どうすればできるか?前向きな挑戦心で患者さんの選択肢を最大化するがん領域MR
2026年、山田は約10年担当した群馬県から、埼玉県へと挑戦の場を移した。所属するオンコロジー1室でのミッションは、さいたま市の基幹病院を拠点に、血液がんや肺がん、肝細胞がん、乳がんといった、中外製薬が扱うすべてのがん治療薬を地域の医療現場へ届けることだ。
「医療関係者への情報提供を通じて、薬が効果的かつ安全に使われるようサポートしています。がんは、患者さん一人ひとりの人生に深くかかわる深刻な疾患ですが、現在は医療の進歩により治療の選択肢が劇的に増えています。患者さんが将来への希望をつないでいけるよう、多様な治療の選択肢を届けること。それこそが、MRとして私が最も大切にしている役割です」
チームメンバーは室長を含めて10名。その中で、山田は血液がん領域の製品リーダーを務めている。
「自身の担当施設だけでなく県全体で、患者さんに少しでも早く薬を届けるにはどうすべきか、という視点で戦略を考えています。医師への提案を行う前に、製品を使用される患者さん像を検討したり、データベースにもとづいた分析を行ったりと、スピード感を持って製品の価値を最大化できる戦略設計を意識しています」
そんな山田が仕事で大切にしているポリシーは「前向きに挑戦し続けること」だと話す。
「『やらぬ後悔より、やる後悔』と言うように、迷った時は行動したほうがポジティブな結果につながりやすいと考えています。たとえ失敗したとしてもそれを学びにして次の糧にする。常に『どうすればできるか』を考え抜く姿勢を大事にしています」
地域の医療ニーズに深く向き合い磨いた専門性。仲間のエールを糧に、次なるステージへ
山田が製薬業界を志した原点は、幼少期に家族ががんに罹患した経験にある。当時抱いた「がんという病気に貢献したい」という想いを胸に理工学部に進学。就職活動では、情報の提供を通じて医療に貢献するMRという仕事に惹かれていった。
「薬に関わる仕事として研究職も検討していたのですが、MRの仕事を知り、人と関わることが好きだったので『この道しかない』と直感しました。その中で中外製薬を選んだのは、がん領域で国内トップクラスのシェアを誇っているから。高い創薬力や豊富なパイプライン(開発中の新薬候補品)を持つため、自信を持って自社製品を医療関係者や患者さんに届けられると確信したのです。
また、医療関係者側からの信頼も厚く、営業という枠を超えて、「対等な立場で対話」し、「共通の価値観を共有するチーム医療の一員」になろうとする誠実な組織風土にも魅力を感じました」
入社後、配属された栃木県では医師のもとに足を運び、現場を知る日々だったと振り返る。
「ある時、先生の専門領域などの知識が十分でないままに講演会を企画し、関係する先生への案内が遅れて厳しい言葉をいただいたことがありました。
しかし、そこから副作用情報を提供するなど先生と真摯に向き合い続けることで、深い信頼関係を築くことができ、多くのことを学びました。多忙なイメージがあったMRですが、入社して感じたのは、裁量がある分、時間の管理は自分次第というポジティブなギャップです。
もちろん大変なこともありますが、医療関係者と深いディスカッションができるやりがいや、患者さんのもとに薬が届く喜びを実感し、この仕事を続けたいと心から思いました」
入社4年目、山田は初めての異動で群馬へ赴任する。
「今まで長年共に歩んできた先生方との信頼関係や、進めてきた取り組みを最後まで全うしたい気持ちもある一方で、新しい医療環境への好奇心も大きかったですね。栃木は私立の医療施設が多いのに対し、群馬は国公立の施設が多いです。エリアごとの特性はもちろん、基幹病院や大学病院といった施設ごとの特性も踏まえ、成果を出すためのノウハウを蓄積することができました。
異動して3年後に結婚しましたが、当時は大学病院を担当し顧客も業務も増えていた時期で、引き続き仕事に打ち込んでいました。夫の理解もあり、自分の時間を最大限に使い、成果が数字として見える喜びを味わえた貴重な日々でした」
そして、2022年末に妊娠。当初は、責任ある仕事を担う中で現場を離れる不安もあったと言う。
「上司に報告すると『働くお母さん、かっこいいじゃん』とすごく喜んでくれて。同僚も温かく祝福してくれました。快く送り出してくれ、また戻れる場所があることが本当に嬉しかったですね。
また、当社には出産後に復職して活躍している先輩が多く、『私にもできるかも』と思えたことも、安心して産休・育休に臨めた理由の1つでした」
フルタイム復帰を支えた会社の柔軟な制度とチームの協力と「完璧を求めない」勇気
