UXファーストを実現するために必要なソフトウェアの力を正しく理解する
自動車業界は、CASEという大きな環境変化の中にいます。
C:Connected(コネクティッド)、A:Autonomous(自動化)、S:Shared(シェアリング)、E:Electric(電動化)の頭文字をとったものです。
トヨタは、「クルマ会社」から「モビリティカンパニー」へ変わろうとしていますが、そのCASEに対応し、モデルチェンジをしていくために欠かせないのが、ソフトウェアの活用です。トヨタでは、ソフトウェアをより活用した開発へシフトしていこうとしています。
私はコネクティッドカンパニーという組織に所属しており、まさにCASEのC:Connected(コネクティッド)を司る部署です。
「クルマとクルマ、クルマとモノがつながることで、お客様により良いモビリティーを提供する」のがミッションで、そのためのサービス・製品企画から技術開発までを一貫して進めている組織です。
私はその中で、次世代コックピット向けのUX/UI企画・開発に携わっています。具体的には、メータやセンターディスプレイの“GUI:グラフィックユーザーインターフェース”と、音声操作を中心とする“VUI:ボイスユーザーインターフェース”を用いて、お客様が車内で安心して、快適に運転・移動しつつ、運転・移動中の体験価値を最大化できるよう、UXのデザインから、量産するハード・ソフトウェアの具体化まで、一貫して行っています。
クルマでは皆さんもナビを使ったり、音楽を聴いたりすると思いますので、これらがUXデザインの重要な要素とイメージいただけるかと思います。今、トヨタの車には”DCM”という通信器が搭載されており、クルマがクラウドにつながれるようになっていますし、外から自分のクルマにつながることもできるようになってきています。「つながる技術」を使って、更なる安心と快適を提供するUXをデザインすることも重要になってきています。
また、最近ではクルマに「自動(被害軽減)ブレーキ」を代表とした先進安全機能が多く搭載されるようになり、これらの機能も安心して使えるように、最適なUX/UIを通して提供することも大事になってきています。
お客様の価値観が、モノ(クルマそのもの価値)からコト(クルマの中での体験から得られる価値)へ急速に変化しているとよく言われますが、実際はお客様1人1人、さらには状況によって異なります。クルマのユースケースもさまざまなので、最適な「コト」UXを提供することは実は容易なことではありません。
もちろん、ハードウェアが中心だった時には、個人や状況に合わせて最適化することはほぼ不可能でした。ただ、ソフトウェアがより活用できる今日では、個人や状況への最適化、コト価値の最大化を実現することができるようになってきたと私たちは考えています。
ソフトウェアの力を正しく理解し、最大限引き出して、UXをデザインし開発を進めていく、そんな世の中になったからこそ、UXファーストで、ソフトウェアファーストでのサービス開発を進めていくことで、お客様にコト価値を提供できるモビリティカンパニーへ変革していきたいと思っています。
ソフトウェア×ハードウェアの融合、そのかけ橋として開発を支えたい
私は、大学院修士課程を修了後、トヨタへ新卒で入社し、15年以上、オーディオ・ナビなどの主にハードウェアの開発に携わってきました。
その後4年間はシリコンバレーにある、トヨタ・リサーチ・インスティテュート(TRI)へ出向し、コンセプトカー”LQ”のAIエージェントのソフト開発に、プロジェクトマネージャーとして参画していました。
海外赴任を希望していた私に、当時の上司が白羽の矢を立ててくれた訳なのですが、ソフトウェアだけでなく、クルマの構造・システム構成やハードウェアを一通りわかるからという理由での抜擢でした。
実際、ソフト開発は一から学ぶことばかりでしたが、TRIでは試験車を作ることもあり、自分で配線をいじったりすることでTRIのメンバーの信頼を得ることができたので、アサインメントは正しかったのだと思います……(笑)
今、自動車業界でも、ソフトウェアの開発にかける比重がどんどん高くなっています。従来の制御組込み系だけでなく、GUIやクラウドとの連携と、製品内の対象がどんどん拡がってきていますし、クラウド環境で自動テストや、シミュレーターを用いたUXリサーチなど、開発環境への活用も進んできています。
私がTRIで開発していた時も、お台場のテストコースをシリコンバレーで模擬して、エージェントデモの開発や、ユーザーテストに活用しており、ソフトウェア開発には確かにとても有効でした。
もちろんソフトウェアはとてもパワフルなのですが、クルマを扱う以上、忘れてはいけないことがあります。それは、バーチャルな世界ではなく、リアルな世界のモノを扱っているということです。
Webサービスとは違い、クルマはお客様が我々の提供するリアルなハードウェアを用いたサービスが前提となります。
クルマはシステムがとても複雑だったり、安全や法規への対応等、開発上の制約の多い特殊な製品です。
