してスタートアップに協業を持ち掛けても、結局、本社の理解を得られなかったり駐在員が短期間で異動したりして、議論が深まらないケースが多いからです」
植松が出向しているのは、日系のベンチャーキャピタル・WiL, LLC(World Innovation Lab)のシリコンバレー本社。日本の大企業のイノベーション推進を目的に、ベンチャー投資や新規事業開発支援、研修プログラムの提供などを行っています。
植松 「シリコンバレーオフィスでは、他の日系企業から出向してきている社員と一緒に働いており、互いに悩みを共有しながらイノベーション創出に向けて試行錯誤しています。
ここでの私のミッションは、金融サービスと情報技術を結びつける「FinTech(フィンテック)」を中心にシリコンバレーのスタートアップを発掘して、〈みずほ〉の関連部署とつなぎ、新たな価値を生み出すことです」
そもそも植松は、どうしてシリコンバレーに行ったのか。そこでどんな現実を知り、どう動いたのか。植松のストーリーはそんなところから始まります。
採用で実感した就職観の変化。積み重なった危機感と、シリコンバレーでの気づき
シリコンバレーに来る前、みずほフィナンシャルグループ採用チームで、6年半にわたり新卒採用や若手教育に従事していた植松。社会・経済のグローバル化やベンチャー企業の台頭が著しい中で、学生や若手社員の就職観の変化を最前線で感じていました。
植松 「終身雇用を前提とする、働く会社を看板で選ぶ“就社”の傾向は薄れた。それが、当時の実感です。どのような経験を積めるか。自分の可能性をどう伸ばせるか。どんな人と一緒に働くか。それらの軸で就職活動をする学生がぐんと増えました。
2015年ごろまでは、安定した大企業の中で選択する学生が多かったように思います。が、だんだんと、ベンチャー企業と大企業を並べて『5年後は誰にもわからない。今この瞬間、自分にとってベストな選択肢は何か?』という視点で話す学生が増えていました。私にとってそれは、世の中の変化に伴って、〈みずほ〉も変わらなければいけないという強いシグナルでした」
無限の可能性を秘める若い世代が、生き生きと働ける会社にしたい──でも、どんな手立てを講じるべきなのか、自分には何ができるのか。
そう思い悩む矢先、WiL出向の辞令を受けます。「新しいことをやってみたい」と今後のキャリアを描いていた植松にとって、願ってもない機会でした。
そして、シリコンバレーという新天地に意気揚々と飛び込んだ植松が初めに受けた洗礼こそ、まさに、「日本の大企業は現地のスタートアップから相手にされない」という現実でした。
植松 「会いに行ってもなかなか話を聞いてもらえない。スタートアップの思考回路や仕事のスピードにもついていけない。右も左もわからない異国の地での自分の無力さに、1カ月ほどは、ただ打ちひしがれていました」
さらに困難が続きます。植松がシリコンバレーで働き始めてまもなく新型コロナウイルス感染症が拡大し、対面でのネットワーキングが難しくなったのです。
それでも、何とかスタートアップとの出会いを繰り返していく中で、植松はある気づきを得るようになります。
植松 「スタートアップは、新しいサービスをゼロから作るために、お客さまの声を徹底的に聞いています。お客さまにとって価値のないサービスは誰も使わないし、必要とされないからです。それに、スモールチームであるがゆえに、ビジョンやミッションといったものが、自然と共有されている。
どうすれば世の中の役に立てるのか。目の前にいるお客さまにどんな価値を提供できるか。それだけを突き詰めて考えているから、みんなが自律的に、苦しくても楽しそうに働いているのです。その姿を見て、気づきました。“就社”ではなく“就職”を考える世代は、今、こんな世界を見ているのかもしれない、と」
自分がここで見ているものを〈みずほ〉に取り入れられたら。そして、失敗を恐れず新しいことに取り組むイノベーティブなカルチャーを醸成できたら──もっとたくさんの人が“就職”したい、ここで働きたい、と思う会社になれるのではないか。
