世代を越えて、こどもを見守る 地域全体で継続する子育て
JR金沢駅から車で20分ほど南下したところに位置する金沢市立扇台児童館。金沢市内の多くの児童館と同様に公民館と併設しているため、ホールが広く、社会福祉協議会や各種団体などと連携をとり、多様な活動を行っています。
児童館に集うこどものほか、赤ちゃんを抱いた保護者や中高生世代、高齢者に至るまで、幅広い世代の地域住人が日常的に訪れます。それは地域の子育てにも反映されていて、「世代を越えて多くの人がこどもを見守り、育てていく」という雰囲気が浸透しています。
扇台児童館で約25年間働き続けている宮崎 恭子は、自身も多くの人達に見守られて育ててもらったと振り返ります。
「私はこの地域で生まれ育ち、他の地域で暮らしたことがありません。児童館にはこどもだった頃の私を知っているおばあちゃんもたくさん訪れ、『きょうこちゃん、こんにちは』と、昔と変わらずに挨拶してくれます。とても温かい地域だなと実感しています」
1つの児童館で長年働くことができる理由は、金沢市の地区児童館は市からの委託により地域主導で運営しており、職員の配置も地域にすべて任されているため、異動がないという特色があるからです。扇台児童館には宮崎の他にもう1人の職員が在籍し、同様に長年働いているため、「最強のペアで最高のチームワーク」(宮崎)により、こどもたちを見守ることができると言います。
地域で生まれ育ち、多くの住人にとって顔なじみの職員が働き続けることは、子育てにおいて大きな安心感を生み出しています。
見守っていた子が親になり こどもを連れて再び児童館を訪れる
扇台児童館が設立されたのは1997年です。当時、高校生だった宮崎は「児童館は小学生が遊びにいくところで、自分には無関係と思っていた」と話します。
その後、運命が動き出すきっかけとなった出来事がありました。
「こどもの頃から私をかわいがってくれていた地域の方が、児童館の初代館長に就任したのです。その方に『児童館でこどもと遊ぶボランティアをしてほしい』と言われ、手伝い始めてみると楽しくて、居心地の良さを感じました。それから将来の仕事を見据えて福祉系の短大に進学し、卒業後に児童館に就職しました」
職員として児童館で本格的に働きはじめると、宮崎はさまざまなことに気づいたと言います。こどもと遊ぶだけではなく、こどもと関わることが保護者支援にもつながっていること。公民館と連携しているため、地域との連携も重要な仕事であること。少しずつ経験し、学びながら、成長し続けました。
「やめたいと思ったことはない」と言うほど働き甲斐がある仕事の中で、とくに宮崎が印象に残っているシーンがいくつかあると言います。
育休を取得する父親が、母親が大半を占める幼児の教室などの集まりに参加することを気後れしてしまうケースは少なくありません。しかし、扇台児童館には父親が気軽に参加できる雰囲気があります。
「ある父親から言われたことは『自分がこどもの頃からいる宮崎先生がいてくれるから安心して来れる』でした。その信頼関係によって、こどもも保護者も支援することができて良かったと思いました。同様にこども時代から見ていた子が今では3人のこどもを育てる母親になり、上の子と向き合う時間を確保するために下の子を職員が見ることがありました。
他の施設では『自分の下のこどもばかり見てもらうと申しわけない』と職員に遠慮する気持ちがあったそうですが、扇台児童館では昔から知る私がいて、対応できるときはできる、できないときはできないとはっきりと伝えてくれるから行きやすいと言ってくれました」
児童館で見守っていた子が大人になり、こどもを産み、自分を見守ってくれた宮崎がいる児童館へ親として訪れる。そんなすてきな光景が、ここにはあります。そして、その関係性は一方的なものではなく、支え合いにもつながっています。
「今は学校の先生になった子がいて、私のこどもの学校の悩みなどを相談して聞いてもらったことがあります。頼りになって、ありがたかったですね。こういう経験を通して、『こどもまんなか社会』はこういう風にこどもと信頼関係をつくり、それを中心に置き、循環しながら拡がっていくのだと実感しました」
地域しか知らない不安が 全国とのつながりで強みに変わる
充実した日々を過ごしているなかで、宮崎は児童館職員を始めてから10年ほど経過した頃に、ふと不安を感じるようになったと振り返ります。
「私はこの地域と、この職種しか知りません。長く働けば働くほど、自身の視野の狭さや経験不足を実感するようになりました」
