「環境」のことになると不思議とスイッチがONになる
僕が学生時代に興味があったのは、ずばり「環境問題」です。いろいろな選択肢がある中で、卒論のテーマとして選んだのが環境経済学である「ゼロ・エミッション」。持続可能な社会システムを構築するにはどうしたらいいかと研究していました。ちなみに、もう20年以上前のことです。当時は、京都議定書が締結されたころで、SDGsなんて言葉もありませんでしたからね。今となっては、先見の明があったのかな、と勝手に思っています(笑)。
なぜ興味を持ったのかっていうのは、実は、自分でもうまく説明できないんですよね。何となく吸い寄せられたというか……。明確なきっかけもなくて。でも、のめり込むようにやっていましたし、研究を苦に感じたことはありませんでした。
その割に、不思議なもので、就職活動では環境を軸にしようと考えませんでした。僕が惹かれたのはメーカー。ものづくりに近いところで仕事をしたいっていう気持ちが強かったんです。ありがたいことにいくつか内定をもらった中で、当時業界としても最盛期であったという理由で給湯器メーカーに営業として入社しました。
自分でいうのもなんですけど、快活……。というかよく喋るタイプで(笑)、人と会うのが大好きなんですね。だから、営業の仕事が楽しくてしょうがなかったです。営業成績もついてきて、数年後にはマネージャーとして部下をまとめる立場になりました。
実は、その当時担当していたお客様の1社がシナネンでした。シナネン側の担当の方にも良くしてもらったこともあって、なんだか居心地が良くて。何かと用事をつくっては毎日のように立ち寄る時期もありました。なんとも迷惑な話ですよね(笑)。
今思うと、「環境を考える会社で働きたい」と思うのは当然の流れだったかもしれない
一社目の企業にはトータルで19年勤めたのですが、家庭の事情で拠点を変えざるを得なくなって、転職を決意しました。
転職先は、外資系の消毒剤メーカー。入社したときは、ちょうどコロナ禍になって間もなく、感染者が増加してきたタイミングで、目が回るほど忙しかったですね。僕は法人営業の担当でしたが、仕事をするうちに、少しでも多くの人に消毒剤を届けることが社会の役にも立つと考えるようになって、BtoCの営業もしたいと思うようになりました。
けれども、社内でその考えを伝えてもBtoBに専念せよという方針は変わらず。「もっとできるはずだ」という自分の気持ちを押さえつけようとはしたものの、結局折り合いを付けられませんでした。
退職を考え始めたのは、入社から1年も経たないうち。このときに改めて「一番興味があることって何だろう?」「自分が打ち込める仕事ってなんだろう?」と自分を見つめ直したんです。
それで真っ先に思い出したのが、環境をテーマに研究していた学生時代でした。
新卒の段階でそういう道を選んでおけば……。というような後悔はなかったです。なんなら、学生時代には自分が環境に関心があるっていう自覚がありませんでしたから。むしろ、違う道を選んで働いて20年以上経ったからこそ、自分が本気で打ち込みたいと思える道に気づけたんじゃないかなって。
この想いは大切にしようと、環境に関わる会社を軸に転職活動を始めたところ、シナネンに再び出会うことになりました。
面接の場では、「小松さんはどんなことがしたいの?」と僕が挑戦してみたいことを中心に話を聞いてくださったのが嬉しかったですね。ちょうどシナネンが再生可能エネルギーを活用した電気販売に関する新事業の担当者を募集しており、その内容と僕が目指している方向性がマッチしたんです。
お話を聞いたときは「おもしろそう!」と心が躍りましたね。電力自由化のなかで、電気事業で戦う難しさも正直あることは、分かっていました。でもそれも望むところだと、いばらの道で成功を収めたいという野心が芽生えまして(笑)。
面接に進んでからも、環境問題と正面から向き合うために新規事業にも積極的に挑戦していくんだという会社の覚悟に惹かれ、迷いなく入社を決めました。
「放“認”主義」がモットー。恩師から学んだことを部下に活かし続ける
配属された電力ソリューション営業部は、その名のとおり電気事業を担当していて、そのなかで僕は主にBtoC向けの営業を担っています。チーム長として、メンバーのマネジメントをしています。
僕がモットーにしているのは「放“認”主義」。
部下のやりたいことをしっかり認めて任せる、という造語です。命令ではなくて、自分の意見や意思を大切にしてほしいですし、僕もその気持ちを応援したいと思っているんです。
この考え方は、給湯器メーカーの新入社員だったときの上司から学びました。「挑戦したかったら、何でもやってみなよ」といってくれる方で、ダメなものはダメと怒られることもありましたが、当時キャリアが浅かった僕にも結構自由にやらせてくれました。それが自分にとってもやりがいに感じられたんですよね。
今となっては、僕が影響を受けた上司の真意は分からないんですけど、こうして自分が同じ立場になってみて、上司の最大のミッションは、部下の給与を上げることにあるんじゃないかなって思うんです。
「会社で〇〇を実現しよう」と言われても、なかなか自分事として考えにくい部分も多いと思っていて、それよりも、自分自身や家族、大切な人をもっと幸せにすることを一番に考えてもらう。
それでも結局ゴールは一緒で、成果を上げることにあります。でも、“自分のため”といわれた方が、モチベーションが上がるんじゃないかなって。だから、チーム長としての僕ができるのは、背中を押すこと。「これがやりたい!」っていう想いに、できる限り「いいね、やってみよう!」と応えることで、どんどん自ら動いて成果を挙げてもらえるようにしています。
ほんの少しでも多くの方に、環境を意識し商品価値を感じてもらえるように
僕がいるチームが担う事業の一つに、電力販売があります。そのサービスの一つが「シナネンあかりの森でんき」。
お客様からいただく電気料金の一部を森林保全等にあてさせていただく「シナネンあかりの森プロジェクト」と並行し、クリーンな電力を使いながら、環境を守る活動にも貢献できる仕組みです。
認知度はまだまだ低いのが実情ですが、 脱炭素社会を目指すこの日本で、再生可能エネルギー由来の電力を普及させたいですし、その価値を感じてもらえる人を少しでも増やしたい一心で、事業と向き合い続けています。
ちょっと大袈裟かもしれませんけど、クリーン電力を広めることがエネルギー会社としての社会貢献にもなるんじゃないかなと思っています。
今考えると、巡り巡って、不思議な縁ですよね。
学生時代に何となく考えていたことが始まりで、ひょんなきっかけから本気でやりたいことに気づいて、いつの間にかガッツリ仕事になったという(笑)。いろいろな人の話を聞きますけど、やっぱりキャリアの築き方に、絶対的な正解はないんだなって思います。
僕の場合、蓋をしていたつもりもなかったですが、根底にある想いは、学生時代から変わっていなかったんでしょうね。
研究が仕事に変わっても、生涯関わっていきたいと強く思えることに出会えたのは、その想いが手繰り寄せてくれたおかげなのかもしれません。