自信はないけどやってみたい──PCオタクの先生、プログラマーを目指す

▲高校教師時代。子供たちが「わかった」ときの顔が見たくて先生になりました

生まれ育ったのは北海道の函館です。マンガやパソコンの好きな少年でした。やがて高校生になると、知らない人とつながれるインターネットのおもしろさにひかれて、自作PCやWebページ作成に夢中になります。

大学では商学科を専攻し、教員免許を取得しました。とはいえ、初めから教員を目指していたわけではありません。教育実習に行ったときに、大きなやりがいを感じたんです。

大学を卒業すると、道内の高校に情報処理の教師として就職。ExcelやWordといったOAビジネス系の授業や、情報処理検定や簿記検定に向けた学習指導などを行いました。ところが、現実は厳しかったです。

生徒のためを想った教え方に対して、先輩教師・上司からダメだしをされ、生徒との板ばさみになることが何度もありました。教えることが好きで教職に就いたはずが、徐々に疲弊していきました。

そうなると教えること自体が不安で、全然知識が足りないのではないかと悩むように……。社会人経験もなく、「先生」と言われることすら荷が重くなってしまいました。相談相手がいないこともつらかったです。

そんなとき、もともとPCが好きで、“いつかプログラミングをやりたい”と思っていた気持ちがよみがえってきました。しかし、赴任校では校内LANの管理やHP更新なども行っていたものの、ITの専門的な知識があったわけではありません。

果たして未経験の自分がITエンジニアになれるだろうか──趣味や片手間でやっていたことを本業にできる自信がありませんでした。

でも、それでもやってみたい。その想いは止められず、とにかく“未経験可”のSE・プログラマーを募集している会社に応募することにしました。

そして、とある転職サイトで検索したときに、一番上にあった広告がスタッフサービス・エンジニアリング。とにかく目立っていて、心に入ってきたんです。

未経験でも面接で「いいね!」と褒めてくれた

▲転職するまで過ごした地元・函館には思い出がたくさんあった

いろんな会社で面接は受けていました。しかしスタッフサービス・エンジニアリングは、他とは全然違ったんです。

面接官は自分の話を親身に聞いてくれて、やたら「いいね!」と褒めてくれるのが印象的で(笑)。そして私に向いていることを一緒に考え、ステップアップの道筋を提案してくれただけでなく、すぐに就業先候補を紹介してくれました。

面接に行くまでは「どこでどんな仕事をするんだろう?」と不安ばかりでしたが、いざ行ってみると「本当に未経験からチャレンジできるプロジェクトがあるんだ」と知ることができ、わくわくしたんです。それからほどなくして内定の知らせを受け、快諾しました。

転職を決意した時点で場所にこだわりはありませんでした。ITエンジニアとしてスタートを切れるならどこでもよくて、配属先は東京のメーカーに決定。といっても就業地は西東京エリアの端。都会に来た感じはしませんでした。思ったより田舎で安心したのを覚えています。

スタッフサービス・エンジニアリングでは、社内SE補助としてキャリアが始まりました。初めは民間企業の仕事の進め方に戸惑うことも。コストや利益、時間に関する意識に、それまでいかにマイペースだったか気づかされました。

プログラミング技術に関しては、システム導入に携わりつつ、スタッフサービス・エンジニアリングのe-learningでJavaの講座を受講することで、少しずつ身につけていきました。また、何かあればすぐに専任のキャリアカウンセラーに相談できる環境はとてもありがたいものでした。

そして今では新しいシステムの要望を受けて、要件を言語化し、小規模なものなら完成・運用まで全体を手がけています。新しい技術を覚えるのが楽しくて、1年前のコードを見たとき、より進んだテクニックで書けるようになっていることを実感します。

一方で自分はヘルプデスク的な、社内の情報機器の“便利屋”みたいになっていきました。おかげで他部署や他事業所まで知り合いが増えました。

そうやって入社から1年半ほどたち、次のステップとしてそろそろ別の職場へ……と思っていたころ。これまで頼ってきたカウンセラーが退職すると知り、ショックを受けました。

自分たちは見捨てられてる?仲間と一緒にダメダメチームを改革!

