初めて知る重度訪問介護~青森から盛岡へ、県を越えて支援に向かう~

青森事業所(ホームケア土屋 弘前)でコーディネーター兼サービス提供責任者(サ責)として、日々クライアント(利用者)やアテンダント(介護者)に向き合う増田和也。まだ29歳と若いながら、新規の事業所である青森事業所を率いていますが、気負うことなく仕事をこなします。

事業所のトップとして新しい事に立ち向かうその柔軟なメンタルは、与えられたものをまず着実にこなすという心意気にありました。それは2020年、彼が未経験で介護業界に転身してきたときから一貫して変わらないようです。

増田 「前職で重度訪問介護(重訪)の仕事を始めたときは、青森の事業所はできたばかりで、まだ利用者はいませんでした。それで、盛岡市(岩手県)に行って介護をしていました」

淡々と話すものの、弘前市から盛岡市までは高速道路で130~140kmと、片道1時間半の距離。県を越えて、増田は車を走らせます。

増田 「当時は盛岡のホテルに泊まりながら、夜勤を数日こなして、休日に青森に帰るという日々でした。担当する利用者も一人だけ。ずっとその方に付いていました」

増田が受け持っていたのはALS(筋萎縮性側索硬化症)の方で、医療的ケアが必要でした。初めは緊張したと言います。

増田 「気管切開をして人工呼吸器を付けていたので、喀痰吸引や経管栄養が必要でした。研修では相手が人形なので焦らないですけど、現場ではリアルの人なので、最初はめちゃくちゃ緊張しました。でも1回やったら『あ、できる』と。そこからは利用者と向き合って仕事ができましたね」

県をまたいで仕事をしていた増田ですが、2か月後、青森の事業所へと戻ります。

増田 「青森で利用者がやっと一人見つかって、地元に戻れました。そこからは、介護者としてみっちり現場に入りましたね。介護を始めて8か月後に、同じ重度訪問介護であるホームケア土屋に入社し、青森(弘前事業所)でアテンダントとして現場で経験を積みました」

青森でもALSのクライアントの支援に入った増田。すぐに馴染んだとのことですが、誰とでもすぐ打ち解けられるその性格は、彼のこれまでの人生の中で培われたようです。

異業種から介護業界へ

小学3年生から野球をしていたというピッチャー増田。しかし高校1年で肘と肩、手首を壊して退部、卒業後は美容師だった母親の勧めで理美容の専門学校に進みます。美容師になると思いきや、高給にひかれてパチンコ店に入社したとのこと。

増田 「パチンコ店にいたのは4年弱ですね。長く勤めるところじゃないなと思って。やっぱりパチンコ店は働くところじゃなくて、打ちに行くところです(笑)」

増田は2016年にパチンコ店を辞めた後、派遣会社に入社。東北6県の家電量販店を毎週末に周りながら、ドコモ光のラウンダー(店頭で商品の売場を構築)をメインに、イベントのディレクターを務めました。

増田 「メーカーの売り上げを伸ばす仕事です。東北6県を車で回りながら、家電量販店に入っているドコモなどの店舗に行って、イベントを開催したりしていました。ドコモ光の他には携帯電話の販促もしていましたね。あと、平日には宝くじ売り場での営業や、ショッピングモールの物産展で販売もしていました」

その3年後、増田はより高い待遇を求めて介護業界へ転身します。実はそこには乳児の世話を手伝った経験がありました。

増田 「もともと排泄介助にものすごく抵抗があって、それがあるから介護は絶対やらないと思っていたんです。なんでオムツ交換なんてしなきゃいけないんだと。けれど、赤ちゃんの世話を手伝ったことがあって、その時にオムツ交換もしたわけです。それを考えたら『身体がちょっと大きくなっただけじゃん』って。夜勤だと給料も高かったので、重訪の会社に入りました」

2020年、増田は異業種から未経験で重訪の業界へ参入。しかし、大きな戸惑いはなかったといいます。

増田 「違和感はなかったですね。まず研修を受けて現場に入りますが、研修で教わった通りにすれば難なくできたので、『できる、よし!』って。排泄介助も更衣介助も、子どものオムツ交換や着替えと似たようなもので、一連の作業というか、コツをつかめさえすれば自然な感じでできるものです」

プライベートでは結婚もし、その年の10月には長男が誕生しました。高校時代、肩を壊して野球を辞めてから、家事クラブに入って、お菓子を作っていたほど料理好きな増田。毎日ほぼ料理をし、家事全般をこなしているとのこと。好きなパチンコにも行かず、子育てに邁進している模様。

増田 「当たり前のことなんで。基本、何でもやるタイプです」

子育てや家事もしながら仕事に励み、2020年11月、同じ重訪であるホームケア土屋に入社します。

ホームケア土屋 弘前を率いて~コーディネーター兼サ責としての日々~

ホームケア土屋に入社した増田和也は、その3か月後の2021年2月、コーディネーターに抜擢。サ責も務めますが、一方で今も変わらず現場に入っているとのこと。

増田 「クライアントはALSの70代男性です。発症1年後から関わっていますが、当初はかろうじて話もできて、全介助ではあっても医療的ケアはありませんでした。けれど進行が速くて吸引も始まり、お話もできなくなってきたので、今では文字盤を使っています」

重訪の現場では、クライアントとの意思疎通に苦労するアテンダントも多い中、増田はなんと悩んだことも困ったこともないと言います。

増田 「普通の会話を、普通にしています。その場にすぐ馴染んじゃうという自分の性格にもよると思うんですが。だから、困ったことも悩んだことも失敗も、特に嬉しかったこともない(笑)」

