2021年にインフォバーンに入社し、現在は企業のマーケティング支援事業を行うIBX(INFOBAHN EXPERIENCE)部門のコンテンツ・ユニットに所属している永瀬 夏海。病院の事務職を経て編集者に転身したものの、その道は波瀾万丈でした。これまでのキャリアや編集者としての想いについて語ってもらいました。
聖歌隊で歌った中高時代、ミュージカルで演じた大学時代
──どんな学生時代を過ごしましたか?
地元は埼玉県川口市で、中学からは東京にある中高一貫校に通ってました。茶道部に入って活動しながら、ミッションスクールだったので聖歌隊にも入って歌を歌っていましたね。
ミッションスクールでは学校の季節のイベントも宗教行事なんです。イースター礼拝やクリスマス礼拝のほか、入学式や卒業式でも入学礼拝や卒業礼拝がありました。毎朝礼拝があったので、必ず1時間目が始まる前にみんなでぞろぞろと学校内の礼拝堂に行っていました。
私は、そこで聖歌隊として聖歌集にある歌を歌っていました。結婚式でよく流れる歌のイメージです。普通の部活のように放課後に練習したり、夏合宿に行ったりしました。
──大学に行ってからも歌を続けていたんですか?
歌は辞めてしまったのですが、ミュージカル部に入りました。歌あり、演劇あり、ダンスありという感じで、学祭で公演をしたり1年に1回は劇場を借りて舞台を開催したりしていました。
もともとダンススクールに通ってダンスもしていたのですが、高校を卒業した時に辞めていました。これから何をやろうかなと思った時に、歌もダンスもやってきたのでミュージカル部に入ろうかなと思ったんです。
そんなに大きな団体ではありませんでしたが、私も演者として出演しました。それ以外にも、劇場を借りる手続きや照明の打ち合わせなどいろいろ経験しました。
──その後は「ミュージカル女優になる!」という夢は抱かなかったんですか?
いえ、全然。演劇は好きだったんですけど、それが仕事になるとは思わなかったです。じつは今の仕事である編集職も同じ考えで、当時部活でパンフレットをつくるのが好きで、台割を引いてコメントを取って印刷所に入稿してと1人でひと通りつくっていたのですが、まさか仕事になるとはまったく思わなかったんですよね。
とくに仕事でやりたいことはなかったし行きたい会社もなかったので、なるべく転勤がなく、せっかくなら世のため人のためになる仕事がいいなと考え、卒業後は病院に事務職として就職しました。
──病院での仕事はどうでしたか?
患者さんや受診者さんのために奔走する日々でした。労働時間はかなり長かったですね。私が担当していた仕事は、主に人間ドックや健康診断のために来院された方の接客で、日中にはできない事務作業などを夕方から始めて夜に帰るような働き方でした。
ある日突然、担当する雑誌が休刊し、会社が倒産
──それから編集者に転身したのは、どういう経緯ですか?
病院に2年ほど勤めて、やりがいを感じてはいたのですが、このままずっと同じ仕事をするイメージが湧かなかったんです。転職活動を始めたら、たまたま演劇雑誌の『シアターガイド』でアルバイト募集の広告を見つけたので応募したところ、採用されました。その時も「編集者になりたい!」という強い想いはなかったのですが、現状を変えたい気持ちが強かったですね。
正直なところ、自分が読んだことのある雑誌かつ好きな演劇関係の仕事で、何か書いたり編集したりする仕事にうっすらと興味があったという、ふわっとした志望動機でした。
──それまで編集職は未経験で、苦労したことはありますか?
雑誌の構成は、前半は俳優や演出家、脚本家といった演劇関係者のインタビュー記事で、後半は東京を中心とした演劇の公演情報でした。私はどちらも担当していて、いろんな方々を取材しました。中には有名な俳優さんや、人気アイドルもいましたね。
最初はアルバイトで入ったのですが、途中で社員になりました。でも突然、会社が倒産してしまったんです。『シアターガイド』しか出していない小さな出版社で、ある日急に「明日で業務停止するので、今日中に荷物を全部まとめてみなさん出て行ってください」と言われまして……そのまま雑誌も休刊になりました。
次号の制作も進んでいたので、そこから全部の作業を止めてお詫びをして回りました。ちょうど次号の見本誌が刷り上がってきたタイミングだったので、それを自宅に持って帰って、仕方なく自腹で郵便局から関係各所に送りました。
──それが最終号になってしまって、その後はどうしたんですか?
本当に突然「今日で終わりです」という状態だったので、すぐどこかに転職しようとは思えませんでした。贅沢な話ですが、「実家暮らしだし、しばらく就職しなくてもいいかな」と思ったりして。
ただ、まったく収入がないと困るので、しばらくフリーランスとしてライターの仕事をしていました。ライターなら、取材して書いて納品したらそれで仕事が完結します。そんな気軽な働き方をしながら、就職したくなったら転職活動を始めようと考えていました。
──フリーランスとしてどのようにクライアントを得ていたのですか?