▲営業担当の木下、カウンセラーの三富となんでも相談。チームを盛り上げるのが楽しい

ところが、そのカウンセラーの退職が大きな転機になりました。新しく担当となった営業の木下さん、キャリアカウンセラーの三富さんと意気投合したんです。

当時、配属先メーカーには20数名のスタッフサービス・エンジニアリングの仲間がいて、ユニット編成されていました。でもそのユニットは形骸化していて、チーム活動の場としてあまり機能していなかったんです。所属の西東京テクニカルセンターには大規模で活気ある老舗ユニットも多かったのですが、それに比べると自分たちは“見捨てられたユニット”みたいに感じていました。

しかし営業やカウンセラーと課題共有するうちに、「なんとかユニットを盛り上げたい」と思うようになったんです。そして2018年4月、ユニットリーダーに任命され、改革に本格的に取り組むことになりました。

リーダーとして大切にしたのは“チームのつながり”でした。たとえば後輩エンジニアについて気になることがあれば、木下さんや三富カウンセラーにすぐに共有します。ユニット内で起こっていることを相互に情報共有して連携を図り、フォローし合う関係を築きました。

また、配属先へカウンセラー訪問のある日には、ユニットメンバーに「今日、三富カウンセラーが来るけど用がある人~?」と水平展開しています。ユニットミーティングは全員参加型の運営を心がけました。

そうしているうちにミーティングや懇親会の参加者が増え、だんだんチームとして機能してきて。新しいメンバーも次々と増え、今では50名を超える規模になりました。

加えて、1年ほど前から力を入れているのが勉強会です。ユニットを通じて後輩に何か教えていきたいと思うようになり、業務上役立つことの多いExcel VBAの講習を始めました。

思えば高校の先生をしていたころは、Excelについて質問されても持ち帰ることがありました。システムエンジニアとして成長した今、自信をもって教えられるようになったことが嬉しいです。

不安でいっぱいな未経験者も、面接に来れば大丈夫

▲ユニット活動ではVBAの学習会の講師として後輩育成にあたる

就業先メーカーはありがたいことに、長いスパンで自分のステップアップを見てくれていて、順調にスキルを磨けそうです。とはいえ、もちろんエンジニアとしてもっと成長したいですし、自分でも身につけたスキルを棚下ろすつもりで、資格取得に取り組んだりしています。

でも今はそれ以上に、チームづくりにやりがいを感じています。ユニットの規模が大きくなった今では統括マネージャーも加わって、営業、カウンセラー、メンバーと、全員でスタッフサービス・エンジニアリング一体となって仕事している感覚があります。

派遣エンジニアの場合、よく所属派遣会社への帰属意識がもちにくいと言われますが、全然そんなことはありません。これからも木下さんや三富カウンセラーと一緒に仕事をしたいと思っています。

加えて、頼られる先輩として、ますます後輩エンジニアの力を伸ばしていくことに関わりたいという気持ちもあって。スキル面だけでなく、一緒にチームづくりに関わっていける人を育てられたら、と。

自分がそうだったように、未経験者は不安でいっぱいだと思います。でもスタッフサービス・エンジニアリングなら、面接に来てしまえば大丈夫。その人に向いていることを一緒に考えてくれます。案件量が多くて仕事の幅が広いので、ぴったりのプロジェクトが見つかる可能性も高いです。

教育・研修機会はまだまだ強化する必要があると思いますが、自分のように勉強会の実施に取り組むユニットリーダーやベテランエンジニアも増えています。営業やカウンセラーは情に厚い人が多く、一人ひとりに向き合ってくれます。

そんな仲間がいる会社ですから、これからエンジニアになりたい人も、キャリアアップしたい人も、安心してスタッフサービス・エンジニアリングで夢を実現してほしいのです。