インフォバーンで働く社員へのインタビュー企画。今回は、インフォバーンの基幹事業であるマーケティング・コミュニケーション支援事業を担うIBX(INFOBAHN EXPERIENCE)部門のマネージャーとして、ユニット長を務めている関本 美帆に話を聞きました。
会社を背負うエースとして働きながら、マネージャーとしての信頼も厚く、さらには仕事人間にならずにプライベートも充実させている。そんなビジネスパーソンの理想像を、まさに体現している関本。
出版社の編集者からスタートしたキャリア、インフォバーンで養われたアカウントプランナーとしての嗅覚、メンバーのタレントマネジメントについてなど、さまざまな話を聞いたことで、社内でも「天才」と評される関本の仕事ぶりの片鱗が垣間見えました。
サブカル少女、出版社から転じてデジタル編集者へ
──関本さんは新卒で出版社に入ったと聞きましたけど、もともと出版社志望の学生だったんですか?
そうですね。子どもの頃から「編集者になりたい」という夢を持っていました。小学校の担任の先生から、「編集者になったほうが良いよ」と言われて。たぶん作文がけっこう書けたんですよね。私は本を全然読まなくて、読書感想文なども嫌いだったんですけど、先生から言われてその気になって、「大人になったら編集者になるぞ」と思っていました。
それと中高生になると、雑誌がとにかく好きになって、雑誌をつくりたいという気持ちが強くなったんですよ。だから「出版社」と言っても、「雑誌が強い出版社に入りたい」と思っていましたね。
──ちなみに、どんな雑誌を愛読していましたか?
とくに好きだったのは、マガジンハウスから出ていた『MUTTS』という雑誌ですね。刊行されていた期間も短い雑誌でしたけど、わりとコアなファンがいるようなサブカル系の雑誌でした。いま振り返ると、Webっぽい雰囲気がある雑誌だったんです。
──ファッションとか、映画、音楽、漫画みたいにサブカルチャーの「この領域」というより、雑誌というもの自体が好きだったんでしょうか。
そうです。もともとマガジンハウスで編集をされていた、都築 響一さんという編集者が大好きでした。
──『POPEYE』や『BRUTUS』で活躍されて、『TOKYO STYLE』のような名著も出されている伝説の編集者ですね。
都築さんへの憧れが強くて、雑誌の編集者になりたいと思っていました。
──いまも昔も出版社は人気のわりに採用が少ない狭き門なので、新卒ではなかなか入れないと思いますが、念願がかなったわけですね。
大手の出版社は軒並み落ちましたし、マガジンハウスはその当時、新卒採用すら実施しておらず、応募することもかなわずという感じでしたけど。とにかくどこかに入らないことには編集者になれないので、採用していただけた出版社に入社しました。
──その前職に当たる出版社にはどれくらいいらっしゃったんですか?
1年足らずでしたね。ある日、編集部機能を新潟に移すと言われたんです。いちおう私も新潟に行ったんですけど、車の免許も持っていないし、知らない土地で人にも全然会えないのがつらくて。
携わっていたのは『自遊人』という雑誌で、仕事は全国を取材して回れておもしろかったし、雑誌のコンセプトとしても「田舎暮らし」があったので意味ある移転でしたけど、正直なところ20歳そこそこの私には、慣れない地方で暮らすのが合わなかったんです。
──関本さんがインフォバーンに転職された当時は、まだインフォバーンも出版社だったので、転職先としても「出版社から出版社へ」というイメージで、Webを意識されていたわけではなかったのでしょうか。
いや、私はWebがやりたくてインフォバーンに入りました。とくに紙へのこだわりというのは、なかったんですよね。『自遊人』時代も、紙の本誌をつくるというより、Webのほうを担当していて、ECの運営とか、ECのためにカタログをつくるとか、そうした仕事をしていたので、Webのほうがおもしろいなと思い始めていたんです。
──それは感覚が早いですね。いま以上に「紙の本誌こそが華」と風潮もある時代だったのかなと思いますが。
そうですね。でも、私はそこにこだわりはなくて、Webのほうが自由度も高いし、読者からの反応も早いし、やれることがいっぱいあるなと肌で感じていました。
それで、『サイゾー』(インフォバーン創業者の小林 弘人が創刊した雑誌、現在は株式会社サイゾー発行)の奥付に掲載されていた「デジタル・メディアの編集者募集」を見つけて、応募したのがきっかけでしたね。当時、『サイゾー』を愛読していたんです。
──入社当初はどこの部署に所属していたんですか?
