「ビジネスの数学」に惹かれた会計学専攻と、未経験競技への挑戦が教えてくれたもの
イオンタウン株式会社はグループのディベロッパー事業を担い、全国に160以上のショッピングセンター(SC)を開発・運営しています。強みは、NSCと呼ばれる、日常生活に必要な機能を備えた近隣型ショッピングセンターの展開。地域とのつながりを生むSCづくりに共感し、自ら周囲に働きかけ柔軟に行動できる仲間が多数活躍しています。まずは、私が当社への入社を決めた過去のお話からさせていただきます。
私は大学時代、経営学部で会計学を専攻していました。学生時代から数学が好きで、「将来も数字に深く携わる仕事がしたい」という想いが根底にありました。進路を考える際、単に数式を解くだけでなく、その数字が社会やビジネスにどう直結しているのかを学びたいと考え、経営学部に進学したのです。中でも会計学は、企業の経営状態を数字という共通言語で読み解く、まさに「ビジネスの数学」。自分の得意な武器を使って企業の営みを論理的に分析できる点に強く惹かれました。
勉強以外では、関東理工系リーグ所属のバレーボール部に4年間所属し、週5日練習に励んでいました。アルバイトは大学教授のアシスタントとして、低学年の授業を受け持ったり演習の解説をしたりしていました。
実は中学・高校時代はハンドボール部に所属しており、大学でも続けるつもりでした。進学してみると学内に該当する部活がなく、最初は戸惑いました。ただ、「新しいスポーツに本気で挑戦する絶好のタイミングだ」とポジティブに捉え直しました。次のステップを考える際、自分が最も輝ける環境として「得意な球技であること」、仲間と熱くなれる「やりがいのある団体競技であること」という2つの軸は譲れませんでした。その条件を満たし、競技としての奥深さに魅力を感じていたバレーボールを選択。ハンドボールで培ったステップや反応を活かしつつ、未経験の競技にゼロから挑戦したいという想いが、4年間やり抜く原動力になりました。
最大の挑戦であり成果だったのは、大学3年時に「リベロのレギュラーポジション」をつかみ取ったことです。周囲は経験者ばかり、さらに私の身長は165cmとバレーボール界では決して恵まれた体格ではなく完全なビハインドからのスタートでしたが、だからこそ人一倍の努力で埋めようと決意しました。週5日の全体練習には1日も欠かさず参加し、空きコマには体育館で自主練習を繰り返すなど、文字通りバレーボール漬けの日々を送りました。その愚直なまでの「のめり込み」が実を結び、3年生で守備の要であるリベロの座を任せてもらえるようになりました。目標だった上のリーグへの昇格には一歩届かず悔しい思いもしましたが、自分が限界を作らずに努力し続け、チームの力になれたあのコートからの景色は今でも忘れられません。心から「挑戦してよかった」と胸を張って言える、私の原点です。
「自分を本気で知ろうとしてくれた」丁寧な選考が決め手となった入社への道
私の就職活動の軸は、「自らの手でその土地の魅力を最大化し、誰もが愛着を持てる場所を創り出すこと」でした。私は転勤族として育ち、新しい街の魅力を発見していくこと自体が大好きだった一方で、一箇所に長く定住しなかったため、「ここが自分の故郷だ」と熱く語る知人を見て、どこか羨ましく、少し寂しさを感じることもありました。「だったら、これから自分自身が心から愛せる場所を見つければいい。そして、誰もが『ここが大好きな街だ』と思える場所を創り出そう」と決意。特定の地域に縛られるのではなく、あらゆる土地に飛び込み、その街のポテンシャルを最大限に引き出せる不動産ディベロッパーを中心に企業を探していました。
