きっかけはダンスとの出会い。自己表現の場所を見出す
埼玉県に生まれた畑澤。幼少期は引っ込み思案な性格だったと話します。
「幼いころは大人の顔色を窺って行動したり、周りに気を遣ったりして自分のことを話すのがあまり得意じゃない性格でしたね。そんな私が当時、自己表現できる場所が『ダンス』だったんです。母の親戚のバレエ教室に誘われて始めたのがきっかけでした。年に2、3回コンクールにも出場したりして、その後高校卒業まで続けていました」
幼少期から続けてきた畑澤とっての「ダンス」とは一体何か。それをあらためて考えるため、畑澤は舞踊専攻の学科がある大学への進学を決意します。
大学では「バレエ」から「コンテンポラリーダンス」という、型にハマらず自己表現をするジャンルへとチェンジした畑澤。学ぶ中で「ダンス」への気持ちの答えが出たと言います。
「純粋に踊ることが好きだなとわかりました。それと同時に、ダンスは好きだし、楽しいけど『好きなことは好きなこと』として置いておきたい。仕事は別のことに挑戦してみたいと感じました」
海外で見つけた就職活動の軸──キーワードは「空間・時間・人」
ダンス以外にも学生生活でもう一つチャレンジし続けてきたことがあります。「旅」が趣味で大好きだと語る畑澤。初めての海外は、自分自身の性格が大きく変化するきっかけになりました。
「初めての海外は、中学2年生でホームステイに行ったオーストラリアです。そこで『海外っておもしろい!楽しい!こんな広い世界があるんだ!』ということを知り、海外交流への興味が湧きました。私の引っ込み思案だった性格が活発に変わったきっかけの一つだったと思います」
さまざまな場所を旅してきた中で、彼女にとって大きなターニングポイントになった出来事がありました。
「大学3年生のときに、フィリピンのカオハガン島にホームステイに行ったんです。当時、大学でダンスをがっつり学んで、バイトもしてヘトヘトでした。なので『単純に南の島に行って癒されたいな』って思って参加しました(笑)。実際に島に訪れると日本とは違う生活に驚きの連続でしたね」
約2週間の滞在期間、島民ともコミュニケーションを通して交流を深めていった畑澤。その中で彼女は同年代の男性に一つ質問をしました。
「Are you happy?」
この質問に対して男性は「Off course!」とキラキラした眼で答えた後、こう続けたと言います。
「『僕はこの島が大好き!ここで暮らす家族やみんなのことも心から愛しているし、とても幸せだよ!』真っ直ぐそう答えてくれました。その島は世界と比べて経済的には発展していませんが、曇りなき眼でそう答えた彼にとても驚きました。『豊かさ』の基準が、私が思っているものと違うことを知りました。その反対に私は普段の日本の生活で不平不満をこぼしたりして。そんなことをしている自分って一体なんだろうって比べて考え直したりしました。
それと同時に日本への見方も変化していきました。日本人って勤勉だし、真面目だし、安全な国で綺麗な場所もいっぱいあって。そんな素晴らしい国で普段生活をしている私たちがその良さを感じられてないのがすごくもったいないことをしていると感じました」
帰国後、就職活動の時期に差し掛かります。このフィリピンでの経験が畑澤の就職活動の軸を作り出します。
「日本にいる私たちが海外に目を向けるのではなく、今ここにいる空間、時間、それを共有している人、そして自分を大事にすること。それができれば一人ひとりが幸せになっていき、全体の豊かさに繋がるんじゃないかと思うようになりました。そこで企業で絞るのではなく『空間・時間・人』というキーワードを軸に仕事を探し始めました」
そして畑澤は「航空会社の客室乗務員」への就職を決断します。
「何度も海外に行く中、航空会社で働く人って『すごくワクワクする仕事だな』という印象でした。とくに客室乗務員は、目的地に着くまで『幸せな時間』を提供する仕事だなって。私はその仕事でさらに到着した後もお客様が『少しでもポジティブになれる』お手伝いがしたいと思って航空会社への就職を決めました」
畑澤は客室乗務員として3年間勤務し、自分がやり切れたと思うタイミングで退職を決意。自身の挑戦したいことに向かって新しいスタートを切る決断をしました。
夢の実現へと再出発。学びたいことがここにあった
「航空会社を退職した後は、やりたいと思った仕事に挑戦しました。おしゃれな場所で働きたいなと思ってカフェで働いてみたり、派遣会社で働いたりしました。その後、知り合いの紹介でIT企業に初めて事務職として就職しました」
しかし次第に「人と接する仕事をしたい」という気持ちが強くなっていったと言います。それと同時に大学時代からぼんやり思っていた「夢」の存在が畑澤の中で大きくなっていきます。
「実は、将来ゲストハウスを開くのが夢なんです。大学時代に旅をしていたとき、よくゲストハウスに泊まっていました。ゲストハウスってそのときに初めて出会ったばかりの人たちとまるで家族みたいに接するんですよ。『おかえり』『ただいま』ってみんなで言い合って、その空間がすごく心地よくて。