いちおう『MYLOHAS』(かつて発行していたライフスタイル雑誌、現在はグループ会社メディアジーンのオンラインメディア『ROOMIE KITCHEN』に)のデジタルのほうの編集部だったんですけど、その当時はWebの『MYLOHAS』にはそんなに予算がなかったので、出稼ぎのようにソリューション事業(企業のデジタル・マーケティング支援事業)を手伝うなどして、そこで売上を立てて『MYLOHAS』編集部では自由にやるみたいな働き方でしたね。
じつは入社するまで、『MYLOHAS』のことは全然知らなかったんです(笑)。当時は紙とWebを並行して運営していて、ちょうど私が入った時がWebの編集部が立ち上がるタイミングで、まだ私以外は編集長しかいなかった。
ちょうどインフォバーンとしては過渡期の真っただ中で、入社数年の間にインフォバーンからメディア事業を切り離して「メディアジーン」として分社化したり、分社独立した「株式会社サイゾー」に出版事業を譲渡したりする時期でした。それで、私は『MYLOHAS』編集部員だったので、3年くらいはメディアジーンに所属していました。
「自分の名前が残る仕事」へのこだわりはなかった
──そこからインフォバーンに移ったのは、どういう経緯だったんですか?「関本さんがほしい」と言われたとか、自分でそっちに行きたいと希望を出したとか。
いや、何も自分で手を挙げたりはしないで、「異動です」と言われて「はい、わかりました」と移りました(笑)。異動理由も詳しくは当時の上司から聞かなかったし、いまやわからないですね。
──そうなんですか(笑)。そもそもデジタル・マーケティングに関する仕事自体、まだまだ黎明期ですよね。インフォバーンだけでなく、世間的にもまだ固まっていない仕事に対して、関本さんの中で「こういう仕事をするんだ」というイメージはできましたか?
『MYLOHAS』内でもソリューション事業を並行してやっていたんですよ。異動理由としても、それができる人間を探していたのかもしれません。当時のソリューション事業って、いまと比べるとそれほど高度なことはしてなかったんです。主要な取引先が、ポータルサイトで、そこにコンテンツを納品する仕事が大半でした。
私はそれを『MYLOHAS』編集部時代にも、雑誌と親和性の高いクライアントの場合に受けてやっていて、その延長だと想定していたから、そんなに違和感はなかったですね。まだクライアントと直接に関わる、難易度の高い課題解決型の仕事はほぼなくて、あくまでWeb制作という感じでした。
──もともと編集者として働いてきたところから、ソリューション事業に職務が移ったことで、マインドの変化などはなかったのでしょうか?
私の場合はあまりなかったですね。1社目の出版社でもすでに、デジタルのほうがおもしろいと思っていたくらいなので、いわゆる紙の編集とか、自社メディアに固執するようなことは、もうなかったです。
そもそもインフォバーンに入社した時点では、何をやるかよくわからないで入っているんです(笑)。採用面接でも、「自分の名前が残る仕事と、そうではない仕事と、どっちが好きですか」と聞かれて、「どっちでもいいです」とか、「そんなに自分の名前を残すことに興味ないです」とか言った記憶があります。異動にはそういうのも反映されていたのかもしれませんね。
ただ私だけじゃなくて、当時もそうですし、いまいる社員たちもそうですが、わりとこだわりがないというか(笑)。別に、どこの編集部だろうと、編集部じゃなくても、良い仕事ができればよいみたいなマインドの人が多くて、肩書へのこだわりはない人が多いような気がしますね。
──メディアの仕事とクライアントワークとで、仕事の仕方も変わりそうですが、戸惑うことはありませんでしたか?
