中国黒竜江省でファッションを学び、服飾業界で働く日々
庄田は、中国黒竜江省で生まれました。黒竜江省は、中国の北東部に位置し、アムール川を挟んでロシアとの国境を接している地域です。森や川など自然豊かな土地は、今ではアウトドアブームに乗って中国国内でも有数の観光地となっています。
そんな土地で幼少期を過ごした庄田ですが、洋裁好きな母の影響や洋服販売店を経営していた叔母の影響からファッションへの関心が高まり、高校卒業後は服飾の専門学校へ通い、服作りについて学びます。
「将来について、ファッション関連の仕事をしたいという意思が強く、服飾専門学校への入学にはなんの迷いもありませんでした。とくに、洋裁好きな母が手作りで子ども服からバッグまでなんでも作ってしまうのを見て育ったため、自分も洋服作りに携わり、早く母のように物作りができるようになりたいと考えていました。
専門学校は1クラス約40名。中国全土からいろいろな人たちが集まる全寮制の学校でした。自宅のそばに学校があったので、私は自宅から通っていましたが、寮で一緒に生活しているみんなが羨ましかったです」
当校は、高級服を製造する会社が経営する専門学校で、成績優秀者は卒業するとその会社の工場で働けるため、庄田にとって大変魅力的に映りました。洋服の作り方の基礎を学び、そのスキルを活かすため、卒業後は高級オーダー服製造工場へ就職することになります。
「工場では紳士服、婦人服のスーツ、ジャケット、パンツ、スカート、ワンピース、ニット、コートなどあらゆるアイテムを手作りで製造していました。ファッション関連の仕事をしたいと思っていた私にとってはまさに天職で、楽しんで仕事に励んでいました。
工場での仕事は忙しく大変ではありましたが、洋服の作りがどうなっているのか、どうやればより正確に早くできるようになるのか日々勉強していました。今にして思えば、このときの経験が洋服のお直しに大きく貢献しているのだと思います」
天職に巡り合い、充実したライフワークを過ごしていた庄田ですが、転機が訪れます。
「幼馴染の男性と結婚したのですが、当時から夫は日本に住んでおり、結婚することは日本へ行くことを意味していました。私にとって、自然豊かな大好きなこの土地を離れて見知らぬ日本へ行くことは大きな決断になりました」
初めての、日本での生活。仕事と子育ての両立
結婚を機に来日することになった庄田は、栃木県小山市で日本での生活をスタートさせます。
「自然豊かで、それでいてショッピングモールなども充実していた中国と比べて、栃木では大好きなファッションの買い物をするのに都心まで出なければならず、日本での生活は私にとって少し物足りない印象を受けました。
しかし、街の隅々までごみが落ちていない清潔な環境や、安全な社会はすぐに気に入りました」
日本語がほとんど話せない状況で日本へ来てしまった庄田は、まず日本語学校へ通います。ここには、庄田同様に中国出身者が多くいて、すぐに友人ができて不安だった日本での生活も徐々に楽しいものになっていきました。
「来日して5年で日本語能力試験N2級を取得しましたが、日本語の習得には学校へ通っているだけでは駄目だと実感し、ハローワークで紹介してもらい働き始めたのがマジックミシンでした。言葉の壁はあったとしても、今まで培ってきた技術で話ができます。
作るのと直すのはまったく別物ですが、手作りで1点1点物作りに励んでいた工場時代を思い出し、作り方はわかっているので修理箇所を見れば直せるかどうかはすぐにわかりました」
こうして、マジックミシン小山ロブレ店でアルバイトを始めた庄田。日々のお客さまやスタッフとの会話により、メキメキと日本語が上達していきます。
「最初は不安でしたが、マジックミシンでお客さまやスタッフと話をしているうちに不安は解消し、この場所なら学んだ技術を間違いなく発揮できると確信できました」
そんな庄田に妊娠というおめでたい出来事が訪れます。出産・育児と仕事との両立について、「働けるときは、働いていました」とあっけらかんと語ります。
「夫に協力してもらい、また、中国から母にも手伝いに来てもらってサポートしてもらったことで、仕事と子育てを順調に両立させていくことができました」
