「おとなしく控えめ」だった幼少期。医師を夢見るも、叶わず就職の道へ
猛スピードで進化するパソコンを、さまざまな業務で使いこなしてきた小林さん。2000年、相模原市に対面式レッスンを特徴とする「MtoMパソコンアカデミー」を設立しました。
しかし彼女、子どものころに目指していたのは医療の世界だったそうです。
小林さん 「幼いころは体が弱くて、食べることが苦痛だったことをはっきり覚えています。今でも小学校の同窓会に行けば、『おとなしくて控えめな子のイメージが強い』と言われます。でも中学生になると突然、しっかり食事ができるようになったんです。食べられるようになったことで、体が強くなって体力もつきました。気持ちが前向きになって、弱いと思っていた自分が運動でもいい成績を残せて、自分に自信が持てるようになりました」
小林さんはそのころから漠然と、将来は医師になりたいと思っていました。しかしご両親は猛反対。
小林さん 「昔、体が弱かったことで、心配しているのだと思っていました。でも後から聞いた理由は意外なもので。事故で友人をなくしたときはもちろん、ペットが死んだときでさえ、命に対する思い入れがあまりにも強かった私を見て、医療現場で命に係わる仕事は無理だと思っていたそうなんです」
親のそんな心配もよそに、自分の可能性を信じて進学の準備を進めていた小林さん。しかし経済的な事情もあり、進学はあきらめざるを得ませんでした。
大きな虚無感に襲われた小林さんに、親戚から「全国信用金庫連合会(現・信金中央金庫)」への就職話が舞い込みます。
「いつか娘に会社を譲る日が来たときのために」母が遺したプレゼント
全国信用金庫連合会に就職し、総務や国内為替、大型コンピューターや企業分析システム業務、社内パソコンインストラクターなど、パソコンと向き合う仕事に携わることになった小林さん。
このまま、同じような日々を重ねて組織のなかで生きていくのだろうと考えるようになっていました。ところがあるとき、ターニングポイントが訪れます。
小林さん 「闘病していた母が他界したんです。母は不動産と建築関係の会社を経営していたのですが、その会社を処分するか引き継ぐかの決断に迫られました。私には不動産や建築関係の知識がまったくなかったので、もう会社は閉めるしかないと考えていました。でもふと会社の定款を見ると、母が一度も関わったことのない『パソコン教室』が、事業の目的として記載されていたんです。
『いつか娘に会社を譲る日が来たら、この項目が役に立つかもしれない』母はそう思って書いておいてくれたのだと思い、引き継ぐことを決めました」
お母様の看病のため、すでに退職していた小林さん。決意を新たにし、パソコン教室の設立に向けて動きはじめました。
足がかりとなったのは、2000年に、知り合いのコーヒーショップの閉店時間を貸してもらってはじめたパソコンのレッスンでした。生徒が増えたことで、同年、レッスンはカルチャーセンターへ場所を移します。
小林さん 「2001年には、生徒も講師も増えたので、相模大野にテナントを借り、教室と事務所を移転しました。教室を持って生徒を集め、自分のやり方で運営することは、事業の第一歩として掲げた夢でした」
慌ただしいながらも順調なスタートの裏で、小林さんは「コミュニケーションの壁」を必死で克服しようとしていました。
小林さん 「接客業をしたことがなかったので、生徒とどう接するべきなのか悩みました。特に自分より年上の方は、生徒であっても人生では先輩です。生徒と先生という枠を超えた人間関係を築くため、接客について一生懸命勉強しました」
接する人を常に敬う。小林さんは事業主や講師という立場に立ってもなお、つながりを大切にする姿勢にこだわりました。
滑り出しは順調だったものの、政府が全国の自治体で無料の講習会をはじめたことや、スマホやタブレットの普及に押され、集客には苦労した小林さん。それでも「パソコンはなくならない」と信じ、「お客さまが今、必要としているパソコンの知識」に向き合い続けたのです。
プログラミングから学べることを、最先端のツールを使って伝えたい
教室のこれからを常に模索していた小林さんが、SE(システムエンジニア)である旦那さまの影響を受けて興味を持ったのが子ども向けプログラミング言語の「Scratch」でした。
小林さん 「プログラミングの目的は、モノやサービスが動く流れを作ることです。望みどおりに動かすためには、どのようなシステムを組めばよいのか。最短で最善の結果を出すために、よりよい方法はないか。アイデアの引き出しをたくさん持っている人ほど、目的の達成能力は高くなります。今、プログラミング教育への関心が高まっているのは、プログラミングの作業工程によって鍛えられる目標達成能力や問題解決能力が、これからの国際社会を生きていく子どもたちにプラスになるからです。