ただ、自分達でサービスを提供するためのハードウェアとソフトウェアを同時に開発したり、実際にリアルな世界で使っていただけたりするという、Webやスマホの開発とは異なるポテンシャルがあり、私はそこにやりがいを感じています。
今、トヨタ自動車では、ソフトウェア人材の採用を強化していますが、最近、ソフトウェアエンジニアとして入社された方にも、ハードウェアとソフトウェアの融合の可能性を期待されている方が多いです。
そんな方々のソフトウェアの専門性と、トヨタのハードウェアの強みをどちらも理解してチーム運営できること、それが私の強みだと思っていますので、それぞれの良いところを組み合わせ、最適化し、新たな価値をお客様に提供していきたいと思っています。
シリコンバレーで学んだ“カラフルで面白い”チームを活かすヒント
私のチームを一言でいうと、“カラフルで面白い“チームですね。
IT業界出身でUXに強いメンバー、関連会社でソフトウェア開発を仕切っていたメンバー、クルマの配線設計を担当していたメンバー、部品のバイヤーだったメンバー……
さまざまなバックグラウンドを持つ、カラフルなメンバーが参加しています。また、チームには、関連会社のデザイナーの方も参画してくれています。
海外とも協働して開発を進めているため、多様な考えをまとめ、いかにそれぞれのメンバーが噛み合うように、専門性を引き出しファシリテートするか、それぞれのバックグラウンドが本当に違うので苦労も多いですが、とても面白い発見の多い毎日です。
そんなチームですので、メンバー全員が言いたいことを言い合える雰囲気づくりを心掛けています。いろんな意見を聞いて、みんながやる気をもって働ける環境を作り、チームを高めていっています。それぞれの専門性が高いので、それぞれの発言をリスペクトしやすいチームにもなっていると思います。
実はこれはシリコンバレーで学んだことでもあります。
日本では、上司から部下へ仕事のアサインを一方的に行うケースが一般的だと思うのですが、それに対し、海外の企業では、プロジェクトベースの求人を行っていることもあり、本人が何をしたいのか、どういうモチベートをされたいのかを、マネージャーが聞いてからアサインします。
やりたいことであれば、多少苦しい状況でも乗り越えられることが多いと思いますし、アイデアも浮かびやすくなると思いますしね。
マネージャーにとっては、それぞれの専門性や意思を正しく把握することが、一番の仕事だと思います。そうすることでメンバーの能力の掛け算し、チームの力を最大化することができるのです。
その一方で、プロジェクトとしてのビジョンや目指す価値観はブレないように心がけています。チームが同じ方向を見て自立して動くことも、力を最大化するには重要なことだからです。そのためにも、私はマネージャーだけでなくリーダーとして、北極星を示し続けることも大事だと思っています。
トヨタの中のスタートアップ企業として挑む”終わりのない仕事”
現在取り組んでいる次世代コックピットシステムのプロジェクトコンセプトは、TRIで取り組んだコンセプトカー“LQ”のコンセプトがベースになっています。
LQは“愛されるクルマ“というコンセプトで始まりました。“愛車“と呼ばれることが減ってしまったクルマを、また“愛車“と呼ばれるようにするために、一人一人のお客様へ寄り添えるような体験を提供し、愛着を感じて頂きたいという想いが込められています。
このコンセプトでは、お客様にクルマのことをわかりやすくお伝えして使いやすくするだけでなく、使っていく中で、クルマがその人の嗜好や振る舞いを知っていくことで、パーソナライズが出来たり、クルマがさまざまな情報から情報を理解し、最適なおもてなしを提供していけたりすることを考えていました。
最終的には、クルマと人がお互いによく知ることで、寄り添えるサービスを提供したいとの想いです。
ただ、これはもちろん簡単ではなく、私は今、“終わりのない仕事“が始まったのだと思っています。
これまでのクルマは、売った時が価値の最大でしたが、クルマを売った後、サービスインした後も、ソフトの機能アップやバグ修正だけでなく、お客様の振る舞いを学習し、反映し続けないといけなくなります。そういう意味で“終わりのない仕事“が始まったと言えるのです。
我々のプロジェクトは実際には社内の一つの小さなプロジェクトですが、トヨタの中にスタートアップを起業したというようなマインドセットでいたいと考えています。“時は金なり“とよく言いますが、スタートアップでは運転資金が枯れると潰れてしまうので、メンバーが指示を待たずに動き続けることが大事という話をシリコンバレーではよく聞かされました。
日本の会社では「なんでそんなことを勝手にやったんだ!」といわれるところ、スタートアップでは、メンバーがすすんでやったことには、CEOはまず「ありがとう」と言うらしいのです。
ただ、そのためには、プロジェクトのビジョンが事前に共有され、同じ方向に動けることが大前提です。
これから「終わりのない仕事」を始める私たちは、このようなマインドセットで仕事をしたいですし、私がチームを動かすのではなく、メンバー自らがどんどん動いていく、そんなチームを作りたいと思っています。