ヒントは至る所に落ちている!ハングリー精神を育んだ新入社員時代

佐久間 雄介がエスプールに入社したのは2005年。当時のエスプールは、人材派遣を中心とした事業を展開していた。そんな中で佐久間が配属されたのが、BPO事業本部(※Business Process Outsourcingの略)。2020年現在のエスプールで言うところの、新規事業開発部署の立ち位置だった。

佐久間 「BPO事業本部は、一般的な派遣から一歩進んだ事業を開発することを目的とした部署でした。限られた予算の中で、顧客に対してどんな付加価値を提供できるのかを模索する日々でしたね」

顧客の会社の属する業界や慣習を知らないことには、現状から一歩進んだ提案をするのは不可能だ。佐久間は入社してしばらく、先輩のアシスタントとして現場を駆け回った。

佐久間 「当時僕が関わっていたのは、市場の物流業務を行う人材の派遣でした。市場という特性上、時期や時間帯によって仕事量の変動が激しく、労働力の調整が難しい現場でした」

ここで佐久間は、今後の仕事の礎となる経験を積む。

佐久間 「世の中にはいろいろな仕事があることを知りましたね。大学を卒業したばかりだった僕は、わかりやすく目につく仕事の存在しか認識していなかったことを痛感しました。そして様々な業界を横断的に勉強していく中で、自分のいる人材業界と、人材の派遣を求めている業界とのギャップに気が付きました」

通常の派遣事業者は、10人の労働力の受注が来たら、その人数を将来的に11人にしたいと考える。しかし派遣を受け入れる側の会社にとっては、仕事の効率を上げてより少ない人数で回す方が望ましい。

その違いに目を付けた佐久間たちは、物流業務を業務委託で丸々請け負い、現場の効率を上げることで、自社にも顧客にも利益が生まれる形を目指した。これによって、変動の激しい市場の現場であっても、きめ細かな対応が可能になる。

現場の効率を上げる提案をするために、人材業界という立場をフル活用したいと考えた佐久間。そこで彼がとった行動は意外なものだった。

佐久間 「社内の様々な先輩と飲みに行きました(笑)。他業界の顧客を担当している先輩から何かアイディアを盗めないかと考えたからです。ある業界で当たり前に行われていることが、別の業界の課題解決に活かせる事例はたくさんあるんですよ」

ライバルは、同期ではなく先輩。良い所は貪欲に取り入れ、自分の糧にする。佐久間のハングリー精神はその後、彼を大きく成長させることになる。

支店員から、エリア長へ。留まることを知らない「飽き性」でキャリアアップ

▲佐久間 雄介

1年目の途中から人材派遣のオペレーション業務に携わることになった佐久間。配属された渋谷支店では、社員2人で1日に150人ほどの求職者に仕事を紹介した。

佐久間 「配属されたばかりの頃は業務量が多すぎて、一日中オペレーション業務にかかりっきりでした。しかし、僕には営業の仕事をしてみたいという目標があったので、まずは目の前の仕事を整理することから取り組みました」

当初は電話をかけて求職者と仕事を結び付ける手法をとっていたが、それを一週間分の希望シフトを出してもらう仕組みに変更。佐久間たちにとっても求職者側にとってもメリットがある仕組みに整えた。これによって、1日あたり2時間程度の時間を捻出した佐久間は、念願の法人営業に取り組み始める。

佐久間 「物流の、派遣を必要としている会社に対する提案書づくりから始めて、3か月で 1000万円の売上を目標に掲げました」

すぐに佐久間は営業の仕事に没頭。オペレーション業務から離れて一日中営業に力を注ぎ、自分でとった案件の現場を回る日々を送った。

佐久間 「心がけたのは、とにかく派遣の現場に入ることです。現場では、派遣スタッフの方たちに効率を上げる方法を伝授しましたね。結果として、提案先の会社から毎日60人くらいのオーダーをいただけるようになり、なによりも現場のスタッフに楽しいと思ってもらえるようになりました」

営業として充分過ぎる成果を上げた佐久間。しかし彼の「飽き性」は、そこに留まることを良しとはしなかった。

佐久間 「新しい事業に取り組みたくなったので、現場で引継ぎとなるリーダーを育ててから、一旦渋谷支店に戻りました。そこには新しく支店長に任命された人がいましたが、自分の方が仕事を把握していると感じたので『支店長を僕に変えてください』と掛け合って、自分が支店長になりました(笑)」

そのまま佐久間は川崎や横浜の支店も統括するエリア長になるが、半年ほどで「飽きる」。求職者が絶えずに現れる関東圏では、顧客が共通していたこともあり、仕事内容はあまり変わらなかったのだ。その時点で佐久間の興味は次に移っていた。

佐久間の興味を駆り立てたのは、地方にある支店でのオペレーション。近辺に支店がなく、自力で求職者や顧客を獲得しに行くしかない場所を佐久間は志願した。こうして彼は、福岡の支店に移る。入社3年目を迎える、年明け頃の出来事であった。