クライアントワークかそうじゃないかというより、クライアントと直接に話す機会がいまより少なかったので、クライアントの真意がわからなかったり、伝言ゲームでゴールがわからなくなったり、そういうもどかしさが当初は多かったですね。
──その頃で印象に残っている出来事は何かありますか?
個人的に若手時代で嬉しかったのは、自分が提案した企画が、最後まできちんと通ってそのまま実現した案件ですね。配属されてすぐのことでしたけど、私から提案させてもらえたんです。
航空会社のクレジットカードをプロモーションする案件で、「海外旅行をどう見せるか」という依頼に対して、私が「書籍をもとにした旅」という企画を出したら通ったんです。それは達成感があって、自信の1つになったかなと思います。
──それは前職の『自遊人』で培った仕事とも少しつながる提案ですね。
そうですね。ブックディレクターの幅 允孝さんに本を選定していただきました。でも、すごく大変でしたよ。現地には一切行かずに、海外の旅のスケジュールを本などの資料をもとに作成した上で、政府観光局に連絡して全部裏を取って、という。
予算がすごくあるわけでもなかったので、そういう地道な苦労はしましたけど、私自身が旅行好きでもありましたし、いまでも思い出に残っている仕事です。
「肩書」は仕事をした後についてくるもの
──関本さん自身は、前職も含めた編集者という立ち位置から、いまはアカウントプランナー(企画営業職)の役回りが中心になっていますが、その転身で苦労したことはありますか?
転身という意識もなかったので、そこの苦労というのはあんまり感じませんでしたけど……。逆にいまの立場だと、取材現場などに行かなくなるので、そこの寂しさはありますね。現場に行って、自分が知らない話をどれだけ人から聞けて、いかに刺激を受けるかが、編集者の仕事としていちばんの醍醐味だと感じていたので、それを味わえなくなってしまった寂しさはあります。
ただ、いまはクライアントと密にコミュニケーションを取れるポジションで、そこで取材的な、いまここでしか聞けない話をたくさん聞けるので、似たおもしろさがあります。クライアントとのコミュニケーションが、編集者にとっての取材の代わりになっている気がします。
──とはいえ、コンテンツをつくる役割とクライアントと折衝する役割では、やはり違う面もあると思うんですが、そこも最初からうまくいっていたのでしょうか?
いや、最初の頃は、代理店がつくった資料とかに理解がおよばないことが多かったですね。自分のものになっている感覚がないと言うか、自分の案件だという気持ちが湧きにくかったです。当時は、自分の理解力やスキルが不足していて、その背景まで想像できなかったんですね。そこは場数を踏んで乗り越えていった感じです。
職種としての肩書的な名称はけっこう変わっているのもあって、具体的に「このタイミングでこう変わった」というのは、あんまりないですね。
──「気づいたらアカウントプランナーになっていた」という感覚なんでしょうか?
たぶん、インフォバーンの社員の多くはそうで、その都度、プロジェクトや会社に求められている役割を、誰かに言われなくても自然とやっていたら、いつのまにか肩書がついている、というケースが多いんですよ。
インフォバーンが受ける案件の特色として、明確に分けられない業務が多いんですよね。よく採用面接の時の質問で、「活躍する社員はどんな方ですか」と聞かれるんですけど、「見えない業務を自ら拾いに行くとか、役割を明確にしすぎずに自分で仕事をつくる人が活躍できる会社ですよ」と言っています。
プロジェクトを進めるには「この役割がないとマズいよね」「ここを決めていかなきゃいけないよね」というのをみんなでどんどん投げ合う中で、「じゃあ、今回は私がこれをやりましょう」となるけど、そこに定まった名称はない、みたいに。だからインフォバーンでは、「職域の名称は仕事をした後からついてくる」という感じになっているかもしれません。
──なるほど。それを踏まえた上で、あえての質問なんですが、関本さんが「アカウントプランナー」として活躍できているのは、どんな適正があったからだとご自身で感じますか?