休刊になった時に、他のメディアの方から編集部全体にお誘いがあったんです。そのつながりで挨拶をしに行って「こういう記事なら書けそうです」とお伝えしていたので、それから細々とお仕事をいただくようになりました。まさか自分がフリーランスで仕事ができるとは思っていなかったので、最初は内心どきどきでしたね。
ほかには、編集部の元メンバーで新しい雑誌を立ち上げた方がいたので、その編集のお手伝いもしていました。
──フリーランスで書いていたのは、演劇系の記事ですか?
はい、演劇関係だったので、以前とそこまで変わらなかったです。『シアターガイド』は小規模な編集部だったので、時間がある時は自分でインタビュー記事を書いていました。
だから、そんなにライティングに抵抗はなかったですし、自分の記名の記事として載っていたので、フリーの仕事を始めた時にポートフォリオとして記事を見せながら売り込みができたのはよかったです。おかげさまで、少しずつ仕事の依頼をしてもらえるようになりました。
紙媒体の編集からオウンドメディアの編集へシフトする
──フリーランスとして順調でしたか?
いえ、コロナ禍で演劇の公演自体が自粛になってしまったので、演劇のメディアも立ち行かなくなりました。もう少しフリーランスで頑張ってみようかなと思っていたんですけど、仕事がゼロになってしまいました。
そこで慌てて転職エージェントに登録して、いろいろと面接を受ける中で次に入社したのが医療系雑誌の会社の編集部でした。もともと病院で働いていたし、インタビューすることにも慣れていたので採用していただいたのかなと思います。
──そこではどんな仕事を担当されたのですか?
その医療系雑誌はtoC向けで、病院を探すときに役立つ情報が載っていました。健康情報のコラムやクリニックの先生のインタビューが中心です。
その会社では、以前の医療現場での経験がすごく役に立っておもしろかったのですが、編集部でオウンドメディアが立ち上がったことで、Webの方にも興味を惹かれるようになりました。次第に、1つのオウンドメディアを数人で運用していくより、もっと刺激がほしいと思うようになって転職活動を始めました。
その時も転職エージェントを利用したのですが、紙媒体でやってきた編集経験者を雇ってくれるWeb系の会社はなかなか見つかりませんでした。門前払いされたところもありましたし、履歴書も通りづらくてすんなりとは転職できなかったです。
──インフォバーンに入社した経緯を教えてください。
インフォバーンは、たまたまエージェントから紹介された会社でした。ただ、前の会社でオウンドメディアを一緒に立ち上げた先輩が、じつは元インフォバーンの社員だったので、よく昔の話を聞いていたんです。選考が進む途中で気づきました。その先輩は仕事ができる方で信頼していたので、「この人がいたところだったら良い会社なんだろうな」と思い、内定をいただいてすぐに入社を決めました。
先輩が「こばへん(インフォバーン創業者/会長である小林 弘人の愛称)と一緒に取材に行ったりしていた」と話していたのを思い出して何か縁を感じましたね。
──自社メディアで編集の仕事をするのと、クライアント企業のオウンドメディア運用をするのとでは違いがありそうですが、それは気になりませんでしたか?
あまり気にならなかったです。振り返ってみると、これまで私はずっとクライアントワークに近いことをしてきました。演劇雑誌を編集していた時も、演劇業界はあまり広くはないので取材先の会社や劇団は限られているんです。その中でその人たちの公演を定期的に取材するので、なるべく良い関係を築く必要がありました。当時も依頼を受けていたわけではありませんが、クライアントワークに近いことをしていました。
医療系雑誌でも、お医者さんから広告費をいただいて記事をつくる記事広告主体の内容だったので、業態としては完全にクライアントワークでした。インフォバーンに入ってからの仕事にも活かせる経験をしてきていたので、カルチャーショックを受けることはなかったですね。
1つ違いを感じたのは「運用」という視点です。雑誌では記事が校了して流通したら終わりですが、Webの場合は記事が半永久的に公開されますし、そもそもメディアを運用する目的で記事をつくっていますよね。
Webメディアに関わるようになったら、より長い見通しで考えなきゃいけないなと思うようになりましたし、クライアントとの接し方もその案件が続くという想定のもとで関係性を築いていくようになった気がします。記事をつくることがゴールではなく、記事をつくった先がある仕事だなと感じています。
──入社してから、具体的にどんな仕事をしていますか?
多くはオウンドメディアの運用案件です。入社した時期が保険会社のオウンドメディアがローンチするタイミングで、その案件はずっと担当しています。医療保険に紐づく記事も多いので、病院や医療系雑誌で働いていた経験が活かせるところにアサインしていただけたなと思います。
最近は、いわゆるタレントの方のインタビュー記事も担当するようになったので、これまでの仕事と似たところもあるかもしれません。
──入社してからの1年半で、何か変化はありましたか?