正直、就職活動の初期段階ではイオンタウンを深く知らず、イオンモールとの違いも明確にはわかっていませんでした。しかし、「小売発祥のディベロッパー」という点に興味を持ち、実際に店舗へ足を運んでみてイメージが180度変わりました。大規模な施設とは異なり、非常にコンパクトで回遊しやすく、地域の人々の「毎日の暮らしに寄り添うライフライン」としての機能を肌で感じたのです。さらに、安心のナショナルチェーンだけでなく、地元のローカルチェーンや個人店が絶妙に融合している「テナントミックス」の素晴らしさに触れ、「ここなら、その街にしかない魅力を発見し、誰もが愛着を持てる場所を創り出せる」と確信しました。
入社を決めたのは、一言で言えば「どこの企業よりも、私のことを本気で知ろうとしてくれたから」です。当社の選考は圧倒的に丁寧でした。私の拙い言葉に対しても、人事や面接官の方々がじっくり耳を傾け、私の本質をディープに深掘りしてくださったんです。「マニュアル通りの就活生」としてではなく、「私という人間」をリスペクトしてくれているのが伝わり、選考が進むたびに志望度が跳ね上がっていきました。ちょっとした運命を感じる後日談もあり、2次面接をしてくださった方が、入社後の最初の配属先の上司になりました。選考の段階から、入社後のリアルな人間関係や温かい雰囲気を肌で感じられていたことが、迷いのない決断につながりました。
民間と行政の架け橋として。「F」という個人名で信頼を勝ち取る日々
入社後は研修も充実しており、社会人やディベロッパーとしての基礎を学びました。特に印象深いのは、仕事の軸となる『お客さま第一』を学んだ理念研修、テナント視点を身に付けたスーパーでの2週間の実地研修、そしてさまざまなSCを巡り「もっと主体的に学ばなければ」と火がついた九州エリアでの店舗視察研修の3つです。
入社後のキャリアとしては、最初の3年半は「イオンタウン黒崎」で、集客やテナント様の売上サポートを行う「営業」と、施設の安全や予算管理を徹底する「管理」の両方を担い、現場のイロハを徹底的に叩き込みました。その後、中部地区の販促を広くサポートする「中部事業部 営業担当」を半年間経験して本社へ。 全体の販促プロモーションを企画・立案する「営業企画部」で3年ほど従事しました。全社的な企画を組み立てるうえでは、現場で培った『テナント様や地域のリアルなニーズ』を知っていることが生かされています。
現在は、「イオンタウン旭」内にある旭市多世代交流施設「おひさまテラス」の運営責任者を務めています。旭市から指定管理者として運営を委託されている、2,200㎡の巨大なコミュニティスペースです。ここで挑んでいるのは、全国のイオンタウンを牽引するような「NSCの新しい未来づくり」。イオングループが大切にしている、固定観念にとらわれず、時代やお客さまの変化に合わせて柔軟に自らを変革し続けることを指す「大黒柱に車をつけよ」の言葉通り、変化を恐れずに飛び込んだチャレンジも今年で4年目を迎えました。
私の立ち位置は、率直に申し上げると「イオンタウンの職員半分、旭市の職員半分」のハイブリッドです。イオンタウンの全体戦略に連動した運営を行う一方で、旭市の視点に立ち、「どうすれば公金を効率的に運用し、おひさまテラスを旭市の魅力を発信する最高の拠点にできるか」を常に考えています。市役所のさまざまな課の皆様と日常的に打ち合わせを重ね、民間と行政、そして市民が交わる「結節点」として、最近では地元の商店街や近隣の公園とも連動した取り組みを形にし始めています。
施設の責任者としての役割は「多様な専門家チームの指揮者」です。複数の業務委託先企業様とタッグを組んで運営しているため、旭市役所さまのめざす方針を深くくみ取って具体的なカタチへと翻訳し、パートナー企業様に共通のビジョンを提示してチーム全体を統率しています。行政の想いと民間企業の専門性を繋ぐハブとして、全員が同じベクトルを向いて最高のパフォーマンスを発揮できる環境づくりに努めています。
