設計士としてエンジニア人生をスタートさせたものの……

▲一度は別の道に進みましたが、やっぱりエンジニアの夢を諦めきれなかったですね

小さな頃から機械いじりや理科の実験が好きでした。だから早い時期から「将来はエンジニアになりたい」と考えていましたね。他の仕事をイメージすることもなく、そのまま設計の仕事に就きました。エンジニアといえばものづくり、ものづくりといえば設計だと思っていたんです。

入社したのは土木設計の会社です。CADでの道路設計を担当しましたが、ちょうど愛知万博の開催前という時期で仕事が次々と降ってくるような感じでした。家に帰れるのは週に1〜2日で、それ以外は会社に缶詰め状態。3年4ヶ月働きましたが、正直そこが限界でした。

この仕事はもう無理だと思って、退職後は一時別の仕事に挑戦してみたりもしましたが、初めてのことでうまくいかなかったり、なかなか手応えを感じられなかったり……。そんなとき頭に浮かんだのは、やはりエンジニアの仕事。根っから機械やものづくりが好きだったんだと思います。

そこで再びエンジニアの道に。今度は品質管理・品質保証という分野です。設計をしているときに、いろいろな技術者と接し、エンジニアの仕事はなにも設計だけじゃないということを知りました。その一つが「品質」だったんです。

品質保証を専門に第二のエンジニア人生がスタート

▲自動車部品、半導体製造機械などいろいろな「品質」に関わる経験をしました

半導体製造機械、電子部品、自動車部品、ゴム部品……。いろいろな技術者派遣会社を通じて、さまざまなメーカーで品質管理・保証業務を経験しました。その中でこの仕事がどれほど大切で、どれだけ世の中に役立つかということが分かってきました。

品質を担うエンジニアは、ユーザーに安全で適正な製品を届けるための「最後の門番」。特に自動車部品などでは、不良品を出せば人の命にも関わる可能性さえあります。だから品質を担保することが最大の使命。そして、ただ検品を行うだけの仕事ではありません。不良品を出さないために検査体制をどうするか、そもそも不良品が発生しないように製造工程をどう見直すか。そこから考えることができるんです。

自分が製造や検査体制にまで関わり、自信を持って安全な製品を送り出すことに大きな喜びを感じました。自動車部品に携わることが多かったので、その部品を搭載している車が問題なく街を走っているのを見ると、特に感慨深いものがありましたね。自分の仕事が社会の安全を守っている。そう実感できました。

約11年の間に不良品発生の原因特定、性能検査や品質検査の体制づくり、製造プロセスの開発、精度測定や製品評価など、品質に関わる幅広い経験をしました。そして「このキャリアを一生続けていきたい」「できれば地元で落ち着いて働きたい」と考えるようになったんです。そのために選んだのがスタッフサービス・エンジニアリングでした。

とにかく温かい人が多くプロジェクトの選択肢が豊富な会社

▲スタッフサービス・エンジニアリングとの出会いが人生の大きな転機です

実はスタッフサービス・エンジニアリングのことは、以前から知っていました。私が働いてきた企業には、いろいろな派遣会社から人が集まっていて、スタッフサービス・エンジニアリングのエンジニアと一緒に働く機会も多かったのです。そして印象深い出来事が二つほどありました。

一つは、勤務先企業でスタッフサービス・エンジニアリングのエンジニアが、プロジェクトを離れることになった際のこと。その人は責任をもってギリギリまで引継ぎを全うし、次のプロジェクトへ移っていきました。

もう一つは、スタッフサービス・エンジニアリングのエンジニアから私が直接、引継ぎを受けたときのこと。ここでも最後まで一緒に仕事をしながら、丁寧に業務工程などを教えてくれました。完璧な引継ぎのおかげで、何の不安もなく新しい仕事を始めることができたんです。

とにかくここのエンジニアはきっちりした人ばかり。そのフォローをする営業担当も、そんな引継ぎをさせている会社も素晴らしい。ぜひこんな人たちと一緒に仕事をしたい。そう思ってスタッフサービス・エンジニアリングに応募。プロジェクトが全国に4万8,000件もあり、これなら地元・東海地域での仕事も見つかると確信しました。

50代で大手メーカー直雇用の正社員に

▲卒業してもスタッフサービス・エンジニアリングとのいい関係は続きます

2015年7月に入社して、あらためて感じたのは内勤の社員さんの親切さですね。電話やメールの対応がいつも丁寧で、特に営業担当の方は本当に親身になってくれます。最初の就業先は名古屋の大手家電メーカー。そしてそのプロジェクトが3年半ほどで終了することになった時、「しばらくは空白期間だな」と覚悟していました。

ところが営業担当の方がしっかり裏で動いてくれていて、終了前にいろいろな案件を提案してくれたんです。しかもそのほとんどが希望に合うプロジェクト。こんなに自分のことをよく知り、考えてくれていたのかと感動しました。

おかげでまったく空白を置かず、次のプロジェクトがスタート。それが三重県鈴鹿市の大手自動車部品メーカーです。名古屋も通勤圏内でしたが、これからは家族との時間をもっと大事にと考え、地元・三重の企業を選びました。

ここでは製品開発に関する試験評価を担当。性能評価の企画、検証データの解析、顧客への報告書作成、業務の効率化などの幅広い業務で、これまでの経験を活かすだけでなく、新たなキャリアも積めるような環境でした。

名古屋の時代から引き続きユニットリーダーとして、メンバーのフォロー・育成にも力を注ぎました。会社の支援制度を利用し、eラーニングや通信講座で「品質保証のプロ」になるための勉強も続けていました。そんな姿勢が評価されたのでしょうか、プロジェクトに就いて3年目となる今年、「正社員として直接雇用したい」というオファーをいただいたんです。

まさか50代にしてこんな大手の正社員になれるなんて、最初は信じられませんでした。でも「大迫さんは豊富な経験とノウハウの蓄積があり、年齢は関係ない。設計とのやり取りがとにかく早く、メンバーの育成役も担ってくれている。若手とも気軽に話せる関係性を築いていて、当社に必要不可欠な人材」と評価いただいていることを知り、スタッフサービス・エンジニアリングからの卒業を決意しました。

そしていま「これがスタッフサービス・エンジニアリングの存在価値なんだ」と実感しています。経験者にはキャリアを活かせるプロジェクトを、経験の浅いエンジニアにはスキルを磨けるプロジェクトを用意してくれる。就業中のサポートも手厚く、卒業を心から喜んでくれる。こんなスタッフサービス・エンジニアリングに関われたことに心から感謝し、これからは結果で恩返ししたいと思っています。