求める人物は「カラオケのうまい子──」豊島との衝撃の出会い

▲日本一売り上げるラーメン屋でのアルバイト時代。個人力に加え、チーム力を底上げする大切さを学んだ

レディスアパレルを担当する一方で、アーティスト向けのコンサート物販など「非トレンド部門」においても活躍の幅を広げる増田。

豊島でも随一のファッショニスタでもある彼だが、高校までは野球やラグビーに打ち込み、見た目に反してスポーツ街道一直線だったという。

とくにラグビーにおいては、高校入学で始めてから半年で兵庫県代表となり、持ち前のセンスをいかんなく発揮した。

増田 「正直、『スポーツちょろいな』と思ってました。大学ではよりハードルが高い環境で『日本一』を目指そうと決意し、『関西学院大学のアメフト部』の門をたたいたんです。ただ……あまりにもハードな活動の実態を知り、『センスだけでは無理』と悟りまして、そのまま門を閉めました」

そしてスポーツではなく、別のジャンルで日本一になることを決意した。

増田 「ちょうど先輩が、『日本一売上の高いラーメン店』で働いていて、繁盛店で裁量も大きそうだったので、『ここで日本一を極めよう』と入店しました。実際、上昇志向の強いスタッフが圧倒的に多い環境で、接客の質向上やオペレーション改善による利益向上など、毎日改善点を積極的に洗い出して日本一に貢献されていました。

日本一であり続けるってやっぱりすごいですよ、当然サービスのスピードも質も担保しながらもっと売上を伸ばしていくことを考えて動いていくので、自分ひとりだけではなくチームとして成長していかないと達成できないんです。一杯800円のラーメンで1店舗4000万円/月売上げる。これがどれくらいすごいことかを肌で感じました。

おかげで自分も、売上記録が伸びそうなオペレーションや席構成を考えて正社員へプレゼンし実行するなど、『主体的に』業務に取り組むという意識が強く芽生えました」

そんな増田だが、就職活動中の豊島との出会いは、バイト先でのある偶然がきっかけだった。

増田 「掛け持ちしていたアパレルのバイト先に、『豊島』名義で新品の服の入ったダンボールが毎日届いていたんです。とにかくファッション関係の会社ということだけはわかったので、一応受けてみることにしました」

増田の心を本格的に揺さぶったのは、豊島の営業社員との座談会イベントだった。

増田 「会場に入った瞬間に目に入った中堅男性社員が、見た目もスーツの着こなしも、他商社の社員よりずば抜けてイケてたんです。座談会中ずっとその人への興味が尽きなくて、質問できるチャンスがきたときに『どんな学生に入ってきてほしいですか?』と真っ先に質問しました」

その社員は少し考え、人事の社員も見守る中で堂々とこう答えた。

「そうだな……カラオケがうまい子!」

自分らしく自由に働く豊島人への憧れと、最速成長できる環境下での日々

▲激務の中で圧倒的成長を手にしている実感を日々感じる。海外出張も自分の裁量で自由に行く

増田 「シンプルに心をつかまれました。就職活動中に会う社会人のほとんどは、ガチガチの歯車の中にいて、言いたいことも言えず体裁を気にする人が多かったです。なのに人事が見てる前でもこんなにクダけることができて、自分らしく自由に働かれているその方の姿を目の当たりにし、率直に『この人の下で働きたい』と思えました」

そして縁があり豊島へ入社した増田。実際「カラオケがうまかった」こともあり、座談会で出会った社員が課長を務める営業課への配属がかなった。

増田 「カラオケがうまいことが条件だなんて絶対冗談だろうと思ってたんですが、実は本当で。当時私がいた課はレディスアパレルとの取引がほとんどで、女性バイヤーとの接待でカラオケを盛り上げられる社員がほしかったこともあり、配属されたと聞きました。

その上司には公私ともに可愛がってもらい、海外出張での接待でよく一緒にカラオケで歌った曲はいまでもその上司との十八番です」

どこまでも自由闊達な社風の豊島だが、やはり商社のビジネスフィールドは一筋縄ではいかない。

増田 「当時(2010年頃)は商社のイメージ通り激務な環境で、毎朝5時に寮母さんに起こしてもらい、終電で帰宅する毎日でした。

入社して1週間で担当顧客を持たされるというハードな状況だったこともあり、普通の新入社員が日中に行うLC開設やデリバリーなどは朝イチに終わらせ、オンタイムは先輩に付き添い営業同行したり、自ら客先に足を運んで提案したりと、相当な業務量をこなしていました」

日々激務に追われていた中でもやってこれたのは、仲間の存在が大きかったという。

増田 「部の中に、同じ時間軸で相当数の業務量をこなす先輩・後輩がいたから乗り越えられたんだと思います。日々寮で共同生活を送り、ハードスケジュールを共にしたことで、強い一体感が育まれていました。

みんなで『俺たちは普通のサラリーマンとは別次元の仕事量をこなしているから、最速で成長できているはず』と互いを鼓舞しあい、結果10年経った今でも切磋琢磨し合える関係が続いています」