そんな想いのもと、植松は2020年10月ごろから、当初のミッションと並行するかたちで、組織をボトムアップで変えていく取り組みに力を入れ始めます。
植松 「自分だからこそ伝えられる、シリコンバレーでの体験や感覚を社内に発信して、『こんな世界が、もう来ていますよ』というメッセージを届けることが大事だと思いました。
全員がその考え方をすぐに受け入れられるわけではないことも、当然わかっています。ただ、新しいことをやろうとする人がいたときに、『前例がないから』と止めることのない組織にしたいと思ったのです」
失敗を恐れず、根気強く発信を継続。確固たる信念と覚悟が、社内に刺激を生む
少しずつでも、企業カルチャーを変えていくために。植松はまず、〈みずほ〉内のさまざまな部署で働く知り合いに連絡を入れます。
「今どんな仕事をしていて、どんなことで困っているかシェアしてほしい。何か自分にできることがあれば教えてほしい」。
植松 「いきなり連絡をすると面倒に思われるかなと不安でしたが、30名ほどの知り合いがすぐに時間を作ってくれました。
話をしていると、『変わらなきゃ』というモヤモヤした気持ちは持っているものの、『どう取り組めばいいかがわからない』という声がほとんど。私がシリコンバレーで受けた衝撃を積極的に伝えていくべきだと思いました」
そして2021年1月、話す機会を設けてくれた30名に対して、植松は週1回のメールマガジンを配信し始めます。
内容は、新しいテクノロジーやスタートアップの情報、アメリカの金融機関の事例、特定の業界・領域のトレンドなど。自身が覚える危機感や想いを詰め込んだ熱いメッセージを、必ずレポートの1枚目に綴り送っていきました。
開始直後は、その目新しさに多くの質問が寄せられるなど、前向きな反応が返ってきました。ところがその反応はすぐになくなり、間もなくして、逆風を感じるようになります。
植松 「『わかっているけれどできない』、『その情報を知って、現場でどうすればいいの?』という気持ちにさせてしまったのだと思います。アメリカと日本では、金融サービスのあり方や規制、開発体制などが異なることもあり、情報自体に価値があっても解決できない問題でした。
それに、『シリコンバレー勤務』の肩書きから、キラキラした印象を持たれたり、『自分には関係ないこと』と思われてしまったり。仕事の内容が正確に伝わりにくいがゆえに、活動についてネガティブな意見が届くこともありました」
そこで、直接のコミュニケーションを通じて根底にある問題意識から共有しようと、配信したメルマガのテーマについて話し合うオンラインセッションを開催します。それも、参加者がスケジュールを調整しやすいよう、テーマごとに毎週3~4回。すると、その本気度が徐々に伝わり、社内で口コミが広がり始めました。
植松 「大きな潮目の変化を感じたのは、2022年1月。『両利きの経営』をテーマに採り上げ、私なりに考えた、〈みずほ〉がめざす姿を提案した回です。オンラインセッションの参加者が、初めて100名を超えました。
さらに、自身の所属部門や上司・役員向けのセッションを企画してくれる参加者も現れ、最終的に、300名以上の役職員とディスカッションする機会を得ました。一人ひとり生の声を聞き、信頼関係を築けたことが、今振り返ってみると、活動を加速する転機になっていたと思います」
そこに至るまで地道な取り組みを続けること、1年以上。幾度となく心が折れそうになりながらも、決して立ち止まらなかったのは、〈みずほ〉の“人”が好きだからだと植松はいいます。
植松 「一つの企業に長くいる良さは、人と人の結び付きが、不思議なパワーを生むことだと思います。これまでお世話になったたくさんの上司・同僚がいて、これから出会うさらに多くの仲間がいる。だから、自分は自分のできることをやって、みんなで〈みずほ〉を良くしていきたい。
そしてこの活動は、将来の〈みずほ〉にとって絶対に価値があるし必要。何より、今の自分にしかできない。その確固たる信念と覚悟があったからこそ、続けられたのだと思います。