複数回の転職、結婚、子育てなど、若いながらも、経験を凝縮した人生を送る中でコミュニケーション能力を培ってきた増田和也。

増田 「今まで、ほぼ接客業に就いてきたので、人との接し方を勉強できました。もともと人と話すのが好きなのですが、コミュニケーション力がレベルアップできたかなと思います」

事業所の管理という大きな責任を課されても、増田はもちまえのコミュニケーション力で、管理者としての手腕を大いに発揮しているようです。

コーディネーター兼サ責として、主にアテンダントとクライアントの管理を行い、医療的ケアを要するクライアント宅では、アテンダントの実地研修に必要な書類等を揃えたり、訪問看護と連絡を取り合うほか、クライアントやケアマネージャーを交えた担当者会議を開き、クライアントの生活面・健康面での管理も行っています。

増田 「管理者になったので、やることは大分増えましたが、実際はケアマネージャーがメインで管理をしてくれるので、クライアントとアテンダントの橋渡しが自分の主な業務になります。といっても、青森にはクライアントが3名しかいないので全員を担当、アテンダントも3名なので、1対1という近い距離感で話し合えています。

アテンダントもクライアントもいい方ばかりなので、クレームが来ることもないし、何か問題が起こっても直接当事者と話し合えるので、ほとんど悩むことはないです。もう少し刺激が欲しいくらいで(笑)」

とはいえ、事業所内に上司がいない中、初めて経験する書類作業を一人で一から行う大変さは並大抵のものではないはずです。それでも、増田がおおらかに仕事をしているポイントは、彼自身の性格にあるようです。

増田 「上司が隣にいて、直接教えてはもらえませんが、そう不安には感じません。分からないことがあれば、知識が豊富な方に連絡が取れるので、何かあれば聞けばいいと安心しています。

要領がいいとは、よく言われます。あと、メンタルは強い方だと思います。かなりポジティブで、緊急案件でも不安はないですね。連絡を受けたら、しかるべき処置を取る。焦ってもどうしようもできないので」

常に冷静沈着な増田は、日々飄々としながらも、着実に業務に励んでいます。

重度訪問介護に思うこと~今とこれから~

プライベートでは車いじりが趣味の増田。カスタムが専門だそうです。

増田 「シャコタン(車高を下げる)にしたりとか、内装やオーディオをいじったりという感じですね。走り屋タイプではないので、エンジン回りをいじったりはせず、見た目のカスタムです。車高が低ければかっこいいし、重心も下がるのでカーブの安定感が増します」

なんと今で17台目だということですが、青森ではそう珍しいこともないようです。

増田 「ほぼ毎年買い替えています。中古だし、タダで車が手に入ることもあるので。青森は冬用の車とか2台持ちとかが結構いますね。雪が降るので、FR(後輪駆動)だと結構運転がつらいんですよね。めちゃくちゃドリフトできて面白いんですけど(笑)。青森では大概の人が車をいじってると思います。自分の周りは車好きの人ばっかりなので、カスタム車の集会をよくやりましたね」

車の話は尽きないようですが、「とりあえず車高を下げます」とのこと。奥様の車も下げているようです。他にもDIYで棚や壁掛けテレビ台を作ったりしています。そんな器用な増田が思う、自身の今後とは。

増田 「上にいきたいという気持ちはあります。ただそのためには、もっと実力をつけないと。具体的には、書類関係の業務がいろいろと増えたので、調べたり聞いたりしながら徐々に知識を身につけていきたいです。いずれ介護福祉士にもチャレンジしたいですね」

そして、青森の事業所を拡げたいと語ります。

増田 「現在、事業所があるのは青森西部に位置する弘前市です。津軽地方ですね。でも青森は八甲田山を挟んで東側に、八戸市など、南部と呼ばれる地域もあります。この南部の利用希望者からの問い合わせがちょくちょくあるんですが、アテンダントが津軽にしかいないので依頼を受けることができない。

いずれ八戸市にも事業所を展開したいですね。弘前市、青森市をまず固めてから、そちらに進出したいです。徐々に、着実に重訪を拡げていきたいです。

そのためにも夜間の託児所を作って、子育て中の方がお子さんを預けられるようにしたいです。そうすれば安心して夜勤ができて収入も増やせますし、事業所としてもより多くのクライアントを支援することができます」

しかし、青森の問題点は、全社的な課題である重訪の知名度の低さだといいます。

増田 「青森県では特に、重訪が全く知られていません。市も、行政も、介護事業所もです。介護事業所では、申請はしていても使っているところは1%くらいのレベルです。コロナ禍が落ち着けば営業もかけたいですが、まずは知ってもらうところから始めたいですね」

現在は北上のカレッジで統合課程の講師も務める増田。受講生に、移乗やオムツ交換、更衣などの実技を教えています。面接など、多業務に携わる増田は、介護に向いているのは「聞き上手、話し上手な人」と言います。また、介護の仕事に就こうか迷っている人に対して、まずはやってみることを勧めています。

増田 「まずはやってみて、できるんだったら続ければいいし、できなければ別の道も選べます。まずはチャレンジしないと、何も始まりません。どんな経歴でも、自分のように見た目や言うことが少し変わっていても介護はできます」

実は増田和也は筋トレ好きで、夢はジムのトレーナー。土屋でジムを開くことも視野に入れつつ、今日も書類と格闘しながら、クライアントとアテンダントの絆を結び付けています。