障がい者雇用を支援する「エスプールプラス」

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エスプールプラスは、企業の障がい者雇用を支援する取り組みを行う事業会社だ。

障がい者雇用促進法にて、43.5人以上の人員を雇用する企業には、2.3%の法定雇用率を守ることが規定されており、改善指導などを経てもなお達成できない場合は社名が公表され、社会的な信用を失う可能性がある。

しかし、障がい者雇用は一筋縄にはいかない。

身体障がいがある方や、比較的障がいの度合いの軽い方などはもはや就職マーケットには少なく、むしろヘッドハンティングの対象にされる。また採用の際のノウハウ、雇用管理ノウハウなどが無ければ、たとえ一度就業いただいたとしても、その後の離職が後を絶たない。1年間の平均継続率は50%の世界だ。 

一方で、障がい者雇用は雇用される障がい者にとっても大きな問題だ。障がいの度合いが重く、オフィス内にて就業するのが難しい方々の中には、日中は自宅で過ごされる方や、施設に通いその施設で働き、僅かながらの賃金を取得される方々が大勢いる。労働契約が存在しないため、ひと月働いてもらえるのはおよそ1万5千円程度だ。

エスプールプラスでは、そんな企業の課題と、障がいがありオフィスで働くことが難しい方の課題を解決するために、農業を使ったビジネスモデルを提供している。

エスプールプラスが企業向けの貸農園を運営し、企業はそこの区画を借り受ける。そしてエスプールプラスは、農園で働く方のなかから、適性があり働く意欲が強い、障がい者手帳を持つ人材を企業に紹介し、企業が直接雇用を行う。

このエスプールプラスのビジネスモデルでは、体験実習を通じメンバーの適性を見ながら慎重に人選を行うことや、適切な専門家からのアドバイスを受けることにより、雇用後の職場定着率は92%を誇る。

人材派遣事業から社長室、エスプールプラス総務部へ

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▲新卒研修時の写真 / 右端が山本

エスプールグループには二つの採用コースがある。一つの子会社に在籍し、プロフェッショナルになるカンパニーコースと、複数の事業子会社を渡り歩き経験を積むグループコース。

2016年、山本はグループコース社員としてエスプールに入社した。入社から2カ月間、さまざまな研修を経た彼は人材派遣を行うエスプールヒューマンソリューションズに配属される。

仕事を希望する登録者を募り、面談を行い希望に合う仕事を紹介し、就業後もサポートを続ける、コーディネーターという職種だった。 

山本 「当時は“がむしゃら”という言葉が合う働き方だったと思います。登録者が来ない日は1日に200コール程電話をかけることもありました」

山本を駆り立てたのは、入社後に行われた研修での出来事がきっかけだった。

山本 「営業要素が強い研修でしたが、私はあまり愛想も良くない方だったこともあり、個人では大した結果を残すことができなくて。ただそれ以上に、成果に貪欲になれていなかったな、と反省しました。それからは自分の成果にとにかく貪欲になろうと決めたんです」

「考えが甘かった」と当時を振り返る山本。しかし、そこにはチームで勝利を掴んできた経験が関係していた。

山本 「高校時代は野球部、大学時代は野球コーチとして、高校野球の助監督をしていたのですが、当時から、いかに自分が活躍するかよりもチームとして結果につなげて勝利することへの志向性が強かったから、というのもあるかもしれません。

なので営業研修でも、『自分が件数を取れなくても他の人が取れるサポートをすることができれば』、『チームで勝てればいいかな』と考えていました。今考えると甘いですね(笑)」

チームとして結果を残す上では、もちろん大切なことである。しかし、裏を返せば個人のコミットを曖昧にしかねない。

山本 「良く言えば『チームワーク・勝たせる』。悪く言えば『自分の成果に対して向き合ってない』。自分でも、自分の結果から逃げているという感覚がありました。それに、チーム自体も目標は未達成でした。研修が終わった後は事業に所属する身として、会社に売上で貢献しないといけないと思ったからこそ、他の人よりも行動することができたのだと思います」

