地元広島から始まったエスプールとの出会い 

沖谷は2021年現在、エスプールロジスティクスのつくばセンターにてセンター長を務めている。業務内容はセンターのとりまとめや目標管理、収支管理等など、様々。

そんな沖谷とエスプールの出会いは、大学時代に始めた地元広島の営業所でのアルバイトである。学生だったこともあり、学業の傍ら土日に勤務する程度だった。

当時、沖谷は自分のやりたいことと大学で学んでいる内容にギャップを感じ、悩んでいた。

もともとテレビなどのメディア系を目指していたが、実際に入学したのはビジネス情報系の学部。沖谷は1年間通ったものの、2年目に入ったタイミングでその違和感が大きくなっていき、大学を中退するという道を選ぶ。

大学を中退した後、やりたいことが見つかるまではという思いでフルタイムでエスプールで勤務するようになっていった。そこで、当時広島でセンター長をしていた馬越 中に拾われる。

沖谷 「当時、やりたいこともなかった中で馬越さんに『社員として働いてみないか』と、お声がけいただいたんです。というより、立場的には拾っていただいたと言った方が正しいんですけど(笑)。本当にやりたいことや夢なんかもなかったので、せっかくの機会だし本格的にやってみようと思いました。お話を受けて1つステップアップしたような形になりましたね」

度重なる異動、迫られた選択──それでもエスプールを選んだ訳

▲つくばセンターでの従業員との1枚/写真左が沖谷

広島センターで日々働く中、エスプールロジスティクスで新たに横浜に営業所ができる話が出てきた。

当時、沖谷はまだ契約社員だったものの、馬越からステップアップとして横浜に行かないかという打診を受ける。

沖谷 「そのときの心境としては、ネガティブとポジティブが半々という気持ちでした。やはり、広島で生まれて育ってきた人間なので関東に憧れを持っている部分はありましたが、それでも地元は地元で好きなところではあったんです。家族も広島にいて、離れることに寂しさや不安はありました。

でも、良い機会というか一つ前に進むステップアップの機会をいただけたのかなと思いましたね。ありがたいという気持ちのほうが強かったです」

その後、 横浜で1年弱勤務した沖谷は、一旦広島に戻ることになった。

しかし、広島に戻ってしばらくしたころ、広島のセンターが閉まることが決まった。地方でのセンターを閉じ、首都圏にセンターを集約するという会社の方針変更によるものだ。

ここで沖谷は、関東に行くか会社をやめるかの選択を迫られることになる。

沖谷 「広島で高卒で就職していた18、19歳の子もたくさんいたのでそういう子達は親御さんとも相談して退職を選ぶケースが多かったですね。広島の営業自体は別の企業が引き継ぐことがきまっていたので、地元を離れられない人はエスプールをやめて広島に残って、そちらの企業に転籍された方も結構いらっしゃいました」

エスプールを離れる者も多かった中、沖谷に転籍という選択肢はなかったという。

沖谷 「自分の中では、エスプールを辞めるか、もし必要とされているならエスプールについていくという選択肢しかなかったです。やはりエスプールに拾ってもらった身ではあったので、会社のために尽くしたいなという想いは強くありました。

それに、エスプールを辞めてもやりたいことがあったわけでもなく、優れた資格や特別な経歴を持っていたわけではありませんでした。なので、チャレンジできなかったという面もあるかもしれません(笑)」

そうして沖谷はつくばセンターに異動になる。

内気な自分がセンター長に。一人で抱え込んでしまった過去

▲つくばセンターでの従業員との1枚/写真右が沖谷

つくばセンターに異動したあと、沖谷にセンター長のポジションの打診があった。

しかし、センター長を打診されたときはネガティブな感情が強かったという。もともと、人見知りで内気なタイプであることがひとつの要因だった。

沖谷 「幼少期は、家庭の環境で引っ越しが多かったんです。新しい人間関係や新しい環境で人間関係を築くのはへたくそでしたね(笑)。それに表舞台に立つことが苦手で、陰でこそっとしていたいと思っていました。自分から何か立候補することもなかったです」

そんな内気な性格に加えて、トップのポジションであることも沖谷を悩ませた。

沖谷 「センター長という立場の人が自分の上にいると、何かあったときに頼れるので、ずっと2番手3番手がよかったと思ったのが正直なところですね。責任を負うということが怖いというか、重大なことだとわかっていたので逃げたいなとも思っていました」

そんな中ではじまった沖谷のセンター長としてのキャリアは2021年で2年目になる。

センター内の最終判断をする立場ということもあり、2年目になる今でも、自分の下そうとしている判断が正しいのかどうか日々自問自答を繰り返している。

そんな中で、センター全体をよりよくするために、自身の失敗経験から気を付けていることがあるという。

沖谷 「過去に、問題が起こったときには全て自分だけでなんとかすればいいやと思っていた時期があったんです。周囲に相談もせず、一人で壁に当たって自分一人で抱え込んでしまって、何も前に進まないということがありました。

でも、今思い返してみると、他の人の成長機会を妨げてしまっていたと思うんです。私がそういうことをすることで、下の子たちの業務を勝手に制限することになってしまうし、刺激がなくて仕事を楽しいと思えなくなるんじゃないかなって考えるようになりました」

思いやり──従業員との信頼関係が成長しやすい環境につながる

今、沖谷が大事にしていることは人間関係やスタッフへの想いである。

沖谷 「辞めていくメンバーのことを改めて考えたとき、対人関係やコミュニケーションが不足していた部分が大きいと思うんです。一人ひとりに伴走して、助け合って動けていなかったと反省するところは多くあります。

求めるレベルが高いにも関わらず、現状その作業に対してどのレベルなのかとか本人がどういう感情なのかっていうところを本人と擦り合わせる機会が足りなかったと思いますね」

沖谷はセンター長として、コミュニケーションを大事にし、思いやりと配慮を増やして信頼関係を築くことを一番大事なこととして語った。

沖谷 「この仕事は周りの協力があってこそ成り立っていると思うんです。エスプールロジスティクスのミッションやバリューとしてもあるんですけど、前工程への感謝と後工程の人への思いやりや配慮は常々大事にしています。これは朝礼でもいつも言うようにしていますね。あとは報連相です。できなかったことは仕方ない、でもできなかった事実の報告はするようにと伝えています」

後進のメンバーを育てるための成長環境についても、沖谷なりの考えがある。それは、「やらされている」と感じさせないことを意識してマネジメントを行うことだ。業務の幅を増やすなど、本人のキャリアプランを明確にしたうえで、今している業務の調整をするようにしている。

業務以外のところについても、面談などで現場の声を拾うことも忘れない。労働環境の整備はもちろん、プライベートの時間を充実させてあげたいという想いがあるからだ。

沖谷 「基本的に、センター全体で目標の状況や課題に感じているところはミーティングで声を拾うようにしています。心境の変化やプライベートなところの話だと、立ち話ではなかなか出てこない人もいたりするので、そういったもののはけ口になる機会もつくるようにしていますね」

沖谷は常に仕事にまっすぐに向き合い、従業員のことを考えている。

今後、エスプールロジスティクスのさらなる拡大のため、沖谷のつくばセンターでの奮闘は続く。