自動車既存メーカーに対するネガティブな報道から見出した可能性

▲トヨタ自動車 電動パワトレ制御機能開発部 北尾 明大

大学では電気電子工学を専攻していました。研究室では、光通信をシリコンの半導体上で実現する“シリコンフォトニクス”に応用するための、光学半導体材料の研究をしていました。正直、当時は明確にやりたいことはなかったんです。なので、「自分の知らない知識を得て、そこから新しい技術を生み出すための基礎作り」ができそうな研究室を選びました。

就職活動の時期には、今後世の中はどう変わっていくか分からないので、どうせなら変化の大きい業界に行ったほうが面白いし、その方が大きく世界を変えることができるのではと思っていました。当時から自動車業界はIT企業や電気メーカーの参入発表があり、既存メーカーの将来を危惧する内容の報道が多々ありました。でも少し発想を変えてみると、「それだけ自動車の可能性が大きいということではないか?」と思ったんです。多くのスタートアップ企業や業種がビジネスチャンスを狙って参入してくるということは、自動車業界がそのほかの産業を巻き込んで世界を大きく変える業界に違いないし、わくわくする業界だと思いました。

さらに欲張りをいうと、「エネルギーや環境問題のような社会貢献に直結するような製品」、かつ「人々の喜びや楽しみを与えるエンターテイメント要素のある製品」に携わりたいと考えていました。人々の生活を陰から支えるだけでなく、手に取ったり見たりしたお客様にわくわく、ドキドキしてもらえるような製品を世の中に出していきたいと思っていたんです。

クルマは「働くクルマ」のような物流や人の移動を支える社会生活に必要不可欠な一面があります。世界中の過酷な環境を走り抜き、人々にモノや移動の自由を提供するという役割です。こういうタフで泥臭い一面を持つ一方で、「愛車」のように所有する喜びや家族、友達との思い出などを提供する一面もあると思います。こういった両方の視点から、世の中に貢献できるエンジニアにとっては贅沢な製品だと思ったのも自動車業界を志望した理由です。

幅広い知識を要する業務に悩む日も、知識のつながりが成長につながる

トヨタ自動車へ入社後は、電動パワートレーンのシステム設計部署に配属されました。車両企画で決められた燃費や加速性能、法規などの目標値を満足するため、エンジン・電池・PCU・モータなどのユニットの仕様を決める業務を担当する部署です。どちらかというとハードウェアの設計に近い部署です。

システム全体として目標性能を満足するために全ユニットの仕様を決めていく仕事でしたので、業務範囲が広く、必要とされる知識の幅もかなり広くなります。さらに、同じグループでHVからPHV、EV、さらには皆さまには内緒のシステムも検討していたので、数多くのシステムについて学ぶ必要がありました。

その中でこれまでかなり幅広い多くの業務を経験させていただきました。初めて担当していた業務は動力性能です。法規制を守るために、エンジン回転数がどこまで吹き上がるのかをシミュレーションで予測する業務です。その後、ドライバーの「運転していて気持ちいい」という官能を統計学に基づいて数値化し、制御目標値に落とし込む業務を担当しました。他にも、自動運転や車内で快適に過ごすための装備が増えてくるので、その電力を維持し続けるための電源システムの検討。燃費・動力・振動やショックの3つの背反する性能を、どうバランスを取ってハード・ソフトの目標を決めていくか検討する業務なども担当していました。

当時は幅が広すぎて、どの知識も自分の中でつながりを見いだせずに、毎回全く知識のない状態からのスタートでした。仕事もうまく進められず、自分の知識量のなさと専門性について悩んでいましたね。寮に帰るバスの中では同期とため息の嵐でしたが、みんなそれぞれ悩みを抱えていたので、今は戦友のような関係です。

少しつながりが見いだせるようになってきたのは、社内研修の一環で1年間ほど北米勤務を経験させていただいた時からです。現地では、北米OEMの電動車両の燃費や動力性能に関する技術調査を行っていました。北米でもパワトレシステムをハードとソフトの両方の面から調査する必要があり、北米サイドのパワートレーン全部署の調査を統括する担当を任せていただきました。

日本と北米の開発陣が気にしている項目をすべて網羅し、「最終的に車両としての性能はどうなるか」、「それぞれのユニットの性能がどう紐づいているのか」が自分の中で整理ができた時に、これまでバラバラに思えた業務が少しつながった気がしました。また、これまでの経験を生かして、電動車の燃費解析手法について提案もでき、少しずつではありますが技術屋として成長できているような実感を持てたように思います。一緒に悩んでいた同期の仲間たちも、今ではバリバリ仕事をしています。