学生時代、日本一のラーメン店で主体的に働く経験をしたからこそ乗り越えられた高い壁。

さらに、そのころから一貫して持ち続けている信念と、ある2名の上司からの学びが、増田独自の営業スタイルを確立させることにつながってゆく。

「関わる全ての人を大切に──」独自スタンスの礎になった上司からの学び

▲関わる人との関係性を日々大切にする姿勢を、上司からも学んだ増田

「関わるすべての人を大切にすること」

増田 「胸を張って言えることでもないですが、このスタイルは貫き続けています。自分が思わず発してしまった言葉や行動について、それ自体はすぐに消えてしまうものですが、受け取った相手がどう感じ、その後どういうアクションにつながるのかは、自分の言動次第ですよね。

文化や習慣の異なる海外の相手からも、自分との取引に価値を感じていただけるよう、常に関わる人の気持ちや立場を大切にするよう心がけています」

事実、仕入先の海外メーカーにも真摯に向き合う増田の営業スタイルは、豊島の風土を変えた。相手の立場に立った丁寧なやりとりが工場のモチベーションコントロールにつながり、製品のクオリティ向上やコスト削減などの収益向上をもたらしたのである。同僚も増田のスタイルをまね、高収益を生み出すサイクルが広がっていった。

増田 「この信念は自分自身も大切にしていましたが、とくに2名の上司からの学びにより、飛躍的に強まったと感じています」

こう語る増田には、とくに思い出深い2名の上司がいる。

ひとりは、配属当初の部署の課長だ。

増田 「若手のころに大きなクレームを受け、上司に謝罪に付き添ってもらいました。取引先からはかなり叱責され、クレームの金額も大きかったので、帰り道に『絶対上司に怒られる』と覚悟していました」

ところがその上司は「あいつ、ムカついたな。まあ、次からまた頑張っていこうぜ」と話すだけだった。

増田がクレーム金額の件を謝罪すると、「金で解決できたんだから良しとしよう。この金額でお前が来週から笑顔で働いてくれたら安いもんや」と、あっけらかんとしていた。

増田 「その時、上司の人間としての度量の大きさに感動しました。自分も、部下や立場の弱い人と接するときは、これくらいデカイ器でいようと誓いました」

ふたり目は、増田が名古屋から東京異動になった直後の上司である。

増田 「その方には営業では絶対勝てないと思わされました。常に、お客さんを思う気持ちがすごく強くて、『この商品を提案したら喜んでくれるかな』、『ワクワクしてくれるかな』みたいなことを本気で考えながら行動されている方でした。結果、誰よりもお客さんの心をグリップされていたんです」

それまでの関係性は一切関係なく、見返りも求めず、ただ相手に無償の“GIVE”をできる姿勢こそが、営業の本質だと気づいた。

そして、関わるすべての人を大切にする増田のスタイルは、チームビルディングにも影響していく。

「みんながワクワクできる仕事に付加価値と利益を」たどり着いた境地とは

▲自身でチームをマネジメントしながら、ワクワクする仕事でエリア職のモチベーションを上げていく

増田は今、営業として新規開拓を続けており、音楽アーティストのコンサート会場でファンが購入する応援グッズや、某歌劇団の劇場で販売する用のアイテムなど、「エンタメ枠のものづくり」の幅を拡大しつつある。

増田 「アーティスト系の事業は取り扱えるアイテムも増えてきており着実に売上を伸ばしてきています。

しかしアーティスト含むエンタメ業界のものづくりは、我々アパレル業界のものづくりのスタンダードと大きく異なり、『しくみ化』されていないことも多いので、さまざまなケースで物理的・機会的ロスが多いのが現状です。この現状を変えていかないと弊社としての成長にも限界があります」

今後の目標として、増田が豊島で切り開いてきたこの領域をしくみ化し、新たなスタンダードを創造していくことに寄与していきたいと語る増田。

また、今後のキャリアビジョンについてはこう展開する。

増田 「ゆくゆくはエンタメや美容など、ファッションの領域を超えた自分だけの部署をつくりたいと考えています。そして仕事のテーマは『ワクワクできること』でありたいですね。半分仕事で半分遊びみたいな感覚で、でも付加価値があって利益も残せる仕事をつくれる組織が理想です」

たとえば、物販商品のマーケティングを行うために、関わっているエリア職の社員と一緒にアーティストのツアーに行ったり、そもそも関わる社員にエンタメに興味を持ってもらうため、某歌劇団の舞台稽古を仕事の一環として見に行ってもらったりする指示を実際したりしている。

増田 「関わる人すべての心をワクワクさせ、健康的かつ価値があるビジネスを残すことが今後の使命だと考えています。仕事をすることで疲弊していく旧態依然のビジネスモデルでは、利益は残せても心の豊かさは保たれません。

『Work is Play』

この言葉を大切にしています。語弊が生まれてはいけませんが仕事をしんどいものと捉えるのではなく、常に遊びのように考えて楽しみながら仕事をするのが自分なりのスタイル。そういった考え方を浸透させていくことで、豊島という会社を常にアップデートさせていければ本望です」

学生時代、日本一の環境で主体性を身につけた増田は、豊島という個の力が試される環境で日夜、主体性的に新たなビジネスの種生み出す力を発揮し続けている。

一方で、関わるすべての人を大切にするという特有のスタイルにより、仕事を心から楽しめるチームビルディングを形成しようと奮闘する。

商社のビジネスモデルを根底から覆す、次代の核となる日も近いかもしれない。