山本はその言葉通り、誰よりも行動をし、登録者に向き合っていた。

他の人が見捨ててしまうような登録者──スーツもなく、携帯電話回線も止められ、接客の仕事を希望しているにも関わらず散髪するお金が工面できず、明らかに自分で切ったぼさぼさの髪で職場見学に臨もうとする方。親とも絶縁状態だった。だけれども、どうしても働きたいという思いがその登録者にはあった。

一つ目の紹介先では就業が叶わなかったが、二つ目の紹介先で就職をつかむ。その登録者からは会社が変わっても連絡がある。携帯を買ったあと、「この番号です」「二十歳になりました」と。

たまたま行った駅で偶然居合わせたこともある。とても明るく元気になっており、一人の人生を変える手助けができたと感じた。しかし、やりがいを感じる一方で、山本の前にそびえ立つ壁は高かった。

山本 「ただただ、『売上を上げるぞ』と頑張っていましたが、あまり成果を出せませんでした。だからこそ人よりも行動をしなくてはと思っていましたが、登録者も少ない支店で……配属から半年後には異動することになりました」

山本は社長室へ配属となり、上場準備に勤しむ。投資家への説明やPマーク取得、他グループ会社の業務フローの作成など、その業務は多岐に渡る。グループの中心として最も会社の業績を把握することができるポジションで、グループ全体の動きもよく見ることができた。

グループの代表取締役の部屋も近く、いろいろな事業の話が聞けた。会社とはこのように動き、成り立っているのかと勉強になったと山本は語る。

刺激を受け、じゃあ次は何しようかな、自分が会社やるときはこういうことをやろうかなと考えを廻らせ、定時後には、いつも最低3時間以上は勉強をしていた。とても楽しく、やりがいを感じていた。

そんな中、エスプール社員として2年目の2017年6月、山本の心を揺るがす一つの出来事が起こる。

「出世コースを外れてしまう」。人生を大きく変えたそのひと言

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2017年6月、山本がエスプールの2年目社員として会社の飲み会に参加した時のことだった。

山本の人生を良くも悪くも変える言葉をかけられた。

「他のグループ社員の同期は新しい事業部に行ったり、今伸びている事業会社の営業に行ったりしているけれど、管理部門にいる君は出世コースを外れた」

6月はエスプールグループの下期のはじまりでグループ社員の異動がある。

1年目に同じく派遣事業に配属になった同期は、先の言葉通り「売れている会社」の営業や、グループ本体の事業部にて営業にアサインされるなど、山本とは別の道に進んでいた。山本自身も、当時のエスプールでは営業でないと出世しづらいという考えもあった。

その言葉を聞いた山本は、その日は一言も発さなかった。そして帰り道、昔からの思想を反芻する。

「レギュラーが偉いのか?」

野球部時代、レギュラーの座を掴んだ山本は常に自身に問い続けていた。ベンチにいる人が何もしていないわけじゃない。練習に付き合い、応援して、後方支援に徹してくれる人がいるから活躍できるし、勝てる。

レギュラーだから偉いわけじゃない。営業のような表舞台に立っている人がかっこよく見えるかもしれないけれど、それを支えている方がいるからこそ、その人たちが活きる。

ビジネスにおいてもそれは変わらないはずだと思った。だからこそ、後方部隊を軽んじるようなその言葉を山本は許せなかった。

来年、再来年。今後自分と同じポジションになる人間が絶対に現れる。

新卒が来ても、「活躍できる、出世できるよ」。それを伝えるためにも、自分が見本にならないといけない。何が何でも目指すべき姿になり、同じような言葉をかけられ、自分と同じ思いをする人が居なくなるようにしなくてはならない。そう、強く思った。

それからの山本は、今まで以上にがむしゃらに働いた。

2019年6月、内示が下される。エスプールは東証二部上場を果たし、一部上場を目前に、山本は現在所属するエスプールプラスに配属となる。社長室の延長線上の業務、助成金や個人情報関連の業務を遂行する人員を同社が募集しており、山本に白羽の矢が立ったのだ。

組織の大変革は「もったいない」の思いから

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▲優秀貢献チーム賞受賞時の1枚

総務の一員としてエスプールプラスへ配属された山本だが、翌年にはWebマーケティング業務を行わないかと打診される。

エスプールプラスの社長から直々にWebマーケティングを行う者のサポートをするか、Webチームの責任者として売上数字を追うか、選べと言われた。未経験の分野ではあったものの、山本は迷わず「責任を負う」と答えた。

