運命を変えたのは学連だった──IT×組織デザインに目覚めた学生時代

僕は、父親が体育の教師をしていたこともあり、幼少期はスポーツをしていることが多かったです。スキーや陸上、高校からは硬式テニスもしていて、スキーはその中でも得意で、ほぼ毎週スキー場に連れていかれていましたね。ただ、体が強いわけでもなく、正直家でゲームや工作をしているほうが好きでした(笑)。

一方で母親は、絵や裁縫などアートを得意としていました。自分も中学から音楽をやり始めたので、そういった部分は母親に似たんだと思います。

小学校のクラスでは、毎年学芸会でオリジナルの演劇に力を入れていて、2、3年連続で主役をやった経験があります。どちらかというとインドア派な性格ではあったのですが、なんとなく、勇気を出して立候補した瞬間だったと記憶していて、このころから一度やると決めたら一直線に突き進むようになった気がします。

父親からは同じ体育教諭の道を目指すことを期待されていたと思うのですが、進路の検討の時期に「本当に自分は先生になりたいのか」と悩むようになりながらも、日体大に進学しました。

少年ながら色々な想いが錯綜した中決めた進路でしたが、そこで決定的に良い出会いがありました。インカレや体育会のテニス部の大会を統括運営する、関東学生テニス連盟(以下、学連)で、その運営が想像以上に面白かったんです。

各大学から数名ずつ選出されたメンバーで横断的に組織された団体で、僕は「IT」という役割で4000人分の参加者のトーナメント表をつくったり、大会用のWebページを作成したりしました。先輩の見よう見まねでHTMLタグを覚えて、Webページをつくっていくことがとても楽しかったです。

当時の技術はまだ拙いながら、学連と出会ったことで、ITを使いながらの組織運営や仕組みづくりの魅力に気付いたんです。また、いろんな特色を持った各大学の人たちと交流するのが刺激的でした。

大学では無事教員免許を取得しましたが、就職する方針を決意しました。就職活動では大手企業からも内定をいただきましたが、ベンチャー企業の方が自分に向いていると思い、当時まだ従業員数も20名前後だったレバレジーズ株式会社に、お世話になることになりました。

僕はさっそくインターンとして業務に就かせてもらい、SES事業の営業を担当していました。このころは技術やWebサービスの変化がダイナミックな上に、リーマン・ショックが起こるなど激動の時代でした。

しかし、そんな環境でもエンジニア職の成長や幸福につながるような案件を提案したい、顧客からも安心して仕事を任せていただける関係性をつくりたいと思い、社内外にとらわれないエンジニアのカウンセリング部門を新設させてもらうなど、新しいチャレンジをさせてもらっていました。

ちまたで使われているエンジニア向けの「青いスキルシート」があるのですが、実はこれ僕がつくったものが汎用されているんです。あれ俺詐欺みたいですが(笑)。

これは学生時代の中で経験してきた「仕組み化」という意識が役立っていて、標準化していったものが世の中に浸透・拡大していくことがとても嬉しかったです。

しかしながら、今なおスキルシートが世の中に残っているのは、実は僕だけの力ではなく、そのシートをメンテナンスして保守していたメンバーが周りにいてくれたからだと、しばらく経ってから気付きました。僕は立ち上げ初期の構想や、勢い良く進めていくことは得意なのですが、一回しして守っていくことや、伝えていくことまではできないんです。

ゆめみの中でも、立案して仕掛けをつくり実績につながった後は、同じ部署のメンバーである大塚に守ってもらうスタイルをとっていますが、そうした役割分担を意識するようになった原体験です。自分の役割と周りの役割を理解し、それぞれの強みを生かして分担すること、そしてその関係性の重要さに気付けた経験でしたね。

「個性と自主性」が入社の決め手。ゆめみで得た“やりがい“とは

ゆめみに入社した経緯ですが、実は前職の営業先だったんです。ゆめみ設立10周年のときに、人事の松田から10周年記念パーティーに誘われたことが志望したきっかけでした。

実はゆめみの担当になって初めて会社に行ったときから、「いつかこんな会社で働きたいな」って思っていました。大学時代ITに関わっていたときから、Web開発ベンチャーで、自らがプロジェクト内で働きたいという想いがどこかにずっとあったのですが、ゆめみにはプロジェクトメンバーの魅力が強い印象でした。

ゆめみの社員は個性と主体性が強いんです。エンジニアの方々は、決して我が強いわけではなく協調性もあるのですが、一人ひとりのキャラが立っていて、訪問したときにも気さくに話してくれる方が多かったです。

何より仕事の話を聞くと目をキラキラさせながら語りだすところが印象に残っています。経営方針としてトップダウンという雰囲気もなく、やりがいを持って、自分の意思で働いているように見えました。

セールスとして入社したあと、さまざまなプロジェクトに携わり、ディレクターやPM業務にも幅を広げていきました。キャリアのキャンペーンや、飲料メーカーサイト、 小売企業公式アプリ開発、飲食店ポータル予約システムなど、たくさんの案件に携わりましたね。

