人事トップからビジネスリーダーへ。日本ストライカーの“懐の深さ”を感じ

日系・外資系の複数の企業で、主に人事畑を歩んできた水澤がHRシニアディレクターとして日本ストライカーに入社したのは2014年。ビジネスを力強くサポートするため、入社早々に人事本部の組織を刷新します。全社的な組織改革に取り組み、体系的な人材開発プログラムの構築や、グローバル人材の採用を積極的に進めるなど、実績を重ねました。

人事トップとして順調にキャリアを構築する水澤に、2017年夏、転機が訪れます。各種手術用パワーツール、手術室用製品、脳外科関連製品、内視鏡関連製品などを扱うメドサージ事業統括本部のジェネラルマネージャー兼ヴァイスプレジデントとして、昇格をともなう辞令が下ったのです。

水澤 「前職も含めてずっと人事畑だったので、ビジネスを率いるリーダーは未経験でした。ジョブローテーションが一般的な日本企業に比べ、外資系企業はスペシャリスト志向が強いといわれます。

長く管理部門でやってきた自分をビジネスリーダーに任命してくれたこと、それも昇格をともなう辞令を受けて、気持ちが引き締まるとともに、ストライカーの懐の深さを感じました」

外資系企業では珍しい、管理部門からビジネス部門へのキャリアチェンジ。しかし、水澤自身はこの辞令に対して、実は納得感もあったといいます。

水澤 「前職も含めて15年以上人事の仕事をしてきましたが、社会人1年目に社内制度の構築を任され、2年目にして海外赴任先でグローバル人材採用を担当するなど、当時から経営に対する意識は人一倍強くありました」

また、デューディリジェンスやM&A、海外拠点の立ち上げなど経営企画寄りの立場で仕事をする機会にも恵まれていました。

水澤 「ビジネスそのものに興味があったんです。あくまで持論ですが、人事担当者は『あえて失敗させ、そこから学ばせる』という長期的視野に立つことが、ときに大切。
しかし私自身、実は“失敗したくない人間”で、人にもできるだけ失敗させないようにコントロールしたいという想いが強いタイプなんです(笑)」

もしかするとビジネスリーダーの方が向いているのではないか、ビジネスの責任を直接的に負う立場を経験したほうがいいのではないか、と近しい先輩や友人から言われ続けたこともあって、水澤自身も秘めた想いをずっと持ち続けていたのです。

「日本ストライカーだからこそ実現したキャリアチェンジ」と水澤が称する2017年の辞令。その後、水澤がたどった軌跡とは──。

信頼関係を築き、一人ひとりの成長を全体の成長につなげる 

2017年に人事を離れ、メドサージ事業統括本部長に就任した水澤。ビジネスを率いるリーダーとして“信頼関係”を大事にしていました。その鍵は「この人について行こう」と思ってもらえることでした。

水澤 「チームメンバーに対しては、いいことも悪いこともできるだけすぐにフィードバックしています。自身が自覚している“自分”と、他者から見られている自分にギャップをなくし、Self-Awareness(自己認識)をしっかりとしていくことが、人材の成長には不可欠だと考えるからです。

適切なフィードバックはチームメンバーの成長につながり、ひいては信頼関係も生まれます。信頼関係をベースに、目指すべき方向へと進むことが、チームとして一番大事なことだと信じてやってきました」

水澤は人の成長だけでなく自分が成長し続けることも怠りません。米国・ボストンに渡り、ハーバード大学と提携して実施するストライカー独自のリーダーシッププログラムを修了します。その後もストライカーのグローバルチームとの協働を重ねるなど、自らも成長して役割拡大する姿を見せることで、さらなる信頼を得て、チームを着実な成長軌道に乗せることに成功しました。

そんな水澤のリーダー像は3つの言葉に集約されます。それは、“intelligence(知識・戦略)”、“courage(勇気)”、“toughness(タフネス)”です。