新しい取り組みには、反発があって当然です。むしろ反発があることは、何かしらの刺激になっている証拠で、その反応を前向きなものに変えていけばいい。私はあまのじゃくであきらめの悪い性格。反応が悪いときほど、『次は何にトライしようか』と燃えましたね」
たくさんの仲間がいる。一人ひとりの小さな奮闘で、〈みずほ〉を大きく変えていこう
30名で出発した活動は、2022年8月現在、600人規模にまで広がりました。オンラインセッションなどで日常的に声をかけ合って、新しいことにチャレンジしよう、自分たちで変革を起こしていこう、という機運を高めています。
植松 「この数字は、同じ想いを持つ人がこんなにも〈みずほ〉内にいることを教えてくれます。仲間の後押しで、グループ社員向けWebサイトでも私の活動が発信されるようになり、社内からダイレクトに問い合わせを受けることも増えてきました。
時折、『こんなちっぽけな活動を続けて意味があるのか?』と、やるせない気持ちになることもあります。でも、それで正しい。壁にぶつかるのは、自分が動いているから。そしてその壁を突破するにも、考えるよりまず動くしかない。
こうした一人ひとりの小さな奮闘がじわじわと束になれば、結果として会社を変える力になります。仲間を増やしつつ、来るタイミングに備えて、まずはボトムアップで変革の“うねり”を育てていきたいと思っています」
植松が、ただ前を向きここまで突き進むことができた原動力とは。
それは、「仲間と自由に意見を交わし合い、未来志向で夢を語れる〈みずほ〉にしたい」という想いです。
植松 「この活動をはじめた時は、自分がどこへ向かい、どこにたどり着くのか、想像もつきませんでした。すべてが手探りの中で、1つ決めていたのは、笑われても恥ずかしくても、自分が率先して夢を語ること。不思議なことに、言葉に出すと、実現できそうな気がしてくるのです。
今では、新規ビジネスを一緒に検討したり、事業アイデアの壁打ちをしたり、デザイン思考ワークショップを開催したりと、仲間とのコラボレーションがどんどん広がっています」
そして、植松の活動とその想いは、みずほフィナンシャルグループの社長である木原グループCEOにも届きました。
植松 「『私は、必ず〈みずほ〉を変える。だから、植松が見ている世界を、臆することなく教えてほしい』と、私の活動を支援してくれています。来月には、仲間の声を、木原グループCEOへ直接伝える場を作ります。
想いをともにするトップからの動きも味方にしながら、ボトムとトップの双方向から組織を盛り上げ、〈みずほ〉という大きな船を動かしていきたいです」
植松には、「〈みずほ〉を変えていきたい」という想いを持ちながら、悩みを抱えている仲間たちに伝えたいことがあります。
植松 「ここまで活動してきた中でわかったのは、〈みずほ〉が、変革を渇望する役職員であふれていること。しかも、『なぜ変えたいのか』と聞くと、みんなが『お客さまから届く要望にもっと応えたい』、『お客さまがもっと喜んでくれるサービスを提供したい』と言うのです。 今は、行動しても社内で受け入れられるまでに時間がかかったり、すぐにはお客さまからの評価につながらないこともあるかもしれません。
でも、一人ひとりが未来のための取り組みをあきらめずに続けていけば、いずれ実を結ぶと信じています。なぜなら、それが必要とされる世界が絶対にやって来るから。未来は、きっと明るい。踏ん張って胸を張って、一緒に大きな夢を語っていきましょう」
日本から遠く離れた地で一人、もがき、苦しみ、「負けるものか」と食いさがる。そうして植松は変化の兆しを作りました。今では、それに賛同する仲間も集まってきています。
しかし。植松が行動を起こさなかったら、賛同する仲間が現れなかったら、自分の力を信じ切れなかったら。この変化は、生まれなかったかもしれない。
でも、そうはならなかった。変化を望み、共に歩める仲間がいる。
もっともっと、〈みずほ〉を良くしていきたい。熱い想いとともに、植松のストーリーは続いていきます。
