気持ちに嘘をつき、目を伏せ、本当の自分を隠し続けた幼少時代
LGBTQとは、レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー(心の性と体の性との不一致)、クエスチョニング(性的指向などが明確でない)の頭文字から作られた造語です。星川が自分の心と身体の違いに違和感を持ったのは3歳のときでした。
星川 「両親から聞いた話だと、七五三で着物を着て写真撮影をした際、撮り終えるとそそくさと車に戻り、着替えていたそうです。今思うと、女の子用の華やかな着物を着ている自分が嫌で、物心つく前から周りとは違うと自覚していたのかもしれません」
幼少期は、自分の本当の気持ちをずっと伏せてきた悲しい時代だったと星川は振り返ります。
星川 「自分は普通ではないと感じ、気持ちに嘘をついたり、目を伏せたりして、当時は自分の心に蓋をすることしかできなかったんです。たとえば、好きな人は誰か、という話になると、本当のことは言わず、嘘をついて話を合わせていました」
徐々に自分を表現できるようになってきたのは、世の中が、性同一性障害のテーマで多くのテレビやマスコミで取り上げられるようになってきた頃だと話します。
星川 「テレビで見たとき、『自分と同じように違和感を持った人が他にもいるんだ。自分だけじゃないんだ』 と思いました」
それでも、まだLGBTQ当事者であることは誰にも話せずにいた星川。姉との会話の中で印象に残っている言葉があるといいます。
星川 「周りに自分の違和感を話せずにいたとき、姉が 『弱さを見せないことが強さじゃないよ』 と言ってくれたのです。言い換えると、『弱い自分を認めることで少しずつ強くなれる。あなたはあなたでいい』と言われているような感じがし、だんだんと自然体でいられることが多くなってきました」
そう言われたことをきっかけに、日に日に自分らしく生きたいという想いが強くなっていきました。
一歩を踏み出したことで、初めて自分を認めてあげることができた
誰かに気を使ったり、自分の気持ちに嘘をついたりではなく、自分のために人生を歩んでもいいのではないかと思うようになってきたとき、両親にトランスジェンダーであることを告白しました。そして、2019年から治療を始めています。
星川 「一番大切なのは容姿よりも心。治療はカウンセリングから始まり、時間をかけて自分と向き合っていきます。その中で、先生や当事者のコミュニティがあり、心と身体の違和感を正直に伝えたことで、自分自身を認めてあげることができたんです。
また、今まで蓋をしてきた過去や想いを共有できる仲間と出会えた事で、本当に『変わりたい』と思えたんですよね。誰かに話をして共感されることは、薬より心に良く効くと感じました」
カミングアウトしたからといって何かが大きく変わるわけではない
これから治療を進めていくことによって、容姿や声が変わっていく星川。周りの人が変化に気づく前に、自分から勇気を出して職場の仲間や上司にカミングアウトすることを決意します。
星川 「話す前はすごく緊張しました。ですが、そのときの上司は、LGBTQについて理解があり、『何か必要なことがあれば、すぐに相談してほしい。それから、男とか女とかは関係ない。今まで通り変わりなく、あなただからできる仕事をしてほしい』 と言ってくれたんです。性別とかではなく、私自身を尊重してくれていることが何より嬉しかったですね」
何気ない日常の中でも、戸籍上の性別と容姿に対する周囲からの反応に、違和感を覚えることは多いと話します。
星川 「『男性として』 とか 『女性だから』 とかよく耳にすることがあると思いますが、人は無意識のうちに性別に対してイメージを作ってしまって決めつけているのではないかと感じています。でも、人の数だけ性のあり方があり、イメージ通りではないことは伝えたいです」
デンソーは2022年4月、社員一人ひとりの個性を尊重するために「同性パートナーシップ制度」を導入。婚姻が前提となっている社内制度を、同性カップルでも利用できるようになりました。同年6月には、性的少数者の権利を啓発する「プライド月間」に合わせ、社内食堂で6色のレインボーメニューを提供するなど、理解促進のための取り組みを積極的に行っています。
星川 「当事者が理解促進のために行動するのには限界があります。だからこそ、会社として動いてくれていることには非常に感謝しています。人事部にはLGBTQの相談窓口もあり、今後もし名前を変えたり、制度を利用したりしたいときに、相談しやすい環境が整ってきていると感じています 」
デンソーの取り組みはまだ始まったばかり。星川も当事者として何かできることがあれば携わっていきたいと考えています。
星川 「働く上で、LGBTQ当事者だからこそ他の人には見えない視点を持つことができたり、違った角度からの提案ができたりすることもあると思います。もし自分が役に立てるなら力になりたいですし、どんどん自ら声をあげて取り組んでいきたいと思っています」
受けた恩を次世代に送りたい。優しさの種まきをしながら、人の役に立ちたい
この先もずっと違和感を隠しながら生きていくだろうと思っていましたが、今は違うと語ります。
星川 「周りと比べて違和感を抱くくらいが、今はちょうどいいと思えるようになりました。違和感を隠すからしんどくなるし、自分の存在を否定したくなる。まずは自分を理解してあげて、感情ではなく具体的に自分を認めてあげることが大事だと思います。自分に素直であることが、ありのままの自分でいられるのかなと」
星川には、伝えたい想いがあります。
星川 「LGBTQの象徴に6色の『レインボーフラッグ』があります。世の中には多様な価値観や色があり、それが混ざり合っていくことで今までにない価値が生まれ、社会を変えていけるのだと思います。そのためには、ありのままの自分を知り、そして他者を知ることも大切です」
誰かからもらった優しさを相手に返すだけでなく、次の誰かにも届けたい。星川はそんな想いで未来を考えています。
星川 「日頃から大切にしているのは『恩送り』。自分がこの世を去るときに姿を残すことはできないけど、残せるものは目に見えない気持ちだと思っています。今は、まだ種まきの最中ですが、これからも人からもらった優しさを次の人へとつないでいきたい。たくさんの人に温かい気持ちが広がり、それが社会全体につながっていきますように」
レインボーカラーのように、世の中にはいろんな人がいて、それぞれいろんな色を持っています。周りがLGBTQについて正しく理解し、誰もが安心して働ける場が今後も増えていくことを星川は願っています。