2024年、育休から復帰するにあたって山田はある決断をする。それはフルタイム勤務として戻ることだった。
「最初は時短勤務で復帰をするかどうか、本当に悩みました。ただ、がん領域MRの仕事は、医師との面談が夕方以降になることも少なくありません。自分自身が納得して仕事に取り組むために、夫と何度も相談を重ねました。保育園のお迎えなどの育児分担について検討した結果、思い切ってフルタイムで挑戦することにしました」
人事異動の時期も重なり、山田が任されたのは、新製品の発売を控えた、重要な血液領域。会社からの期待を背負いながら仕事と育児を両立するために、さまざまな工夫を凝らした。
「家事には、食洗機やロボット掃除機などの家電をフル活用しています。また、仕事も子育ても100%完璧にこなすのは難しいと割り切りました。夫と密にコミュニケーションを取りながら、週5日のうち半分はしっかり仕事をする日として夫に子どもを任せ、もう半分は早く帰って子どもとの時間を大切にするというように、マインドセットを切り替えてバランスを取るよう心がけています」
現在、群馬の自宅から埼玉へ通勤している山田。自身のライフスタイルに合わせて時間を柔軟に調整しながら働けていると語る。
「フレックスタイム制度やベビーシッター補助制度をフルに活用し、群馬の自宅から埼玉の拠点へ新幹線通勤(※)しています。週の半分は育児の役割を分担して早めに帰宅し、残りの半分は夕方以降の医師との面談に集中するなど、一週間の中でメリハリのあるスケジュールを組み立てています。
もちろん、こうした柔軟な働き方が可能なのは、会社の制度だけでなく、チームメンバーが私のライフスタイルを深く理解し、朝の会議時間を調整してくれるといった温かな配慮があるからです。支え合う風土があるからこそ、限られた時間の中でもリーダーとしての責任を果たせているのだと実感しています」
※ 本記事で紹介している新幹線通勤は、中外製薬グループの「新幹線通勤要件」に基づき、適応が判断されます。
自己実現を後押しする環境で、地域の医療課題を共に解決し、がんのイメージを変えたい
復職後も変わらず「患者中心」の考えのもと邁進する山田。群馬では、地域の多職種連携や病診連携という大きな課題に取り組んだ。
「大学病院の待ち時間が長く、遠方の患者さんが通院に苦労されている現状がありました。地域のクリニックでも同じ治療が受けられる体制を作れないかという課題についてチームのメンバーと考え抜き、急性期病院と地域の連携病院、クリニックの先生方が一堂に会して議論する場を設けました。『課題解決のための一歩を踏み出すことができました』と先生方に感謝され信頼関係を深められたとともに、製品を患者さんに届けることにもつながりました」
自身が母親となった経験は、MRとしての視座にも深い変化をもたらしている。
「患者さんの話を伺う時に、その方の家族や生活について、より具体的に想像するようになりました。患者さんが病と共に生きていくには、仕事を続けるのか、子どもを持つことをどう考えるのかなど、多くの選択肢があります。
そんな時に『この方にとって一番良い治療は何だろう』『ご家族はどう思われているのだろう』と思いをはせずにはいられません。そして、こうした選択肢を広げるための環境整備こそがMRの使命です。私個人だけでなく、全社を挙げて取り組んでいます」
これまでの経験を活かしながら、山田の視線は現在の舞台である埼玉へと向けられている。
「埼玉独自の医療課題や、先生方が抱える悩みの先にある患者さんの困り事を、先生と同じ目線で話し合い、一緒に解決していきたいと考えています。製品の価値を届けることはもちろんですが、それ以上に、がんに対するイメージそのものを変えていきたい。そのために今ある薬を確実に届け、より良い薬の開発につなげることに全力で取り組みます。
薬剤選択のスペシャリストとして、医療従事者から『真の医療パートナー』と頼ってもらえるMRでありたいですし、中外製薬としてもそんな人財を増やしていきたいです」
最後に、医療の道をめざして就職活動に励む学生たちへ、山田は温かいエールを送る。
「仕事をずっと続けていけるだろうかという不安は誰しも持っていると思います。しかし、中外製薬には自己実現を後押しする環境が整っていますし、何より支えてくれる温かい仲間がいます。かつては結婚や出産を機にキャリアを諦める女性MRも少なくありませんでした。
ですが今の社内には、ライフイベントを経験してさらに輝いているたくさんのロールモデルがいます。先輩たちの背中を追って挑戦してみたら、私にもできた──その積み重ねで新しい文化が醸成されています。ぜひ勇気を持って一歩踏み出してほしいですね」
※ 記載内容は2026年3月時点のものです