プログラミング的思考を、頭の柔軟な子どものころに養うということは、とても意義のあることだと思います。
だからこれまで、大人になってから学ぶものだと誰もが思っていたプログラミングを、子どもでも親しめるように工夫したScratchは、とてもよくできていると思っていました」
そのScratchと、作ったプログラムをすぐに試せるゲームを組み合わせた子ども向けプログラミング教材のTech for elementary(以下、TFE)を知った小林さん。プログラミング教育にはとても効果的な組み合わせだと感じ、すぐに加盟することを決めました。
また小林さんは、Scratchの持つ将来性にも魅力を感じていると言います。
小林さん 「これまでのプログラミングは、外国語を習得するように身につけるものでした。そんな苦労をして覚えたプログラミング言語も、時代の流れと共に新しい言語に変わってしまうんです。でも、言語が変わってもプログラミングの構造や考え方は変わりません。Scratchはまず、このプログラミング構造を学ぶのに最適だと思いました。”プログラミング脳”の育成ですね。また、これまでは、作り手の考え方によってプログラムの書き方もまちまちで、他人の作ったプログラムを手直しするのはとても大変な作業でした。
でも、Scratchのようにみんなが同じルールに従ってプログラムを組めば、どんな人でも同じ構造のものが作れるようになります。
もしかすると近い将来、世の中に流通するプログラムは、Scratchのように共通の構造を持つものになるかもしれない。子どもたちがTFEを通してその先端に触れられることは、非常に意義があると感じました」
対面のレッスンを大切にしてきた小林さんは、「教室で学ぶ子どもたちやその保護者の方には、プログラミングの意義やScratchの良さをしっかり理解してほしい」との思いから、体験学習会は一家族限定の個別制にしています。
パソコンに触れるなり夢中に取り組む子どもの横で、「プログラミングは将来何の役に立つのか?遊んでいるだけではないのか?」といった保護者の不安や疑問を解消し、正しい理解のもと、レッスンがスタートできるように配慮しています。
孤独な悩みを、全国で同じ目的を追い続ける人たちと一緒に解決していく
プログラミングをはじめた子どもたちの年齢はバラバラで、場合によってはまだ学校で習っていない算数の知識が求められることもあります。
小林さん 「TFEの教材はゲームを完成させることが目標で、必要とされる知識を学校で習っているかいないか、問題にする子どもはいません。たとえ小学生でも、変数や、ときには乱数の知識まで身につけながら、ゲーム作りに取り組んでいます。はじめは驚きましたが、プログラミングをしているときの子どもたちにとって、変数や乱数は自分でしたいことを実現するための道具にすぎないんですよね。
算数の知識を身につけると、ゲームでは何ができるようになるのか。子どもたちは現実的で明確な目的をもって学習し、その知識で新しいアイデアをどんどん生みだします。
プログラミング教育の最終目標である『自分で課題を見つけ、解決する手段を考え、試行錯誤を重ねて問題を解決する』という工程を子どもたちが目の前で難なくクリアするのを見ると、改めてプログラミング教育が必要とされた理由を実感します」
一方でこれだけの必要性を感じていても、小学校での必修化にどのように対応していくのか、集客はどうするのか、教室はどのように運営するのか。新しい分野での取り組みに、孤独な悩みはつきません。
小林さん 「TFEでは、SNSなどを通じて他の加盟教室の情報を積極的に共有してくれます。ひとりで教室を運営していると、どうすれば効果的なチラシが作れるのかなど、細かいことを相談する人がいません。でもTFEなら、全国の加盟教室の運営者さんたちの取り組みを知ることができるんです。加盟教室で作るコミュニティのなかでは、誰かの質問に他の運営者さんが回答してくれることもあって、とても心強く感じています」
「子どもたちが、これからの世の中で生き抜く力を育む」——その大きな責任を、全国の運営者とともに背負っていく。目的を同じくする人たちと力を合わせて、大きな課題に取り組む。それは小林さんにとって、「作業を分担し、小さな問題を解決することで大きな目標を達成する」ことを学ぶ子どもたちに、自らが取り組む姿勢を示すことでもあるのです。