お客様と共に開発し、自社内体制への道筋を切り拓く現在の役割
私は現在、エンジニアリングサービス部の機械系技術サービスチームに所属し、中部地方にある自動車会社に常駐しながら開発サービスを提供しています。私たちのチームには明確なミッションがあります。それは、お客様の業務に実際に従事しながら業務分析を行い、業務効率化、特に業務の切り出しを現場で対応し、最終的にはトランスコスモス内の別拠点での運用体制へ、スムーズに切り替えを行うことです。
今担当しているお客様は、トランスコスモスへ業務を切り出すことが初めてのため、私の役割は非常に重要です。まずはお客様と一緒に開発業務を行いながら、業務の内容や流れへの理解を深めています。そして、どの業務が切り出せるのか、その範囲はどこまでか、自社内体制へ切り替え後の運営方法はどうあるべきかなどを、お客様と随時調整しながら進めています。自社内体制が構築された後も、業務が滞りなく進められるようにすることに最も重点を置いているのです。
業務効率化や業務切り出しを進める際には、いくつかのポイントを意識しています。開発日程、つまりマイルストーンや各フェーズの期間をしっかり理解すること、技術基準や設計基準を把握することはもちろんですが、それ以上に大切にしているのが、お客様企業で働く方々と直接対面し、その企業の文化への理解を深めることです。技術だけでなく、人と文化を理解することが、真の信頼関係構築につながると考えています。
自社内運用の体制を実現させることが私の最も重要な役割であり、そのためにはお客様の開発業務に深く入り込み、信頼を得ることが不可欠です。トランスコスモスに業務委託することが有益であるとお客様に思っていただくこと、それが私に課せられた使命なのです。そのために、日々の業務の中でお客様やチームメンバーとの会話を積極的にとり、細かな修正舵を当てられるよう心がけています。
仕事をする上で私が大事にしているモットーは、一般的かもしれませんが、如何なる業務で経験すること全てが自身の糧になると信じて業務を遂行することです。実際、多方面から業務依頼が来るため、私がカバーできる範囲は広いと自負しています。この姿勢が、今の私の強みを作り上げてきたと感じています。
20年に及ぶキャリアの軌跡、自動車設計の多彩な世界
私がこの会社に入社したのは2005年のことでした。就職氷河期という厳しい時代で、正直なところ、高尚な理由があって選んだわけではありません。受け入れてくれる企業が限られる中で、相対的に比較して選んだというのが実情です。ただ、当時から一つ魅力を感じていたことがありました。それは、この会社が多岐にわたる分野で活躍しているということです。社内の部門変更だけでも環境の変化を楽しめそうだと思っていました。そして実際、その期待は裏切られることはありませんでした。
入社後は関東の自動車会社に配属となり、車両システム開発からキャリアをスタートさせました。そこで基礎を学びながら6年間を過ごし、2011年には大きな転機が訪れます。インドへの6カ月間の出張です。現地の会社でプロジェクトマネジメント業務に携わることになったのですが、この経験が私のキャリアにおいて大きな意味を持つことになりました。インドでの上司に「自分の逃げ道を作るな」と言われたことが、いろいろと考えを改めるきっかけになったのです。この言葉は、私のスキルが大きく伸びる転換点となりました。
帰国後は再び関東の自動車会社に戻り、今度は油圧制御システムや先行車両開発に携わりました。2015年からは同じ会社で車体設計業務にシフトし、プレス部品、PP樹脂部品、ファブリック部品など、幅広い部材の設計に10年間携わってきました。そして2025年からは中部の自動車会社に配属となり、現在も車体設計業務を続けています。
振り返ってみると、私は転職をせず、一つの会社に勤め続けてきました。しかし、この会社だからこそできた経験があります。それは、同じ会社に所属しながら、お客様の競合他社を転々と渡り歩くことができるということです。これにより、業界全体を俯瞰する視点を持つことができ、多様な技術や文化に触れることができました。まさに、入社時に期待していた「環境の変化を楽しむ」ことが実現できているのです。