「いつか自分で店を持つ」──その夢を、マジックミシンの加盟店オーナーで叶える
2011年に小山ロブレ店が閉店することになり、同じ加盟店オーナーが経営していたイオンモール小山店で勤務をすることに。それも、最初の1年間は靴修理の「Riat!」での勤務でした。
当時を振り返ると、自分がやりたいことが満足にできないことがありました。しかし、「辞めるつもりはまったくありませんでした」と庄田は語ります。
「保育園~幼稚園~小学校と子どもが大きくなるにつれて、『いつかは自分の店を持ちたい』という気持ちが芽生え、ひとつの夢となったからです。中国では比較的簡単に自分で店を持つことができますが、日本ではそうはいきません。
ですが、マジックミシンであれば加盟店オーナーへの道が開けていて、店を出すにあたって最適な選択だと思いました。働いていたので勝手がわかるし、開業費用の低さも魅力的。自分が加盟店オーナーになりたいと手を挙げれば始められる。これなら夢を叶えられると実感したんです」
ちょうどそんな折に、イオンモール北戸田店で加盟店募集していることを知った庄田は、「今しかない」とすぐに申し込みをします。事業説明から面談を経て、2022年12月21日をもって、晴れてイオンモール北戸田店の加盟店オーナーになったのです。
「加盟店オーナーになるまでには、たくさんの人の協力がありました。まずは、マジックミシンイオンモール小山店の加盟店オーナーとスタッフたち。自分が店舗オーナーになるには許可が必要で、店舗スタッフも自分が抜けることで忙しくなります。
『みんなは許してくれるだろうか?』と不安はありましたが、みんな自分の独立を応援してくれました。オーナーやスタッフの方々には、本当に感謝しかありません」
「加盟店オーナーとして何をすべきか?」──私にできる、お直し技術の伝播
マジックミシン北戸田店は、全国店舗の中でも比較的上位に位置する売上を上げている繁忙店舗。そんな北戸田店ですが、課題も多くあると庄田は言います。
「スタッフは揃っていますが、紳士服ジャケットの肩幅詰めなど、難しい修理対応が忙しくて店舗ではできず、加工センターへ送っていました。
しかし、配送対応になるためどうしても時間がかかってしまい、それでお断りされているケースが多々あり……。この点を改善できれば、もっと伸びしろがあるのではないかと考えました」
これまで、中国で服飾専門学校や高級服製造工場で働いてきた庄田は、紳士服ジャケットの肩幅詰めといった難しいお直し技術を習得している数少ない技術者の一人。ここで、庄田の加盟店オーナーとしてのやるべき仕事の一つが決まります。
「スタッフの育成です。とくに、この業界は『ミシンを使えるのは70歳以上』と言われるほど高齢化が進んでおり、技術者不足が深刻化しています。
一方で、世の中はDXやAI、ロボットなど人の仕事を代替するようなテクノロジーの進化が進んでおり、新品を作るのはロボットでもできますが、仕上がっている服をバラして、再び直すという技術はロボットには現状できません。
今後、テクノロジーがどんなに進んでも人の手によってのみ仕上げられるのが洋服のお直しだと思っています。しかしながら、人の育成は難しいです。まずは、お互いの信頼関係を構築し、その上で技術伝授を行っていきたいです」
また、幼いころから母やファッション販売店を営む叔母の影響で、店舗作りにおける季節の表現の大切さを学んできた庄田は、店舗ファサード(店舗の正面外観)でのアレンジメント装飾による季節感の演出もこだわっていきたいと語ります。
「お客さまに居心地の良い店舗環境を提案し、その上でご要望を断らずに聞くことを徹底しています。一度断ってしまうと、そのお客さまは二度と来店してくれなくなるので。
まだまだ着られる服を捨ててしまうのは、本当にもったいないことです。ましてや、洋服を捨てることで地球環境にどれだけの負荷をかけているのか。『もったいない』精神は、日本人の粋な文化。お直しが地球環境保護につながり、そして思い入れある大切なお洋服を直すことでお客さまに喜んでいただけるのあれば、本当に素晴らしい仕事だと誇りに思います」
※ 記載内容は2023年6月時点のものです
