「劣等感しかなかった」自分を変えた、高校での学び
子どものころは落ち着きがなく、勉強も苦手、内面にも外見にも自信がない人間だったという北野さん。興味を持ったことには取り組めるものの、夢中になって何かを極められる性格でもありませんでした。「何をやってもパッとしない」、劣等感は年齢とともに大きくなっていきます。
そんな北野さんが変わったのは、高校の教育方針がきっかけでした。
高校では、さまざまな経験から自分がたくさんの人たちの支えのなかで生かされていること、ひとりで生きているのではないことなどを知り、何事にも感謝を忘れず、他人を思いやることの大切さを学びました。
北野さん「一人ひとりを大切にする教育方針のなか、劣等感のかたまりだった私にも何となく居場所がありました。そして、学校生活のなかでだれもが活躍の場があり、達成感を感じ、互いに認め合う経験を通して自信を持つことができるようになっていきました」
北野さんは、「完璧な人間でなくてもいいのだ!」そう考えるようになったらとてもラクになり「飾る必要なんてない、自分らしくいこう!」と思えるようになったそうです。
北野さん「学校ではさまざまな場面で、たくさんの人たちから話を聞く機会がありました。困難ななかにも強く生きている人、辛い経験や悲しい経験を乗り越え前へ進んでいる人、弱い自分をみんなの前で打ち明け変わろうとしている人など。いろいろな人と出会うことで多様な価値観に触れ、それらが今の自分の仕事にも強い影響を与えているんだと思います」
それは、「自分の活動が誰かの喜びや幸せにつながることがうれしい」という気持ちにも繋がっています。
社会人になった北野さんは、未経験で飛び込んだ学習塾で、5教科を教えることになりました。子どもたちにとってわかりやすい授業を実践しようと、ベテランの先生が印刷室の再生紙置き場に捨てたプリントを拾って研究し、工夫を重ねていったのです。
北野さん「せっかく塾に来ているのだから、成績が上がらなければ意味がない。そのためにはわからないところを、全員が理解できるまで、一人ひとりにきちんと教えました。子どもたちはできなかったことができるようになると、とてもうれしそうな表情をうかべます。ハードではありましたが、その顔が、”教える仕事” のやりがいにつながっていました」
目の前の生徒の「わかった」にひとつずつ向き合い続けた結果、担当したスクールは定員をオーバーし、入学希望を断るほどの人気に。子どもたちの「学ぶ喜び」が結果につながったことで、北野さんは教える仕事にやりがいと自信を持ちます。
夢を引き寄せる力を身につけよう。子ども向けレッスンを企画する模索の日々
その後、北野さんは、出産を機に退職。出産後、子育てが落ち着いたタイミングで再就職をしようと、職業訓練校に通います。すると、その職業訓練校にそのまま職員として採用されました。さらにその4年後、経営者となることを打診されます。
北野さん「引き継いで3年がたったころ、ようやく自分の会社である実感が持てるようになりました。そのとき、大人だけでなく、子ども向けのレッスンに目が向いたんです 」
子ども向けのレッスンに目が向いたきっかけは、北野さんの耳に入った「2020年の教育改革でプログラミング教育が必修化される」という知らせ。
子どものレッスンをスタートすることで、スクールに通う世代が広がれば、もっと地域に貢献できる何かができるのではないか?そう考えた北野さんは、学習塾や英語教室のほか、科学や芸術、数学などの教育に力を入れるSTEM教育など、十日町市の子どもたちを伸ばすレッスンを探しました。
「子どもたちがパソコン教室に出入りするようになれば、大人だけだったパソコン教室もにぎやかになる」と思い、北野さんの気持ちはどんどん高まっていきました。
ところが、十日町市は子どもの数が少なく、ビジネスとして教室を成立させるのが難しいことがわかりました。専門的な教材を用意している運営会社は加盟金や教室の運営権が高額で、集客数の見込めない十日町市では赤字になってしまうのです。
「なんとか十日町で、子どもが自分で気づき、発見し、学ぶことが経験できるサービスを提供できないだろうか」。そう考えていた北野さんが出会ったのが、子ども向けプログラミング教材を開発していたTech For Elementary(以下、TFE)でした。
北野さん「子ども向けサービスの導入は、自分の子どもに習わせたいと思うか?が基準でした。わが家の子どもたちは16歳と13歳と11歳(2017年10月現在)。ちょうど10年後、社会に出ていく年齢になります。将来何をしたいかが決められていなくても、やりたいことが見つかったとき、それを実現する力を持っていれば未来はひらけるはず。
