「愛着をもって自社製品を扱いたい」──医療機器分野への転身
脳卒中(脳血管疾患)は日本人の死因の上位に挙げられ、後遺症のリスクも伴うため、発症した際には、脳の機能を損なわないよう迅速な処置が求められます。
主な治療法のうち、脳血管(ニューロバスキュラー)や末梢血管(ペリフェラル)内にカテーテルを挿入し血流を再開・改善させるような処置を、総じてインターベンション治療と称します。日本ストライカーでは、ニューロバスキュラー/ペリフェラル インターベンション事業本部(以下、NVP事業本部)がこうした脳血管内治療に対応する各種治療製品を扱っています。
NVP事業本部マーケティング部に所属する岩田は、2023年4月、イスケミック(虚血性脳卒中)グループのマーケティングマネジャーに着任しましたが、ここまでの道のりは決して平たんなものではなかったと話します。
「私はいわゆる『就職氷河期世代』で、大学卒業後にいくつかの仕事を経験しながら英語を学び直すなど、キャリアに迷った時期もありました。医療機器業界に入る前は、イベント運営会社に6年勤務し、多様な業務経験を積みましたが、次第に“愛着のある自社製品を、長く扱うことのできる仕事がしたい”と考えるようになりました。
そんなとき、学び続けていた英語力も活かせる仕事として紹介されたのが、ある米国系医療機器メーカーだったんです」
紹介予定派遣社員として、右も左も分からない医療機器の世界に飛び込んだ岩田。入社後は、役員の秘書業務から製品のマーケティングサポート、社内申請資料の管理などを幅広く担当。努力を怠らない姿勢や、細やかな仕事ぶりが評価され、入社からわずか数カ月で契約社員になった岩田。
その直後、同じ米国系医療機器メーカーであるストライカーと経営統合することになり、2011年に日本でも事業移管が行われました。統合に向けた事務手続きなど、膨大な仕事に精力的に取り組む岩田の評価は高く、事業移管先の日本ストライカーには正社員として転籍。
この時期にはめまぐるしく変わる自身の立場に驚きながらも、無我夢中で仕事に取り組んでいた、と岩田は振り返ります。
マーケターへの転向
こうして、日本ストライカーのNVP事業本部の一員として再出発した岩田。マーケティング部に所属してサポート業務に邁進する傍ら、事業本部長のアシスタント業務も兼務し、引き続き精力的に業務にあたりました。また、イベント会社時代の経験を活かして提案した業務改善策が採用されるなど、着実な実績を上げていきました。
「現状と課題を精査し、最適な解決策を考えてまとめるプロセスにやりがいと楽しさを感じました。サポートやアシスタントとしての自分の立場に不満はありませんでしたが、今思えば、こうした適性を、マーケターに必要な素質として評価していただいたのかもしれません」
当時は、日本ストライカーが虚血性脳卒中に対応する製品の本格導入を控えていた時期。この分野の新たなマーケターとして、白羽の矢が立ったのが岩田でした。
「本格的にプロダクトマネジャーをめざさないか」
ある日、事業本部長から岩田に声がかかりました。実はそれ以前にも、マーケティングの勉強を勧められたり、将来のキャリアの1つとしてプロダクトマネジャーを提示されたりしたことはあったものの、自信を持てなかった岩田は、一歩を踏み出すことができずにいました。
しかし、そんな彼女の背中を押す2つの出来事がありました。1つは、脳梗塞を罹患した祖母のこと。
「祖母は高齢でしたが処置の遅れから予後に影響が出て、晩年は寝たきりになってしまったことが心に残っていました。虚血性脳卒中の製品に主体的に携わり、患者さんやご家族の負担を減らすために貢献したいと思いました」
もう1つは、岩田自身が網膜剥離という病に見舞われたこと。人生で初めての入院・手術に加えて、数カ月にわたりやりがいのある仕事から離れたことは大きなショックでした。一方で、この入院生活は貴重な学びの機会にもなったといいます。
