働き方改革を実行する中で見えた“ もうひとつの課題”
私の前職は、海上自衛隊。40歳を目前に、幹部自衛官として、ある程度自分のキャリアの見通しがついてきたのですが、転勤ばかりの生活で、普段は外出する区域にも制限があり、なんとなく気が休まらない……。そんなに激務ではないはずが、不整脈の発作が頻発するようになり、地元に帰りたいという想いが強くなりました。
そこで、よくある転職サイトに登録したところ、縁あってフジッコに入社が決まりました。
入社直後から、働き方改革や、企業理念を再構築するプロジェクトなど、“組織”と“個人”の意識と行動を変革するための仕事に多くかかわりました。その中で気になっていたのが、従業者が、“自分自身の健康”を後回しにしている様子。一人ひとりが本当の「けんこう」を手に入れ、ゆたかな生活を送るにはどうしたらよいのか、働き方改革を実行する中で、これが大きな課題であることに気付きました。
特に気になったのは、本社従業者の食事事情と、評判がいまひとつの社員食堂。海上自衛隊で、「食事」の良しあしが、いかに隊員の士気を鼓舞し、「今日の献立」が、どれだけ隊員同士の話題となるかを痛感していた私は、「これはいかん、どうにかせねば!」と、当時は担当でも何でもないのに、この社員食堂の課題と改善策を頭の中でぐるぐると考えておりました。
真面目にやっても響かない。「おいしさ」と「オモロさ」に人は集まる
そこで私は、自分が思い付いた改善のアイデアをせっせと担当者に話して交渉を行うことにしました。ですが、なかなか決定的な改善に至らない。そのためここは粘り強く、一つひとつバントを決めていくしかありませんでした。
それは月1でとっておきのメニューを提案したり、カフェを開催したり、ランチタイムコンサートを行ったり、食堂を“無機質に何かを飲み込む場所”ではなく、“人が集う場所”に変えたいと考えていたからです。
その想いに賛同し、レシピの考案や助言を与えてくれたのが、商品開発部に所属(当時)していた鍵和田 崇でした。彼の食に対するこだわりと想い、数多くのアイデアと信念、調理の技術を知り「外部の力を使うよりも、フジッコの社員発でメニューを披露した方が面白いに決まってる」と、早速、彼を味方に引き込むことにしたんです。
食堂以外でも、お料理倶楽部という部活を立ち上げ、従業者の意識と行動の変化を見守ることにしました。すると、どんどん人と活動の輪が広がっていったんです。部活については、部員が自分たちであれこれと工夫して楽しんでいる様子を目の当たりにし、「みんなちゃんと“食”に興味を持ってる!」という根拠と確信を得るに至りました。
そうこうしているうちに、新型コロナウイルス感染症の影響を受け、会社の「けんこう」に対する価値観が大きく変化。ついにフジッコは「健康経営」に舵を切ります。私自身も、人事異動で正真正銘の“社員食堂の運営担当者”となっていたこともあり、2020年10月から、毎月第4金曜日、月に一度だけ、この食堂で「食べることとしっかり向き合って欲しい」という想いを込めて、「おいしさ×けんこう食堂」をオープンすることとしました。
第4金曜日にした理由は、“週末と月末のダブルの開放感”。おいしいものを食べて、良い気分で家に帰ってもらおうと思ったんです。食堂の名前は、会社のスローガンから拝借しました。
ここで大事にしたのは、「おいしさ」と「けんこう」、そして、前職で幹部自衛官として、正しいことを訴え過ぎて、部下にそっぽを向かれた“しょっぱい経験”を教訓に、「アソビゴゴロ」をプラスしました。
正しいことを真面目に伝えても響かない。だからこそ、この取り組みでは、「アソビゴゴロ」を大事にしました。「塩分は控え目に!」と言われると、何となく叱られている気がしてしまうじゃないですか。だったら、“塩分が少なくても、おいしいと感じるものを出せばいい”、というわけで、“減塩味噌汁”の代わりに、旨味と栄養がたっぷり入った“ボーンブロススープ”を提供することにしました。
このほか、”糖分がたっぷり入ったドレッシング”の代わりに、“ヨーグルトで作ったお手製のドレッシング”を、“白米”の代わりに”雑穀米”を提供するなど、「おいしさ」を実現するための工夫を随所に凝らしました。