ただ、着任当初は本当に苦労しました。前任者は立ち上げから4年間、旭市にどっぷりと浸かって地盤を築き、街のアイコンになっていた方でした。私が着任した当時、周囲からは「イオンさん」か「前任者の後任の人」としか扱われず、『藤沢』という名前は一向に呼んでもらえませんでした。実は私は新しい土地に行くのは好きなものの、初対面のコミュニティに自ら溶け込んでいくのはあまり得意ではなく、陰でひっそりしていたいタイプです。
ですが、名前も覚えてもらえない現状を前に「これではいけない」と腹をくくりました。人見知りな自分にできることとして、「何かの場があれば必ず行く。イベントがあれば必ず顔を出す」ということだけは徹底し、愚直に足を運び続けました。地道に顔を出し続けるうちに少しずつ出会いが広がり、今では「Fさん」と呼んでいただける機会が劇的に増えました。地域マネジメントを担う上で、会社名ではなく『個人の名前』で信頼を勝ち取ることの大切さを身をもって学んだ、本当にタフで貴重な経験です。
家族を大切にする風土と、前例のない挑戦を全国へ広げる未来
仕事で挑戦を続ける一方で、私生活では会社の手厚いサポートのもと、2カ月近くの育児休業を取得しました。周囲の先輩方から「絶対に取らないと後悔するよ」と聞いていましたが、実際に取得して本当によかったと心から実感しています。
わが子は現在2歳5ヶ月になりました。子どもの成長スピードは著しく、その貴重なはじまりの瞬間、変化の大きい過程を間近でひとつも見逃さずに見守れたのは、父親として何よりの喜びでした。同時に、24時間育児と向き合う過酷さを知ったからこそ、それまで頭でわかったつもりになっていた子育ての大変さを痛感し、妻への感謝とリスペクトの気持ちがより深くなりました。この大切な時間と気づきを会社全体で応援し、快く送り出してくれた上司や職場の仲間には感謝の気持ちでいっぱいです。当事者として育児のリアルを体現したからこそ、現在の「多世代交流」の場づくりにおいても、より説得力と思いやりを持ってお客さまに寄り添う企画が立てられるようになったと感じています。
今後のキャリアについては、実は私自身まだ模索中です。新卒入社4期生ということもあり、社内に前を走るロールモデルとなる先輩がいない、さらにおひさまテラスという新しい分野の最先端にいるため、参考にできる教科書もない状態だからです。
そのような状況だからこそ、今の私の挑戦は「このおひさまテラスで培ったノウハウを、全国のイオンタウンへ広げていくこと」そのものです。自治体との連携、地域プレイヤーの巻き込み、そして年間17万人を集める空間づくり。ここで私たちが今作っている『新しいNSCの形』を他拠点でも再現できるように仕組み化し、全国の自治体の課題解決に直結する提案ができるようにすること。まずは目の前にあるこの前例のない挑戦を100%形にすることが、私の描く一番近い未来であり、最大の挑戦です。
新しい分野を切り拓くためには、「圧倒的なインプットとアウトプットの繰り返し」が必要不可欠だと考えています。環境に満足せず、自ら仕事の中に『隙間』を作り出し、新しいコミュニティへ臆せず突っ込んでいく。数打ちゃ当たる精神で行動していけば、そのうちのいくつかは必ず新しい仕事へとつながります。仮に直接ビジネスに繋がらなくても、そこでの経験はすべて新しい『知識』として自分の中に蓄積されます。知識を得たら、まずは先人の素晴らしい事例を徹底的に真似て、自分の業務に活かしてみる。この泥臭い試行錯誤を愚直に繰り返していくことで、ディベロッパーとしての自分の引き出しをどんどん増やしていこうと考えています。現状維持に満足せず、常に動きながら学び続ける姿勢こそが、未来を切り拓く唯一の準備だと確信しています。