あえて経験を積むために、人数が足りないところに自ら入ってセールスの枠を越えて仕事をするということも多く、楽しく多忙な毎日を送っていました(笑)。

前職は人材系事業であったため、人材の価値や可能性を最大限引き出してプロジェクトを仲介するお仕事だったのですが、顧客企業と一緒に自分自身がサービス開発に関わり価値を創っていくことがとても楽しく、大変さよりもやりがいの方が大きかったです。

今振り返ってみると、当時のゆめみは半ヒエラルキー型の組織であったため徐々にマネジメントも担当するようになったのですが、最初は理想の動き方とのギャップに苦労しました。自分の考えているシナリオ通りに進まず、やきもきしてしまうことも多くて……

こと細かにプロセスを描いて長いメールを書いたり、あえて放置してみたりと各メンバーの特徴を捉えたコミュニケーションを、悩みながらも心がけるようにしていきました。

多動と一点突破の僕がチャレンジ取締役で培ったバランス感覚と視座

そして2016年に、チャレンジ取締役になりました。「取締役」という肩書をつけることによって視座が上がり、成長することができるのではないか?という思想のもと始まった制度であり、社内外からの見られ方が変わるといった仕組みなんです。

実際に取締役という立場になると、それまでより顧客の上層部の方々と話す機会や、事業などに対してより深い話を聞ける機会が増えました。当時推進しようとしていたマーケティング領域の強化や新規サービスに関する登壇など、さまざまなことにチャレンジしましたね。

当時の僕の中では、何かに対する危機感や違和感、現状への不満や怒りが大きな原動力になっていて、「このままではだめだ」「こうしないと!」という強い気持ちがエネルギーを生み、解決策に向かう一番のパワーになっていました。

取締役という肩書をもつと、その権威によって細かいプロセスを省きながらパワーを全力で出せるので、上手く使えば良い作用を生むこともあります。しかしパワーが強すぎると相手の事情を考慮せずに推し進めることになってしまうので、人間関係や利害調整には失敗もたくさんしましたし、相手への尊敬や傾聴、バランスが必要である事を学びました。

僕は、良くも悪くも結局は一直線なんだと思います。普段は色んなことに興味を持って多動なのですが、ここだって思ったらのめり込んでしまうんです。当時は社内を散歩しながら、色んな人に声をかけて課題を探していたのですが、困っている人を見つかけると「助けねばいかん!」と一直線になるタイプでした。

困っている声を無視できない正義感は父親に似たのかもしれません。「正しくないといけない」という想いを、教師でもある父の背中から感じていましたからね。

チャレンジ取締役の2年の任期の間で、大手広告代理店への半出向も経験しました。その会社では鉄道広告、テレビ広告や新聞広告といったあらゆるチャネルのマーケティングをしていました。

また近年ではデジタルマーケティングのシステム活用にも力を入れており、そこで見た世界はそれまで見たものよりもすごく大きくて、日本の経済ができる過程を生で感じた、そんな体験をしたんです。

この経験から得た新しい視点や視座が、取締役再任にも影響したのかもしれません。

「人の個性」で組織力を最大化する──ゆめみ拡大を見据えた取締役の想いとは

ゆめみの長所は、「何でも屋」である点です。デジタルにおける技術力は客観的に見ても高く、一般的な開発会社に比べて長い目線で設計でき、トラブルにも対応できるカバー力も備わっています。決まったパターンではなく、オーダーメイドのようにお客様に合わせた体験を提供できるんです。ただ何でも屋だからこそ、何をしているのか伝わりづらく、課題でもあると感じます。

ゆめみでは、お客様のパートナーとして並走する、視座を一緒にするということを意識しています。これを「BnB2C(B and B to C)」と呼んでいます。呼称前からこの考えはひそかに継承されてきていたものだと思っていて、それを体現してきた人がいたから、僕もゆめみに惹かれたんだと感じています。

今後は、もっとゆめみの認知を上げていきたいです。大手の飲食O2Oサービスや、オムニチャネル基盤アプリの立ち上げに携わったことがフックとなり、小売・飲食業界やモバイル業界からの知名度は高いんですが、金融や不動産といった、日本経済の既存産業の分野ではまだまだ知られていなくて…。そこを改善・強化していきたいと思っています。

いずれは「あの有名な●●って、ゆめみがつくっているんだ」と言われるような世界にしていきたいです。そして、働いている社員が家族や友人に誇れるような、そんな会社にしていきたいです。2020年現在は新型コロナウイルスの影響もあり、伝統産業もデジタル化が進んでいる状況ですし、そこを強みに生かせたらと思っています。

現在会社の規模を拡大しようとしていて、社員を250人から1000人に増やす方針です。それを最大限生かすためには、自分のこれまでのキャリアで学習した「それぞれの個性と役割を生かす」ことを大事にしたいと思っています。自分よりも得意な人がやった方が良いと思ったら、どんどん仕事を任せていきたいし、そうすることで僕自身も新たな強みが見つかると思うんです。

そういう関係性を内部だけでなく顧客企業ともつくっていけたらと思っていますね。互いの役割を生かして、よりゆめみの良さを知っていただけるよう尽力していきたいです。