これは誰から言われたことでもない話なんですけど、クライアントが何をしたいのかとか、このプロジェクトがこれでうまくいくかどうかとか、なんとなくわかるんですよね。なかなかうまく言葉にしづらいんですが、言ってしまえば勘が働くんです。
最初にクライアントからオリエンテーションを受けた時に、「このままでは絶対にうまくいかないですよ」とか、「ここはこうしないとうまく回らないですよ」とか、わかるから言っちゃうんですよね。その意見をクライアントの方に評価していただけてきたから、こうして案件になっているのかなと。
──それは、クライアントからお話を聞いた時点で、すぐに完成物が思い描けるところがあるんでしょうか?
そうですね。こういう人が見るなら、こんなコンテンツにするべきだなとか。そのためには、こういう表現が必要だなとか。そういう想像ができないとダメですね。
──それはもしかしたら、コンテンツをつくってきた人ならではの感覚なのかもしれませんね。
そうかもしれないですね。このプロジェクトでこういう成果をめざすなら、絶対にこういう人が必要ですよとか、こういうことをクリアしないとうまく回らなくなりますよとか、私はかなり初期段階で話しちゃいますね。
クライアントと打合せをしている時点で、プロジェクトマネジメントが始まっているイメージですね。提案も始まっているし、案件のイメージも伝えちゃうので、コンペになる前に発注をいただくこともあります。「では、このままインフォバーンさん、お願いします」とおっしゃっていただけることも多いので、ある意味、私の仕事の仕方は効率的で楽ですよ(笑)。
──楽というか、なかなか誰でもできることではないですよ(笑)。クライアントの方にとっても話が早いし、楽な面もあるでしょうね。それは新規のクライアントの方であっても、最初から言うべきことは言うのでしょうか?
言っちゃいますね。その上で、先方が期待していることと、こちらが提案していることとで合わない時は、受けないこともあります。そのためか、正式に受注をしてプロジェクトが進んでからも、想定からまるで違う方向に行くということも、あんまりないですね。
だからこそ、クライアントと長期的にお付き合いができるというのもあります。
マネジメントはメンバーの個性を見極めてこそ
──関本さんはユニット長(IBX部門で4つに分かれているユニットのうちの1つのリーダー)を務めていて、メンバーをアサインする立場でもありますが、そこではどういう判断をしているんでしょうか?
アサインする際にはプロジェクトに対して必要な役割を振るんですが、コンテンツディレクターを〇人というところから踏み込んで、どういうタイプの人が必要かを考えます。その人の得意分野とか、精神力とか、仕事の進め方とか、コミュニケーションの雰囲気とか。単に職域の話から、もう一歩ほしい要素があるんですよね。プロジェクトの特徴と各メンバーの強み、双方を想像してマッチングさせる感じです。
もちろん経験してきた職域も考えますが、その人自身がどういう人かのほうが重要だと思います。言葉は悪いですけど、世の中には人を駒みたいに扱ってアサインする人もいるんですよ。私は「コンテンツディレクター0.3人/月がいま必要で、誰でも良いので入ってください」みたいなアサインの仕方がすごく嫌いで、それだと絶対にうまくいかないんです。
──それはアサインされた人のモチベーションの問題でしょうか?