その案件のコンテンツプランニング領域を最初から担当していた先輩がいて、当初私はその下につく形でコンテンツ制作をしていたのですが、その方が産休に入ったので私が後任として担当することになりました。それから少しずつ仕事の流れが変わってきた気がしています。
それまでは記事単位で企画を立てて記事をつくって納品していましたが、そのメディアの方向性やタイミングによってどういう記事があるといいのかなど全体をプランニングする仕事に少しずつシフトチェンジしているところです。これまでにできなかったことに挑戦できるのはおもしろいですね。
──編集長のような立場ですね。インフォバーンはクライアントのオウンドメディアをたくさん運営しているので、そのポジションにつける可能性が高そうです。
そうですね。インフォバーンでは、いち編集者のマインドを持ちながら、編集長の視点も持てる人のほうが前向きに仕事に取り組める気がします。私も、ただ目先の仕事に追われるような働き方でなく、自分が旗を振る感覚を持てるようになってから仕事が楽しくなってきました。
私は、もともと「一旗あげてやりたい!」みたいなマインドを持っているわけではありませんが、インフォバーンにはすごく優秀なメンバーが多いので、その人たちがつくるおもしろい企画や原稿を最初に見られるのは有意義だなと思っています。
「編集」スキルを磨けば、キャリアはなんとかなる!
──コンテンツディレクターのユニットでは、全員が自分自身にキャッチコピーをつけているそうですね?
はい、私は「女将」と付けました。これは先輩が最初に言い始めたことです。今年に入ってから新入社員のトレーナーをしていて、その子が私と最初に会った時に「永瀬さんは女将みたいな人だから大丈夫だよ」と先輩から言われたそうです。命名した理由を尋ねたら、「旅館の女将みたいにメンバーの面倒を見ながら案件を回している」とのことです。
私が関わっている案件はとにかく大所帯なので、私はみんなが気持ちよく働けるようにうまく調整をしているポジションの人間なんだと思います。
──職場としての魅力はなんですか?
編集者がたくさんいるぶん、刺激がそれだけ多いことです。それも私が入社した1つの目的です。これまでは、比較的小規模の編集部でこぢんまりとコンテンツ制作をする仕事が多かったので、もっとたくさん編集者がいていろんな企画や意見を出し合えて刺激を受けられるような職場に行きたかったんです。その希望は叶っていますね。
考えている企画を誰かと話して整理したりアドバイスがほしかったりする時に、インフォバーンにはいろんな経歴を持つ方がいるので、その都度その企画にあった適任の相談相手が見つかりやすいという安心感もあります。
──入社して2年弱が経って、今後のキャリアの展望をどう考えていますか?
すごくありがたいことに、キャリアに関しては年々不安がなくなってきています。正直、最初に新卒で病院で働いていた時は、将来への漠然とした不安がかなり大きかったんです。
振り返ってみてその不安の正体がなんだったのかと考えると、今やっている仕事をずっとやる以外にもう選択肢がなくなるんだろうなと思っていたんですよね。健診の予約の電話を朝から夕方まで取り続けるとか、病院の受付で来院者の応接をするとか、やりがいはあって嫌なわけではないけど10年、20年、30年と同じことを自分が続ける未来はイメージできなかったんです。
その点、「編集」は応用しやすいポータブルスキルだと感じていて、実際に編集の仕事を経験できたから会社が潰れてもなんとか仕事をし続けることができています。今は、記事制作から離れてプランニングするポジションを担っていると言いましたけど、それも編集経験があればこそなんですよね。
だから、「編集」というポータブルスキルを磨き続けていけば時代が変わっても何かしらの仕事はできるかなと思えるようになって、年々不安が和らいできました。
今の仕事は学生の時に考えていた自分のキャリアとはまったく違いますし、こんなに転職するなんて考えてもいませんでした。むしろ最初は病院なら潰れる心配もなくずっと働けそうだと思って就職しましたから。
──最後にこの記事を読んでいただいた方にメッセージをお願いします。
先ほど話したこととも重なりますけど、インフォバーンではコンテンツマーケティングやオウンドメディア運用といった長期的なコンテンツ制作がしっかりできる環境です。クライアントごとに何か課題があって、それを解決するためにコンテンツをつくりながらメディアを運用していくことを一貫して考えていけるおもしろさがあります。
それから、意思決定がすごく早い会社だとも思っています。「よしやろう!」となったらどんどん進んでいくので、待たされるモヤモヤみたいなものはないですね。とにかくPDCAを回して、うまくいかなかったら改善していくスパンが早いです。インフォバーンが気になった方は、ぜひ採用募集に応募してみてください。
※ 記載内容は2024年10月時点のものです
