反面教師から学んだ、柔軟な教育の必要性

▲学生時代の田村(下段左)

田村は専門学校を卒業後、ネットインフラ関連の知見を生かしSIerとして中小企業のインフラIT企業に就職。そこから大手企業に派遣され現場社員として専門性の高い業務をこなしていた。

田村 「サーバーの構築などをメインで行っていました。そのかたわらでOS構築やテスト環境の構築まで幅広く担当していました」

淡々とした口調で語った田村であったが、もちろんその業務を最初からすんなりとできたわけではない。入った当初には新入社員としての苦労も多くあったという。

田村 「私が以前勤めていた会社では、わからないことがあってもどこか質問しづらい雰囲気がありました。先輩に聞いても『自分で調べて』と言われることが多かったですね。ただそのおかげで、情報を能動的に取りに行く姿勢が身についたと思います」

これはいわば、エンジニア職として生きる上での洗礼だったともいえる。

田村 「もちろん質問するときには事前にしっかり調べ、自分の意見を固めてから質問をしていました。ただどんなに調べてもわからないこともあり、それを聞けずに時間を浪費した苦い経験は今でも忘れられませんね」

もちろん、頭では『自分で調べる』ことの重要性や、このときに簡単に答えを教えてくれない先輩の気持ちが『後輩を甘やかしてはいけない』という優しさから来るものであることを十分に理解していた。

しかし、時間効率を考えて「どうしても……」というときは柔軟に教えることも大切であると考えるようになったという。こういった前職での経験が、後々自分がリーダーとなりチームを形成していく際のモットーとなり活かされていくのだ。

また、田村は常に「物事を多角的な視点で捉えること」を意識している。ただ受身でいるだけではなく「自分だったらこうする、こういう環境をつくったらどうだろう」と多角的な視点で物事を考えていた。この考え方が彼自身にチャンスを与え、かつ仕事を柔軟にこなす力となっていく。

パラダイムシフト ──エンドユーザとコミュニケーションをとりたい

▲エスプールの執行役員 情報システム部部長の青柳 賢太朗と

SIerとして順調にキャリアを歩んでいた田村。だが、当時在籍していた企業で、派遣期間の満了も近くなったころに、ふと思うことがあった。

田村 「今までSIerとしてシステムをつくる側、それも企業間でしか意見を聞くことがなくて、実際に使用しているエンドユーザの表情すらみたことがなかったんです。なので、システムを利用する側にいきたいと考えるようになっていました」

大きなキャリアチェンジをするかどうか迷っていたちょうどそのころ、2020年現在の情報システム部の部長から直接誘いがあったのだ。

田村 「2018年末から2019年初めのころでした。エスプールも上場するなど大きく成長を遂げている時期ですね。そしてそれに合わせて基幹システムをAWSへ移行する作業を行っており、その移行作業を『主導で行ってほしい』と頼まれたんです」

ただ、田村もこのひと言ですぐに返事をしたわけではなかった。

田村 「実際、最初聞いたときは自分の力量でどこまで進められるかという不安の方が大きかったですね……」

それまでさまざまな企業に対して複数人のチームを組みシステムの導入などを行っていた経験から自信はあった。しかし一方で、一企業に属して一社員として行うことに不安があったのだ。

それでも田村を動かしたのはやはり、『エンドユーザの声が聞きたい』という強い想いだった。

田村 「今までは対企業でしかシステムの導入を行ったことがなく、そのシステムが運用されてからの反応を知ることができなかったんです。

でも、企業の一社員となることで、社内でシステムを使用する人からの反響を直接聞くことができると考え、不安もありましたが覚悟を決めました」

障壁 ──ブラックボックス化したシステム──

田村は転職後すぐに一筋縄ではいかない状況に気づいた。

田村 「少人数であったため、システムの管理が属人化していました。なので、何が何につながっているかなどそれらをひも解く作業からしなくてはなりませんでした。いわゆる『ブラックボックス化』した状態。

入社後間もなくシステムを管理していた1人が退職したので、システムの状況の把握は困難を極めました」

時を同じくして、エスプールは東証二部上場、一部上場のステージアップをしていた。その急激な成長に合わせて、情報システム部の人事改革も行われることになった。

それらが転職直後の田村に、一気に押し寄せてきたのであった。

田村 「マニュアルすらできていなかったため、最初は何から手をつけていいのかわからず……。本当に日々頭を抱えていました。

でも、結局『考えるより手を動かす』でしたね。そうするしかなかったんです(笑)。

まずできるところから手をつけようと頭と気持ちを切りかえ、わかる範囲で状況を細かく把握していきました。そして部内の協力を仰ぎ、ひも解いたところから手分けしてマニュアルをつくっていったんです」

そんな泥沼状態の移行作業の間にも、立て続けに別の業務が舞い込んでくる。社内からのシステムに関する質問やエラー対応である。

当時、エスプールグループ全体は約700名の大所帯。そのITインフラを支える情報システム部の人数は、田村を含めて4~5人程度。怒涛の日々だったことは、想像できるだろう。 

しかしそのような状況にもかかわらず、社内からの問い合わせに一人ひとり丁寧に対応することを徹底した。

田村 「エスプールでも、以前の情報システム部はどこか質問しづらい部分があったようで、そのイメージを払拭しようと思っていたんです」

前職での経験から自分で調べることの重要性を理解していた。しかし一方で、それをシステムに対してまったく知見のない人に求めるのはムリがあるのではないか──そんなとき彼が大切にしたのは、コミュニケーションだった。

田村 「システムエラーがあってもなかなか共有されずに、ことが重大化した後に発覚しては、大ごとですから。どんどん企業が大きくなっていく中でそういったことを未然に防ぐためにも、丁寧にコミュニケーションをとっておく必要があると思ったんです」

当たり前のその先にあるもの

▲20周年を迎えたエスプール

エスプールに入社して一年、さまざまな困難を乗り越えてきた。怒涛だったが、まだまだ忙しい日々は続いていくだろう。そんな田村には自分の理想がある。

田村 「自分の理想として、『何かあったときに質問しやすい人』になりたいです」

質問対応をする田村の姿勢は、常に質問者と親身に対話し最善の解決策を伝えている。また、コミュニケーションをしっかりと取りながら、質問者にそれ以上の問題がないかなどを確認して終話している。たわいもない会話の中には彼の信念が隠れていたのだ。

一見すると個人的なタスクが増え、「業務効率」という点から見ると悪循環をもたらす可能性のあるこの目標。しかし、田村は多角的な視点を持った上で、この目標を設定していた。

田村 「もちろん対応できる人数が多ければ効率を求め業務分担できますが、今はまだ人数が少ない状況です。

一つひとつの些細なエラーを早めに回収し対応できれば、長期的に見たときには効率がいいと考えています」

2020年現在。20周年を迎えたエスプールは、子会社を合わせると全国30拠点。その中では当たり前のようにWi-Fiが使えている。その水面下では、目に見えない小さなエラーも含めた改善が、日々確実に行われているのだ。

情報システム部の顔として、田村はこれからも現場と同じ方向を向き、エスプールのインフラシステムをさらに強固にしていく。