やる気はみんなある前提で、個人の力量として良い悪いというより、個性ですね。「この案件にはこの個性が必要だ」みたいな感じで……。
──たとえば、「サッカーに関する依頼がありました。Nさんはサッカーに詳しいし、関連する仕事をした経験もあります。適任なのでアサインします」といった話だとわかりやすいんですが、それ以上に深い話をしていそうですね。
それで言うと、クライアントの担当者がどういう人かによって、まずはそれに向き合う人を変えなきゃいけないですね。その案件がどういう道筋で動いていくのかを想像して、それに合うメンバーを考えます。「短期で結果を出してほしい」という依頼なのか、それともすぐに結果は出なくても、粘り強く長く寄り添う必要がある案件なのか。いろいろとありますけど、対クライアント、対プロジェクトにおいて、相性の擦り合わせも大事ですね。
だから、コンテンツディレクター何人とかじゃなくて、個人として顔を浮かべます。そもそも、私は最初にクライアントと話している時から、誰が合うかを考えながら聞いていますね。
だから、「受注しました、さあ誰にしましょう」と考えるのではなくて、「これだったら、あの人とあの人かな」「ここは、この人のほうが向いているかな」などと、クライアントと話している間に頭の中で探ります。
実際に受注を受けた段階ですでに、「このメンバーでいこう」というイメージは、だいたい固まっています。
──そのメンバー一人ひとりの個性はどうやって把握しているんですか?
一緒に仕事をすると自然とわかります。仕事をしたことがない場合は、情報収集をしますね。本人から話を聞いたり、他の人からも話を聞いたり。あと、何をやっている時がいちばん輝いているか、輝いていそうかは、とくに注目します。誰でも、絶対に向いていることをやったほうが良いので。
──でも、意地悪な質問をすると、「個性を重視する」と言っても、「この人はどうもアサインしづらいな」と思ってしまうようなことも出てきたりしませんか?
そういうことを感じたことはないです。ただ、1つあるとしたら、この人が活躍できるのは、うちの会社じゃないなとか、うちの業界じゃないなと思ったことはあります。
その人が悪いとか、インフォバーンが悪いとかじゃなくて、そもそも根本にある業務との相性や本人のめざす方向として、ずっとこのまま働いていても希望をかなえられないというのはあります。その時は言っちゃいましたね、本人にも。
──なるほど。Web制作では、外部のパートナーと協力することもあると思いますが、その協力関係においても同じようなことを考えているんでしょうか?
いまは私が外部パートナーを直接アサインすることはほぼないので、具体的な依頼先は制作現場に任せちゃいますけど、私はパートナーにもしっかりお金を払いたいと考えているので、クライアントへの見積もりでもそこはしっかり提示しています。
ある程度、ちゃんと外部パートナーに支払えるコストも確保しておいたほうが、適切なアサインをできるじゃないですか。どの案件でも、そういう体制にはしたいんですよね。
──そうなると、初期段階からクライアントの方とどれくらい膝を突き合わせて話し合っておけるかは、本当に勝負どころですね。そこで合意が取れないと、いろいろと崩れちゃいますもんね。
そうですね。「これだったら、インフォバーンにこれくらいの金額を払ってもいいかな」と思っていただけるかは重要ですし、もちろんプロジェクトが進んだ後にも「これじゃあ高いな」と思われてもいけないので、きちんと成果を出す必要があります。高いクオリティを出すための体制を取らせていただいて、実際に高いクオリティを出す、出し続けていく、というのが基本線ですね。
そのためにも、先方のRFP(提案依頼書)などに書かれているものだけを提案するのではなく、クライアントが本当にやりたいことを実現するために「こっちのほうが良いですよ」と提案することも多いです。
リスクやコストをきちんと見込んだ見積もりを出して、ちゃんと説明をしたら、クライアントの方にも理解していただけます。そのあたりも織り込んだ上で、チームをつくったり、フローを考えたりしています。
プライベートを犠牲に“しない”働き方をするために
──関本さんはプライベートでもよく旅行したり、音楽ライブに足しげく通ったり、活発に活動しているイメージがありますが、ワークライフバランスについてはどう捉えていますか?
