言い訳はいらない。洋楽シーンの逆風を跳ね返す、覚悟

率直に言えば、複雑な、もどかしい想いがうずまいている。 

ユニバーサル ミュージックで洋楽を担当する川﨑 たみ子は、素朴な胸の内をそんなふうに表現しました。

それは、日本の洋楽リスナーが減っているという事実への言葉。

川﨑 「00年代頃までは、洋楽はいわゆる欧米への憧れの象徴でした。でも、今では邦楽の楽曲にも洋楽のテイストやスタイルが取り入れられた作品も多く、以前ほど「憧れ」という観点では洋楽と邦楽の垣根がなくなっていると感じています。

数年前までは『海外のバンドやアーティストに憧れて音楽活動をはじめた』という第一線で活躍されている邦楽アーティストが多かった。それが最近では、最初のきっかけに洋楽を挙げる方は減り、いわゆる“邦楽育ち”が増えています」

洋楽に接する機会が減ってしまったことで、あまり洋楽そのものが身近に感じられないのではないか、と川﨑は言います。

同じ部署の横井 里沙は、生粋の洋楽好き。本当に洋楽リスナーが減少しているのか疑問に感じ、世代別の調査を実施しました。

横井 「『洋楽しか聴かない』というヘビーリスナーの割合は年代が高いほど多く、若年層になるほどコアなファンは減少するという結果になりました。一方で『洋楽がメインではないけれど多少聴く』というリスナーは、若年層になるほど増加していました。これは、音楽ストリーミングサービスの影響と考えられます。プレイリストに入っていれば、邦楽・洋楽を意識せずに自然に聴けるので。

また、私がマーケティングを担当するビリー・アイリッシュがグラミー賞を受賞した際には、Official髭男dism、King Gnuに次いでビリーの楽曲「bad guy」がストリーミングの楽曲のチャート上位にランクインしました。

つまり、洋楽とひとくくりにしなければ、ちゃんと聴かれているじゃないか、と。だとしたら、聴きたくなるほどのヒットに持って行くところまでは私たちの仕事だと、改めて痛感しましたね」

洋楽は言語が違うこともあり、日本で作品を大きくヒットさせることは難しい、と言われることもあります。

厳しくとも、勝機はある。

そんな想いを原動力として、彼女たちは洋楽部門で「編成」という作品やアーティストのヒットづくりに励んでいます。

魅力ある楽曲を日本でヒットさせるには?

そもそも「編成」とは、いったいどのような仕事なのでしょうか?

川﨑 「邦楽と洋楽で業務内容も異なっていて、ユニバーサル ミュージックの場合、邦楽は『制作』、洋楽は『編成』と呼んでいます。

最も大きな違いは、プランニングでしょうか。海外のアーティストにとって日本はグローバルで展開する国のひとつに過ぎません。邦楽はアーティストの作品の制作段階から、リリースのプランを立て、場合によってはタイアップ先などとも一緒に作品作りを進めることもありますが、洋楽はリリース決定の連絡を受けてから国内でのマーケティングやプロモーションのプランを立てることになります。

どうしてもタイトな準備期間になることが多く、機動的に動いていく必要があります。また最近では、リリースの発表がストリーミング配信の当日にサプライズで発表、というケースも珍しくありません」

川﨑と横井は、それぞれ担当するアーティストを抱え、マネジメントサイド(事務所)や海外のレーベル、販売店とのやり取りなど、幅広いステークホルダーと連携しています。

横井 「アナリティクス全体を取りまとめている担当部門から提供されるデータをベースに、アーティストや作品に合わせたより具体的な営業活動やプロモーションの戦略を立て展開していきます」

川﨑 「洋楽の場合、3つのポイントのバランスが大切だと考えています。それは『日本の市場にフィットする楽曲であること』『海外で既にある程度ヒットしていること』『アーティストが日本向けの稼働に時間を確保してくれること』です。

世界的には英語圏の次にスペイン語圏の人口が多く、ラテンミュージックからヒット作品が多く生まれています。グローバルのトレンドとしてはメインストリームですが、必ずしも日本人のバックボーンにフィットするテイストとは言いきれない。そういった見極めに、先ほどの3つのバランスの重要性を感じます」

海外のアーティストや楽曲の魅力を、日本の市場にも響かせる空気感を演出する。

そのための取り組みとして何ができるか、何をするのかがマーケティングのポイントになるのです。

横井 「アーティストとそのマネジメント、海外のレーベル、そして日本のレーベルである私たちがしっかりと同じ方向を見つめてアクションできた時にヒットが生まれる、と思っています。

日本市場だからって日本のレーベルだけでがんばってもうまくいかないし、日本市場に合わせて楽曲やアーティストのブランディングを壊してしまっては意味がない。ある種のチームプレーのように、ベクトルを合わせて活動していくのが成功の秘訣ですね」

その成功例として横井が特に実感することになったのが、ビリー・アイリッシュだったのです。

成功の光をめざし、全力を尽くす。地道な積み重ねが結実すると信じて

日本では、ビリー・アイリッシュは絶対に売れない──。 

横井が担当することになった当初、誰もその成功を予期してはいませんでした。 

横井 「世界観や楽曲のテイストが日本人には合わない、と言われていました。私は転職したてだったこともあり、あまりそういう先入観はありませんでした。それもあって、ヒットさせるための手立てを純粋に考えられたのかもしれません。