「入院したことで、あらためて患者さんが治療を受ける際の気持ちや不安が理解できました。医療従事者の存在のありがたさが心に沁みましたし、何より手術を受けて回復したことで、医療技術の進歩や医療機器を世に出すことの意義を、身をもって実感できたのです」
これらの経験が後押しとなり、岩田はイスケミックグループでマーケターとして歩むことを決心します。
つかんだ自信と、芽生えたプロ意識
NVP事業本部は日常的に海外のメンバーとの連携も多く、岩田も着任早々1人で米国の研修に参加するなど、活動の幅を広げました。
「マーケティング業務の基礎から医師との関係構築まで、日々学ぶことが多くて目が回るようでした。一方、英語に関しては学び続け、スキルの向上に努めてきたので、海外とのコミュニケーションの機会が増えたのは純粋に嬉しかったです」
国内でも営業社員と共に積極的に全国の医師のもとに足を運び、臨床現場のニーズの把握に力を注ぎました。そうした活動が実を結び、岩田が担当した製品は臨床現場で高い評価を得るようになりました。
「虚血性脳卒中分野では後発でしたので、プレッシャーもありましたが、時間をかけて臨床現場との関係を構築し、綿密なマーケティングプランを立てたことが身を結び、意義深い成功体験でした。
『現場で製品を使う医師のため、ひいては患者さんのため』というシンプルな思いで、いわば正攻法のマーケティング活動が最高の結果になり、マーケターとして大きな自信になりました」
この時期には、プロのマーケターとしての仕事のあり方を強く意識させられる経験も。
ある出張先で医師向けの製品勉強会を主催したときのこと。勉強会が始まる直前に、率先してお茶の準備をしていた岩田に、ある営業社員がこう告げたのです。
「岩田さんの役割はお茶出しではなく、来場された医師の先生方に製品の魅力をしっかり伝えることですよ」
「ハッとしました。営業の皆さんにとって、頼れるマーケターとしてのあり方を教えてもらった瞬間でした。
NVP事業本部は女性が少ない部署ですが、そのことを意識しすぎずにこれまで仕事に邁進できたのは、性別の違いにとらわれることなく、このように自分への期待と役割を示してもらえたからだと思います」
「日本の臨床現場から発信する」──その意義
マーケターとして経験を積んだ岩田は、2017年に脳血栓回収用ステントリトリーバのプロダクトマネジャーに昇進。ステップアップとともに、岩田は仕事のダイナミズムを感じていきます。
製品の使用可能時間を、発症後8時間から24時間まで適用拡大するプロジェクトにもかかわり、患者さんの予後の改善に貢献するという当初の願いを叶えました。
また、医療機関の協力も仰ぎ、1,000例を超える日本での血栓回収治療症例をもとに、日本の臨床現場の実情をデータ化するプロジェクトをリードする役割も担いました。
「高齢化が進む日本では、高齢の脳卒中患者さんも多く、脳血管がとても細く蛇行していることが多くあります。
現場のデータを蓄積して製品へのニーズや有用性を示し、日本から米国本社に働きかけて、日本のドクターのニーズに沿った製品開発につなげるなど、日本の患者さんのQOL向上につなげていきたいです」
2023年4月には、3名のメンバーを率いるイスケミックグループのマネジャーに着任。岩田には、米国やアジアパシフィックのリーダーからも「日本のNVP事業本部において、女性がいきいきと活躍できるロールモデルになってほしい」との期待が寄せられています。
「これまで上司や仲間に、たとえ小さな実績でもしっかり評価してもらい、自分でも気付いていない適性を伸ばしてもらえて、ここまでたどりつくことができたと心から感謝しています。チームを率いる立場になった今、今度は私自身が、向上心を持って頑張るメンバーをしっかりサポートできるようになりたいです」
立場や役割の変化のなかで、ひたむきに業務に取り組み、実績を上げてきた岩田。今後も脳血管内治療の向上を目指し、マネジャーとして新たな活躍のステージをしっかり見据えています。