足の速さを武器に、プロ野球選手への道を駆け抜けて
ポジションは外野手で、主にセンターを守っています。チームでの役割としては、自分の最大の武器である足の速さを活かして、守備面や走塁面で貢献していくことだと考えています。足を活かした守備範囲の広さと、走塁でかき乱すというところをしっかりアピールしていきたいと思っています。
春季キャンプでは、体を大きくしながらも足の速さを落とさないというテーマに取り組んでいます。キャンプに参加して感じたのは、周りの選手たちが皆さん体が大きくて、遠くに飛ばす力に長けているということでした。確かに自分とはタイプが違うかもしれませんが、上のレベルでやるためには、足だけじゃなくバッティングの方でも活躍できるような選手にならないとレギュラー固定は難しいと実感しました。
また、守備面では送球の正確性を高めるために、たくさんのアドバイスをいただいています。桑田真澄CBOからは、頭が突っ込まないようにとアドバイスをいただきました。また、陽さん(陽岱鋼選手)にも肘が抜けちゃうくせを治して、「上の方で叩くようなイメージで投げるように」というアドバイスをいただきました。コーチ陣や先輩方に恵まれた環境でキャンプができていてとてもありがたいと日々感じています。
足の速さについては、チームでも上位の方だと思っていますが、大学を終えてからリードや盗塁などは実践から離れていたので、感覚が鈍っている部分もあり、今は個別練習で重点的に取り組んでいます。稲葉大樹コーチに走塁練習を多めに見てもらい、ピッチャーと対峙してリードやスタートを切るところの実戦感覚を養っています。
春季キャンプはとても雰囲気が良く、特にルーキーの同期はみんな仲が良いですね。
また、同じ外野手だと年齢が近い比嘉さん(比嘉天佑選手)や上原さん(上原裕樹選手)が特に気にかけてくれていて、とてもやりやすいです。
大学野球との出会い―高いレベルに挑む日々と木製バットへの適応
野球を始めたきっかけは、小学1年生の頃に兄が野球をしているのをみて、自分も気づいたらボールを握っていた、という感じです。
小学生の頃の印象的なエピソードとしては、小学6年生の時に参加したオリックス・バファローズ ジュニアのセレクションです。自分はチームの中ではそこそこできる方だと思っていたのですが、そのセレクション参加者のレベルの高さを見て、まだまだやらないとダメだな、というのはとても痛感しました。
そのセレクションには現オリックス・バファローズの池田陵真選手が捕手として参加していたのですが、その時のセカンド送球を見て、「ものが違う」と思いました(笑)。肩がとにかく強くて、バッティングも広角に強い打球を飛ばしていて、こういう選手がプロになるんだろうな、と感じました。
小中とショートやピッチャー、捕手など様々なポジションを守ってきましたが、興國高校で外野に転校しました。高校では、「考える野球」が身につけられた期間だったのかなと思います。自分が苦手な部分にも目を向けて野球に向き合う姿勢でやってこれたかなと思います。
そして、桐蔭横浜大学に入って、野球をする環境は大きく変わりました。関東には全国から優秀な選手が集まってきます。オープン戦で亜細亜大学や東洋大学といった強豪校と対戦した時、今まで経験したことのないレベルの投手と向き合うことになりました。
特に青山学院大学との試合で、現在広島東洋カープでプレーする常広羽也斗投手と対戦した時のことは今でも鮮明に覚えています。スピードボールとキレのある変化球を両立させた投球に、自分がどうすれば打席に立てるのか、どうすれば結果を残せるのかを必死に考えました。
大学に入り、木製バットに適応するためにもまずは数をこなそうと決め、とにかく振り込みました。そして自分のバッティングの動画を撮影し、何度も見返し、自分が思い描いているスイングと、実際の映像とのギャップを探す作業です。