リーマンショックも立て直し入社6年目で執行役員に。今も挑戦は続く

▲SHS社長、香川 健志との一枚(左側が佐久間)

福岡支店と、物流会社への人材派遣をメインとした広島支店を統括する九州エリア長として活躍していた佐久間だったが、2009年のリーマンショックをきっかけに関東に戻ることになる。

佐久間 「関東エリアは今まで、営業をしなくとも顧客が集まってくる状況にありましたが、リーマンショックを境にぴたっとオーダーが無くなってしまいました。そこで営業経験のある僕が関東地方の立て直しに呼ばれたわけです」

営業のノウハウを駆使して、再び渋谷支店で立て直しに尽力した佐久間。関東エリアのみならず、獲得した案件を地方の支店に分散した。その甲斐あって客足も回復してきたところで、2009年にエスプールから人材専門の会社として独立したエスプールヒューマンソリューションズ(以下SHS)の営業部長に任命された。

佐久間 「営業部長になってからは、3年ほど香川 健志(現SHS社長)の下で全国的に営業を続けました。全国の支店のメンバー120人ほどが部下となりましたね。そして、営業成績が目標の140%に達したあたりで、エスプールの執行役員に任命されました」

突然のことゆえに、任命されたばかりの頃はまったく実感がわかなかったという佐久間。しかし、徐々に管理業務にも携わるようになり、部下の面談を担当するようにもなった。

佐久間 「面談で聞いた悩みは様々でしたが、頑張りが評価されていないと感じる、待遇を上げてほしいという声が多くありました。そこで、人事制度自体を改善するように働きかけました。評価されづらい仕事も拾い上げられる制度にしたおかげで、自分の部下に対して明確に指標を与えられるようになりました」

営業に管理業務に、二足の草鞋で仕事をこなす佐久間。ただ、彼が飽きっぽい人間だということを忘れてはならない。

佐久間 「派遣事業は、一度契約をとれば毎月決まった利益を得られますが、それは変化球の提案が出来ないことも意味します。加えて、だんだんと顧客の顔ぶれが同じになってきたのもあって、僕の飽き性が疼きだしてしまいました」

もっと違った事業に挑戦したい。そう考えた佐久間は、ある決意を胸に社長室のドアを叩いた。

佐久間 「社長に、エスプールグループ全体の横断的な営業をしたいと直訴しに行きました」

「飽き性」、それは尽きることの無い興味に突き動かされ、挑戦し続けること

今まで営業経験を積んできて芽生えたのが、「もっとエスプールのリソースを活用して、顧客の課題を解決するような提案がしたい」という想い。佐久間は、入社1年目に別部署の先輩達と飲みに行きつつ、アイディアを盗んでいたことを思い出していた。

佐久間 「エスプールはポートフォリオ経営で様々な事業を営んでいます。しかし当時はまだ、事業を横断的に把握している人が少なかったんです。せっかくなら、エスプールグループをまたにかけてソリューションを見つけたいと考えました」

佐久間の訴えは社長によって快諾され、佐久間1人が所属する部署である営業本部が誕生した。そこから佐久間は、グループを横断して解決メソッドを提供し続けている。

佐久間 「よく覚えている大きな事業が二つあります。一つ目は、東日本大震災の時に除染作業をする人材派遣に関わったこと。もう一つは、東京オリンピックを契機に電力インフラのIT化推進を遂行するための受託業務をとったことです」

実はこの二つの事業は、どちらも最後まで完遂することなく終了を迎えている。他に多くの成功体験を重ねているはずの佐久間だが、どうしてこの二つの事業を取り上げたのだろうか。

佐久間 「もちろん、他にも様々な事業に携わっています。2019年でいうと、エスプールロジスティクスの売上でトップの新規獲得も担当しました。でも、僕は大きな失敗もたくさんしているんです。それでも任せてくれる人がいるから、期待に応えるために挑戦を続けられています。そういった意味で記憶に残っていますね」

挑戦を続ける佐久間はインプットにも余念がない。執行役員として、就活生の面接官も務めている佐久間だが、彼のハングリー精神はここにも及んでいる。

佐久間 「もちろん面接の目的は採用、不採用の判断ですが、実は僕の方も刺激をもらっています。良いアイディアを持っている人には積極的に相談したいですし、話をしていてビビッと来ることも多いですよ」

そんな佐久間は、今後の目標を次のように語る。

佐久間 「今までは多くの事業に少しずつ携わってきましたが、今後はたった一つの熱中できる事業に取り組みたいですね。そしてもう一つ。エスプール社長の浦上 壮平を唸らせるようなアイディアをつきつけたいという野望があります」

自らを飽き性だと表現する佐久間だが、尽きることの無い興味に突き動かされて仕事をしてきたともいえる。彼の活躍はエスプール全体に大きなインパクトを与えてきた。佐久間にとって仕事とは「自己実現の場」。理想の自分を実現するために仕事に取り組む彼は、「後輩に頼られる40歳になりたい」と笑顔を見せた。