そこは、人それぞれでいいのかなという気はしますね。別に、絶対にプライベートを充実させないとマズいとも思わないので。人によってとか、そのときどきに応じて、みんなが働きたいように働いて、休める時に休めたらそれでよいのかなと思います。志向も人によってさまざまですからね。
過去には私にも、とにかく忙しい時代はありましたけど、いまは働きづめという感じは全然しないですね。しかも、いまは私が長時間労働などへのリスクケアをできる立場なので、最初からそうはならないように仕切っています。私自身もホワイトな働き方をしたいし、全員ホワイトでいてほしいんですよね。
──インフォバーンはフレックスタイム制かつリモートワーク可という労働環境ですが、働き方の面で部下の方に話していることなどはありますか?
そこはとくに何も話していなくて、「出社しろ」とかも言ってないですね。とくに出社する必要がなければ、私は出社してもしなくても良い派なんですけど……周りに同僚がいないことが不安だな、もっと対面で気軽に相談したいなと思っている人も中にはいると思うので、そういう人のケアをどうしようかなとは思いますね。
たとえ同じ年次、同じ年齢でも、そのあたりの考え方は人によって違うじゃないですか。いつも対面で話したい、人がいないと寂しいという人と、自由に動けて良いという人と、けっこう違うので、そのあたりの調整は難しいなと感じています。
──関本さん自身の話で、「この日、出社してください」「えっ、その時間はライブがあるのに!」みたいなことはないですか?
「仕事によってプライベートを犠牲にした」みたいなことはあんまりないですね。それで言うと、私はコロナ禍関係なく、ずっとそういう働き方をしてきたので。
コロナ禍前はいま以上に、対面の打ち合わせがあったじゃないですか。それで同僚とクライアントの打ち合わせをする際にも、「ごめん、その日はライブの動員がヤバいらしくて……出番が17時からなんだけど、なんとかなりますか?」「よし、間に合うようにセッティングしましょう!」って対応してくれて、無事にライブに滑り込む、みたいなことはありました(笑)。
仕事の刺激も人間関係も、インフォバーンはバランスが“ほどよい”
──関本さんは在籍16年ということですが、長くインフォバーンに在籍し続けている要因はなんでしょうか。
私は、大小問わず変化があるというのが大きいかなと思っていますね。デジタル環境の変化のように外的な変化に応じて、インフォバーンは変化する必要がある会社なので、常に刺激があるんですよ。
あと、社内の人間関係の距離感がほどよいんですよね。「ほどよい関係」というのが重要で、遠すぎないしあまり接近しすぎないというのが、私にとって快適でした。
──インフォバーンは強制参加のなんとかイベントみたいなものもありませんし、放置してほしければ放置してもらえる良さはありますよね。
そこでいくと、かなり昔に1回だけ会社を辞めたいなと思ったことがあって(笑)。全員参加のカラオケ大会があったんです。私、本当にカラオケはどうしても苦手で、「嫌だ、強制だったら辞めてやる!」と思ったんですけど、普通に有休を使えたので辞めずに済みました(笑)。
──この16年で社員の顔ぶれ、キャラクター性として、変わったことはありますか?
どちらかというと変わらない要素のほうがインフォバーンは強い気がします。手前みそではあるんですけど、いつの時期でもいい人が多いというか、悪い人がいないというか。純粋に気を使わないで、かつおもしろい人がずっといるのがインフォバーンかなという気がしていて、そこが企業カルチャー面での魅力かなと。
──メディア企業とか事業会社とかに転職する方も過去にはいたと思うんですけど、そういうクライアントワークとは違うことをやりたいと思ったことはないですか?
私はあんまりないですね。事業会社に行くとなると、どうしても業界とか業種とか限定されるじゃないですか。私はどこかに絞ってやりたいわけではないし、自社メディアは自社メディアで縛りがあったりするし、自分にビジョンがないとキツいじゃないですか。
その点、インフォバーンでしているクライアントワークは、私にとってよい温度感なんですよね。ほどよく課題が依頼として来つつ、ほどよくこちらに自由度があるみたいな、バランスがとてもよいんです。
──カルチャーとしては変わらない印象のほうが強いというお話がありましたけど、そんなインフォバーンのコアってなんだと思いますか?