私にはバットが外回りする癖があり、遠回りに出ていくフォームになっていました。だからスピードボールに対して振り遅れてしまう。そのギャップに気づいてから、上から叩く意識を持つことで、フラットにバットが出てくるように修正しました。打てない時期は本当に苦しかったですが、自分なりに工夫を重ね、先輩や周りの人にも積極的に聞いて学びました。
野球生活においては、大学でヘルニアに苦しみました。左の下半身がしびれて感覚がなくなるほどの症状で、野球もできず、その間トレーニングがしたくても重いものも持ってウエイトトレーニングのようなこともできなかったですし。仲間が練習している間、自分だけ置いていかれる焦りもありました。それでも、できることを探しました。野球に対する考え方を見つめ直し、「復帰した時にこういうことをしよう」と、前向きに考える時間に充てました。
また、ヘルニアの影響で自分の思うようなプレーができない中でも、大学の監督さんが代走中心に起用してくれて、それはとてもありがたかったです。
プロを目指す環境で野球に向き合う日々
ドラフト会議の日は、自分は呼ばれることはないと思っていたので、その日には「自分はオイシックスに入ってどんな選手になるか」ということだけを考えていました。
最初はNPB入りできないのであれば社会人に進もう、と考えていたのですが、大学時代にヘルニアで体がなかなか動かず、自分から社会人チームに売り込みに行くこともできませんでした。強豪チームではない社会人で野球を続けるなら、いっそ野球をやらないという選択肢も考えたほど、悩んだ時期がありました。
そんな中でオイシックスに声をかけてもらい、高いレベルの選手たちがいる中でプレーでき、NPB入りも目指せる環境ということで、お世話になることを決めました。
入団を決める際には、親にも相談しました。「お前がプロになりたいんやったら行ったらいいんちゃうか」と背中を押してもらい、自分の中でプロになりたいという気持ちが明確になりました。そこに対しての迷いはありませんでした。
そして、大学の2個上の伊禮さん(伊禮海斗選手)の存在も大きかったです。伊禮さんは、自分が大学2年生の時に4年生で、リーグ戦で大活躍していたすごい投手という印象でした。
また、能登さん(現阪神 能登嵩都選手)もドラフト指名され、チャンスがあるのではないかと感じました。
入団前に伊禮さんと少し連絡を取り、話を聞く機会がありました。「NPBに行きたいからオイシックスに来た」という言葉を聞いて、新潟が一番NPBに近い環境だと強く感じました。
大阪で生まれ育った自分にとって、のどかな雰囲気が好きなので、新潟は住みやすそうだと感じています。春季キャンプ前に新潟に来た際は降雪量に驚きましたが、スーパーで物の場所を尋ねた時にすごく優しく対応してもらったことで、人の温かさも感じることができました。
あとは、大阪では飲んだことなかったのですが、新潟では水道水がおいしいというのを聞いて、実際に飲んでみました。おいしかったです(笑)。ラーメンも好きなので、新潟での生活を楽しみにしています(取材時は春季キャンプ中)。
走塁で魅せる、チームへの熱い思いと未来への決意
今季の目標として、まず何よりも怪我をしない体作りを最優先に考えています。1年を通してしっかり戦っていくための体作りをしながら、チャンスが巡ってきた時に、自分のアピールポイントをしっかり活かして、チームの勝利に貢献できるように全力で取り組んでいきたいと考えています。
NPBの選手たちと初めて対戦することについては、楽しみの方が大きいですね。今まではテレビで見て「すごいな」と思っていた人たちと一緒にプレーしたり、対戦することが楽しみです。
春季キャンプでも、投手の球の勢いや伸び、キレが全然違う、と感じましたが、そういう投手を打っていけるようになりたいです。
最大の武器は、やはり走力で、ここだけは誰にも負けたくないですし、自信があるポイントです。だから塁に出た時には、常に先の塁を狙っていく姿勢を見ていただきたいです。その積極的なプレーでチームに貢献していきたいと思っています。
サポーターの皆さんには、オイシックスのために精一杯頑張りますとお伝えしたいです。1年間しっかり頑張りますので、応援よろしくお願いします!