ゲストハウスの中で小さい『レストラン&バー』をやりたいなと考えているので、飲食業界で経営・運営についてしっかり学ぶため、新たに転職活動をスタートさせました」
自分の夢を実現するために再出発をした畑澤。そこで出会ったのがウェルカムのARH(レストラン事業)グループです。
「当時、ウェルカム以外にも他の会社からもいくつか内定をいただいていました。その中でウェルカムに決めた理由が2つあります。
1つめは社風です。面談をした社員2人が下の名前で呼び合っていたのが印象的で。会社の風通しの良さが伝わってきました。ここは社員同士の『コミュニケーション』がちゃんと取れていて、上司部下とか関係なく距離感が近くていいなと感じました。
2つめは、飲食だけではない他の事業も展開していたところです。インテリアや空間デザインなど、ライフスタイルという大きな枠で事業を行っていて、ここであれば飲食以外のいろんな角度からも経験できる場所だと思いました」
そして2022年3月ウェルカムに入社し、ARHグループ(レストラン事業)で新たなキャリアをスタートした畑澤。
最初に「GOOD CHEESE GOOD PIZZA渋谷店」で勤務した後、「Dongxi」への異動が決定します。
「Dongxiではホールスタッフ業務だけではなく、販促関連も担当していました。飲食業界で初めて正社員として働いたので、最初の半年は悩んだ時期もありました。忙しかったこともあり同じ店舗のメンバーとしっかりコミュニケーション取るのも中々難しい状況でした。
常に社員として自分に当てられた仕事の中で『自分には何ができるのか』自問自答を続けていました。ずっと悩んで葛藤したりして大変な想いをしたけれど、それを経験したからこそ今の自分があると思います」
どんな壁にぶつかっても常に自分と向き合い、決して足を止めずに前へ進んできた畑澤。DongxiがリニューアルされるタイミングでARHグループ統括の後藤から「RIVIVE KITCHEN TRHEEのマネージャーにならないか」と声をかけられます。
異動の話を受けた畑澤は、二つ返事で「チャレンジさせてください」と返事をしました。彼女の新たな挑戦がスタートします。
マネージャーになっても変わらぬ想い
REVIVE KITCHEN TRHEEへマネージャーとして異動した畑澤。「地産地消」、「身土不二(からだと土地は一つにつながっている)」というコンセプトのレストランで、いままで働いていた環境とは一味違うお店でマネジメントのキャリアがスタートします。
「お店のメンバーはもちろん、お店の雰囲気やコンセプトもガラッと変わり、いままでよりもさらに自分自身の食事に気を配るお客様が多くご来店してくださいます。これまでヴィーガン料理のお店で働いたことがなかったので、仲間やお客様にも教えてもらいながら、慣れるまでは知識を吸収することに時間を使いました。日々、新しい情報が更新されるのでそのたびにメンバーと話し合って次のアクションにつなげるようにしています」
マネージャーに着任して2カ月、畑澤は心境の変化について次のように話します。
「数字をより意識してみるようになりました。自分のこの一言、一歩で変わるんだと思って行動しています。マネージャーになって事務作業は増えましたけど、その他の接客に関しての気持ちは変わっていません。ヴィーガンのお店って都内にはあまりまだあまりないんですよ。その限られた中で当店を選んで来てくださるお客さまには感謝の気持ちでいっぱいです。接客でお客さまにはその『感謝の気持ち』が伝わるように心がけています。
食事で人生を一日、また一日と生きる上での楽しさ、幸せに一瞬でも私たちが携わっていることにとてもやりがいを感じますね」
仕事内容の変化はあったが、気持ちの面では変わらないと語る畑澤。ウェルカムで成し遂げたい今後のビジョンがあります。
「2つあります。1つめは、メンバーと家族のようなチームを作ること。お店にとって何よりも欠かせないのはメンバーです。試練があればみんなで乗り越え、嬉しいことは共有したいですし、メンバーがここにいる存在意義を感じてもらえたら一番うれしいです。そのためにメンバーとのコミュニケーションは欠かせません。『さっきの接客良かったよ』『料理の提供スピードいい感じですね!』や些細なことでも伝えるように意識しています。
2つめは、失敗を恐れず挑戦していきたいです。人生は一度きり。マネージャーとしてまだ目に見える成功体験はありません。いいお店を作っていくために、やりたいと思ったことにはフットワーク軽く挑戦し続けます。『すべての経験は財産になる』のでやらずに後悔はしたくありません。また在りたい姿として、マネージャーとしてではなく人として『常に芯のある、柔軟性がある女性』でいたいなと思います。誰かがつらいと感じているときに、その悲しみを受け止められる存在になりたいです」
畑澤のマネージャーとしての道は始まったばかり。運営の責任者となった今でも「心地よい空間づくりへの想い」という彼女の仕事の本質は変わっていません。畑澤がつくり出す空間や彼女自身の活躍に、今後も目が離せません。
※ 記載内容は2023年9月時点のものです

