先発ピッチャーとして、チームの勝利とNPB復帰を目指す日々
ポジションはピッチャーで、基本的には先発をさせてもらっています。ストレートとカーブを使って前後での揺さぶりで勝負するタイプです。一番自信があるのはチェンジアップで、ストレートとカーブ、チェンジアップの3つで勝負していくスタイルです。
練習や試合に臨むうえではメリハリをとても大切にしています。休む時はちゃんと休んで、やる時は「100%やり切る」ということを大事にしています。今(2026年1月)も子どもと遊ぶ時間も大切にしながら、オンとオフをしっかり切り替えるようにしています。子どもと遊んだり家族と過ごす時間は、リフレッシュする上でもとても大切な時間になっています。
マウンドに上がる前は今でも結構緊張しますが、多少の緊張はいいエネルギーに変わる感じがあります。パフォーマンスを出す上である程度緊張は良いことだと思っているので、逆に緊張してない方がちょっと怖いですね。この緊張感を力に変えながら、一試合一試合を大切に投げています。
無名校から芽生えたプロへの可能性
学生時代の野球は、楽しくプレーすることを大切にしていました。新津高校では2回戦止まり。正直なところ、高校生まではプロを目指すような選手ではありませんでした。
転機は大学入学でした。元々野球を続けるつもりはなかったのですが、声をかけてもらえたことがきっかけで野球部に入部しました。2年生、3年生の頃はまだ一部リーグにも上がれず、球速も140キロちょっと。「社会人野球でも続けられればいいかな」というのが、当時の正直な気持ちでした。
変化は意外なところから訪れました。大学では12月に合宿費用を稼ぐためのバイト期間があり、その間あまり練習せずに食べてばかりいたら体重が増えました。年明けにしっかり投げ込んだら、体重が増えて球速が増し、パフォーマンスが向上していたんです。やがてスカウトが来るようになり、プロへの道が現実味を帯びてきました。
そして、当時の大学の監督からある日「自信を持て」という言葉を言ってもらえたのは大きかったです。無名の高校出身で、プロは遠い世界だと思っていた自分が、マウンドで自信を持って投げられるようになりました。今でも、自信という言葉は大切にしています。
そして中日ドラゴンズにドラフト指名していただき、プロ野球選手になることができました。
しかしプロ入り後は順風満帆ではありませんでした。日米野球での日本代表選出や開幕投手を務めることもできましたが、開幕投手に指名いただいた2019年に不整脈を発症し、そこから長い壁との闘いが始まりました。
やれることをやろう。そう気持ちを切り替えて、できることに集中し続けました。一人だったら心が折れていたかもしれません。家族の支えがあったからこそ、なんとか乗り越えてこられたと思います。
現役ドラフトで横浜DeNAベイスターズ移籍後、台湾プロ野球の台鋼ホークスを経て、2024年途中でオイシックス新潟アルビレックスBC(その年からNPBのファームリーグに参加)に入団することになりました。
地元球団での初勝利時の歓声。新潟の人のあたたかさ
オイシックス新潟アルビレックスBC入団後は、苦しい日々が続きました。シーズン途中で入団したものの、なかなか良いピッチングができず、ずっと打たれている感じが続いていていました。でも、その中で迎えた初めての勝利は、忘れられない瞬間になりました。
入団して初めて勝った時、たくさんのサポーターの方に応援していただいて、本当に喜んでもらえました。その喜びを目の当たりにして、僕自身もすごく嬉しかったです。苦しい時期を経験したからこそ、勝利の喜びやファンの方々の応援の温かさが、より深く心に響きました。
今、新潟でプレーできていることは、僕にとって大きな意味があります。僕の実家も新潟ですし、妻の実家も近いので、子供を預けたりすることもできる。この環境の良さは、本当にありがたいことだなと感じています。
地元でプレーできること、家族が近くにいること、そして応援してくださるサポーターの方々がいること。これらすべてが、今の僕を支えてくれていると感じています。
新潟から再起をかける投球を。ローテーション投手として能登・薮田の穴を埋める
今シーズンの目標は、まず先発投手としてローテーションに入って1年間投げ通すこと。長いイニングを投げていた能登嵩都選手や薮田和樹選手らがチームを離れた今、彼らの穴を埋められる存在になりたい。だからこそ、シーズンが始まったらすぐにアピールすることが大事だと考えています。
そして、その先にはNPB復帰という夢があります。開幕から100%の力で投げて、NPBの球団が選手を必要としたときに声がかかるよう、しっかり準備をしておきたいですね。
新潟のファンの皆さんの熱量の高さは、本当に力になっています。一昨年、去年と観客数が増えていて、その期待に応えたいという思いが強くなりました。地元新潟の皆さんの前で、価値ある投球を届けられるよう精いっぱい頑張ります。球場に足を運んでもらえるよう、僕自身がしっかりとしたパフォーマンスを見せたいです。
今、地元でプレーできることの意味を噛み締めています。新潟から再起をかける投球ができるよう、挑戦を続けていきたいと思います。