新しいことを想像して作り出す力を養う方法として、プログラミングはとても適した教材だと感じました」
北野さんは、TFEに“ひとめぼれ”だったとふり返ります。
「作るだけ」では終わらない。「発信する」ことに意味がある
2017年9月現在、十日町パソコンカレッジの「キッズパソコンくらぶ」では、10名の生徒がプログラミングを学んでいます。
レッスンは月3回。TFEのカリキュラムで学習したのち、その内容をもとに3回目はオリジナルゲームを作成し、インターネットを通じて世界に発信しています。
北野さん「TFEに即決した理由は、参入がしやすいことと、自由度がとても高かったことです。カリキュラムを導入しても縛りがなく、自由にレッスンをアレンジすることができた。TFEなら、子どもの想像力を思いきり伸ばせると思いました。技術を学んだ子どもは、それを使って好きなことがしたくなります。そこに『誰かに見てもらう』という喜びが加われば、よりやる気と達成感が得られるのではないかと考えたんです」
子どもたちが作成したゲームをインターネットで公開してしばらくすると、誰かがゲームをプレイした記録が残り、コメントがつくようになりました。自分の作品へのコメントに、大喜びする子どもたち。ところがコメントは英語で書かれていました。
しかし、苦労して読んだはじめてのコメントには、「意味がわからない」と書かれていたのです。
北野さん「子どもは落ち込んでいませんでした。なぜ意味がわからないのか、考えはじめたんです。そうするとゲームに説明がなかったことに気がついた。そして、日本語ではわからない人がプレイする可能性にも気がつくことができたんです。英語を習っていないなら、翻訳ソフトの力を借りて自分で説明をつければいい。ゲームを発表したことで、子どもは気づきを得たうえに翻訳ソフトを使う知識を身につけ、世界を広げることもできました」
一方で北野さんは、体験会に参加する子どもたちや地域の子どもたちは、パソコンにふれる機会がとても少ないことに驚いています。
北野さん「パソコンには子どもの発想を広げるたくさんのチャンスがあるのに、親がパソコンについて知らないことが多いんです。セキュリティや使用時間など、必要なルールをふまえたうえで、今、触りたいという子どもの気持ちを大切にしてほしい。当校でも無料開放日を設けて、子どもたちがパソコンにふれられる機会を増やしたいと思っています」
パソコン、プログラミング、そして自分で考えること。10年後に子どもたちを支える知識や技術は、今スタートしなければ、使いこなせるようにはならないと感じています。
この場所を、十日町市の人たちを支える場所にしていく
子ども向けのレッスンをはじめてから、十日町パソコンカレッジには子どもたちの声がひびくようになりました。ときには、大人と子どもが同じ教室で机をならべ、それぞれの課題に取り組んでいる光景も見られます。
北野さん「子どもたちがいることで、教室に活気が生まれました。目標をもってがんばっている人が近くにいることは、大人にとっても子どもにとっても大切なことです。目的はちがっても、みんなが幸せになれる場所がつくれたらいいなと思っています」
集まる人を広げられた手ごたえを感じる一方で、職業訓練を長く続けてきた北野さんには、なんとか支えになりたいと感じている人たちがいます。
北野さん「職業訓練校では、技術を身につけても、心を壊している人や社会にうまく適応できない人が仕事を続けられず、苦しんでいる姿を何度も見てきました。十日町パソコンカレッジを利用する人が増え、事務仕事や人手の必要な作業が増えれば、そういった生きづらさを抱える人たちが働く場を提供することも、できるのではないかと考えています。
パソコンを学ぶ子どもたちや大人にとってはよい学習環境が整い、生きづらさを感じている人は働く場が得られる。お互いが必要とするものがうまく循環する場所にしたいというのが、この学校の大きな目標です」
十日町には控えめな地域性がある、という北野さん。干渉し過ぎない、ほどよい距離感が居心地のよさを生む一方で、新しいことをはじめる人が少ないように感じています。
北野さん「自分が動くことで、学ぶ機会や働く機会、新しいことにふれる機会など、いろんなチャンスをこの十日町に生みだせるといいなと思っています」
誰かが喜ぶことに仕事のやりがいを見出してきた北野さんにとって、縁あって出会った人たちを幸せにするための手段に制限はありません。柔軟に自由に。想像力は目標にむかって大きく羽ばたいています。