山本 「不安感はまったくありませんでした。というと嘘になるとは思いますが……売上の話で行くと、本当に達成できるかな、どうなんだろうな、とは思いました。ただ社長室でのコーポレートサイトの更新などの経験からやるべきことはたくさんあると分かっていたので、やるしかないという気持ちでしたね。

みんながわからない分野なので、そこで自分が誰よりも勉強して、知識を入れて、考えて作っていこう、やりがいがいっぱいあるな、と。期待の方が大きかったですね」

山本は配属当初から、コーポレートサイトのリニューアル、ランディングページの改修、リスティング広告等、幅広い領域で顧客のニーズを捉える情報を発信できるよう精力的に取り組む。毎日ひたすらに、縁の下の力持ちとして成果をあげるためにどん欲に働いた。

結果、誰もが達成できないと思っていた、会社全体のミッションであるWeb流入からの売上目標も達成する。それは誰もが驚くほどの途方もない数字だった。

また、営業組織の改善にも取り組んだ。従来の営業組織から変わっていく必要があると感じて、新たな営業組織で最大成果を上げることができる仕組みに変えた。

元々の営業組織が悪い訳ではなかったと山本は振り返る。しかしもったいない──そう感じた山本はすぐに行動にうつした。 

山本 「従来の営業メンバーは全員アポイント獲得から商談、契約までをこなしていました。しかし、その中には営業に合わない人もいるし、細かな契約書対応が苦手な人もいる。それに、無理やり取ったアポイントで受注できないのも苦しいでしょう。

合わないけれど、そのまま取り組ませるというやり方は平均点くらいの人たちを作り上げると私は思っています。それならばその人たちが強みを活かすことができるような環境を作って、パフォーマンスを発揮してもらうほうがよっぽどいいと思いました。無理にやらせるのでは、効率が悪くもったいないですし、疲弊してパフォーマンスが上がらない。

そして、それらを変えられるのが、Webマーケティングだと感じました。従来の営業スタイルを貫いて組織として躓くのか、新たなやり方を模索する必要があるのか、会社としても変革を迫られているタイミングでもありましたし、そこが変われば、『チームで勝つ』が達成できるというのもぼんやりと感じていました」

自身の失敗体験の要因になった「チームで勝つ」という手法。自身が成果に貪欲になり、仕組みを整えることで、「チームで勝つ」ことも達成できるようになったのだと山本はいう。

山本 「私の原動力はみんなの不満なんです。皆が幸せだったら、変える必要がないので多分何もしないと思います (笑)。

ただ、当時のエスプールプラスには変えたらより良くなることがたくさんありましたし、これからのエスプールプラスも、障がい者雇用にも、まだまだやることはたくさんあります。ですから、精一杯頑張って、チームで、会社と社会に貢献していこうと思います」

紆余曲折を経て、今に至る山本。後輩社員や今の自身が置かれている環境に悩んでいる人へ伝えたいことがある。

山本 「与えられた環境に対して文句を言うくらいであれば、自分で環境を作り出すのが良いと思います。何もしないと環境はそう簡単には変わらないし、気に食わないことがあるとか、あの人がこう言っているからとか、人のせいにしてしまうこともあるでしょう。

しかし、今の環境が悪いと思うのであれば、どういう風にしたら良いのかを自分で考えて、実行する。考えていたとしても実行できないのであれば、そこで終わってしまいますからね。幸い、エスプールグループのメンバーはみんな話を真摯に受け止めてくれるので、まずはアイデアを形にして、相談していきましょう。それが良いものであれば、組織や環境は自分で変えられます」

フランクな振る舞いの裏で、並々ならぬ闘志を燃やす山本は、マーケティングチームとして優秀貢献チーム賞を受賞。2021年12月をもってマーケティングチーム リーダーに就任した。もう出世コースから外れたとは言わせない。

より良い社会のためにも、そしてエスプールの未来を背負う後進たちのためにも、山本は今日も新たな道を切り開いていく。