なんでしょうね。よい意味でこだわりがない感じはありますね。言い方を換えれば柔軟。私も大してこだわりがなくて、来たものを楽しめるタイプなので。もしかしたら、インフォバーン全体にそれはずっとあるものなのかもしれない。
──「自分は飽きっぽいです」と言う社員が多い印象があって、それは好奇心の旺盛さの裏返しという気がしますが、関本さん自身はどうでしょうか?
私は飽きっぽくはない気がしますけど……これは編集者はだいたいそうだと思いますが、1個のお題とかテーマに対して、おもしろがって飛びつけるというのはありますよね。知らない業界のほうがおもしろそうとか、やっていないことを試してみたいとか、知らないことを人から聞けるのはおもしろいとか、それは取材でも根幹だったりします。
知識がたまったり、普段の生活では見られない情報やシーンが見られたりすることに、おもしろみを感じられる人が多いのではないでしょうか。
──それは職種に関係なく、インフォバーンはそういう人だとハマりそうだと思いますか?
そう思いますね。いろんな業界、業種のプロジェクトがあるので。「これしか楽しめないです」「これしかやりたくないです」みたいな人だと、こっちで案件をコントロールできない部分も多いので、キツいですよね。
逆に楽しめずにこなせちゃっても、おもしろくないじゃないですか。ただのライスワークになっちゃうし、ただ捌いている感じで楽しめないと、おもしろい企画って出てこないんですよ。そこは大切なところなので、そんな中で「楽しめる」というマインドを持っていないとキツいですよね。
──関本さんはジムでの筋トレなども何年も続けているじゃないですか。パッとおもしろいものに飛びつける面がありつつ、継続性もある方なのが不思議で。何かコツはあるんでしょうか?
なんでも継続性があるわけじゃなくて、自分に合っているものがわかっているんですよ。運動で言うと、スタジオレッスンとかは得意じゃないのがわかっているので、やらないですね。
毎週この日のこの時間固定、みたいなのはあんまり得意じゃなくて、自分で予定を組めないものとか、人と一緒に何かをやるというのは好きじゃない。スタジオレッスンってそうじゃないですか。私には、黙々と1人でやれる筋トレが合っているんです。
▲スポーツジム「コナミスポーツクラブ渋谷」の前で撮影。旅先でもジムに通っているそうで、ふだんは主に「ゴールドジム」を愛用している
──確かに、自分でコントロールできると続けやすいですよね。それこそストレスなくというか。
そうなんですよね。だから、若手のうちは難しいと思いますけど、仕事でもプライベートでも、いかに自分でコントロールできるようにするかが充実につながると思いますね。ストレスを減らして充実度を高めるみたいに。
そのためにいかにコントロールできるようにするかを考えると、仕事の上ではある程度、予算とかスケジュールとかにバッファを持つ状況を整えられれば、やっぱり心の安定にもつながるし、クオリティの安定にもつながるかなと思っています。
──では最後に、ぜひこういう方にIBXに来てほしいというメッセージがあれば、教えてください。
IBXはクライアントワークなんですけど、その中でも自己実現しやすいクライアントワークかなという気がしていて、それをうまく楽しめる人に入ってもらえるといいなと思います。
「課題解決にも意欲があるけど、自分がやりたいことも織り込んで提案したい」というような、バランスがある人がすごく向いていると思います。裁量の部分と、クライアントワークの部分と、インフォバーンはかなりバランスがよいんですよね。
依頼を受けてあらかじめやることがガチガチに決まっていてもつらいし、とはいえゼロベースで真っ白なものを与えられてもキツいじゃないですか。そのほどよい課題設定と、ほどよい自由度のバランスが、非常によい会社だと個人的には思っています。そこを楽しめそうな方にぜひ来てほしいです!
※ 記載内容は2024年2月時点のものです