次に、食堂の売り上げを伸ばす方法を考えました。普段あまり利用しない人が食堂に来るきっかけを作ろうと、従業者が出勤してくる時間帯から、ストレスなく食券が購入できる動線を整え、さらに、とっておきのサラダやスープを「単品で・コンビニより安価で」オーダーできる仕組みを構築しました。
コロナ禍で出社人数が抑制されている中ではありましたが、確かな手応えを感じました
「正しさ」だけで、人は動かない
人を動かすのに一番大事なことは、「正しさ」ではありません。いかに、こちらが伝えようとするストーリーが、共感できるものであるかということ、そして、担当者自身の「想いの強さ」、これに尽きると思います。
「何としてもこれを実現したい」という信念がないと、負け戦になります。また、仕掛け人がどちらを向いているかもとても重要です。自分のためだけに行動するような浅ましさは、すぐに周囲に見破られてしまいますので。
さらに、どんなに斬新な取り組みであっても、すぐに飽きられてしまうということも、覚悟した方がいい。ということで、他の企業と連携して「おいしさ×けんこう食堂」を運営するというチャレンジも行いました。
フジッコの社員食堂で、他の企業のお店の味を堪能できるなんて、素敵じゃないですか。神戸市内のカレー屋さんのメニューを再現したり、老舗企業のレストランの味を提供したり、ついには、シェフを交換して、お互いにそれぞれの社員食堂のメニューを提供するという”シェフの交換留学イベント”も実現させました。同じような課題を感じているご近所の会社と共同でやってみると、新たなひらめきや、協力が得られる。これは嬉しい誤算でした。
その後、お昼休みに、玄関で有機野菜等を販売する“マルシェ”も始めました。コロナ禍で、人と人が交流する場が極端に減った中、井戸端会議ができる空間を作りたかったんです。
そして、ここには、もう一つの狙いがありました。それは、従業者に、自然の恵み一杯のマルシェに立ち寄ってもらい、「家でも何か作ってみよう」と思わせること。結果として、”毎月第4金曜日が、「食」に対する意識と行動変革が起こる1日であると結論付けることができればいいな”という作戦です。
こうした取り組みの効果もあり、社員食堂はコロナ禍でも1日平均約80名が利用するようになりました。とくに「おいしさ×けんこう食堂」の日は、この日をめがけて出社する従業者が増え、100名を超える利用者が殺到し、売り切れとなる月もありました。
そして、開催当日は、「おいしさ×けんこう食堂」をきっかけとした挨拶や会話も生まれるなど、回を重ねるごとに、自分の期待と予測を上回る成果を実感するに至りました。
また、これらの流れにより、社員食堂の業務委託先の方々の意識と行動にも、明らかな変化が見られました。調理方法や魅せ方、素材や味に“こだわり”が生まれたのです。
目指したのは、「食場」づくり
「おいしさ×けんこう食堂」は、500円の食堂です。仕掛人の二人が、心から楽しんで運営しているのが自慢の食堂です。
社外から「味見」に来られる方も増えました。おかげ様で、週刊文春の取材も受けました。で、ここが少し腹立たしいところなんですが、外部から認めてもらえると、途端に社内での扱いが変わってくるんです。「がんばりなさい」って。
ですが、こうなればしめたもんです。
でも、あくまで無理はしない。これまでの成功の秘訣は、普段やっていることを淡々とやり続けていることにあります。あくまでも普段の仕組みに無理なく組み込むことが大事であって、そこに特別な仕掛けもお金も必要ない。そして、一度決めたコンセプトはぶらさない。
どんなに時代が変化しても、ものごとの本質は変わりません。大切な人と、大事な日に、おいしい料理を食べながら共に過ごしたいという想い。これを、日常生活で実践できる場こそが「社員食堂」だと思っています。
以上が、私の「食場」づくりの記録です。
人事異動で、今は担当を離れましたが、後任者がこの「食場」を、今後どう飛躍させてくれるかが、楽しみでなりません。