トヨタのパワトレが持つ強みと課題、今までの悩みが開発に生きている

2020年現在では、電動パワトレ制御機能開発部コネクティッド新価値創造室パワトレ基盤制御開発グループに所属しています。名前は長すぎて最近ようやく覚えました(笑)。

トヨタが持つパワートレーンのバリエーションの数は世界でもトップレベルではないかと思います。ガソリン車・HV・PHV・EV・FCV。ガソリン車も細かく見るとAT・CVT・MT。HV・PHV・EVも今後新しいシステムが発表されるかもしれません。それぞれのシステムでメリット・デメリットが異なります。

これはほかのOEMにない大きな強みだと思います。トヨタはその国や道路環境、クルマの使い方、エネルギー事情に合わせて最適なシステムを提供することができます。ただ、これがソフトウェアファーストを実現するには少し課題があるんです。

現状、自動運転のアプリケーションが一つ追加されると、パワートレーンの制御にも変更が必要な構造となっています。これだけ多くの種類のパワートレーンに対して、アプリケーションが動作を確認して、制御の変更をするのは非現実的です。また、パワートレーン側もアプリケーションに問題がないか確認する必要があります。そこでお互い影響されず、独自で開発・進化できるような制御構造や仕組みを作ることが今の業務のミッションです。

このミッションでは、アプリケーションがパワートレーンのバリエーションを意識しなくても良いようにする必要があるので、全パワートレーンのことを意識して開発を進める必要があります。それには今まで多くのパワートレーンのシステムに携わってきた経験が生かされています。今までの悩みが強みに変わって生かされていると思うと、過去の苦労が無駄ではなかったと本当に実感していますね。

将来のビジョンとしては、まずは今やっている制御構造をやりきることです。その結果、パワートレーンを意識しなくても良くなれば、自動運転やエネルギー最適化のためのアプリケーションがサクサク追加できるような世界ができるんです。その後は自分で作った制御構造の上に、自分で作った新しいアプリケーションを追加していき、インフラやエネルギー、物流もまとめて世界を変えていきたいと思っています。バックグラウンドがパワートレーンなので、その知見を活かしたアプリケーションを考えていきたいと思います。

トヨタの成長できる環境の中で、モビリティカンパニーの未来を見据える

北米での勤務中に北米市場の動向や他社の将来戦略を毎日チェックしていましたが、本当に業界の動きは早く、検討されている取り組みも多種多様です。クルマの垣根を飛び越えて、インフラや物流、エネルギーを含めてつながる仕組みが急ピッチで進んでいます。

自分は、そしてトヨタは、その中でクルマの中に限られた部分に注力してやっていくことに不安感を感じていました。そして帰国後、「Woven City」のコンセプトがCESで発表されました。発表当初はあいまいなイメージしかわからなかったですが、ソフトウェアファーストの考えや今の会社の動きの中で、自分自身もそれが具体的にイメージできるようになってきました。この数か月で一気に「モビリティカンパニーとは何か」、「自分はその中で何をしていくべきか」が見えてきたように思います。

人やモノに関わる移動すべてに対する新しい世界を、技術によって具体化し、幸せの量産につなげたいという思いを持ったエンジニアには最高の舞台ではないかと思います。

トヨタの社員手帳の一番初めのページに2つの言葉が記されています。「人間力」と「専門性」です。仕事をする上では本当に多くの人の協力が必要です。今の業務でもカンパニー内外の多くの人に教えていただき、相談しながら進めています。

お互いが気持ちよく仕事をするには、仕事に対する姿勢や感謝の気持ち、Youの視点に立つことが大切だと感じます。特に若手は技術力が弱いので、「技術に関して理解が浅いけど、頑張ってるし教えてやるか」と思ってもらえるように心がけているんです。そう思ってもらうためにも、協力いただいた人達に報いるためにも、コツコツ専門性を磨き上げる努力を心がけています。

幸いにも、トヨタは前のめりで失敗してこけた人には優しい文化だと思います。私も数々の失敗をしましたが、上司の方々は人間力も専門性も含めて成長を見守ってくれていると感じますね。同じ失敗は2度と繰り返さないように、常に前のめりに、自分の意思をもって行動する支えとなっていますし、本当に感謝しています。