特定の出来事があったわけではありません。実態のない不安感に苛まれる中で、宮崎は児童館の全国大会や研究会に積極的に参加することで視野を拡げようと行動を起こしました。外に出て交流をすることで、活動のヒントや刺激、働くエネルギーをもらい、手応えを感じていたと言います。
ただ、拠点である扇台児童館に戻ると、再び不安になり、天秤が揺れるように心が定まらない感覚が続いていました。
その不安を吹き飛ばすことができたのは、他の児童館で働く職員の言葉でした。
「全国大会で親しくなり、尊敬できる職員の方に相談してみました。そうしたら、私が弱みと思っていることを『え、強みじゃん』と瞬時に言ってくれたんです。『職員同士の連携がうまくいかないところが多くある中で、阿吽の呼吸で長く同じペアで働けるなんてとてもいい、羨ましい』と。私にとっては衝撃でしたね」
その言葉を聞いてからあらためて自身の環境を振り返ると、「弱み」を「強み」と見ることができました。生まれ育った地域で見守られる立場から見守る立場になれたこと、顔なじみだからこそ安心感を生み出せること。職員の異動があれば、これは簡単に築けるものではありません。
宮崎はその経験を経て、2021年からは全国児童厚生員研究協議会の理事を務めています。全国の児童館で働く職員のネットワークの構築や、全国大会の主催など、自身の経験を還元するために、日々忙しく働いています。
全国大会に参加し、運営に携わり、「全国とのつながり」をもつことは、宮崎自身の視野を拡げるだけではなく、こどもにもさまざまなメリットをもたらしています。それは新しい経験ができる機会を創出することです。
たとえば、愛媛の大型児童館が日時計をつくるプロジェクト。時計の1から12までの数字を全国の児童館のこどもたちがつくることになり、扇台児童館が参加する機会を得られたことがあります。
「それも全国大会で知り合ったご縁から参加させてもらえました。こういう大きなプロジェクトは小さな児童館が簡単にできることではありません。全国とつながることで、こどもたちにも少しずつ広い世界を見せることができると思っています」
地域住民が交流する機会を創出 次世代へ受け継ぐ子育て文化
宮崎は「扇台児童館をこれからもますます魅力的な場所にしていきたい」と話します。
「児童館は同じ建物と職員であっても、そこに集う人によって居心地の感じ方は異なります。少しでも多くの利用者の人に『また来たい』と思ってもらえるように、私たち最強ペアで模索しながらつくっていきたいですね」
また来たい──その思いをつくりだすために、以前は1人で参加していた全国大会にペアで参加し、さらに視野を拡げようとしています。
同時に、変えないこともあります。こどもたちに寄り添い、時間をかけて信頼関係をつくり、地域における好循環を生み出していくことです。宮崎はその循環を生み出す潤滑油の存在を担っています。
「こどもと話すときは同じ目線で、上からにならないように気をつけています。友達でもなく、先生でもない、“斜めからの関係性”でありたいですね。ある男の子からは『第二の母』と言われたことがあります。家族に言えない悩みも、私たちには言ってくれるような関係性を築いていきたいです」
多くの地域で世代間の分断が起こっている中で、宮崎はこどもと高齢者など世代を越えた地域住民をつなぎ、好循環を生み出すことにも注力しています。
その1つは公民館と連携した世代間交流です。老若男女が集い、スカットボール大会やグラウンドゴルフ大会を開催することで、世代を越えた交流が自然と生まれます。それにより“顔なじみ”の関係が地域に新たに生まれ、地域で見守る子育ては継続していきます。
「児童館のこどもが家に帰る途中で怪我をしたときに、見守り活動をしているシニアの方が『手当てしてあげて』と連れてきてくれるんです。さらに、その子の保護者への連絡などテキパキと指揮をとってくれて、本当に地域でこどもを見守り、育てているなと実感しています。それを続けるためにも地域での交流は大切にしていきます」
宮崎は、地域における世代を越えたつながりこそが「財産」だと言います。そして、その大切さを若い世代にも伝え続けています。
「このつながりは私1人でできたものではなく、地域の方やみなさんが協力してくれているからです。若い世代の方に伝えたいことは、仲間の大切さですね。人のつながりは今の時代に何にも代えがたいもので、それは身近にいる人から拡がっていくので、まずは家族など身近な人を大切にして、自分を包み隠さず、装わずにいられる仲間を大切にしてほしいと思います」
※ 記載内容は2026年6月時点のものです