海外のマネジメント、メディアプロモーション担当者、取引先など社内外問わずダメ元でもリクエストを投げ続け、結果的にはしっかりとスクラムを組んでプロモーションを展開できたのが勝因だったと思います。

ヒットを生むには掛け算が必要で、アーティスト、事務所、レーベルのどこかにゼロがあったら叶いません。でも、1以上の価値を掛け合わせれば、ヒットの糸口が見えてくる。それを引き出すのも、やりきるのも、私たちの役割だと自負しています。

振り返れば、何とかビリーにヒットへの道筋をつけようと、あちこち営業へ行きました。アパレル企業や漫画家、官公庁に出向いたこともあります。音楽の仕事という枠を超えた自由さが楽しかったですし、自分自身、セールスパーソンとしての成長にもつながったかな、と」

レディー・ガガ、アリアナ・グランデといった多くの看板アーティストを担当する川﨑にも、忘れられない新人アーティストの思い出がありました。

川﨑 「イギリスのアーティスト、サム・スミスは、作品やアーティスト本人も魅力的なんですが、当時の日本のトレンドとフィットしていなくて。私も含めて正直『これは難しい』と感じていたんです。

日本国内での認知獲得に時間がかかると思い、日本でのデビューを他国よりかなり遅く設定しました。その後、サム・スミスはその年のグラミー賞最多受賞を獲得、6日後に来日スケジュールを組んでいたこともあり、注目度も高まったタイミングでプレミアム・ショーケースを実施、その時はもうお祭り騒ぎでした。

最初、輸入盤のアルバムが数百枚しか売れなかった時から、イギリスのマネジメントやユニバーサル ミュージック グループのロンドンオフィス、サムのイギリスでのライヴなどに直接出向き打ち合わせを重ねて時間をかけて仕込み続け、最終的にはさいたまスーパーアリーナのライブが完売するまでになった。本当に感無量でしたね」

たとえ、データに基づくマーケティングを重ねても、アーティストや担当者の熱意をぶつけ合わせても、ヒットの必勝法なんて存在しません。

時に難しいことも多いですが、日本でも海外アーティストの素晴らしい作品を一人でも多くの人に聴いてもらいたい、という想いを込めて日々の取り組みを積み重ねています。

音楽はいつも人のそばに。ユニバーサル ミュージックで働く醍醐味とは?

ゲームや日用品という異業種でマーケティングを担当していた横井にとって、音楽企業であるユニバーサル ミュージックで働く醍醐味はどんなところにあるのでしょうか?

横井 「やはり、自由度の高さを感じます。音楽はインダストリーニュートラルな商材なので、『これをやってみよう!』と思えば、本当に多方面に売り込みに行けます。アーティストと向き合い、マーケットのリスナーを見つめて、本当に“人”を想う仕事を楽しめています。 

今年から「ドライバーズ・ライセンス」というデビュー曲でマライア・キャリーやBTSの記録を抜いたオリヴィア・ロドリゴという18歳の新人アーティストを担当し始めました。いかに日本国内で楽曲を聴いてもらうか、メディアや企業などにも興味を持ってもらうか……と試行錯誤の日々。彼女の歌唱力や作品の魅力を発信しながらファンを獲得するべく、失敗ばかりしながら(笑)とにかくチャレンジしています」

アーティストやマネジメントする事務所、海外のレーベルなどステークホルダーが多いからこそ、想いをひとつに連携しなければ、なかなか成功にはつながりません。

だからこそ、うまくいった時の達成感は、他の仕事よりもはるかに大きい、と横井は実感しています。

一方、川﨑は「やっぱり、音楽に携わる仕事の喜びはライブ」と答えます。

川﨑 「今はコロナ禍もあり、なかなかリアルでのライブが難しい状況ですが、ライブ会場で、自分がかかわった作品でお客様の楽しそうな笑顔を見ることができるのが、この仕事の醍醐味のひとつだと思います。マーケティングの面でも、お客様のリアルな表情やお声を知るのは非常に有用です。音楽の仕事は、リスナーに届いてこそ意味があると思うので。

10年間、音楽の仕事に携わってきて、大変なこともいっぱいありましたが、担当したアーティストの来日公演のたびに『やっぱりこの仕事をしていてよかった』と、感じますね」

そして、ふたり揃って言うのは「答えが見えないからこそ、いろんなボールを投げて、どんどん新しい試みを重ねていくのが大事」ということ。

川﨑 「10代のアーティストだから10代にヒットする、アメリカでヒットしているから日本でもヒットする、なんて一筋縄にはいきません。楽曲のジャンルが変わればマーケティング手法も変えるべきで、仮説検証を手探りで繰り返していきます」

横井 「今後はより一層『売り方』が勝負を決める比率が高くなる時代になると思います。市場全体を俯瞰しつつ、マーケティングとしてデータを見る力、売り込んでいく営業力が備わってこそ、音楽を届けることができる。そんなスタンスで、がんばっていきたいですね」

全世界を見据えてすばらしい音楽を見つけ出し、日本でヒットさせていく──

そのための挑戦が、終わることはありません。