水澤 「知識を身につけ、戦略を立案することはとても重要ですが、そのプランを遂行する勇気と、最後までやり遂げるタフネスも大切にしています。加えて意識しているのは、リーダーとしてチームに明確な方向性やビジョンを示し、メンバーのやる気を鼓舞しながらゴールを達成するための組織を構築する、そして結果を出し続けることです。

リーダーとしての考え方や行動には、長年の人事経験が生きているのかもしれませんね(笑)」

体育会系のリーダーを突き動かす、エネルギーの源とは 

勇気とタフネス──力強い言葉を放つ水澤が育ったのは、学生時代からさまざまなスポーツや格闘技を経験してきた父と、男ばかりの三兄弟という家庭。次男である水澤は幼いころからサッカーに没頭し、やがてプロの道に進むことになるチームメイトたちと切磋琢磨していました。家では兄弟とご飯をめぐって毎日競い合い、ときには激しい喧嘩もあったといいます。

水澤 「サッカーは高校まで続けました。大卒後に入社したのは白物家電を中心に扱う日系メーカーです。実のところ、もともと医療機器に関心があったわけではありませんでした。

ただ、今にして思えば、祖父はレントゲン技師、父は獣医、母は薬剤師という家庭に育ち、広い意味での“医療”は身近な存在でもありました。知らず知らずのうちに影響を受けていたのかもしれません」

そして2020年現在、水澤には小学校6年生を筆頭に3人の男の子を持つ父親としての顔もあります。忙しい日々の中でもスポーツを続けるなど、今なお体力づくりに余念のない水澤ですが、仕事から離れたオフタイムに、エネルギーの源があるようです。

水澤 「子どもたちには私の仕事を『お医者さんや看護師さんたちと一緒に、今までは治らなかった病気や怪我を治せるようにすること』だと説明しています。そのときこそが、ストライカーのミッションである『医療の向上に貢献する』ことを最も強く意識するときです。自分自身を鼓舞してくれますね」

時代の変化にしなやかに対応しつつ、“人”を中心にビジネスを率いる

ストライカーでは『お客様と共に医療の向上に貢献する(Together with customers, we are driven to make healthcare better)』をミッションとして掲げています。ミッションに使われているdrivenという言葉。日本語には訳しにくいですが、水澤はdrivenに対して強い想いを抱いています。

水澤 「We are committedでも、We are motivatedでもない“We are driven”なんですよね。これはやる気とエネルギーに満ちあふれ、まるで突き動かされるような状態を表しています。

まずは自分が、そしてチームメンバーもその状態を目指すことが大切です。やる気にあふれたチームのみんなと一緒に、医療の向上に貢献できると思うとワクワクします」

2020年7月からは、3年間率いてきたメドサージ事業統括本部が他部門と統合され、水澤が総勢600名を率いる統括事業本部のリーダーに就任します。

水澤 「ストライカーには革新的な製品が数多くあるのにもかかわらず、従来は部門が分かれていることで、十分な協力体制が築けないという課題がありました。今後は横連携を強化したサービスの提供が可能になると同時に、より精度の高い戦略立案や投資計画につなげられるようになります」

奇しくも“ニューノーマル”が求められ、新しい働き方が浸透するタイミングでの組織変更となりましたが、水澤自身は「コミュニケーションツールが変わるだけ」と冷静です。

水澤 「変化に対応し続けなくては、取り残されていきます。できないことを考えるのではなく、これからできることを考えるんです。チームメンバーが成長するから、ビジネスも成長できます。ビジネスが成長するから、チームメンバーのさらなる能力開発につなげることができます。

職責が変わっても、“人”を中心に据えて組織の成長を目指すという根っこの部分は一緒です。人事の経験が今、ビジネスを率いるリーダーとして、生かされていると感じます」

チームの成長、会社の成長を導き、その先にいる患者さんのQOL向上へつなげていく── 体育会出身、人事畑育ちの異色のビジネスリーダーとして、水澤が新しい組織で“人”と共に紡ぐ新たな物語は、まだ始まったばかりです。