インドでの挑戦が教えてくれた、エンジニアとしての新しい視点
インドへの6カ月間の単身赴任は、私のエンジニアとしてのキャリアにおいて、最も刺激的な経験の一つでした。インドの自動車開発を請け負う会社で、プロジェクトマネジメントと開発アドバイザーとして車両開発を担当し、同時にその会社が車両開発を請け負うだけの技術とインフラがあるかを確認する監査役も務めていました。
当初から困難は山積みでした。開発請負元の自動車会社の開発スキームを適用する必要があるのに、サーバーはつながっておらず、設計基準の閲覧もできない状況でした。それでも開発は進めなければなりません。どうやって進めるかを自分なりに考え、計画を立て、提案し、実行していきました。CADで作成したデータをデジタルモックアップして評価する必要があったのですが、評価は請負元で行うため、データをどう送るかが大きな課題でした。最終的には、DVD-R5枚にデータを移行して、開発請負元のインド支社までタクシーで3時間かけて運ぶという、今思えば笑い話のような方法を取りました。
この経験を通じて、「ないものは作ってしまえばいい」という考え方が芽生えました。この時はルールを作るということでしたが、この発想の転換が、その後の私のエンジニアとしての考え方の引き出しを大きく増やしてくれたのです。おかげで、多くの問題に対して落ち着いて考えられるようになりました。これまでの経験から車両というシステム全体を俯瞰して見ることができていたため、プロジェクトマネジメントをする上でも、どの部品の開発が遅れているか、設計として成立していないかなどを感覚的に理解することができました。
最終的には、インドの開発請負会社での開発は現状では難しいと判断せざるを得ませんでした。次フェーズに進むためには設計要件織り込み率90%という目標があったのですが、インドの開発担当者各自に集約してもらった結果は11%にとどまりました。報告会でありのままを報告したとき、会議室がざわついたのを今でも鮮明に覚えています。そこで開発日程変更、もしくはインドの請負会社を請負元のインド支社の傘下に入れることを提案し、最終的には傘下に入れてもらうことで一段落つき、帰国することとなりました。この経験は、困難な状況でも冷静に現状を分析し、解決策を提示する力を私に与えてくれました。
自社オリジナルの自動車開発という夢、そして共に挑戦する仲間へ
今後挑戦したいこと、それは自社でオリジナルの自動車開発を実現することです。この目標は決して夢物語ではありません。トランスコスモスには自動車開発において多くの経験を持った人間がいます。これらの技術、知識を集約すれば、実現は十分可能だと考えています。やはり集大成として、形に残るものでもありますから、この挑戦には大きな意味があると思っています。
どんな車を作りたいのか。抽象的かもしれませんが、心躍る車を作りたいんです。車に乗っていると楽しいと思えるような、そんな価値を提供したいと考えています。技術的な完成度はもちろん大切ですが、それ以上に人の心を動かす何かを持った車、それが私の理想です。
この目標に向かって、私たちと一緒に挑戦してくれる方を心から歓迎します。データに基づいた意思決定ができる人、そして変化を恐れず新しいことに挑戦できる柔軟性を持った人が、この会社では活躍できると思います。特に重要なのは、変化を恐れない姿勢です。自動車産業は大きな転換期を迎えており、常に新しい挑戦が求められる環境ですから。
最後に採用候補者の方にお伝えしたいのは、この会社は主体的な「やりたい」という気持ちには必ず応えてくれるということです。今は明確な目標が定まっていなくとも、必ずここで見つけられる会社だと確信しています。人の弱さを理解したうえで、それを逆手にとって組織として良い方向に向かわせること。そこに仕事の深みとおもしろさがあります。私たちと一緒に、新しい挑戦をしていきませんか。皆さんのエントリーをお待ちしております。

